「涙の雨」、もしくは「クリフハンガー」 投稿者:AIAUS 投稿日:6月5日(月)10時45分
ザーザー。
今日もまた雨。
梅雨という季節は嫌な季節です。
空は暗くて、全ては水に覆われてしまう、そんな季節。
こんな日はせめて、明るいピンク色の傘でお出かけして、少しでも晴れやかな気分
になりましょう。
私は毎週読んでいる雑誌を買うために、お出かけの準備をしていました。

むずむず。

あれ?
なんか足と足の間から変な感触が・・・。

むずむずむず。

「あっ、やだ・・・かゆいです」
人に言いづらい場所から発生する、執拗なまでの痒み。
「もしかして、これって・・・」
私は予定を変更して、お医者さんに行くことにしました。


「んー。これはインキンね、姫川さん」
がーん!
行きつけの女医さんの言葉に私は意識を失いそうになりました。
「うっ、嘘です! 私、そんな病気にはかかりません!」
断言します。薄幸の美少女である私が、白せん菌なんかに攻略されるはずがありません!
そんな私に、女医さんは同情した顔で溜め息をつきました。
「姫川さんは人よりも抵抗力が弱いから、かかっても不思議じゃないのよ。我慢して
治療を続けるしかないわね」
がーん!
あっ・・・また意識が。
女医さんは倒れそうになる私を両手で支えると、静かな声で告げました。

「とにかく、患部を清潔にして乾燥させておくこと。他に治療方法はないわよ」

いっ、いや。そんな恥ずかしい病気の治療方法なんか知りたくない・・・。


ぽりぽりぽり。
「琴音ー! 起きなさい、もう学校に行く時間よー!」
ぽりぽりぽり。
痒みは本格的に侵攻を開始しました。先生からかゆみ止めをいただきましたが、
あまり効果はないようです。私はベッドの中で、薄幸の美少女にはあるまじき行為
をしていました。

・・・だって、かかないとかゆいんです。

「起きなさい! 遅刻する気なの?」
ママが私の部屋に入り込んできて、布団をはいでしまいました。

ケホン! ケホン!

私はタイミングばっちりの咳をして、熱で潤んだ目をしてママの顔を見ました。
「ごめんなさい。風邪をひいてしまったみたいなの、ママ」
よし、バッチリ! 
「・・・どれ」
ママは実の娘の必死の演技も無視して、体温計を私の口の中に突っ込みます。

ピピピ。

一分経って、私の熱を測った体温計が残酷な音を立てました。
「しっかり平熱じゃないの。ほら、早く起きて学校に行きなさい!」
まっ、ママの悪魔! デビル度120%! 地獄の女公爵って感じです!
何を言っても無駄でした。
私は押し出されるようにして、不治の病を抱えたまま学校へ行くことになってしまいました。


「・・・えー、であるから、この場合の公式は」
むずむず。
「姫川? 何か質問があるのか?」
「いっ、いえ。ありません」
いけません。
滅茶苦茶かゆいです。と言うよりも、我慢できる範疇を越えています。
だからといって、みんながいる教室でぽりぽりと掻くわけにもいけないし・・・。
こうなったら・・・えい!

ブゥン!

クラスの中で私の次に体が弱い眼鏡の女の子に、私は「ちから」をぶつけました。
糸が切れた人形のように、彼女は意識を失います。
「きゃあ! 大丈夫?」
「おっ、おい!? また貧血かよ」
ごめんなさい、ごめんなさい。
本当はこんなことはしたくなかったんです。
でも、あなたも女ならわかってくれますよね。こんな行動に出なくてはならなかった
私の気持ちを。

「私が保健室へ連れていきます」

気絶した病弱な女の子を抱えて、私は教室の外に出ました。
こうして、私は急場をしのいだのです。

気絶した女の子を保健の先生におまかせすると、私はすぐにトイレに駆け込みました。
ぽりぽりぽり。
あー、やっと落ち着いた・・・うっ!
思わず涙ぐんでしまいます。こういう病気にかかるのには、もっとふさわしい人が
いるはずです。なんで私がっ!

いけません、いけません。

こういう方向で悩んでも解決にはなりません。とにかく、一刻も早く有効な治療方法を
発見しないと・・・でも、おいそれと人に相談できるような悩みでもありません。
誰か、口が堅そうな人に・・・。


カリカリカリ・・・。
放課後の教室。
みんなが帰った中で、今日の委員会の記録をまとめているのか、保科先輩は一人で
教室の中で何か書き物をしていました。
神様はまだ、私をお見捨てになっていなかったのですね。

「あの・・・すいません。藤田さんの友達の、保科先輩ですよね」

私がおずおずと声をかけると、保科先輩は顔だけをこちらに向けました。
「そうや。あんたは確か・・・藤田君のお気に入りの姫川さんやな」
えっ?
いやです、そんな恥ずかしい。
藤田さんのお気に入りだなんて。
所有物だなんて。
妻だなんて。
真っ赤になって首を横に振る私を見て、保科さんは少しだけ微笑みました。
「で、なんやの? うちに用事があるやなんて」
そうです。私は白せん菌を退治するための方法を保科先輩に聞きに来たのです。
図書館の主とまで言われる保科先輩なら、きっといい知恵をお借りできるはずです。
「あの・・・お聞きしたいことがあるのですが」
私はそう言って、保科先輩の机の側に近づきました。

むずむず。

「聞きたいことって何? うちがわかることなら、ええけど」
だっ、駄目! 何でこんな時に侵攻してくるの! 白せん菌さん!
耐えるの! 耐えるのよ、琴音!
「何? 早よ言うてや。うち、まだ議事録のまとめが残ってんのや」

「だっ、大事な話があるんです・・・」

むずむずむず。
保科先輩に有効な治療方法を聞き出すまでは! 絶対に負けたりなんかしないわ!
私は痒みという拷問に耐え、涙に潤んだ目で保科先輩の顔を見ました。
「なっ、なんやの?」
むずむずむずむず。
だっ、駄目! やっぱり、かゆすぎます。

ゴリゴリ。

「机、揺らさんといて。字が書けんやないの・・・って、あんた! 何しとるん!」
だって、だって痒いんです。どうしようもないじゃないですか!
机の角に痒いところを押しつけて揺らしている私を見て、保科先輩は目を丸くして
驚いています。
早く言わないと!
「ほっ、保科先輩に、どうしてもお聞きしたいことがあるんです!」
ごりごりごりごりごり・・・。
「・・・うち、違うで。眼鏡外したら長髪の美人やけど、そういう趣味はあらへんで」
保科先輩は青くなった顔で顔を左右に振りました。
そして、立ち上がって私から逃げていこうとします。
「まっ、待って下さい!」
私はとっさに、保科先輩の手をつかみました。

ポロリ。

保科先輩の眼鏡が外れました。それは同じ女である私でもビックリするくらいの
かわいい顔で・・・。
「かわいいですね」
思わずつぶやいてしまった私の手を、保科先輩は力一杯振りほどきました。

「違うんやー! うちは「女王様」でも、「えすかれーしょん」でもあらへーん!!」

ああ・・・逃げちゃった。
教室から走り去っていく保科先輩。
仕方がないので私は、机の角でひとしきり痒いところを掻きました。
ごりごりごり・・・。
やっぱり、掻かないと耐えられませんね。

「こっ、琴音ちゃん?」
げっ!?
恐る恐る振り向くと、そこには信じられないものを見たという表情の藤田さんがいました。
「俺の机で何やってんの?」
にょえぇぇぇぇぇ!!
何で保科先輩が、藤田さんの机で議事録をまとめているんですかぁ!?
「ちっ、違うんです! 違うんです!」
パニックを起こして教室から逃げ出そうとした私は、足をもつらせて転んでしまいました。
「だっ、大丈夫、琴音ちゃん?」
藤田さんが心配して、倒れた私に駆け寄ってきます。
むずむずむず・・・。

「あっ、駄目! 私に近寄らないで!」

放っておいて下さい。私みたいなミジメなインキン女のことなんか・・・。
涙を流して頭を振る私。

ガバッ!

えっ?
「馬鹿なこと言うな! 放っておけ? できるわけないだろ!」
少し怒っている藤田さんの声。そして、その腕は倒れた私の体を抱きしめています。
ドキン、ドキン。
痒みよりも高鳴る心臓の音の方が、今の私を驚かせていました。
「ふっ、藤田さん・・・」
体から力が抜けていきます。
「こっ、琴音ちゃん?」
私はコクンとうなずくと、黙ってうなずきました。
重なり合う唇と唇。
藤田さんの手も私と同じように震えています。
藤田さんに抱かれてキスされていた私は、頭の中で計算をしていました。
えっと、この前、来た日が確か・・・。

「藤田さん・・・今日は大丈夫な日です」

目を開けると、そこには顔を真っ赤にした顔の藤田さんがいました。
「こっ、ここで?」
恥ずかしいので、私は黙ってうなずきました。
藤田さんの手が、私のスカートの下へと入ってきます。
!? スカートの下?

1・このまま藤田さんと、ラブラブドッキング。
2・密着する二人の愛。
3・白せん菌、藤田さんにも侵攻開始。
4・嫌われてしまう&インキン女確定。

「やっぱり、駄目ぇぇぇぇぇ!!」
0.1秒で思考を終えた私は、あらん限りの「ちから」で藤田さんを雨が降る校庭へと
投げ飛ばしてしまいました。
あああ・・・私、なんてことを!
ただ逃げ出すしか、私にはできませんでした。


むずむずむず。
ぽりぽりぽり。

・・・もう、どうでもいいです。
愛する人と結ばれることも叶わず、あまつさえ傷つけてしまった私。
今、この街に降っている雨は私の涙。
涙さえ乾ききってしまった私の代わりに、世界を濡らしているのです。
神様は私をお見捨てになったのですね。
ふふふ、もう、どうでもいいのです。
私は雨で泣き濡れて、家路をたどっていました。

「あれ? どうしたの、琴音ちゃん? 傘も差さないで」

ブルーの傘を差して歩いてきたのは、友達の葵さん。
やだ・・・見られちゃったかな。
「あれ? 琴音ちゃんもかかってたの?」
葵さんの無邪気な笑顔。
「なっ、なんのことですか?」
思わず、声が裏返ってしまいます。

「だから、インキン」

にょえぇぇぇぇぇぇ!!
「はっ、恥ずかしいことを大きな声で言わないで下さい!」
葵さんの口を押さえた私は、自分の体がビショ濡れだったことに気づきました。
「ごっ、ごめんなさい」
葵さんの服を濡らしてしまいました・・・やっぱり、私は迷惑な人間なんだ。
「いいよ。どうせ雨が降っているんだし。ほら、行こう」
傘を私の頭の上にも差して、手を引っ張る葵さん。
「えっ? どこにですか?」
「私の家。ズブ濡れのままじゃ帰れないでしょう?」
・・・友達って、暖かいものなのですね。

ザーザーザー。
遠慮なく葵さんの家のお風呂を借りた私は、暖かいシャワーで体を洗っていました。
ついさっきまでは、この体のすぐ側に藤田さんの存在があったかと思うと悲しく
なってきます。藤田さんは私のことを許してはくれないでしょう。
ああ・・・駄目。
どうしても思考が暗い方向に行ってしまいます。
ガチャ!

「入るよー」

浴室の扉を開けて入ってきたのは、タオルも付けていない葵さん。
「やっ、やだ! 何ですか、いきなり」
私はシャワーを持ったまま、その場でしゃがみこみました。
「女同士なんだから、恥ずかしがらなくてもいいってば。ほら、気楽に、気楽に」
ケラケラと葵さんは笑うと、手に持った洗面器から缶スプレーを取り出しました。
「葵さん?」
不思議に思って質問しようとした私の体を、葵さんの手がつかみました。
むずむずむず・・・。
もうっ、なんでこんな時まで痒くなるのよ!
しゃがみ込んだままで、痒みに顔をしかめる私。
そんな私に、葵さんは同情した顔で言いました。

「インキンってやっぱり、清潔にして乾燥させておくしか治療方法がないんだよねー」

ガバッ!
葵さんはいきなり私の脚を持って、大股を開かせました。
にょえぇぇぇぇぇ!!
「なっ、何するんですかぁ!」
プシュー!
悲鳴を上げる私を無視して、葵さんは私の患部に缶スプレーで泡を吹き付けました。
「えっ、何? 何なの? これ?」
「シェービングクリーム。お父さんのだけどね」
まっ、まさか!?
葵さんの手に握られているのはT字型の安全カミソリ。
「いっ、いや! 止めて下さい! お願いです!」
「動くと切れちゃうよー」
じょり、じょり、じょり・・・。

ザーザーザー。
涙の雨。
外も、お風呂のシャワーも、私の瞳も、何もかもが涙の雨で濡れていました。


うっ、うっ、うっ。
雨に濡れて本当に風邪を引いてしまった私は、一週間ほど学校をお休みしました。
その間、ずっと部屋に閉じこもって枕を涙で濡らしました。
(前にも一人、剃ってあげたことがあるから。恥ずかしくないよ。こんな病気なんて
かかる時は誰でもかかるもんだし)
葵さんはそう言ってくれましたが、それは汗だくになるまで運動をやる人達の話で、
私のように普通の女の子には耐え難いことなのです。

つるりん。

もう痒くなくなった問題の場所。でも、小学生の時にもどってしまいました。
ああ・・・神様の馬鹿。


一週間ぶりの学校。
私は屋上で一人、物思いにふけっていました。
晴れ上がった空は、雨で空気中の塵が流されて、晴れやかに澄み渡っています。
私の心には相変わらず雨が降っていますが・・・。

「琴音ちゃん! ここにいたんだ!」

藤田さん!?
「駄目です。私に近寄らないで下さい」
また、藤田さんに迷惑をかけてしまう・・・そうなったら、私は本当に生きていく
勇気を失ってしまいます。
「・・・・・・」
藤田さんは黙って、私に近づいて肩を抱いてくれました。
「どうして・・・ですか? 私、あなたに酷いことをしたのに」
「葵ちゃんから聞いたんだ」
!?
やっぱり友達じゃない、あの女・・・後で誅殺です。
私はうなだれて、藤田さんに言いました。
「幻滅しましたよね。そんな病気にかかる女の子なんて・・・藤田さんは嫌いですよね」
突然、私の肩を抱く藤田さんの手に力が籠もりました。

「違うんだ! 見てくれ!」

いきなり、ズボンをパンツごと降ろす藤田さん。
にょえぇぇぇぇぇ!!
そういうプレイはもっと段階を置いてから・・・あれ?

つるりん。

指の隙間から見た藤田さんの愛のシンボル・・・その上には何も生えていませんでした。
「もしかして、葵さんが剃った、もう一人の犠牲者って・・・」
「俺のことだよ、琴音ちゃん」
ヒシッ!
藤田さんに抱きついた私。黙って、それを受け止めてくれた藤田さん。
後はもう、言葉は必要ありませんでした。

「琴音ちゃん・・・」
「浩之さん・・・」
藤田さんの肩越しに空を見つめる私。
空にはもう、雨は降っていませんでした。

神様、ありがとうございました。
いろいろと悪口を言ってしまってごめんなさい。

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おまけ

「いっ、いや! 冗談はやめてってば!」
「他に治療方法がないんですよ、綾香さん」
「あんたも仲間になりなさい!」
「よっ、好恵もなの? たっ、助けて、セリオ!」
セリオは無言で、カメラを構えていた。

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どこが崖っぷちなのかね?
水方さんの言葉に奮起し、リアル系の崖っぷちに挑戦しました。
苦情、お待ち申し上げております(汗)。

感想、苦情、リクエスト、競作の要望などがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
までお気軽にどうぞ。

ではでは。