夜間教習、もしくはクリフハンガー 投稿者:AIAUS 投稿日:9月1日(金)05時32分
「それでね。この前、浩之ちゃんがね・・・」
「Oh! 本当デスカ? でも、確かにこの前・・・」

二階の廊下で話しているのは、二年生の神岸あかりさんと宮内レミィさん。
二人とも藤田先輩と親しくて、よく一緒に帰っている姿を見かけます。

神岸先輩は、藤田先輩の幼なじみ。ずっと昔から藤田先輩の側にいるそうです。
家もお隣同士で、藤田先輩は毎朝、神岸先輩に起こしてもらっているみたいです。

宮内先輩は、藤田先輩の初恋の相手。藤田先輩はそのことをずっと覚えていました。
最初は、お互いが子供の頃に出会った相手だとはわからなかったそうです。
でも、今は二人ともお互いが初恋の相手であることをわかっています。

神岸先輩と宮内先輩は、藤田先輩に好意を抱いています。
これは確かなことです。
だから二人は、よく喧嘩をしていたんだと思います。
喧嘩というよりは、「張り合い」と言った方がいいのでしょうか?
藤田先輩はただ、困ったような笑顔を浮かべて、二人の様子を見ていました。
最近は喧嘩をしなくなったようですが、お互いにわかりあうことができたのでしょうか。

私と言えば、神社の裏でサンドバックに拳を向ける日々。
藤田先輩が手伝ってくれたおかげで、徐々にですが強くなっていく自分を感じています。
私は藤田先輩に好意を抱いています。
これは確かなことです。
でも、神岸先輩や宮内先輩よりも近く、藤田先輩の側にいられるとは思っていません。
二人とも、私とは違って、とても女らしくて魅力的な方ですから。
だから、いいんです。

「葵ちゃん! ファイトだ!」

この声をかけてもらえるだけで。



「いいですか、葵さん?」
昼休みの食堂。お腹を空かせたみんなが慌ただしく動いている中で、琴音ちゃんは私に言いました。
「現在、目標を取り巻く情勢は非常に緊迫してます。一学期の神岸先輩と宮内先輩の冷戦時代が
終わり、この二人が連合するという予想外の事態が発生してしまったのです」
ふ〜ん?
琴音ちゃんの言っていることがよくわからない私は、空になった二杯目のカツ丼を置いて、三杯目の
カツ丼を食べはじめました。
「私と葵さんは藤田先輩とは出会ってからの月日が浅く、この神岸先輩と宮内先輩という巨大な
存在を前にしては、第三勢力になってゲリラ的な活動を行うしか手がありませんでした。しかし、
そのような弱者の戦略も許されない情勢になってしまったのです」
「なるほど、なるほど」
わかったふりをしてうなずきながら、私は空になった三杯目のカツ丼を置いて、四杯目のカツ丼を
食べはじめました。
「この状態を放置したままでは、私と葵さんの敗北は必至です。ですから、今までの消極的、受動的
な戦略から、積極的、能動的な作戦に切り替えるべきなのです」
消極的だったかなぁ?
藤田先輩に近寄らないように罠を仕掛けたり、二人で襲撃したりしたけど、ことごとく返り討ちに
あったような気がします。散弾銃を持った宮内先輩と包丁を持った神岸先輩に追いかけられた時は、
さすがに生きた心地がしませんでした。
「具体的にどうするの?」
「葵さんにしては珍しく、進歩的な質問ですね」
そんなことを平然と言う琴音ちゃんに、空になった四杯目のカツ丼のドンブリをぶつけてやろうかとも
思いましたが、彼女は怒らせるとしつこいので、ここは我慢します。
「まずは神岸先輩と宮内先輩についての情報を集める。全てはそれからです」
「・・・また?」
「付き合ってくれますよね?」
にっこりと笑って、私に同意を求める琴音ちゃん。
・・・仕方がないか。
私がうなずくと、琴音ちゃんはとても嬉しそうに笑いかけてくれました。

琴音ちゃんは藤田先輩に好意を抱いています。
これは確かなことです。

その気持ちがわかるから、痛いくらいにわかるから、私は琴音ちゃんと一緒にいるのでしょう。


放課後。
学校の二階の廊下。
神岸先輩と宮内先輩がいつものように、廊下で何かを話しています。
「やっぱり仲がいいみたいだね。神岸先輩と宮内先輩」
「静かに。二人の会話が聞こえませんから」
私と琴音ちゃんは、物陰から二人の会話に耳をそばだてました。

「・・・ヒロユキが無茶するから、まだお尻がヒリヒリするヨ」
「でも、レミィ。昨日、浩之ちゃんが上手になったって誉めてくれていたじゃない」
「アカリは昔からやっているから、そんなにつらくないんダヨ」
「昔からやっていたわけじゃ・・・」

シーン。
無言になる私と琴音ちゃん。
「おっ、お尻が痛いって、何のことかな? それに、神岸先輩も一緒にやっていたみたいだけど」
女性週刊誌のような内容の会話を聞いたショックからか、私の声は震えています。。
「カマトトぶらないで下さい、葵さん」
琴音ちゃんの顔もあおざめていましたが、目は鋭く先輩二人の方を見つめていました。
「もはや、正攻法で戦うしか道はないのですね・・・葵さん、覚悟はいいですか?」
「はっ、はい!」
琴音ちゃんの周囲から立ち上るオーラのようなものに気圧されて、私はすぐに同意しました。
こうなった時の琴音ちゃんに逆らうのは危険だからです。
・・・でも、また失敗するんだろうなぁ。


翌日の放課後。
藤田先輩を屋上に呼び出した私と琴音ちゃんは、心地よい風に吹かれながら先輩が来るのを待っていました。
「琴音ちゃん。正攻法で戦うって言っていたけど、藤田先輩に正式に告白するの? それだったら、
私がここにいると邪魔じゃない?」
自分のことながら本当に人がいいなあと思いながら、私は琴音ちゃんに尋ねました。
「いいえ、葵さん。あなたと一緒でなければ、意味がないんです」
・・・それって、フェアにやりたいっていうことかな?
えっ!?
「ちょ、ちょっと待って! 一緒に告白しようっていうこと!? 困るよ、そんなの! まだ、心の
準備が・・・」
私は琴音ちゃんに抗議しようとしたのですが、ちょうどその時、藤田先輩が屋上にやって来ました。

「よお。葵ちゃん、琴音ちゃん。珍しいな、二人そろって」

藤田先輩はいつもの力が抜けた調子で、私達に声をかけてきました。
クラスメートの中には、藤田先輩のことを「ボンクラそう」とか「怖そう」とか「影で悪いことを
やっていそう」などと言う人がいます。ですが、その人達は藤田先輩の凄さがわかっていないのです。
この脱力した体から打ち出される拳や蹴りの重さは、藤田先輩のサンドバックを受けている私の体が
よく知っていますから。
・・・それに、一生懸命になって、私のことを助けてくれたし。

「準備はいいみたいですね」

赤くなった私の顔を見て、琴音ちゃんは本当に優しい微笑みを浮かべながら、先輩の側へと歩いて
行きました。なぜか慌てて、私も先輩の側へと歩み寄ります。

・・・琴音ちゃん、本当に藤田先輩に告白するんだね?

私の視線に気づいたのか、琴音ちゃんは軽くうなずきました。
こうなったら、私も覚悟を決めます。
「んっ? どうしたんだ、二人とも怖い顔して」
真剣な表情の私達を見て、不思議そうな顔をしている藤田先輩。

「藤田先輩っ! 私、先輩が・・・」
「藤田さんっ! 私、今日は・・・」
・・・あれ?

「私、今日は大丈夫な日なんです!!」
「・・・何が?」
「付けなくてもOKです!!」

シーン・・・。
重い沈黙が、私達がいる屋上を支配していました。
藤田先輩はこめかみから冷や汗を流して、ビックリしたような顔で私達を見ています。
「あっ、そっ、そうなの? それじゃ!! 琴音ちゃん、葵ちゃん!」

いやあぁぁぁぁぁ!!  
私と琴音ちゃんを一緒にしたまま、逃げないでくださぁぁぁいっ!
そそくさと屋上から逃げていく藤田先輩。驚いた様子で、それを止めようとする琴音ちゃん。
「どっ、どうしてですか? 藤田先輩! 今なら、箸休めとして葵さんが付いてきますよ?」
私は箸休めかいっ! 
・・・じゃなくて、私を巻き込まないでぇぇっ!

結局、誤解を解く暇もないまま、藤田先輩はダッシュで屋上から逃げ出してしまいました。

「おかしいですね。完璧な作戦だったのに」
「そうだね」
「何がいけなかったんでしょうか。もっと、大胆に攻めるべきだったんでしょうか」
「そうだね」
「ああ、やはり私の美しいお嬢様顔がいけなかったんでしょうか。藤田先輩にはまだ、刺激が
強すぎたのかもしれません」
「そうだね」
「あの、葵さん・・・もしかして怒っている?」
「ううん。そんなことないよ、姫川さん」
「・・・ううっ。やっぱり怒っている」
私が姫川さんを再び琴音ちゃんと呼ぶまでには、一週間の時間が必要でした。



学校の裏の神社。
ビシッ、ドカッ、バキッ!
「次、左右に振ってからコンビネーション!」
「はいっ!」
ビシッ! ビシッ! ダンッ、ダンッ、ダンッ!
「フイニッシュ!」

ドガシャッ! 

私の右ハイキックを受けたサンドバックは激しく揺れています。
「プハッ! ・・・どうでしょうか、藤田先輩!」
会心の一撃を繰り出すことの出来た私は、自信を持って藤田先輩に感想を求めました。
「グッドだぜ、葵ちゃん。威力が断然増している。踏み込みの位置を変えて正解だったみたいだな」
「はいっ! 藤田先輩のアドバイス通りでした! ありがとうございます!」
「へへっ。少しは役に立てたみたいだな」
「先輩・・・」
いつの間にか見つめ合っている、私と藤田先輩。

「あっ、あはは・・・そろそろ片づけましょうか」
「そっ、そうだな。充分、練習したしな」

そのことに気付いた私達は、お互いに気恥ずかしくなって視線を外しました。
藤田先輩がサンドバックを片づけてくれている間に、私は他のトレーニング機器を片づけます。
最近は藤田先輩も強くなり始めているので、そろそろ新しいものを探さないと・・・。
綾香さん、飽きたやつをゆずってくれないかな?

道具を全て片づけ終わると、私はいつものように汗ばんだ体操着を着替えるために、草陰の中へと
入りました。
藤田先輩を待たせているから、手早く着替えてしまわないといけません。

シュルッ・・・。

私がブルマを降ろしたちょうど、その時。

「いっ、いやあぁぁぁぁっ!!」 
「どっ、どうした、葵ちゃん!?」
「ヘっ、ヘビ! ヘビが私の足下にっ!」
急に足下にヘビが現れてビックリした私は、草陰から飛び出して藤田先輩に抱きついていました。
私、ヘビは大の苦手なんです!

シュルシュル・・・。

ヘビは私があげた悲鳴に驚いたのか、そのまま草陰の中へと消えていきます。
藤田先輩にしがみついたまま震えていた私は、安心してホッと溜め息をつき、そのまま見上げる
ようにして先輩の顔を見ました。
「あれ? 藤田先輩、なんだか顔が赤いですよ?」
「あっ、葵ちゃんっ!」

ドサッ!

えっ!?
もう落ち始めた枯れ葉の上に押し倒されているのは私。
その私の上に乗っているのは、顔を紅潮させている藤田先輩。
えっ!? えっ!?
・・・もしかして私、藤田先輩に押し倒された?

(テテテン、テテン、テテテテテン。テテテン、テテン、テテテテテン)

パニックを起こした私の頭の中には、例の場面の音楽が鳴り始めています。
気が付くと、私の下半身は下着一枚。

藤田先輩、素早いっ! さすがですっ!

じゃなくて!
しまった。私、下を脱いだままで藤田先輩に抱きついちゃったんだ。
だから、藤田先輩はいきなり・・・。
「えっ、えっと、藤田先輩?」
「おっ、俺。一体、何を・・・」
私がうかがうようにして上に乗っている藤田先輩に言葉をかけると、藤田先輩はすぐに正気に返りました。
ほっ・・・。

「本当にごめん、葵ちゃん! そんなつもりじゃなかったんだ! いきなり抱きつかれたから、頭に
血が登っちまって・・・」
土下座までして、私に謝り続ける藤田先輩。
「あっ、あはは・・・もういいですよ、先輩。私も不注意でしたから」
今さら恥ずかしくなったのか、私の顔も赤くなっています。
「土下座なんかしなくていいですってば。私もいきなりでビックリしただけですから。それに、そんなに
嫌じゃなかったし・・・」

「葵ちゃん?」
「あっ・・・あは、あはははは!」
「はっ、ははっ、はははは・・・」
「あはははは・・・とりあえず先輩、もう帰りませんか?」
「はっ、ははは・・・そうしようか、葵ちゃん」

私と藤田先輩は気まずい雰囲気を笑って誤魔化すと、そのまま家へと帰りました。


「葵。お風呂沸いたから、入りなさいよー」
「はーい、お母さん」
私の家では、私がいつも泥まみれ、汗まみれの姿で帰ってくるものだから、夕方には既にお風呂が
沸いています。
着替えを持って脱衣所に入り、着ているものを脱いでカゴの中に入れ、風呂場の中へと入ります。

ザバー・・・。

「いっ、いたたっ! 染みるぅ!」
お湯で体を流すと、なぜか背中がヒリヒリしました。
触ってみるとスリ傷になっています。
なんで、こんなところに怪我が・・・。
おっかしいなあ・・・あっ!?

ボッ!

背中のスリ傷。それはさっき神社で藤田先輩に付けられたものです。
そのことに気付いた私の顔は、自分でもわかるくらいに赤くなりました。
あわてて湯船に飛び込む私。

「いたたっ・・・やっぱり染みるなぁ」

神社から帰る時は気付かなかったのですが、やっぱり押し倒された時に擦ったみたいです。
藤田先輩に押し倒された・・・。

「もしかして、チャンスだったのかな?」

うっわー!! 私ってば、なんてことを!
自分でつぶやいた言葉の大胆さに、思わずブンブンと首を横に振ってしまいます。
「すぐに退いてくれたし、謝ってくれたし・・・藤田先輩、やっぱり優しいですよね」
ニヘヘ〜。
思わず頬が緩む。
背中のスリ傷が、なんだか誇らしい。

その日は結局、藤田先輩のことばかり考えて眠れませんでした。


翌日。
「・・・ですから、もはやこれまでのような方法で藤田先輩を攻略することは・・・」
また食堂で、琴音ちゃんが何か言っている。
藤田先輩にアタックするには、もう直接的なやり方しかないって言っているみたいだけど、
本当に藤田先輩は「そういうこと」を神岸先輩や宮内先輩としているのでしょうか?
今朝会った時、藤田先輩はまだ昨日の事を気にしているようだったので、
「大丈夫ですよ、先輩。私、先輩のこと嫌いになったりしませんから」
と私が言うと、満面の笑みを浮かべて喜んでくれました。
(その後、私を抱きしめようとして、神岸先輩に延髄切りを食らっていましたが)
果たして「そういう事」をしている人が、藤田先輩のような行動を取るのでしょうか?
私は、先輩を信じることに決めました。

「ねー、ねー。あの噂って本当かなぁ?」
「夜の学校で、エッチな声が聞こえるっていうやつ?」
「やだー! 大きな声で言わないでよぉ」
「あんたが話を振ったんでしょうが。で、気になるの?」
「うん。だって、あれでしょ。教室でしちゃっているわけでしょ? すっごいよねー」
「なにが凄いんだか」
「でも、クラブで遅くまで残っていた子が、その声を聞いたって言っていたよ」
「まあ、いてもおかしくはないけどね」

あそこのテーブルの二人、
・・・琴音ちゃん、もう話が終わったのかな?
ずっと黙ったまま、何か考え事をしているようなんだけど。
「葵さん。聞きましたか?」
「えっ? えっと、「第二十七次藤田浩之攻略作戦」の話だったよね」
「そうではなく、先程の噂話のことです」
「アハハ。よくあるやつじゃない。ただの噂だよ」
「私の情報網は、藤田先輩と神岸先輩、宮内先輩の帰宅時間が極端に遅くなる日がある、という
情報をキャッチしています」
・・・また何か、変な事を考えているんだろうか?

「深夜の学校に鳴り響く嬌声は、藤田先輩達のものに違いありません」
・・・琴音ちゃん、断言しちゃっているよ。
「ああっ、なんてこと! ここまで出遅れてしまうとは! ・・・不覚でした」
「決めつけるのはよくないんじゃないかなぁ・・・」
おずおずと私が言うと、琴音ちゃんは私の目を見つめて言いました。

「葵さん。私は今日の夜、藤田先輩を捜しに学校へ行くつもりです」

何かを覚悟している瞳です。
私に何か望んでいるけれども、私が拒むのならそれで構わないという瞳。
琴音ちゃんって普段がおとなしい分、思いこむと激しいんですよね。
いくらなんでも、夜の学校に琴音ちゃん一人で行かせたら危ないし・・・。
とほほ・・・仕方がないなぁ。

「私も付き合うよ、琴音ちゃん」
「ありがとうございますっ!」

私は抱きついてきた琴音ちゃんの重みを感じながら、自分の人のよさに呆れていました。



夜の学校。
一度、家に帰って私服に着替えた私と琴音ちゃんは、塀をよじ登って中へと入りました。
校庭を横切り、校舎の前へと移動します。
「ねえ、琴音ちゃん。そのバックパック、何が入っているの?」
「念のためです」
琴音ちゃんは紫色の大きなバックパックを背負っています。もしかしたら、護身具が満載されていたり
するんでしょうか? そんなに怖いのに、藤田先輩を捜しに行くんですね。
「中に入りますよ、葵さん」
扉にはなぜか、鍵がかかっていませんでした。

毎日通っている教室が並んでいます。
でも、やっぱり暗い中で見ると不気味だなぁ。
「しっ! 何か聞こえませんか?」
琴音ちゃんが突然、耳を澄ますように私に言いました。

私達の耳に響いてくるのは、かすれた女の人の声。
しかも、あの、その・・・。

「やはり、噂は本当だったようですね」
少し顔を赤くした琴音ちゃんは、エッチな声が響いてくる方向へとドンドン進んでいきます。
「ねえ、止めようよ、琴音ちゃん。本当に誰かが「そういうこと」をしているんだったら、危ないよ」

「葵さん。あなたは悔しくないんですか?」

琴音ちゃんはひどく冷めた声で、振り向きもせずに私に言いました。
そっ、それは・・・もしも藤田先輩が本当に「そういうこと」をしているんだったら、本当に
悔しくて情けなくて、嫌だけど・・・。
「がっ、学校で「そういうこと」をする人なんかいないって。そんな人は変態だよ、変態」
「それを確かめに行くんです」
琴音ちゃんは思い詰めた表情のまま、先へと進んでいく。

・・・藤田先輩はそんなことしない、してないってば。


エッチな声は大きくなるわけでもなく、小さくなるわけでもなく、ずっと学校の中を響いています。
私達はとにかく、声のする方向へと進みました。
そして、ついに・・・藤田先輩達の声がする教室へとたどり着いてしまいました。

「シビレ過ぎて、だんだん気持ちよくなってきたヨ・・・」
「私は痛いだけだよ。ねえ、浩之ちゃん。もう帰ろうよぉ」
「駄目だぞ、あかり。もう少し頑張らないと」
ピシッ! ピシッ!
「キャンっ!」
ムチで人を叩いたような音。
神岸先輩の悲鳴。

やっぱり、やっぱりそうなんですか?
先輩を信じた私が馬鹿だったんですか?

気が付くと、私は悔しさのあまり、教室の前で涙をこぼしていました。
横にいる琴音さんは、私と同じ気持ちなのか、静かにうなずいています。


「ねえ、どうするの、琴音ちゃん? 藤田先輩のことは忘れるの?」
そうすることが一番のような気がしました。では、なぜ私は、そのことを琴音ちゃんに尋ねたので
しょうか?
「いいえ。まだ、最後の手段が残っています」
ゴソゴソ・・・。
そう言うと、琴音ちゃんは忙しそうにバックパックを探りはじめました。

テラテラと光るエナメルの輝き。
赤いレザーに包まれた琴音ちゃんは、いつも以上に妖しい微笑みを浮かべて、私を見ています。
「ウフフ・・・どうです? 似合いますか?」
漫画に出てくるようなSMのボンテージルックに身を固めた琴音ちゃんは、まるで新しいドレスを
買ってもらったように、クルクルと回っています。
忘れていた・・・私の横にいるのは、琴音ちゃんだったんだ・・・。

「あの、それでなんで、私は縄で縛られているの?」
「古式ゆかしい三連雀縛りです。オーソドックスな亀甲の方がよかったですか?」
「そういうことじゃなくてぇ! あっ、ちょっと待って! そのハサミは何?」
「邪魔な服を取り除くんです。大丈夫ですよ。大事なところは結び目で隠れるように計算してありますから」
「ぜっ、全然、大丈夫じゃな〜い!!」

「さあ、行きますよ」
琴音ちゃんは準備万端という感じです。
「あうう・・・」
私と言えば、もう諦め半分で声も出ませんでした。
だって、私の体を隠しているものは縄と細切れにされた服の残りだけなんです。
ううっ、藤田先輩。こういうのが好きなのかなぁ?
「おっと、その前に・・・」
なぜかバックパックからガスマスクを取り出す琴音ちゃん。
「なっ、なにそれ?」
「私の美しい顔に先輩がひるまないように、これで隠すんです」
変なことを言いながら、ガスマスクを被る琴音ちゃん。

シュコー、シュコー。

こっ、怖い!
なんだか知らないけど、こわひ! 怖すぎるっ! 

シュコー、シュコー。

ガスマスク越しで何か言いながら、私を引っ張って琴音ちゃんは教室の中へと入りました。
いやです、藤田先輩が神岸先輩と宮内先輩にいやらしいことをしている現場なんて見たくありません!



ナンミョウホウレンゲーキョウハラミタジ・・・。

「・・・・・・」
シュコー、シュコー。

私と琴音ちゃんは、目を丸くして教室の中を見ていました。
教室の中にいたのは、藤田先輩と神岸先輩と宮内先輩の三人。
神岸先輩と宮内先輩は教室の床に敷かれた座布団の上に座り、あぐらをかいています。
藤田先輩は禅寺のお坊さんが持っている長いシャモジのようなもの(正式名:警策)を持って、
神岸先輩と宮内先輩の後ろを歩いています。

ピシッ!
「こら、レミィ。また余計なことを考えていただろ? 無我の境地だ、無我の」
「ムズカシイネー」

もしかして、先輩達が夜中に学校でやっていたことって・・・座禅?
っていうか、なんで夜中の学校で座禅なんかやっているんですかぁぁぁ!!

シュコー、シュコー。

琴音ちゃんのガスマスク越しに聞こえる呼吸音に気付いて、私達の方を振り向く先輩達三人。
今、琴音ちゃんは赤い革のボンテージを着て、私は縄で縛られているわけで。
「・・・なにやってんの、葵ちゃん、琴音ちゃん?」
「・・・Abnormal」
「・・・そういう趣味があったの、二人とも?」
先輩達三人はやはり丸くなった目で、私達を見ていたわけで・・・。

「違う、違うんです! これにはワケがあるんです!」
私は必死に弁解しようとしたわけで。
「「「どんな?」」」
先輩達は全然、信用していない目で私達を見ていたわけで。
「琴音ちゃん、何か言ってよぉ!」

シュコー、シュコー。

「いい加減、脱げえっ! そのガスマスク!」

バキッ!

後ろ手に縛られていた私は琴音ちゃんにドロップキックをしたわけで。
その後のことは・・・思い出したくありません。


ただ、私と琴音ちゃんも、藤田先輩の座禅会に参加することになったことだけは追記しておきます。
あううぅっ・・・。

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おまけ

「いやあ、もう少しで見つかるところだったね」
「月島さんが学校でやってみたい、なんて馬鹿なことを言うからです」
「香奈子君が大きな声を出すからじゃないか」
「月島さんが止めないからですよ・・・で、次の場所はどこにするんですか?」
「・・・次?」
「まだ夜は長いんですよ」

お幸せに〜(笑)。

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これはイベントSS掲示板「八月のお題:夜の学校+クロスオーバー」の作品です。


大遅刻。
いかんなぁ、来月は頑張ります。

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで、お気軽にどうぞ。

ではでは。