ひどい雨 投稿者:AIAUS 投稿日:5月24日(水)04時12分
雨粒が窓を叩いている音が、カーテン越しに響く。
「いやな季節だぜ」
周りがジメジメしていると、こっちの気分も落ち込んでくる。

ピンポーン! ピンポーン!

「浩之ちゃーん! 朝だよー!」
あかりもよく、こんな天気の日に迎えに来るもんだ。カーテンをよけて窓を覗くと、
ピンク色の傘を持ったあかりが、呼び鈴を押している姿が目に入った。
「今、行くから。ちょっと待っていてくれよ」
なぜかビックリした顔で、二階の俺を見るあかり。

ドタドタドタ。

五分で支度を終えて、ビックリしたままのあかりの前に立つ。
「よお、お待たせ」
「浩之ちゃん。今日は随分、早起きさんなんだね」
左腕の腕時計を見せながら、丸い目で俺を見ているあかり。
「なんだよ。たかが20分くらい早いだけじゃねえか」
「その20分をいつも守ってくれれば、とっても助かるのになあ・・・」
ペチ!
あかりの頭を軽く平手ではたくと、俺は傘をさして学校へと歩き始めた。
「あぅー。浩之ちゃん、ごめん! ごめんってばぁ!」
あわてて犬のように俺の後をついて来るあかり。

犬・・・そうか。
なんだか機嫌が悪いのは、そのせいなんだな。

俺は背後から近づいてくる、あかりの足音を聞きながら、そんなことを考えていた。


赤、青、黄、白、透明・・・。
学校へ続いていく色とりどりの傘の群。普段は当たり前のように思えるこの景色も、
今日は随分と違って見える。
「Good morning! ヒロユキ!」
うっとおしい天気にも関わらず、いつもと同じ明るさの笑顔で挨拶をしてきたのは
レミィ。赤い傘がよく似合っている。
「よお、レミィ。今日は随分とひどい雨だな」
俺がいつになく陰気な挨拶をすると、レミィは不思議そうな顔で尋ねてきた。
「ヒロユキ? 今日はなんだか機嫌が悪そうだネ」
「まあ、たまにはな」
「暗い時にこそ、明るくしなきゃダメだヨ。笑う門には福来たる、って言うデショ?」
俺はレミィの質問を適当に受け流しながら、校舎の中へと入っていった。
どうもいけない。
今日は人と話さない方がよさそうだ。


「藤田さん。おはよ・・・」
「藤田先輩! おはようございます!」
葵ちゃんの気合いの入った挨拶に声をかき消され、その横顔をにらんでいる琴音ちゃん。
「よお。葵ちゃん、琴音ちゃん。今日はひどい雨だな」
いつになく沈んだ俺の表情に、二人は心配そうな顔を向ける。
「どうしたんですか、ふじ・・・」
「大丈夫ですか! 先輩!」
また声をかき消されて、怒った顔で葵ちゃんの横顔をにらんでいる琴音ちゃん。
「いや。今日はちょっとブルーなだけだよ」
俺がそう言うと、葵ちゃんはびっくりした顔で俺を見つめ、隣の琴音ちゃんに声をかけた。
「琴音ちゃん。たしか、もうすぐだから持ってきてるはずだよね?」
「えっ? 何をですか?」
「だからぁ、藤田先輩がブルーなんだって」
「えーっと・・・葵さんの言っていることがわからないんですけど」
葵ちゃんの意わんとしていることを察した俺は、とばっちりを食わないうちにその場
から離れることにした。

「だからぁ! 琴音ちゃんはザブトン持ってきてるでしょ、って言ってんの!」
「・・・・・・(プチ)」

顔を真っ赤にして葵ちゃんに攻撃を加えている琴音ちゃんとそれを避けている葵ちゃんの
姿を背中に、俺は教室へと入っていった。


「やっほー! ヒロ! どうしたの? 珍しく悩んだ顔して」
「よお、志保。今日はひどい雨だな」
いつもなら言い返してくるはずの俺が無反応なので、志保は妙な顔で俺を見る。
「なによぉ? 今日は張り合いがないわねえ。おまえは悩みなんかねえからな、ぐらい
は言ってこないの?」
こいつ、俺の反撃を予想してやがる。
「だからさ・・・」
志保が何かゴチャゴチャ言っているが、どうも今日はダメだ。全然、頭に入らない。

「ヒロのバカっ!」

教室に響きわたるような大声の捨てゼリフを残して、志保は俺の前から去っていった。
「どうしたん? なんかいつもの藤田君らしくないで?」
いつもは人のことに構わない委員長が、珍しく声をかけてきた。
「よお、委員長。今日はひどい雨だな」
「あかんわ、こりゃ」
ああ。今日の俺はどうもいけない。


沈んだ気分で授業を聞き終え、俺は学校を出た。
どうしてだろう? あいつの命日は今日じゃなかったはずなんだが。
朝から思い出されるのは、昔飼っていた犬、ボスのことばかり。
ずっと昔のことなのに、今は昨日死んだばかりのように悲しい。
そう言えば、あいつが病気になったのは雨が降り続いた日の後だったっけ。
でも、そんなことで悲しめるほど、俺は感受性豊かだったかな?
俺はそんなことを考えながら、黒い傘をさして公園を歩いていた。

ビチャ、ビチャ

水たまりを踏む足音。

ビチャ、ビチャ。

振り返ると、そこにはボスそっくりの大きなピレネー犬がいた。
弱っているのだろうか? よたつきながら雨の公園を歩いている。
「おい、どうしたんだ、おまえ?」
俺が声をかけると、そのピレネー犬は大きな顔を向けて黒い瞳で見つめてきた。
「腹、減ってんのか?」
弁当の残りを出してやろうと、俺が鞄を探った矢先・・・。

クゥーン・・・。

一声鳴いて、その犬は俺の目の前で倒れた。
「おっ、おい?」
まだ心臓は動いている。
俺は傘を投げ出すと、何も考えずにそいつのデカい図体を抱えて、家に走り出していた。


まだ体は暖かい。
でも、どんどん熱は雨で奪われていく。
くそったれ! どうして雨なんか降っているんだ!
泥まみれになりながら、俺は犬を抱えて走る。
いや、正確にはよたつきながら歩いている。
ダメだ。俺一人で抱えるには、こいつの体は重すぎる。

「ヒロユキ・・・どうしたノ?」

地獄に仏。
赤い傘をさしたレミィが俺の前に現れた時、俺はそんな言葉を思い出していた。

レミィに手伝ってもらって、犬を家に運び込んだ俺は、そいつの雨で濡れた体を拭いて乾かし、
毛布でくるんで暖めた。
「お医者さんに見せた方がいいカナ?」
心配そうな顔で犬の顔を見ているレミィ。
「いや・・・とにかく体力を回復させないと、下手に動かしたら余計に消耗させちまう」
こういう時は親が家にいないのがうらめしい。動物用の救急車なんてないものな。
「ダイジョウブ?」
レミィが犬の頭を撫でると、そいつは少しだけ頭を動かした。
だけど、息は途切れ途切れで、もう鳴く元気もなくなっちまったらしい。
こういう時は暖めないといけないんだけど、もう暖房器具なんか置いてある季節じゃない。
「くっそ! なんでストーブしまっちまったんだ? なんか暖めるものは?」
俺が頭を悩ましていると、レミィは犬の頭を撫でている手をそのまま俺の頬に当てた。
「暖めるもの、あるヨ」
レミィはそう言うとそのまま廊下に倒れて、苦しそうに息を吐いている犬の体を
抱きしめた。
そうか、その手があったか!
レミィの真似をして、俺も廊下に横になって犬の体を抱きしめる。
頼むから助かってくれよ・・・頼むから。
真剣な顔で犬の顔を見つめている俺の指に、レミィの指がそっとからまる。
「きっと助かる。だから、そんなに悲しそうな顔しないで、ヒロユキ」
「ああ・・・そうだ。きっと助かるよな」
その日、俺は初めて笑ったと思う。

俺とレミィが犬の体を抱きしめて廊下に横たわって、どれくらいの時間が経っただろうか?
「・・・ねえ、ヒロユキ?」
「なんだよ、レミィ」
指を絡めたまま、話を続ける俺とレミィ。
「どうして、今日は機嫌が悪かったの?」
「思い出したんだよ・・・友達が死んだ時のことをさ」
「friend? 仲がよかったの?」
「いや、犬さ。こいつによく似た感じの犬でさ、ボスって名前だったんだ」
「だから?」
「ああ・・・なんだか朝から嫌な気分で。まるで、ボスが死んだ日みたいだった」
少し考え込んでいるレミィの表情が、犬の肩越しに見える。
「虫の知らせ。きっと、ボスがこの子のピンチを知らせたんダヨ」
はっきりと言い切るレミィ。いつもなら、そんな馬鹿な、とでも返すんだろう。
でも今、二人で抱いている犬の体の暖かみが、そんなレミィの言葉に真実味を持たせていた。
「ああ。きっとそうだな。そうなんだろ、ボス?」

クゥーン・・・

俺が天井を見上げた瞬間、犬が気怠そうに一声鳴いた。


「ドンベエ! ドンベエ!」
なんとか助かったピレネー犬の首に抱きついているのは、小学生くらいの男の子。
「ありがとうございます。うちの家族を助けていただいて・・・」
人の良さそうなお父さんが差し出したお礼を、俺は受け取らなかった。
「助けたのは、俺じゃないですから」
小学生の男の子とそのお父さんは、俺の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。

「ヒロユキ、寂しい?」
一緒に犬を返しに来たレミィが、俺の顔をのぞきこむようにして聞いてくる。
「いや。あの男の子に友達を返しにやれて、ホッとしているぜ」
「ボスのおかげだよね」
「ああ。きっとな」

ポツリ

雨粒が頬に当たる。
「ヒロユキ。また雨が降ってきたヨ」
「ああ、そうだな。走るか」
本降りになる前に、走り出す俺達。
「アタシね!」
「なんだぁ?」
「ヒロユキのこと好きでヨカッタヨ!」

ザー

降り出した雨音の中、レミィの声だけが透き通って空に響いていた。

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おまけ

「浩之ちゃん! 準備できたよ!」
「なんだ、あかり。巫女さんみたいな格好して」
「うん。浩之ちゃんは雨が嫌いだって聞いたから、晴れ乞いの儀式をね・・・」

あかりの儀式に六時間つきあわされたが結局、空は晴れなかった。
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僕もこれで競作参加。今度は割合に自信アリ(根拠ないけど)

感想、苦情、リクエストなどがございましたら、
aiaus@urban.ne.jp
まで。

ではでは。