真夏の夜の夢(イベントSS8月お題『怪談』課題作) 投稿者:水方 投稿日:8月31日(金)23時08分
#===== はじめに ===========================================================#
  この物語で出てくる屋号や名称などの固有名詞は全て架空であり、実在の名称
 その他、同一のものがあったとしても何ら関係ない事を先にお断りします。

  なお読んで気分が悪くなった方、ごめんなさい。
#==========================================================================#


 五日前のことだ。
「はあぅっ……せんぱ……いっ!――」
 オレの体の下で、葵ちゃんの声がだんだんと弱くなる。
 手のひらを伝わる脈動が、何倍にも強くなる。
 それでも、オレは止めない。
「あぐ――ごぉっ!――」
 一息だけ喉を揺らした後の、沈黙。
 手のひらが徐々に冷たくなる。
 オレから吹き出す汗は、まだ生ぬるいのに。
 はっきりと、葵ちゃんが冷たくなって行くのがわかる。

 それでも、オレは止めない。
 手のひらは葵ちゃんの首を絞めたまま――。


「――ひどい夢だった」
 8月のまっただなか、雅史といっしょに学校から帰るオレは、うんざりした顔
を旧友に向けた。
「気持ちが悪いね」
「それから、立て続けだもんな」
 ――オレの声にも生気が無い。

 葵ちゃんの次は琴音ちゃんだった。
 場所こそ違えど、やる事は同じ。
 裸になって抱き合って、愛を交わした後……オレが首を絞める。
 自分でもヘドが出る内容だ。
 そして志保、レミィと続き、昨日がいいんちょ。
 腕に力を込めている間も、小刻みに揺れる胸を見ていた。
 汗の玉が二筋、イヤらしくつたう様まで、はっきり覚えている。
 ようやく夢から覚めた途端、オレは昨日喰ったものを全てもどした。

「おかげで、あかりの顔をまともに見らんねぇしよ」
「あかりちゃんの事だから、気にしているんじゃないの?」
「わかってる――だがなぁ」
 そこでオレは頭を持ち上げた。
 めいっぱいぎらつく太陽が眩しい。
 夢を見はじめてからというもの、雨なんか一滴も降りやしない。
「――言えるか」
「浩之、その――聞きにくいんだけど……」
「なんだ?」
「そんなに……その女の子たち――みんな――好きだったの?」
「馬鹿言え」
 オレは鞄で雅史の頭を叩いた。
「ただの友達だ。そんなジゴロみたいなまね、オレには出来ねぇよ――」
「ん、浩之?」
 雅史がオレの顔を覗き込んだ。
 不安げな雅史の目を見て、オレは少しだけ元気を出した。
「――ただ、夢のせいとはいえ、ちっと顔はあわせづらい」
「それで、放課後はずっとオカ研に行ってるんだね」
 納得したのか、雅史はまたオレの横に戻る。
「そ。先輩の手伝いをしている時だけは――忘れられるからな」
「向こうで何しているの?」
「儀式――つーかおまじない、だと。好きな人との思いが通じ合う」
「ふぅん……あ?」
 雅史につられて目線を伸ばすと、道の向こうに買物袋を下げたあかりの姿が見えた。
「どうやら、僕の出番はなさそうだね」
 オレ達に手を振り、小走りに駆け出す姿を見て、雅史は目尻を細めた。
「あかりちゃんの作った料理を食べれば、浩之もきっと元気になるよ」
「……ああ」
 そして、雅史とはその場で別れた。


 あかりの作ったハンバーグは、確かにうまかった。
「ごちそうさん」
「あ、お皿はそこに置いたままでいいよ――コーヒー淹れるね」
「ずいぶん手回しがいいな」
「あ、いまちょっと笑ったね。良かったぁ……心配してたんだから」
「お……あかり――」
 あかりの目尻が、うっすらと光っていたのに、ようやく気づいた。
「私……浩之ちゃんが元気になるのなら……」
 あかりのヤツ、泣いてやがったのか。
「――なんだってするよ」


 オレの横で、あかりはすうすうと寝息をたてている。
『――なんだってするよ』
 ついさっき聞いたセリフが、オレの頭の中で何回もリピートしていた。
「まさか、な」
 オレはもう一度あかりの顔を見てから、ゆっくりと布団をかぶり直した。


「……浩之ちゃんは、悪くない」
 目を開けると、あかりはオレのほうをじっと見ていた。
「私がいるのを、知っているのに――」
 おい、何を言ってる?
「――それでも言い寄る他の娘のほうが、悪いんだよ」
 あかりの目線がつり上がっている。
 勝ち誇ったように、笑っている。
「……!」
 弾かれたようにオレは腕を伸ばし、あかりの首をがっきとつかんだ。
「浩之ちゃん……好きだよ……」
 か細い声で、あかりはしゃべった。
「浩之ちゃん……」
 オレは両手に力をこめる。
「……ひ……ろゆ……き……ちゃ――」
 あかりの眼から輝きが消えた。


 がばっ。
 オレが跳ね起きると、眩しい光が顔に差した。
「――また、夢か」
 気分が悪い。
 せっかく昨日は、あかりが元気づけてくれたのに――。
「――あかり?」
 傍らで背中を向けたまま、あかりは動かない。
「いきなり朝帰りかよ――」
 ほっと一息ついて、オレはあかりを揺すろうと腕を伸ばした。
 その動きが途中で止まる。
 布団の中で寝ているだけなのに。
 あかりの体は――ぞっとするほど冷たい。
「そんなに体冷やすと良くない――」
 それでも軽口を止めず、オレはあかりの顔をこっちに向かせる。
「――ぞ……」
 あかりは、目をうつろに開けていた。
 そして首筋には、どす黒く変わった指の跡。

 あかりはぴくりとも動かない。

 脈を取るとか、心臓を探るとか、そんな悠長な気にはなれない。
 脱ぎ散らしたシャツとズボンを引っつかみ、オレは一目散に駆け出した。


「――先輩!」
 鍵が開いているのを確認して、オレはオカ研の部室に飛びこんだ。
 来栖川先輩は、木のテーブルをはさんだ向かいの椅子に座っていた。
 その先輩の顔が、少しだけ引きつった。
「大変な事になった!あかりが――」
 オレが近寄ると、先輩の目線がオレのほうを追いかけた。
 そして、そのまま床に崩れ落ちる。
「せんぱ……ウっ!」
 胸に突き刺さった細身の短剣から、血があふれ出していた。
 かすかに唇を動き……そのまま固まった。
 もう、先輩も動かない。
 一瞬は抱き寄せたその身体を無理やり突き飛ばす。
 先輩の体がテーブルにぶつかり、その上にあった紙切れがオレのほうに滑り落ちた。
 血溜まりに落ちるよりも早く、オレが茶色の紙を引っつかむ。


 儀式は成功しました。
 好きな人との、思いが通じ合う。
 でも、強すぎました。
 相手の想いは、もう止められません。
 私のせいです。
 ――ごめんなさい。


 綺麗な文字だ。
 でも、でも、でも……。
 声にならない声をあげて、オレは部室でがっくりとひざを崩した。
 思いっきり泣いた。


 ひとしきり泣くと、後ろからふわり、と抱きすくめられた。
「――好きなだけ、泣くといいよ」
 うわああぁぁぁ――
「例え、どんなことがあっても――」
 小柄な体の奥で、どくんどくんと脈打っている。
 確かに。
 死人じゃない。
「――僕は浩之の味方だから」
「ま、雅史いぃ――っ」



 そうして、浩之の頭を抱く雅史の手には、
 べっとりと、芹香の血がついていた。

《終》

http://famble8.keddy.ne.jp/