「完璧な作品」 (イベントSS掲示板 9月のお題「〜にひかれて」サンプル作品) 投稿者:AIAUS 投稿日:9月1日(金)22時56分
「夏コミパも終わったし、しばらくノンビリできるわね、和樹」

片手に旅行パンフレットを持ちながら、原稿を書いている和樹に瑞希は話しかけた。
暗に、「どこかへ連れて行きなさいよぉ」という意味が含まれているようだ。

カリカリカリカリ・・・。

和樹はそれに答えることなしに、原稿作成を進めている。
「ちょ、ちょっと和樹! なんで無視するのよっ!?」
「無駄やでぇ、瑞希はん。本当の漫画書きっていうものは、火事になったって気付かへんぐらいに
原稿に集中するもんや。書き終わるまで待つしかないわ」
たまたま和樹の部屋に遊びに来ていた由宇が、缶ビール片手に瑞希に忠告した。
「うー。今回のって、60ページ以上あるじゃない。終わるまで、待っていられないわよっ」
「終わればいくらでも遊べるやんか。おとなしゅう待とっき」

「一時間で仕上がる。待っていてくれ、瑞希」

和希の執筆は始まったばかりである。
「アホ言うたらあかんでえ、和樹。いくらなんでも、そんな量が一時間で仕上がるはずが・・・」

シュダ! シュダ! シュダ!

由宇の声に答えるようにして、三枚の原稿が彼女の手元に投げ渡される。
「なっ、なんや。もうできたん? えっ?」

シュダ! シュダ! シュダ!

続けざま、さらに三枚の原稿が投げ渡される。
「いっ、一分間に1ページ書いとる? ばっ、化けモンや!」

「化け物ではなぁぁぁい!」

扉を蹴破るように開けて部屋に入ってきたのは、大志と千紗。
「見よ、マイシスターズ! 同志和樹の背中には今、漫画の神が宿っているのだ!」

パアァァァ・・・。

「ほっ、本当だわ! ベレー帽に団子鼻のオジサンが和樹の背中に宿っている!」
「こっ、ここまでの器やったんか、和樹!」
漫画の神の降臨に驚愕する瑞樹と由宇。
「見るがいい、奇跡が起こる瞬間を! 和樹は今、一時間で全ての原稿を仕上げるという漫画家達の
永遠不変の夢を達成しようとしているのだ! そして、そのためにシスター千紗を連れてきたのだよ」
「はいっ! 千紗はお兄さんの原稿を受け取って、すぐに製本するために来ましたですー」

「すっ、素晴らしい原稿や。こんな瞬間に立ち会えるなんて、同人やっとってよかったわあ」
「わっ、私も漫画のことはよくわからないけど、こんなにドキドキする作品には出会ったことがないよぉ」
「言葉はふさわしくないかも知れぬが、この作品はまさに芸術品! パーフェクトだ!」

次々と完成していく原稿に目を通して、感涙にむせぶ一同。
そして、一時間が経過しようとしていた。

「ラッ、ラストはどうなるのかしら?」
「わからへん。うちのレベルでは全く予想がつかへんわ」
「同人界に残るラストになることには間違いあるまい」

ラスト一枚。
「にゃあ。お兄さん、ここ線を引き忘れているですよ。千紗が引いておきますね、えい」

ガラガラガラガラガラ。
千紗がペンで原稿に線を引いた瞬間、和樹の背後にいた漫画の神が崩壊した。
「あっ、ああ! 神の作品が消えてしまうっ!」
「なっ、なんということだ! 完璧な配置で組み上がっていた作品だけに、ヘタ線を一本[引かれた]だけで
台無しになるとは!」
「なっ、なんちゅう殺生なぁ・・・」

「にっ、にゃあ・・・千紗、何か悪いことしましたかぁ?」
涙目で張られる、千紗ちーの怒れないバリアー。
瑞樹、由宇、大志は、無言で悔し涙を流したという。

完璧な作品には、一つのミスも許されない。

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おまけ

「うまく誤魔化せましたね、漫画の神様」
「ラストのオチが思いつかなかったからね。ハハハ」
「神様でも、ミスをするもんなのですねえ」
「自分で神様って名乗っていたわけじゃないからね」

故に、完璧な作品などはないのだ。

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これはイベントSS掲示板「九月のお題:〜にひかれて」のサンプルSSです。
「千紗に線を引かれて」ということになっております。

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