東鳩 Crew to clue『世の中で一番重いカミ』 投稿者:水方 投稿日:4月24日(火)00時03分
#===== はじめに ===========================================================#
 この物語で出てくる屋号や名称などの固有名詞は全て架空であり、実在の名称その
他、同一のものがあったとしても何ら関係ない事を先にお断りします。
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「いくよっ! 祐くん!」
 甲高い女の子の声と共に、長瀬祐介が屋外に引っ張り出される。
 その声につられたのか、一群の集団が四方に散る。
 そのざわめきを横目で見やりつつ、四人の男女が立っていた。
「どうしよう?」
 あかりは浩之のそばに近づき、そのまま目線を上げた。
「ま、ぼうっと立っているだけってのは性に合わねぇな」
 浩之が頭を掻きつつ、目線と手のひらをあかりの頭に落とす。
「――そうだね。僕は屋外のほうを探すよ」
「それなら、オレ達は屋内だ……行くぞ」
「あ、うん!」
 浩之とあかりはさっさとその場を去った。
「僕たちも行こう」
 雅史はそう言って、傍らの女の子の腕をやさしく取った。
「あ――うん!」
 その女の子――田沢圭子も、雅史の腕に体を寄せる。
 あの大事件以来、少しだけ近づいた二人の距離を確かめるかのように。

 鶴来屋グループ主催のミニイベント「豪華賞品を目指せ!宝探し」は、こうし
て始まった。

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 東鳩 Crew to clue『世の中で一番重いカミ』
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「あったぁ! たしかに白いぞ」
「浩之、何を見つけたの?」
 後ろから祐介と女の子が近づいた。そのまま、あかりとは反対側に回り込む。
 浩之はその女の子の顔をちらと見た。
 ――確か、祐介と同じ学校の……沙織さん、だったっけ。
 ちょっとだけ悪戯心を覚えて、浩之は握った手のひらを差し出した。
「これだよ。葉の裏にくっついてた」
 手を開くと、もぞもぞと白いイモムシが動く。
「きゃぁあっ!」
 あかりと沙織は揃って悲鳴を上げた。


「もう!浩之ちゃんったら!!」
「いや、つい出来心で」
 洗面所で洗ってきた――もちろん、そう命じたのはあかりだが――手をハンカ
チでぬぐいつつ、浩之はぼうっと彼方を見やった。
 宝探しに興じているのは、自分たちだけではない。
「それにしても、広いな」
 初老の老人から小学生の女の子まで、ざっと50人ばかりが、大ホールのあちこちを
忙しく動き回っていた。
 また、旅館に付き物の和服姿の仲居をはじめ、スーツ姿のスタッフたちも、それに負
けないくらい散らばっている。
 それだけの数がいても、なお余裕のあるその広さに、浩之はくらくらとめまいすら感
じていた。
「――うん、広いよね」
 あかりは浩之の手に触れ、その冷たさに少し驚いた後で、ゆっくりと浩之の左
手を両手で包み込んだ。
 そのまま目線を上げ、想い人の眼をとらえる。
「浩之ちゃん、謎は解けそう?」
「謎――あぁ、あの暗号文か」
 ジーンズの右ポケットから、四つ折りの紙を取り出す。


           宝のありかをここにしめす
          そこには3本の木が並んでいる
        1本目の木のそばには白色のものがある
       2本目の木は他の2本にくらべてずっと太い
      3本目の木のそばにくると涼やかな風が吹いている
        みつけるべきものはそこにかくされている


「――まぁな。見当は付けた」
「凄い、浩之ちゃん――」
 そう言いつつも、あかりはどこか落ち着かない。
 ぼうっと彼方を見やり、自分の首を何度も叩く右手、そして不満げに歪められた口。
「……答えに納得してないの?」
「フェアじゃないって思ってな」
「フェア?」
 浩之は答えないまま、視線をあちこちにさまよわせている。
 こういう時は、あかりも何も言わずそばにいることにしている。
 隣に浩之がいる限り、黙ってそばにいるだけでも楽しいのだから。
 気持ちのスイッチを切り替えて、浩之に注いでいた目線を屋外へと続く出口へと移し
たとき、見覚えのある長身の姿が目に入った。
「――あ、耕一さん」
「え……どこにいる?」
 生半可な返事。浩之はまだ上の空のようだ。
「あそこ、ほら」
 あかりが指を示す先に、手に持った紙をちらちらと見ている耕一の姿が見えた。
「コーイチさんも、このゲームに参加してるのかなぁ」
「……そう、かもな」
「でも、まだ謎が解けないのかな。かなり……悩んでいるみたい」
 その瞬間、浩之の体がびくっと動いた。
「ひ、浩之……ちゃん?」
 あかりはそれだけつぶやくのがやっとである。
 さまよわせていた目線を引き上げ、そのまま大ホールの天井を見る。
「ま、うじうじ考えているのはオレのスタイルじゃない、か」
 そう言って、浩之はロビーのほうへと歩きだした。
「もう!」
 口では反発しつつも、あかりの気分は晴れだしている。
 いつもの、浩之ちゃんに戻ったから。


 同じ頃、雅史と圭子は屋外を巡っていた。
「ねぇ、雅史さんにはもうわかったの?」
「……わかるには、わかったんだけどね。ここにあるかどうか」
「三本並んだ木?三本だけじゃなくっていっぱいあるよね、ここ」
 大きな眼をあちこちに動かしつつ、圭子は雅史に応じる。
「宝は、見つかりそう?」
 そう後ろから声をかけたのは――。
「あ、梓さん!」
 ボーダーの長袖シャツにチノパン姿の梓が立っていた。
「相変わらず、お二人さんは仲がいいね」
 人差し指を振りつつ、にこにこと微笑んでいる。
「そんな……」
 圭子の顔が、あっという間に真っ赤に染められる。
 つい先日この隆山で起きた連続殺傷事件に、自分を含め雅史たちが巻き込まれたせい
で、浩之たちは柏木家の四姉妹に面識があった。
「あの、一つ聞きたいんですけど……」
 雅史もまた、優しい視線を梓の顔に注ぐ。
「屋外の見取り図って、どこにあるんですか?」
「見取り図、ねぇ」
 梓は人差し指であごを軽く突き、目線を上にさまよわせた。
「……簡単な案内図だったら、この庭園の向こうにあったな、確か」
「ここ、大きな庭園ですからね……じゃ、こっちの道は?」
 圭子が示した先を見て、梓はにこやかに答えた。
「そっちは、奥の東屋に向かう道……昼間に行くのには物静かでいいところだよ。
本館からの距離もあるし……でも夜はダメ」
「何でですか?」
「距離がありすぎてね、叫んでも聞こえないの」
 そこで、梓は意地悪く笑った。
「それで夜七時以降は入れないように錠を下ろしてる……でも、必要なら鍵くら
い貸してあげるよ、二人になら」
「あ……やだぁ、梓さんったら!」
 先走った想像が頭をかすめ、圭子は一人で自沈した。
「梓さんは、宝探しには参加しないんですか?」
「あたし?あたしはダメだよ。千鶴姉が隠した場所、知っているもの」
 手を振りながら引きつった笑いを返す梓に、雅史は一言、
「わかりました……ありがとうございます」
 ぺこりとお辞儀をしてきびすを返し、雅史は足早にその場を去った。
「あ、待ってよぉ」
 圭子もまた、足早に雅史を追いかける。
「……それじゃ、また!」
 手を振って遠ざかる圭子の姿を見て、梓はふっ、と苦い想いにとらわれる。
 ――今さら、素直には、なれないな。


 二十分後、浩之からのコールで、一同は大ホールのロビーに集まった。
「見つけたのかい?」
「……ああ」
 浩之が軽く固めた拳を突き出し、くる、とひねって手のひらを広げた。
 メダルともいえそうなほど大きく、金色に輝くコインが現れた。
「わあぁ、大きい」
 驚く圭子を横に、雅史はくす、と笑う。
「どこに?」
「目の前」
 浩之の声に顔を持ち上げた雅史は、すぐに納得してうなずいた。
「このホールの角柱、だね」
「そう、一番太い大黒柱を挟んで……」
 大ホールの右隅の柱を見ると、友禅染めの巨大な白いタペストリーが天井からぶら下
がっており、左隅の柱そばには外の空気を取り込めるように大きな窓が開いている。
「あまりにも目立ちすぎて誰も気がつかない盲点だ……と、言いたいとこなんだがな」
「浩之ちゃん、まだ納得してないの」
 しょうがないね、と言わんばかりにあかりが言葉を被せた。
「え?だってここにコインあるじゃないですかぁ」
「雅史のほうは?」
 圭子の言葉をあえて無視し、浩之は雅史に振った。
 雅史がポケットから取り出したのは、浩之と寸分違わないコインだった。
「え!……それ一体どこで?」
「さっきの屋外庭園だよ」
 なお驚く圭子に、やさしい眼差しのまま雅史が答えた。
「あ、それでカエデの木のそばを調べてた……あ、そうか!」
 そこで、圭子の頭の中に光が瞬いた。
「『木』の隣の『風』で、木風……楓だったんだ」
「雅史ちゃん、それだけで探してたの?」
「ううん」
 あかりからの問いに、雅史は首を振った。
「あの庭園の中心には、柏の木があったんだ。それからかなりの距離を置いて、左側に
楓が、そして右には梓の樹があった」
「さしずめ、東屋のそばに松の樹でもあったんだろ?」
「当たり」
「浩之ちゃん、わかるように説明して欲しいな」
「あの庭園自体が、ある形をしていたんだ……そうだろ、雅史?」
「うん、鶴来屋にちなんで、羽根を広げた鶴の形だったよ」
「これで、わかるか?」
 あかりは大きくうなずいた。
「柏の木を中心に、松と梓と楓が鶴翼を作ってたんだね」
「東屋へと続く道、ゆるくカーブしてたの、覚えてないかな?」
 雅氏に言われて、圭子はちょっと考えた。
「あ、そう言えば……確かに、鶴の首みたいだ」
「そして柏の下にはシダみたいな草が茂ってたよ。『ハツネグサ』って書いてあった」
「……柏木の四姉妹!」
 そこまで言われて、はじめて圭子は全てに気づいた。
「そうかぁ、そこまで比定してあったから、雅史さんは楓の木を探してたんだ」
 改めて二人の推理に舌を巻く圭子だったが、次の瞬間、怪訝そうに顔を持ち上げた。
「でも、それじゃどっちが正しいの?」
「その答えは……」
 浩之は指を突き出した。
「あの人しだい、だろうな」
 指の先には、堅い面持ちの耕一が立っていた。


「宝は、見つけたのか?」
「耕一さんのほうこそ、どうです?」
 ひょうひょうとした口調で、浩之が尋ねる。
「……見つけたつもりなんだがな……迷っている」
 そう言って、耕一はずっと握りしめていた紙を見せた。


           宝のありかをここにしめす
          そこには3本の木が並んでいる
        1本目の木のそばには白色のものがある
       2本目の木は他の2本にくらべてずっと太い
      3本目の木のそばにくると涼やかな風が吹いている
        みつけるべきものはそこにかくされている


 暗号文は自分たちと変わっていない。
 しかし最後に一文、おそらく千鶴さんらしい書き文字が添えられていた。

 ――それは、こいん……世の中で一番重い紙。


「わかっているんじゃ、ないんですか?」
「――」
 耕一は答えない。
「千鶴さんも人が悪い」
 その沈黙を打ち破ったのは、以外にも雅史だった。
「よっぽど、耕一さんを無頓着だと思ってたんだ」
「?」
 圭子には何もピンとこない。
「雅史ちゃん、それは違うと思うな」
 さらに意外な事に、あかりが突っ込んだ。
「千鶴さん、おそらく全て受け入れるつもりだと思うの」
「??」
 さらに疑問符を増やした圭子の頭の中に、良く通る浩之の声が響いた。
「だったら、オレ達がここでわめくべきじゃないな……失礼します」
 軽く会釈をしてきびすを返し、浩之は足早にその場を去る。
「あ、ああ」
 そのまま手を持ち上げた耕一に対し、あかりがじっと見つめている。
「悩んでるんでしたら、ゲームに乗らなくてもいいと思います……でも」
「でも、何だ?」
「答えを知るんじゃなく、感じるだけでも良かったのかもしれません。……好きな人を
想う心って、結構わがままで、それでいて繊細なものなんです」
 そう言って、あかりは浩之の後を追った。
「じゃ、僕たちもこれで……行くよ」
「う、うん」
 雅史に引きずられるように、圭子もその場を動こうとして、ふいに立ち止まった。
 ――そうか、そうだったんだ。
「耕一さん」
「何だい、田沢さん」
 まだ目線が定まらない耕一に、圭子は思いっきり詰め寄った。
 そのまま目線をきっ、と見据える。
「……!」
 にらめっこみたいだが、耕一は黙ってその眼を見つめた。
「『大好き』」
「え!?」
 突然のセリフに、雅史のほうがあっけにとられた。
「それだけで充分なんです。女の子には」
 同じくあっけにとられた耕一に対し、圭子はなおも言葉を紡ぐ。
「好きな人に見つめられて、そう言ってもらえれば、それで充分なんです」
 言って、圭子は雅史の腕を取り、小走りに駆け出した。


 特設会場のステージには、テーブルを前に三人の男女が座っていた。
 恰幅のいい初老の支配人の左手には主催者である桃色の和服の千鶴。
 そして、右手には小柄なおかっぱ頭の妹――楓。
 淡藍色の着物がよく似合っている。
 浩之たちはステージに上がった。
「雅史と二人で見つけてきました」
 そう言って、金色のコインを二枚差し出す。
「まぁ……」
 楓が口に手を当てて驚いている。
「会長――」
「あら、どうしましょう……」
 ちっとも慌てていない様子で、千鶴が目線を浩之に向ける。
「ちょっとやりすぎましたね」
 横から、雅史が割って入った。
「多分、コインはあと何枚かあるんでしょ?例えば……楓さんの懐、とか」
「……」
 顔を赤らめ、楓はうなずいた。
「耕一さん、きっと気づいてますよ……何もかも、ね」
「!」
 そのセリフで、千鶴が視線をおろす。
「祐介ちゃん、こっちに来るよ」
 あかりが指差した先で、学生服姿の祐介がガールフレンドを連れて近づいていた。
「じゃ、祐介も見つけたんだな。……一番いい商品は、祐介たちにやって下さい」
「浩之ちゃん!?」
「え、そんな……」
 まごつく千鶴のセリフは、続く浩之のセリフで遮られた。
「あんまりフェアじゃないぜ、千鶴さん――柏木四姉妹の名前を全て知ってるのは、身
内か関係者しかいないんだからさ」


「結局……すべて正解だったんですか」
 圭子の問いに、雅史が答えた。
「耕一さんが考えそうなところに、コインはばらまかれていたんだ」
 再び、暗号文を取り出す。
「この文章が、『柏木楓』を意味するのは、クイズとして分かったんだけどね」
「それが、何でフェアじゃないって?」
「千鶴さんは、美人女将として『月刊レディジョイ』にも取り上げられるくらいだから
知名度は高いとしても、梓さんや楓さん、ましてや初音ちゃんも含めた四人姉妹だって
知っているのは、この隆山に住む人くらいだろう?」
 浩之の解説に、圭子はうなずいた。
「そういえば、私たちが知ったのも、あの事件があってからでしたね」
「それにもかかわらず、あんな謎を向けたのは……関係者なら容易に解けるようにした
ためさ」
「それで、耕一さんを……でも、それじゃ宝探しは……」
「他の人が見つけた場合の理由づけ。だから千鶴さんがあの場所にいた」
「そう、千鶴さんの裁量で、商品をあげられるようにね」
「ああ、……それで、かぁ」
 浩之、雅史の掛け合いで納得した圭子が、ぽん、と手を叩く。
「千鶴さんが何をあげようとしてたのかは、わかんねぇけどな」
 その言葉に、あかりと圭子は固まった。
「え。浩之ちゃん、わからないの?」
「あかりさん、わかったんですか?」
「圭子さんも、分かったんでしょ」
「おいおい……オレだって少しは分かってるんだぜ。ただ、あの言葉が引っかかってい
るだけだ」
「『世の中で一番重い紙』?」
「……そうだ」
「あれには参ったよ」
 雅史が後を受けた。
「宝っていうのは柏木さんところの四姉妹だって、思っていたけどね」
「それはオレも考えた……耕一さん、けっこう優柔不断だし、ただ、それと紙っていう
のがなぁ――」
「んもう、浩之ちゃん!」
 あかりが浩之の腕をとった。
「その紙はね、男の子にはともかく、女の子にとっては、世の中で一番重い、と思うよ。
――わたしもそう思うから」
「……わたしも」
 ほおを赤らめる圭子の顔を見て、雅史はようやく、その紙の存在に思い当たった。
 浩之も同様だったらしく、二人同時に顔を見合わせ、お互いに指を交わして叫んだ。

「……こいん――婚姻届!」


 その推理は、一年後、浩之の傍らで微笑む女性を見て、裏づけられることになる。

【終】

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