親父の夢を見た。 真っ暗な世界。 遥か遠くに親父がいる。 駆け寄っても一向に距離は縮まらない。 それでも俺は駆け続ける。 遥か遠くで親父が何かを告げる。 「守って…やって…く…れ」 あまりに遠く、擦れるようにしか聞こえない。 でも、わかる。 従姉妹たちを守ってやってくれっていうんだろ。 まかせてくれ、親父。 俺はみんなを絶対に、守ってみせるさ… 「微妙に違う」 ぬっと親父のツラが直前に現れた。 思わずあとずさる。 そんな俺の動揺にも関わらず、親父は平然と告げる。 「地球を守ってやってくれ、耕一」 はい? 「地球は狙われているのだ!」 突然、背景が大宇宙になる。 俺と親父の間に青い球体が浮かぶ。 写真で見たことがある。 地球だ。 「あれを見ろ、耕一」 そういって親父が指差した先には。 雲霞のごとき、未確認飛行物体の群れが。 「あれが、我らの地球を狙うエルクゥ星人だ」 なんだ、この展開。 「現在の地球の科学力では奴らのオゥヴァー・テクノロジィには太刀打ちできん」 個人的には太刀打ちできたとしても相手にしたくないんだが。 「そこでお前に希望を託す」 きらきらと光を乱反射する棒状の物質が手渡される。 なんだ、これ。 「それこそ地球最後の希望『マジカル・エルクゥ・ステッキ』だ」 親父から名が告げられた瞬間、ピンキラリラと珍妙な音を発しステッキが光る。 ものすごく馬鹿にされた気分なんだが。 「そのステッキで『変身』と叫べば、魔法少女に変身ができる」 したくねぇ。 「安心しろ、お前の魔法少女なんざ死んでも…死んでても見たくはない」 いちいち癇に障る言い方である。 「探すのだ。 魔法少女となるべき人間を探し、ミラクルパゥワァで地球を救うのだ…」 だんだん親父の姿が遠ざかっていく。 ちょっと待て。 言うだけ言って逃げんな。 「時代は魔法少女〜」 制止の言葉も完全に無視して。 最後の最後までロクなこと言わないで、親父は消えていったのだった。 そして目が覚めた。 夢。 夢だったんだ。 だのに何故。 俺はきらきら光る謎のステッキをもっているんだ。 「というわけで、誰か魔法少女やりたいひと」 朝食も終わり、和やかな雰囲気が流れていたはずの食卓に痛い沈黙が訪れる。 冷たい視線が突き刺さる。 「い、いや、本当だよ? 文句なら親父にいってくれ」 慌てて弁解する俺に更に冷たい視線が刺さる。 「どうせ酒でも飲んだ勢いで買ってきたおもちゃだろ、このロリオタ」 人がいくらロリータ趣味だからといってそりゃないだろう、梓。 千鶴さんはにこにこしているが腹の中ではどんな酷い偏見を育てているのかわからない。 楓ちゃんに至っては、こちらを一瞥しようともせず、食後のお茶をゆったり飲んでいる。 くぅ、みんな冷たい。 いや、まだだ。 俺にはまだ初音ちゃんがいる。 「初音ちゃん、やってみない?」 「えっ!?」 額から大きな汗をかきながら愛想笑いをしていた初音ちゃんの表情が凍る。 ひときわ大きな汗がそのおでこを滑る。 「結局、初音に自分の屈折した趣味を押し付けたかっただけか…」 梓が冷ややか過ぎる目で言い捨てる。 違うって言ってるのに。 「…一回だけだよ?」 と、初音ちゃんはまるで信じていないのに無理してステッキを持つ。 初音ちゃんはやさしいなぁ。 そして初音ちゃんは。 「変身…」 と、か細い声で恥ずかしそうに言う。 魔法少女フェチとしてはもっと元気にはっきりとやってほしかったのだったが、これはこれでいいなぁ。 とか思っていたら。 ピンキラリラとどこかで聞いた音が鳴り。 七色の光の束が初音ちゃんを包む。 「!?」 総立ちになる一同。 まさか、マジでこんな事態になるとは思ってもいなかったのだろう。 俺も微塵すらも信じてはいなかったのだが。 きっと酒でも飲んだ勢いで買ってきたおもちゃかと。 あんな夢を見たのをいいことに自分の愛すべき趣味をレクチャーしてあげようかと思っていただけなのに。 まさかこんな事態になるとは。 光の束は花となる。 その花が初音ちゃんの体を包んだかと思うと。 花が集いピンクを基調としたフリフリのアイドルコスチュームとなった。 「人呼んで、マジカルエルクゥ参上だよっ!」 ズビバキーンという珍妙な効果音とともに初音ちゃん…いやさマジカルエルクゥがポーズを決めた。 数秒の沈黙のあと、マジカルエルクゥは食卓の下に潜り込んでしまった。 「違う、違うの、口が、口が勝手にね、ポーズも勝手にね…」 食卓の下で頭を抱え、真っ赤になって誰にともなく弁解するマジカルエルクゥだった。 「というわけで、誰か魔法少女やりたいひと」 改めて聞いてみた。 とはいえ、四姉妹で似合いそうなのは初音ちゃんしかいないわけで決まったも同然だろう。 趣味(性癖)と実益(地球平和)を兼ねるなんて、魔法少女最高。 「…絶対やらないからね」 しかし、珍しく初音ちゃんから拒否の言葉を聞く。 「高校生にもなって、あーいうことするの絶対嫌だもん」 …… …… …… ……ああ、高校生ね。 そうだったそうだったそういうことだった。 もう、すごく妥当な理由過ぎて異論の余地がないなぁ。 だって高校生だもんね、高校生なんだもん。 初音ちゃんは諦めるしかなさそうだ。 「しょうがないですね…」 と、千鶴さんが身を乗り出す。 「千鶴姉は仕事があるから絶対無理だよな」 梓にきつく釘をさされる。 うむ、下手に千鶴さんにまかせるとすごくノリノリでやっちゃいそうなんだよなぁ。 ただでさえ週刊誌やらなんやらで顔が売れてるだけに、魔法少女なんてやったら全国的に恥を晒しかねない。 このステッキで変身しても、顔が隠れるわけじゃないから正体モロバレなんだよなぁ。 正しい判断だ、梓。 「…でも、ちょとだけなら」 「ダメ」 掛け合う千鶴さんと梓を尻目に、俺の視線は楓ちゃんに移る。 まるで無関係を決めてお茶を啜る楓ちゃん。 あまりも魔法少女とイメージがかけ離れてるんだよなぁ… それが難点だ… …まてよ。 逆にそれがいいんじゃないのか? 脳内妄想開始。 擬似羞恥プレイ起動。 補完完了。 ――イケル! 「楓ちゃん! 楓ちゃん魔法少女やらない!?」 まさか自分に振られるとは思っていなかったのだろう。 お茶を気管に流し、咳き込み、信じられないモノを見るような目でこちらを見る。 「耕一さんは私に、ピンクのフリフリ着て決めポーズ決めろ、と?」 冷静さを取り戻し、冷えた言葉を投げてくる。 「うん、フリフリで可愛い楓ちゃんが見たい」 ストレートに告げ、そっと楓ちゃんの手をとる。 楓ちゃんの顔が赤く染まる。 「可愛い格好をした可愛い楓ちゃんが見たい」 そっと肩に手を回す。 そして耳元で囁く。 「可愛い衣装の楓ちゃんとえっちなことがしたい…」 ぼっ、と音が出るように、顔はおろか耳までも赤く染めてうつむく楓ちゃん。 うわ、可愛い。 これで本当に魔女っ子やらせたらどんなに可愛くなるんだろう、考えるだけで怖い、まんじゅう怖い。 楓ちゃんは俯いたまま、「…はい」とか細い声で―― 「まてッ! 待つんだ柏木耕一――ッ!!」 ――か細い声はホモの声でかき消される。 「何しに来た、柳川」 「『マジカル・エルクゥ・ステッキ』を頂きに来た」 どこを取っても法の側の人間とは思えない発言をするのだった。 「なんで知ってる」 「愚かな、柏木耕一! 貴様の不愉快な夢は俺にも見えるということを忘れたか!」 これも新手のストーカー被害として訴えられる時代がこないものか。 「…国家権力で没収か」 まぁ、本当なら地球規模の危機だし、そっちのほうがいいとは思う。 しかし、他の人間がこんなバカなこと、信じるのものか。 しかし柳川は不適に笑い、言った。 「違う」 そして空を仰ぎ、叫ぶ。 「貴之のほうが魔女っ子に似合うんだよっ!!」 ホモでバカでキチ○イか、可哀想に、貴之さん。 「男でも魔女っ子でいいじゃないか! そうだろう! そうだよな!」 殴ることにした。 「ああ、けんかが始まっちゃったよ、どうしよう」 「ここは私がマジカルエルクゥになって魔法で解決を…」 千鶴さんがステッキを手にとろうとして、思わず。 「やめてください千鶴さん、歳を考えて――」 口に出してしまった。 柏木家を物理的にも揺るがす大バトルが始まろうとする中。 梓は。 「どうして私にだけは誰も話を振らないかなぁ…」 逃げながらぼそりとつぶやくのだった。 で、結局どうなったかというと。 「エルクックックック、この幼稚園バスはトカゲエルクゥ様が頂いたでエルクゥ!」 本当に悪の軍団が来ちゃったわけで。 「そこまでだ!」 「ぬぅ、何奴でエルクゥ!?」 ピンキラリラと謎の音。 「人呼んで、マジカルエルクゥ参上だ!」 ズビバキーンと決めポーズ。 誰が貧乏くじを引かされたのかというと。 フリフリでピンク基調の魔女服を着た、巨躯の鬼。 一見して正体のわからない耕一さんだったのである。 「エルクックックック、園児を人質にとられてはさしものマジカルエルクゥも手が出まい」 「くっ!」 何も考えずに飛び出したはいいが、好みの女の子を人質にとられ絶体絶命のピンチ。 「エルクックック…ぐえっ!」 上空から放たれた薔薇がトカゲエルクゥを襲う。 その隙に逃げ出すことに成功するマジカルエルクゥ好みの園児。 「何者でエルクゥ!?」 トカゲエルクゥが見上げた先に電柱。 その上にいた人影はこう名乗る。 「人呼んでタキシード狩猟者!」 「「タキシード狩猟者!?」」 マジカルエルクゥとトカゲエルクゥの驚きがハモる。 「マジカルエルクゥ!!」 タキシード言い放つ 「お前を殺すのはこの俺だ! そんなクズにいつまでもてこずっているんじゃない!」 「タキシード狩猟者…」 「フン」 ノリノリのバカ二人だった。