携帯短譚(十月お題『携帯電話』より) 投稿者:水方 投稿日:11月1日(木)00時05分
#===== はじめに ===========================================================#
  この物語で出てくる屋号や名称などの固有名詞は全て架空であり、実在の名称
 その他、同一のものがあったとしても何ら関係ない事を先にお断りします。
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★写メール
「ごめん、遅れてしまったね」
 待ち合わせの時間に数分遅刻した祐介は、めいっぱい頭を低くして沙織に相対した。
 ――ゴフっ!……。
 祐介のみぞおちに白い塊が叩き込まれるまで、わずか0コンマ4秒。
 時速197kmのバレーボールは、たやすく祐介をブロック塀にめり込ませた。
「さ、さおりん……」
「祐クンひっどーい!アタシのことどう考えていたの!」
 猛烈な痛みに顔を歪ませつつ、沙織を見上げた祐介の目に、携帯のカラー画面が飛び
込んだ。
 そこには、一糸まとわぬ姿で祐介に尽くす、瑠璃子の画像があった。
 誤解だと抗弁するよりも早く、さらに切れ味の増した二撃目が祐介を昇天させた。


 同じころ、校舎の屋上で瑠璃子は両手を持ち上げ、ゆらゆらとくねらせている。
 胸にはCCDカメラ付き携帯電話。
「……念写、届いた……」


★キャリア様々
 初音……PHS+ポケットボードで、まめにメールをやりとり。
 楓……折り畳み型のiモード。ほぼ受信専用端末と化している。
 梓……防水使用のAU。着信音はもちろん黒電話のベルにセット。
 耕一……藤原紀香が格好よく扱っているのに惹かれて買ったJ−Phone。
 千鶴……かつてハリソン・フォードが宣伝していた旧タイプのツーカーフォン。

「千鶴姉も、いいかげん新しい携帯に乗り換えたらどーだよ」
「だめよ。これは……おじ様が使っていた機種なんだから」
「あ……悪ぃ」
「それにね、これで耕一さんと話していると、気持ちが安らぐの」
「そんな古い機種で?」
「だってぇ、『つうかあ』なんですもの」


★いいも悪いも供給者次第
「万一のことを想定し、メイドロボには携帯電話の電波をキャッチして操れるモードを
組み込んでいます」
「……要するに、ケータイがリモコン代わりになるってことだな、セリオ」
「そのとおりです、浩之さん」
「HMX−12タイプはPHSの周波数を使っています。密集地でも混信に強く、中継
アンテナさえあれば地下道でも障害なく動きます」
「それじゃ、HMX−13タイプも?」
「いいえ、私たちにはサテライト・リンク・システムが標準仕様となっていますので、
その帯域の空き、いわゆる『Lバンド』を使っています。島国ローカルのPHSとは違
い、識別用のPINコードさえ固有なら、全世界共通でアクセス出来るのです!」
「そいつは凄いな」

 ……そう、そいつは凄い、と思ったのもいつの話だろう。
 今となっては第2世代の携帯電話に押されて、PHSはじりじりとキャリア数を減ら
しており、Lバンド使用の全世界共通携帯電話は、2001年現在、日本法人が撤退し
たせいで使用不可能。
 まったく、罪なやつだぜ……『イリジウム』。


★着信メロメロ
「理奈がポスターになった、あの携帯手に入れたよ」
「わぁ嬉しい!当然、着メロもアタシの曲よね?」
「もちろんさ、ほら」
 ♪ちゃ〜ん、ちゃちゃんちゃちゃっつ、ちゃちゃっかかん……
「……なぜに『フランク長瀬』?冗談にも程があるわよ――」
 まなじりが上がる理奈に、しどろもどろの冬弥。

 そのころ、楽屋の扉の向こうで、篠崎弥生が微笑んでいた。
「冬弥くん、マイナス3点……ふふっ」
 先ほどすり替えた、冬弥の携帯を片手に。


★理想の形
 玲子の今日のコスは、『ウルトラマンレオ』の隊員服だった。
「へっへ〜、これもちゃんとね」
 腕にはめた、ちょっと厚めの銀色の時計を見せる。
「通信機マックシーバーまで本物そっくりとは、さすがはコスプレ界の新女王!」
「長野五輪で限定採用された、腕時計型PHSをベースに改造したんだ」
「……それって、電気ナントカ法違反じゃないの?」
「同志和樹、何を言うか!道を極める情熱の前に立ちはだかる無粋な制限など、法律と
は呼ばぬ!」
「をいをい――あ、由宇だ。こっちこっち〜」

 玲子の改造PHSを目にした由宇は、自信満々にない胸をそらせた。
「それやったら、ウチのほうがもっと凄いでぇ……ほら!」
 ウキュキュ、という擦れた電子音と共に、折り畳み式の携帯がぱちん、と開かれる。
「どうや、『宇宙大作戦』初代オリジナルのコミュニケーターやでぇ!」
「おお、アンテナまで細かく再現している」
「元は米国のファングッズやけど、日本で使えるように503iの基盤を組み込んだん
や」
「……それって、電気ナントカ法違反じゃ……」
 バシィン!
「何言うてんねん!」
 言葉よりも先に、ハリセンが疾った。
「憧れ、夢を形にするのがうちらの目標やないの!」
「そりゃぁそうだけど……」
 由宇にきっぱりと言われると、どうも切り返せない。弱い立場だのう和樹。
 ふいに、ツーツートンと金属を叩くような音がした。
 その音は、大志の足元から鳴っている。
「電話だな」
 一声置くと、おもむろに大志は左の革靴を脱いで、かかと部分をずらした。
「おはようマイ同志。……和樹か?吾輩のそばにいるが……わかった、伝えよう」
 そして、元のとおりに靴を直す。
「千紗殿からだ。本が刷り上がったので代金を払って欲しいとな」
 あっさりと言い放つ大志に対し、六つの眼が彼と彼の足元に注がれている。
 ぽかん、とした彼らの後ろを、彩が通り過ぎて一言。
「……『それ行けスマート』」


★銘品
「いや、いい仕事してますなぁ」
 長瀬源之助はそう言って、最初期の携帯電話とも言うべき、旧電電公社のショルダー
型移動電話を健太郎に見せた。
「そんなもんですか?」
 確かに記念すべきモデルではあると思うが、重さ13kgの大半を電源である蓄電池
が占めている、どちらかというとハンドターミナル付きのカバンと見えなくもない。
「見てください。あれから十数年が経過しているのに、まだ使えるんですよ……」
 源之助が話に夢中になっている間に、店の中を徘徊していた不審者が、こっそり掛け
軸をくすねて店を飛び出した。
「あ、ドロボー!早く警察を……」
 健太郎の声を聞くや、源之助は送話部を引き出して、カバンを九十度にひねった。
 直後、甲高い発射音が健太郎の耳を打つ。
 自分の周りを高速の拳銃弾がかすめ、あわてて泥棒は動きを止める。
「ほら、まだ作動してるじゃないですか。さすがに映画の小道具部はいい仕事しますね
〜」
「……『新宿鮫』ですか」


《終》

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