五月雨堂地獄変 投稿者:山岡 投稿日:4月30日(火)21時07分




 スフィーの表情はかつてないほどに苦々しかった。 


「けんたろ」

「ん? どうしたスフィー」

「五月雨堂って骨董品屋さんだったよね」

「以前はな」


 あっさりと言い放つ健太郎に、その苦々しさは増すばかりである。


「じゃ、今は何屋さんかなぁ」

「品揃え見ればわかるだろ」


 必死に爆発しそうな感情を抑える。 比例して、苦々しさは増すばかりである。


「わかって聞いてるんだけど」

「そうか、なら、それは人間界ではセクハラっていうんだぞ」


 ぶちりと何かが切れる音とともに、スフィーは店外へと走る。

 勢いあまってバランスを崩しながらも二本の脚でぐっと地面を踏みしめ。


「っていうか! なによこれわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 びっ、と決めポーズのようにカッコよく伸ばした指先が指すものは。

 五月雨堂の看板である。

 だが、それは過去のような威厳を微塵すらも感じさせぬ毒々しい配色の電灯に彩られ。

 そして、何よりも威風堂々たる様でこう書かれているのが鮮烈である。


『ブルセラショップ五月雨堂』


 そこは夢と希望と各種の制服を売るお店。






「まぁ、こうなったのも全部スフィーのせいなんだがな」

「へ…?」


 健太郎はゆっくりとスフィーの服を指差す。

 今日の衣装はメイド服。


「いかにもその手のお店ですって格好で接客して客層が変わらんわけなかろーが」

「うっ…」


 確かに以前までは、いかにも上流階級な格好と鋭い視線を骨董品に向けるお客さんばかりだったのだが。

 最近は、いかにもだらしない外見といやらしい目つきをスフィーに向ける客ばかりである。


「お客が望む商品を売る それが商売の大前提だからな…」


 あからさまな詭弁に素直にうろたえるスフィー。


「あ、あれは… こーゆーカッコで雰囲気出したほーがやる気出るし…けんたろがこーゆーの好きかなーって思って…」

「それは人間界ではセクハラっていうんだぞ」


 あっさりと乙女の純情は踏みにじられる。

「うー…けんたろのばかー…」


 泣きそうな顔のスフィーを見て苦笑を浮かべて健太郎は言う。


「…ともかく、やる気が出るのはいいけど、こんなのも出るから気をつけろ」

「へ…?」


 と、聞き返そうとして。

 初めて背後にいる男の気配に気がついた。

 ギラついた目と、引きつった笑顔。


「き、きみの今着てる、そのコ、コス、コスチューム… い、いくら出せば売ってくれるの…?」


 掴まれたスカート。

 息が臭うほどに接近した顔。

 泣きそうな顔で健太郎に助けを求める。

 それを受け、健太郎は毅然とした態度で言い放ったのだった。

 「2万(税込み)」


 それが最後の引き金だった。













「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」












 爆音。

 こうしてブルセラショップ五月雨堂は短い歴史に幕を降ろした。














 救急車と消防車のサイレンをBGMに二人のアフロが口汚く責任を押し付けあう。

 そんな修羅場を眺める二つの影。

 見るも聞くも耐えない喧騒を眺めつつ、そのうちの一人、リアンが微笑んだ。


「本当に健太郎さんと姉さんは仲がよいですね」

「…そうかなぁ」


 という結花もちょっとだけ羨ましそうだったりする。
 
 対岸の火事を見ると、保険金で新築できて羨ましいなぁ、と思う人間心理がここにある。




 だが。

「こうなったらノーパン喫茶でこの損失を埋めてやるぜぇぇぇぇぇぇ!!」

 だが、他人事ではないのだ。



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