必須条件(十月のお題『ことわざ』サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:10月2日(月)05時05分
「むかつく、むかつく! チョーむかつく!」
詠美がまた騒いでいる。
「なんだよ、この間、海に連れて行ってやっただろ?」
和樹はペンを原稿用紙に走らせながら、ジタバタ暴れている詠美に話し掛けた。
「そうじゃないわよ。あの温泉パンダ! あたしより部数が少ないくせに、また突っかかってくる
んだもの。むかつくったらないわ」
「おまえのことが心配なんだろ。あれで結構、苦労症なところがあるからな、由宇は」
原稿用紙を完成させた和樹は、乾かすために天井に張った紐に原稿用紙を吊るし、次の原稿用紙の
仕上げにかかる。
「だってえ・・・どっちかというと、あたしのこと妬いているみたいなんだもの」
「ヤキモチ? 由宇の奴は部数のことなんか気にしないだろ。そりゃ、多くの人に読んでもらう
ことは嬉しいことだろうけどさ」
「そうじゃなくて、あいつは大阪でさ、あたしは和樹の近くにいつもいるじゃない? だから・・・」
「んっ? 俺とおまえが一緒にいる事は、由宇も喜んでくれていたはずだけど?」
「どしてえ?」
「友達の少ない詠美にもようやく友達ができた、って」
「よっ、余計なお世話よ、あの温泉パンダっ!」
そう言いながらも、詠美の頬は赤くなっている。
「まあ、確かに由宇もヤキモチは妬くかもな。詠美にあって、由宇にないものがあるからさ」
「あったりまえでしょ!? ・・・で、それって、なに?」
自信満々に言い放っておきながら、それが何かわからなくて聞き返してくる詠美。

「豊かな胸だ!」

ズコーっ!
詠美が床に突っ伏している。
「なっ、なに馬鹿なこと言ってんのよ、このバカポチ!」
「馬鹿なことじゃない。いいか、これは重要なことだぞ? 仮に、由宇があのまま旅館を継いでさ、
女将さんにでもなってみろよ」
「ふにゅ?」
詠美の頭に、クエスチョン・マークが浮かぶ。
「お越しやす、とか言って頭を下げた時に、客はこう思うんだよ。『ああ、色気がない女将さんだな』。
これは大きなマイナス・ポイントだろ?」
「そっ、そうなの?」
「そう! 宿屋の女将さんと言ったら、同級生2の永島佐知子さんの例でわかるとおり、豊満なくらい
の和服美人でなければならないっ! これは必須事項なのだよ、マイシスター詠美?」
「ぽっ、ポチ? あんた、眼鏡男の口調が移っているわよ?」

ガタン!

大きな破壊音がして、アパートの扉が破られた。
「悪いんか、ペッタンコの胸で」
現れたのは、強化型パワーハリセンを装備した猪名川由宇、その人。
「ぽっ、ポチ?」
詠美は冷や汗を流しながら、和樹の方を振り向く。

「ああ、このままでは猪ノ坊旅館の衰退は必至。これがどれだけ由宇の平たくて小さな、いやむしろ
えぐれている胸を痛めつけているか、おまえにわかるのか、詠美?」
演説は未だ、続いていた。

「大きな、お世話やぁぁぁああああ!!」
ドバシーンっ!
「ぐわああああ!」
「ふみゅぅぅん! あたし、何も言ってないのにぃ!」

『噂をすると影が立つ』。
どこで聞かれているのかわからないので、人の陰口を言うのは止めましょう。
おじさんとの約束だ。

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これはイベントSS掲示板「十月のお題:ことわざ」のサンプルSSです

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