愛だよ、愛(十月のお題『お弁当』サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:10月1日(日)21時31分
「昨日ね、TVで紹介していた新しい料理に挑戦してみたの。少し時間がかかるんだけど、とっても
おいしいんだよ」
「食わせろ」
「えっ?」
「言葉でおいしいと言われたって、実感がわかねえよ。明日、作ってきてくれ」
「浩之ちゃん。私の作った、お弁当が食べたいの?」
「・・・だから、食わせろ、って言っているだろ」
少し照れて、鼻の頭を掻いている浩之ちゃん。
よおし、頑張っちゃおうかな。



早朝の神岸家。
「あら、あかり? どうしたの、こんなに朝早くから」
そう聞いてきたのは、パジャマ姿のひかり。
「うん。お弁当を作っているの」
「・・・浩之ちゃんに?」
母の質問に、エプロン姿のあかりは顔を赤らめて頷いた。
「頑張りなさい、あかり」
あかりの肩を軽く叩いてから、ひかりは自分の寝室へと戻っていく。
「よし、こんなものかな?」
料理の味見を終え、あかりは納得した表情を見せた。
後は料理を弁当箱の中に入れるだけだ。
あかりは盛り付けを終わらせると、浩之が喜ぶ顔を想像しながら、弁当箱のフタを閉めた。

「浩之ちゃ〜ん! 遅刻しちゃうよぉ? 起きてってば」
「あー、わかったから。毎朝、毎朝、『浩之ちゃん』って、呼ぶんじゃねえ」
二人の、いつもの朝のやりとり。

ドンッ!

あかりは家の前で浩之を待っていたが、突然、誰かがぶつかってきた。
「きゃあっ!」
「きゃあっ!」
かわいらしい悲鳴を上げて、二人の女性が地面に倒れる。
一人は、あかり。
もう一人は、美しい黒髪の女性。
「すっ、すみません。あっ、荷物が・・・」
ぶつかった勢いで、二人の持っていた鞄の中身が飛び出してしまった。
黒髪の女性はあわてて、あかりの荷物を詰めなおし、それから自分の荷物を詰めなおした。
「ごめんなさい。私、前を見ていなくて。お怪我、ありませんか?」
「いっ、いえ。大丈夫ですから」
深く頭を下げる女性に気を使ってか、あかりはすぐに謝罪を受け入れ、その場を収めた。
何度も頭を下げながら、離れていく黒髪の女性。
あかりは彼女を見送った後、自分の手の中にある荷物を確かめる。
鞄の中のお弁当は、どこも崩れることなく、きちんとハンカチに包まれている。
「よかったぁ・・・」
あかりは、ホッとして胸を撫で下ろした。


昼休憩。
あかりは教室でお弁当を渡そうとしたが、恥ずかしがる浩之に押し止められ、屋上で昼食を食べる
ことになった。

パカッ。

「おおっ。うまそうじゃねえか、この弁当」
弁当箱のフタを開けた浩之の言葉に、あかりは本当に嬉しそうに微笑む。
早速、浩之は箸を持ち、あかりの新作料理を口に運んだ。

パク、モグモグ・・・。
「どっ、どう? 浩之ちゃん、おいしい?」
あかりは真剣な顔で、浩之に感想を求めた。

「・・・ぐはああぁぁあっ!」

その答えは、喉をかきむしるようにして苦悶の表情で叫ぶ、浩之の姿だった。
「え!? なに!? どうして!?」
驚愕する、あかり。
「うっ・・・そっ、その弁当、たっ、食べる・・な・・・ぐはっ!」
断末魔の声を切れ切れに出しながら、浩之は屋上の床に倒れた。
「ひっ、浩之ちゃん!? ・・・私の作ったお弁当のせいなの?」
あかりはすぐに、自分の作った弁当を口に運ぶ。

パクッ、モグモグ・・・。
「うぷっ!」

ピーポー、ピーポー。
救急車のサイレンが遠ざかっていく。
「浩之とあかりちゃん、どうしたのかなぁ」
「危険な状態だって、救急士さん達が言っていたわ。もしかして、心中?」
「ドアホ! ぶっそうなこと、言わんときっ!」
クラス一同は窓から、その様子を心配そうに見送っていた。


同時刻。
ある大学の中庭。
「・・・・・・」
命の危険を感じている男が、ここにも一人いた。
「お気に召しませんでしたか、耕一さん?」
年上の従姉妹に声をかけられて、耕一は金縛りが解けた。
「はっ、はい!? いっ、いいえ! そんなことないですよ、千鶴さん」
「そう・・・よかった。徹夜して、お弁当を作った苦労が実りました。今度は自信作なんですよ?」
「てっ、徹夜・・・俺のために、わざわざ徹夜を・・・はっ、ははは。嬉しいなぁ」
泣き笑い。
目の幅の涙を流しながら微笑む耕一の姿は、そう形容することができた。
「さあ、食べてください。おいしいですよ」
そんなわけはない、と思いながら、耕一は箸を手に取った。
右手が激しく震えているのがわかる。
そして、千鶴の目の下にうっすらとクマが出来ているのもわかる。
その目は、耕一に何かを訴えていた。

これは・・・食べなくてはいけない。
たとえ、命を失うことになっても。

「どりゃあぁあああああっ!」
命を捨てた漢の裂帛の気合が、大学の中庭の空気を振るわせる。
・・・パクッ、モグモグ。

「えっ、あれ・・・おいしい!? おいしいですよ、千鶴さん!」
自分の口の中に広がる豊かな味の深みに、耕一は驚きの混じった喜びの声を上げる。
「そうでしょう? 今回は、上手に出来たんですよ」
「うまい、うまいなあ、これ」
耕一は凄い勢いで、あっという間に弁当を平らげた。

「いやあ、あれだけ苦手だった料理がこんなに上手になるなんて。俺、惚れ直しましたよ」
「まあ、耕一さんったら・・・」
「本当、本当。梓たちも喜ぶんじゃないかなぁ。俺、後で電話しておきますよ。あいつらにも
食べさせてやってください。きっと、驚きますよ」
「そうでしょうか・・・いえ、きっとそうですよね。耕一さんが、そう言って下さるんですもの」
「ははは・・・でも、本当においしかったですよ」
「うふふ・・・」
二人の朗らかな笑い声が、木々に囲まれた中庭を包む。

その頃、藤田浩之と神岸あかりは、生死の境を彷徨っていた。


病院。
浩之とあかりは、並んで病室のベッドで寝ている。
「ごめんね、ごめんね、浩之ちゃん。まさか、こんなことになるなんて・・・」
あかりはボロボロと涙をこぼしながら、隣のベッドで寝ている浩之に謝っている。
自分の作ったお弁当のせいで、浩之が倒れてしまった。
あかりにとって、あまりにも残酷な現実だった。
浩之は天井を見つめて、黙っている。
そして、はっきりとした声で言った。

「・・・リベンジだ」
「えっ?」
「退院した後でいい。もう一度、さっきの料理を作ってくれ。俺が食う」
「ひっ、浩之ちゃん・・・駄目だよ。今度こそ、三途の川を渡っちゃうよ」
あかりの弱気な言葉に、浩之は答えない。
しばしの逡巡。

「・・・わかったよ、浩之ちゃん。私、やってみる!」

あかりの真剣な声に、浩之は黙ったままでうなずいた。


シュン、シュン、シュン・・・ピー。
圧力釜が料理の完成を告げる。
皿の上に盛られているのは、問題の料理。
「浩之ちゃん・・・できたよ」
ピンク色のエプロンを着けたあかりは、何か思いつめたような表情だ。
「ああ。食わせてもらうぜ」
浩之は躊躇することなく、料理を口に運ぶ。

・・・パク、モグモグ。

「・・・うっ」
「浩之ちゃん?」
あかりの声に、不安の色が混じる。
「うめえぜ、あかり」

あかりは安心して溜め息をつき、それから満面の笑みを浮かべた。
「これって、愛だよね。浩之ちゃん」
「・・・なっ、なに言ってんだよ、あかり」
「だって、入院までしたのに、私を信じて食べてくれたんだもの。愛だよ、愛」
「ばっ、馬鹿。俺が何年、お前の料理を食っていると思ってんだよ。信じて当たり前じゃないか」
「だったら、昔からの愛なんだよ。子供の頃からの」
「ああっ、だからさ・・・」
困り顔の浩之、幸せそうな顔のあかり。
朗らかな空気が、辺りを包んでいた。


同時刻。
とある旧家の屋敷にて。
こちらでは、悲壮な空気が辺りを包んでいた。
「ねっ、ねえ、千鶴姉? 今日、徹夜したんだからさ。無理しなくてもいいよ」
犠牲者は次女の梓。初音と楓は台所から炊煙が上がっているのに気づいて、早い時期に逃亡
している。
「心配しなくても大丈夫よ。耕一さんがおいしいと言ってくれたんだもの」
確かに、その言葉は梓も聞いている。
電話で問い質してみたところ、耕一本人が「本当においしい。千鶴さん、料理上手くなったよ」と
証言しているのだ。

「嘘だろ? あの亀姉が、普通の料理が作れるわけないよ」
「本当だって。おまえ、千鶴さんのことを誤解しているよ。努力すればできる人なんだって」
「そんなんだったら、今までの料理はどうやって説明するんだよ」
「だから、今回は大丈夫だって。黙って、食ってみろよ」
ガチャン。

電話はそこで切れた。
梓は今、姉の千鶴が料理を温め直しているのを、死刑台に座った囚人のような気分で待っている。
「さあ、できたわよ。梓ちゃん」
「あっ、あはは・・・」
(本当においしい)
耕一の言った言葉が梓の頭を過ぎる。そして、幼い頃から今までの経験も過ぎていく。
沈黙は、長く続いた。

「ええい、ままよっ!」

・・・パク!
「大げさなんだから」
千鶴も梓に合わせて、料理を口に運ぶ。
・・・パク。

「ぐはああぁぁあああああ!!」(×2)

断末魔の悲鳴が、柏木家の屋敷の中を包んだ。


箸を手に取ったまま、床に倒れている千鶴と梓。
「梓・・・愛よね、これって」
「黙れ、亀姉・・・」
惨憺たる空気が、辺りを包んでいた。

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これはイベントSS掲示板「十月のお題:お弁当」のサンプルSSです。

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