おこたぴとぴと 投稿者:ゆき 投稿日:12月10日(日)12時00分

 は〜…。ぽふっ。
 私、柏木初音は、学校から帰ってくるとすぐに居間のおこたに電気を入れ、
まだひんやりとしているその中へ足を入れた。
 は〜…というのは安堵の溜め息。
 ぽふっと言うのは冷たいおこたの布団を胸の上にかぶせた音。
 ごそごそ。靴下を脱ぐ。
 冷たい空気にあったかかった足が触れて、無性に気持ちが良い。
 は〜…もう一度溜め息。
 しゅっしゅっ、足先と足先を擦る。
 は〜…気持ちい〜。
 っていうと変な誤解を生みそうだけど。
 あったかいおこたに入るのも良いけれど、冷たいおこたも良いものだと思う。
 一番最初に家に帰ってくる私の、小さな楽しみ。
 は〜…、またまた、溜め息。
 そういえば私まだ制服のまんまだ。
 着替えないと……まあ良いか。
 は〜…幸せー。


 ほけーっとそんなことをしていたらだいぶおこたもあったかくなった。
 おこたあっため係りの仕事はもう終わりだけど、まだ入ってる。
 ううん、怠惰。

 カラカラ。家の戸が開く音が小さく聞こえた。
 ぼーっとしてた私はちょっと我に返って時計を見る。
 楓お姉ちゃんの帰宅時間だった。
 とことこと、じゃないけれど、行儀のいい足音が聞こえてくる。
 足音が止まる。
 すっ、襖が開く。
「あ、…おこた」
 ゆっくりとした感じで居間に入ってきた楓お姉ちゃんは、おこたを見てそう
いうと吃驚するような素早さで襖を閉めてささっとおこたに足を潜り込ませた。
「………ふぅ」
 しかもいつ脱いだのか、楓お姉ちゃんの横には丁寧に折り畳まれた靴下が。
 私としては、何事もなかったかのように幸福のため息をもらす楓お姉ちゃん
に畏敬の念を感じている次第だ。
 …なんて訳の分からないことを考えていると。
 ぴとっ
「ひゃあ!?」
 ぴとぴとっ
「おっ、お姉ちゃん!?」
 ぴとぴとぴとぴとっ
「つ、つつ冷たいよ!!」
 楓お姉ちゃんが、いきなり足で私の足ををつついてきた。
「私はあったかい」
 和やかな目で、お姉ちゃん。うう、なんて幸福そうなんだ。
「もう、暖かくしたいならおこたの熱いとこに直接触ればいいでしょっ」
「それだと普通に熱いし。……えいっ」
「ひゃあっ」
「…えいえいえい」
「ひゃぁ、つめたいよっ、わっわっ」
「こっちだとちょうど良いの……えいえいえいえい」
「ひぅっ、つめたいよぉ、あぅぅ、だめぇー…」
「……………――」
 あんまり冷たくて私が倒れ込んでじたばたし始めたあたりで、ぴたっとお姉
ちゃんの動きが止まった。
 そして、それからちょっと怪訝そうな顔になって、
「――姉に対して劣情を抱かれても………」
 言って、恥ずかしいと言わんばかりに俯く。
 わざとらしかった。
「抱いてない抱いてないから」
 はぁ、やれやれ。
「もう、お姉ちゃん、何でこんなことするの?」
 取り敢えず劣情云々に対してまともに取り合うとひどい目を見させられそう
なので深入りせずに切り上げ、話題を変えるため出来るだけ恨みがましそうな
表情を作りながらそう言った。
「…おこたで足を突っきあってじゃれあうのは基本だし…」
 訳が分からない。私には崇高すぎてわからないとでも言うのか。
「…お姉ちゃん、そういうことは私じゃなくて恋人さんとやってよー」
 仕方がないので半眼でそういった。すると楓お姉ちゃんは声を低くし、ぼそ
っと、
「……貴様が盗ったんじゃなかったか、え、おい」
 私は耳を疑った。
「お姉ちゃん、貴様……って、あのその」
「…? 初音、どうかした?」
 けど楓お姉ちゃんは一転して極上の笑み。
 同性で、しかも妹の私でさえもどきっとする最高の微笑。
 何故どきっとしたのかまではわからないけど。
 わかりたくないけど。
「…変な初音ちゃんね」
「えと、お姉ちゃん? ていうかあの、その、楓お姉ちゃん、か、楓さん、え
えとええと、キャラが……えっとその」
「………えいっ」
 ぴとぴとっ。
「ひゃ、ひゃぁっ?」
「…えいえい」
「ひあああっ、つめたいいいいいぃぃぃぃ」


 その後、学校から帰ってきた梓お姉ちゃんと、仕事から帰ってきた千鶴お姉
ちゃんにもぴとぴとされまくり、挙げ句の果てに食事中までずっと三人からぴ
とぴとされまくった私は、心に深い傷を受け泣きながら居間を脱出した。


 外はもう、真っ暗だった。
 灰色の空の下で、私の吐く息だけがただただ白い。
 居間ではまだ三人、おこたであったまってるんだろう。
 私は一度溜め息を――不幸の――をつくと、コートを羽織って家から出るこ
とにした。
 外は静かだった。
 まるで静かだった。
 遠くで聞こえる車の排気音が、なんだかとても心細い。
 はぁと吐く息だけが矢張りただただ白く、それだけが確かなもののように思
えた。ああ、でも、心細い――
「お兄ちゃん、なにしてるかな」
 心細くて独り言。心細くてお兄ちゃんのこと。
「うーん、やっぱりおこたであったまってるのかな」
 白い、息、吐く。
 寒くてなかなか消えない白い息、私の想像を逞しくする。
「そんで、誰かにぴとぴとしたり……」
 語尾が薄れる…なにを考えてるんだ私は。
「……ぴとぴと、されたり…………」
 立ち止まり俯く。
 俯くと白い息が常に目線にはいる。
 また、想像が逞しくなる。
 誰とも知らない、存在するかもわからない、想像の中のその人。
 莫迦みたいだ。莫迦みたいに不安で――
「……私の莫迦」
 歯止めが利かない。
 堰の切れた不安は炸裂して、
「あ――」
 逞しい想像力はそれに嘘みたいな現実味を与える。
 そんな、私の妄想、いや、もはやこれからの予定はとうとう結論に落ち着い
た。なんと言うことはない。
「――会いにいっちゃおっかな――」
 とても簡単な。
「そんで、私がおこたでぴとぴとしてあげるんだ」
 不安が炸裂した所為で、もう怖さを感じられない。
 なんて悪い子だろう。思わず、笑みをこぼす始末。
「靴下脱いで、……服も、ぬいじゃっいたりして…おこたの中で…ひゃー」
 さらに進む、妄想兼これからの予定は、

 えへへ、もう人にいえません。




              … おしまい …


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 十二月のお題「こたつ」、と言うことで書いてみました。


http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/2013/