≠淑女のお食事 投稿者:宮月純志郎 投稿日:11月18日(土)03時11分
 焼き芋屋台。
 女人を引きつけてやまないその呼び声。
 い〜しやぁ〜きいもぉ〜ぅ。

 わたしはさりげなくその後をつけていきます。
 屋台が立ち止まれば素早く身を隠し、屋台が動き出せば歩き出す。

 焼き芋のその美味、食感、暖かさ。焼き芋を、「日本一女の子に好かれるモノ」の
一つたらしめているこれらの要素は、わたしだって無論嫌いじゃありません。
 嫌いじゃありません。
 ……。
 でも、それを味わう幸せは、わたしには遠い幸せ。

 焼き芋の主購買層――
 もちろん、主婦。
 オフィス街に出ている屋台ならOLが取って代わるでしょうけど、ここは住宅地。
 今小走りにやってきたお客さんを、電柱の影から見ていても――

「すいません、4つお願いします」
「はいよっ!」

 20歳ぐらいでしょうか。
 一応オバサン主婦ではありませんでした。
 しかし、どうも年齢より少し老け込んだ雰囲気があります。多分20歳ぐらいという
実年齢は、わたしの肌年齢を見抜く目に曇りがなければ、誤りはないはずです。でも、
おそらく二十歳の若者が見れば年上という感じを受けるだろう、という雰囲気が。

「毎度っ!」
「ありがとうございます」

 4つ入りの紙袋を受け取る。
 うらやま――いえ……。
 この女性の糠味噌臭さというか……よく言えば家庭的な雰囲気の持ち主には、若く
ても焼き芋が似合います。
 その点、わたしなんか――。

 悲運、薄幸の美少女。
 無口、儚げな美少女。
 日本人形のような清楚な美しさ。
 そのうち髪が伸びてきそうな雰囲気が――いえ。
 とにかく、焼き芋は決定的に似合いません。
 焼き芋が似合わないであろうことは、わたしが美少女であるということ以上か同じ
くらい、自信をもって断言できます。

「あ、もう買っちゃったの?」
「うん、4つあるからみんなで食べようね」

 童顔の、ぼーっとした感じの男の人が早足にやってきました。お友達、でしょう。
 どうも口振りからすると、一緒に歩いていた時に彼女が彼を振りきって焼き芋屋に
走っていって、それを彼が遅れて追いついてきた、というように見えます。

「4つ……?」
「うん、私と七瀬君と、藤井君とはるかちゃん」
「でも、冬弥なら今日テレビ局だから来れないよ。さっき話してたじゃない」
「えっ?」
「はるかだって、今日はどっか飛んでっちゃって捕まらなかったし。これもさっき
話したよ」
「え……ど、どうしよう」
「僕は2つぐらいは食べられなくもないけど、3つはつらいな」
「だ、大丈夫よ、私が責任取って、3つ食べるから……」

 ……。
 計画的な臭いがします。

「3つは大変でしょ?」
「ううん、今日と、明日も食べれば3つぐらいなら大丈夫」

 ……。
 きっとこの女性は、自分が3つもイモをばくばく食べる女だ……ということを知られ
ないように、さりげなくこんな手を使ったに違いありません。
 いくら似合うといっても、3個はないでしょう、3個は。
 ……1個買うことすら躊躇しているわたしの前で……。

「と、とにかく、冷めちゃわないうちに、行きましょ?」
「あ、うん、そうだね」

 行ってしまいました。
 そんなに早く食べたいんですか。
 はぁ……。

「はぁ……」

 ふと、近くからため息が聞こえて振り向くと、詠美さんがいらっしゃいました。

「焼き芋なんてー……。クイーンの食べ物じゃなーいもーん……」

 そんなことを言いながらとぼとぼと歩いてきて、隠れているわたしに気づく様子もなく、
そのままとぼとぼと歩いていきました。
 ……。
 あなたはギャグキャラですから、あのドシリアスな本編シナリオは忘れて、遠慮なく
召し上がればよろしいと思いますけど。
 はしたなく5個も6個も頬張る姿を想像しても、わたしには特に違和感は感じませんし。

 はぁ……。
 もしこの世界が、「焼き芋というものは、美しく、か弱く、陰のある美少女にこそ
似合う食べ物である」という世界だったら……。

『その願い、叶えてあげましょう』

「……はい?」
 突然聞こえてきた二重括弧の台詞に、思わず振り向きました。

「……南さん?」
『私はこの世界の創造主です』
「…………南さん……?」
『違います。とにかく、「焼き芋というものは、美しく、か弱く、陰のある美少女に
こそ似合う食べ物」という世界をお望みなんですね?』
「はぁ……まあ……」
『よろしいですよ。その願い、聞き届けてあげます。こみパに栄光あれっ!』

 瞬間、世界がまばゆく輝いて――。



 目を開けると、そのままでした。
 屋台はやはり同じ場所で呼び込みの声を上げていて、特に違いはないようでした。
 南さんは居なくなっています。

「……?」

 白日夢でしょうか。
 よくあることです。気にしないでおきましょう。

 あ、また女の子がやってきました。お客さんでしょうか……。

「おひとつ、いただけますか?」
「あ、柏木楓ちゃんだね。楓ちゃんだったら文句なしだよ」

 ……文句なし?

「文句なしだなんて……そんな……」
「いやいや。楓ちゃんほど『焼き芋者』の条件に叶った子はなかなかいないよ。美しく
か弱く陰がある、楓ちゃんをずばり直喩したような言葉じゃないの」
「恥ずかしいです……」
「そうやって恥じらうところがまたいいね。はい、焼き芋ひとつ。またきてね」
「……ありがとうございます……」

 ……。
 楓さんは、焼き芋を受け取って帰っていきました。
 これは……。今の会話は……。
 これなら、このわたしが、こんなにこそこそすることなく――むしろ、堂々と買いに行く
ことが……。

 南さん、本当にありがとうございます、と心で唱えながら、足はもう屋台に向かって
歩き始めていました。

「焼き芋……おひとつ、いただけますか……?」

 長い間言いたくても言えなかったこの台詞が。
 喜びと共に、口に上る……。

「あー、えーっと、あなたは……長谷部彩さん?」
「……はい……」

 そう。
 こみパでもっとも美しく、か弱く、陰がある、ついでに人気もある、長谷部彩です。

 ぱたん。

「……あなた、どっちかっていうとギャグキャラだから。ごめんね」

 芋屋は屋台のふたを閉じ、

 い〜しやぁ〜きいもぉ〜ぅ

 と、ドップラー効果を残して走り去って行きました。



 11月の冷たい風が、顔を撫でていきました。
 すると、冷えた肌を暖めようとするように、熱い涙が溢れてきました。

 これから、わたしをギャグキャラにした「流れ同人作家旅情編(3)」の作者・企画者、
そして数多のSS作家を、ひとりひとり――



http://jove.prohosting.com/~suninlaw/