ここほれワンワン〜真夏の夜のミステリ〜 投稿者:わいと 投稿日:7月16日(日)00時56分
「うぅ………」
 深夜の校舎裏。
 浩之は、スコップを持ったまま絶句した。 
 足元にはイイ感じに腐れた犬の屍骸。
 吐き気を催すミディアムレアな臭いからして、死後4〜5日といった処だろうか。 
 ――まさか、こんなのが出てくるなんて…
 浩之は腐臭を放つブツを呆然と見つめ続けた。

              *
 
 始まりは、初夏の日差しも眩しい昼休みのことだった。 
「先輩、ここほれワンワンって知ってるか?」
 浩之は隣で弁当を広げてる芹香に問い掛けた。 
 ここほれワンワン。
 小学生から大人まで、知らぬものはないと思われるほど有名な日本昔話だ。 
「………」
「花咲かお爺さんのことですかって? …そうとも言う。でさ――」 
 芹香の小さなツッコミもなんのその。
 浩之は1週間ほど前の出来事を話し出した。

 あれはかったるい体育の授業をサボった日の事だ。
 場所は今と同じく人気の少ない校舎裏。 
 オレはベンチに座ってウトウトと居眠りをしていた。
 だから、奴がいつ頃現われたのかは覚えていない。 
 ただ気が付くと、一匹の犬が物欲しげにオレを見上げていた。
 今までにもちょくちょく見かけていた、学校に住みついた野良だった。 
『――食いモンはないぞ』
 オレの言葉にそいつはふるふると首を振ると、まるで誘導するかのように1本の桜の木の下に歩いて行く。 
 そして、オレの顔と木の根元とを交互に見つめる仕種を繰り返した。
『……宝でも埋まってるのか?』 
『ワン!』
 問い掛けに呼応したようなそいつの鳴き声には、肯定の響きがあった―― 

「…………」
「え? それで何が出てきましたかって? いや、それがさ、結局掘り損ねたんだよ」 
 浩之はスコップを取りに体育倉庫に行ったところで、あっさり先生に見つかった。 
 ここほれワンワンなんですよ! 先生!
 浩之は必死で主張した。
 が、聞き入れられることは(当然)無かったという。

「で、そのまんま今日まで忘れてたんだけど……あの犬、どうしたかなぁ」
「……?」 
「え、犬? うん、そうなんだ。あの時以来、どうも見かけないんだよな。先輩も見たこと無い? 
 前にマルチが餌やったりしてたんだけど」
「…………」
「…先輩?」
「…………」 
「…どうしたんだ?」
「…………」
 芹香は突然、なにやら考え込んでしまったご様子。 
 先ほどまでのぽやぽやとした雰囲気が一転して、全身から緊張感が迸っていた。 
 ――なにか先輩の気に食わないことでも云っちまったのか?
 浩之は不安になりながらも、とりあえず話を続ける。 
「でさ、せっかく思い出したし、オレ、今度あの犬が示してた場所掘ってみようかな、なんて思ったりして…」 
「…ダメです」
 ――え?
 話の腰を折るように、芹香はきっぱりと完全否定した。 
 しかも声付き。
「……どうして?」
 問いかける浩之を見つめながら、どうしてでもです、と芹香は無い表情を引き締めた。 
 そして、犬さんのことは忘れて下さい、と普段の5割増くらいの厳しい表情で念を押す。

 浩之は初めて見るそんな芹香の態度に、戸惑いを隠せなかった。

                 *

 と云うわけで、浩之は独り、夜の学校に来ていた。
 様々な疑問が頭に浮かんでは消えて。 
 ――あのときの先輩の態度はなんだったんだ?
 持ち前の好奇心が後押しするカタチで、浩之は地面を掘りおこさずにはいられなかったのだ。 
 しかし…
 結果は冒頭で述べた通り。
 犬の屍骸がコンバンワとばかりに顔を出したのだ。 
 ――次の儀式に使ういけにえです――
 浩之は、かつて芹香と黒猫を探した時のことを思い出す。 
 彼女はあの時、結局猫を殺すのを思い止まった。
 だからといって黒魔術に傾倒するのを止めたわけではなかったし、あれ以前にも以後にも、今まで何度も生贄 
と称して動物の命を奪っていたのかもしれない。

 だとすれば、オレの足元のこれ(犬)は先輩の儀式の犠牲か? 
 この下には先輩の殺した動物が折り重なって埋められているのか?
 しかし、まさか犬を生贄にした上、無造作に埋めとくなんて… 
 さすがにこれわ……

 浩之は、吹き抜ける生温かい夏の夜風に、ぞくりっと身を震わせた。 
 そして何気なく後ろを振りかえった瞬間――
「う、うわぁ!!」
 情けない悲鳴が浩之の口から飛び出していた。 
 芹香と付き合い出してから霊関係には強くなったとはいえ、やはり夜の学校は気味の良いものではない。 
 先日も一年生の女の子が夜の学校に行ったまま、神隠しにあったと逢わなかったとか。 
 単なる家出にすぎないだろうそういった出来事も、夜の学校と絡めて話されると、途端に怪談にすりかわる。 
 夜の学校にはそれだけの雰囲気があるのだ。
 しかも、浩之の足元には腐乱犬。 
 そんな状況で、誰もいないはずの裏庭に突然人が現われたら、ビックリするなという方が無茶だろう。 
 しかも、その人というのが…
「……先輩――」
 塀際の並木を背景にした暗がりには、ぽつんと1人、黒髪の少女が立っていた。 
 その少女は浩之の姿を見て、さらに手にスコップ、足元は掘り返されてる、という状況を認識すると、無言の 
まま微かに眉をひそめる。
「…………」
「先輩、ごめん、お、オレ、先輩がなんであんな態度を取ったのかを知りたくて……まさか、こんな…」 
「…………」
「なんかの間違いだよな?」
「…………」
「…………」
「…………」 
「……先輩が、この犬、埋めたのか?」
 何度も頭の中で繰り返した問いだったのに、いざ口にしてみたら、惨めなくらい掠れた声しか出なかった。 
 少女は浩之の問い掛けに小さくひとつ首を傾げる。
 そして正面から歩みより、浩之の首に両腕を回すと…にっこりと微笑んだ。

 その瞬間、浩之は自分の間違いを悟った。


 少女は浩之の首に両腕を回してにっこりと微笑んだ―― 
 と浩之が認識した瞬間には、くるっと背中に回りこまれ、首を極められていた。 
「あんた今、姉さんに対して失礼な事、考えてたでしょう?」
 後ろから耳元に声がかけられる。 
「え…? あ、綾香か!」
「綾香か、じゃないわよ、まったく! こんな夜中に学校でなにしてんの?」 
「それはこっちの台詞だ! お前こそなにしに来たんだ?」
 逆に問いかけた浩之に対して、綾香はあっさりと答えた。 
「ん、姉さんのお守り」
「先輩の?」
「そ」
 チョークスリーパーを極めながら、綾香は指先で前方を示す。 
 先程まで綾香の立っていた場所には、ドッペルゲンガ―のように同じ顔の少女が佇んでいた。 
 見まごうこと無き先輩――来栖川芹香。
「先輩…どうして?」
 呆然と見つめる浩之に対し、芹香は困惑の表情を浮かべる。 
 そして、忘れてくださいといったのに、と云った。
「先輩…ごめん」
 綾香を首にぶら下げたまま浩之は謝るしか術がなかった。

              *

 芹香は何故か、綾香のみならず、セバスチャン(これはまあ、当然)、そして――数名の遺跡 
発掘隊のような連中を連れていた。彼らは、先ほどまで浩之が掘り返していた木の下に陣取ると、 
照明、カメラなどの準備を進める。
「芹香お嬢様、では、始めさせていただきます」 
 彼らの準備作業がひと段落したところで、セバスチャンが慇懃に告げる。
 こくりっと小さく頷くと、芹香自身は発掘の邪魔にならないように浩之と共に少し離れたベンチ 
に向かった。
「なにが始まるんだ?」
 遠巻きに発掘隊の作業を見ながら、浩之は芹香に問い掛けた。 
「見て判らない? あの木の下を掘るのよ」
 浩之の後ろから、姉に代わって綾香が答える。 
 彼女、未だに浩之にぶら下っていた模様。
「…あそこには犬が埋められてただけだぞ。まだ、なんか埋まってんのか?」 
「馬鹿ねぇ。だからこそ、じゃない」
「だからこそ? どういうことだ?」
 芹香から聞いたのだろう、綾香は浩之の話を大体把握しているようだった。 
 浩之の疑問に対し、質問を投げ返す。
「その埋められてた犬って、あんたが1週間ほど前に見たって云う犬なんでしょ?」 
「――死体だからはっきりはいえんが、多分、な」
「やっぱり、姉さんの推理通りみたいね」 
「…先輩の推理って…先輩、あの木の下に何が埋まってるか知ってるのか?」 
「だから『推理』だって。実際なにが出てくるのかは判らないけど…姉さんの推理通りのものが出てきたら大 
問題よ」
 未だに訳がわからない、という顔をしてる浩之に向かって綾香は楽しげに声を上げた。 
「ま、どんなお宝が埋まってるかは…出てきてからのお楽しみよ!」
 そんな綾香の軽口に、芹香は困ったように眉を下げた。

              *

 待つこと、およそ10分。
 突然、発掘隊の連中の輪の中からどよめきの声があがった。 
 見つかった、とか、えらいこっちゃ、という声が錯綜している。
 そんな中、セバスチャンがゆっくりと近付いてきた。 
 彼は相変わらずの苦虫を噛み潰したような顔のまま報告した。
「芹香お嬢様。お嬢様の御言葉通りでした」 
「………」
 芹香は無表情のまま頷く。
 セバスチャンもまた無言のまま一礼すると、再び木の下へと去って行った。

「で、結局なにが出てきたんだよ!」
 堪えきれずに浩之は問い掛けた。
 浩之の首にぶら下っていた綾香の腕にぎゅっと力がこもる。 
「浩之――あんた、わかんない?」
「ああ? どう言う事だよ?」
「あの木の下に埋められてたのは――」

 神隠しに逢った一年生です

「――!」
 一瞬言葉を失った浩之に、芹香は小さな声で説明する。

 浩之さんの話を聞いたとき、私は、犬さんはどうしたんだろう、と考えたのです。 
 最近まで居ついてた犬さんが消えた理由。
 もし、犬さんが本当に宝の位置を教えていたとしたら。 
 それは、宝を隠した人にとっては非常に不都合な事なのではなのではないでしょうか? 
 浩之さんのような方もいることですし、その人は宝の場所を変えるか、もしくは犬さんをどうにかしなく 
てはならないでしょう。
 そして――犬さんが居なくなりました。
 では、犬さんはどうなったのでしょう? 
 殺された?
 そうかもしれません。
 でも、犬さんを殺してまで隠そうとした宝物ってなんでしょう?

「って考えたとき思い出したのが、神隠しに遭った下級生のことだったんだって」 
 芹香の説明の後を継ぐように綾香が話を続ける。
「もし、神隠しに遭ったと思っていた娘が、実は殺されてあの木の下に埋められたら。そして、彼女の腐臭を 
犬が嗅ぎ取って浩之に知らせようとしていたとしたら。その犬はきっと浩之に限らず、色んな人に同じ事をし 
ていたかもしれない。もし、そのことを彼女を殺した犯人が知ったとしたら…犯人としたら犬を殺さなければ 
ならないでしょうね。だって、『お宝』の場所を変えることは出来ないんだから」 
「それじゃあ、あそこから犬の死体が出てきたのは…」
「ひとつは殺した犬の死体を処理するため。そしてもうひとつは…ダミーとして、でしょうね」 
 浩之の独り言のような呟きに、綾香はゆっくりと答えた。
 もし犬の行為を真に受けた人間が木の下を掘り返したとしても、その時お宝の代わりに犬の死体が出てきたら。 
 それ以上掘り進もう、と思う人が何人居るだろうか?
「最初、姉さんの話を聞いたときは姉さんの考え過ぎかも、と思ったんだけど…浩之の足元に犬の死体が転がっ 
てるのを見ちゃったらねぇ…」
 綾香はそこで口を噤んだ。
 彼らの周りに静寂が訪れる。 
 浩之はもう1度、犬に示された大きな木に目を向けた。
 あの木の下に、犬が埋められていた。 
 そして、行方不明になっていた少女の死体が。
 殺されて。
 次第に近付いてくるサイレンの音が、うわんうわんと頭に響く。 
 浩之は芹香の細い肩を抱き寄せると、その耳元に問いかけた。
「先輩、ここほれワンワンって知ってるか?」 
「……?」
「良いお爺さんに宝の場所を教えた犬のポチは、悪い爺さんに殺されるんだ。でもな、殺されたポチの墓から 
大きな木が育って…その木で作ったウスをつくと、宝物がザックザクと溢れ出たんだと」 
「………」
「でも、あの木じゃ、ウスを作るにはちょっと小さいな、はは…」

 その代わりに……
 灰をまかなくったって、春になれば満開の桜を見せてくれますから――

 芹香は小さく囁き返した。
   
  
 <えんど>

           

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