Treasure Hunter (解答編) 水方版 投稿者:水方 投稿日:3月26日(月)23時33分
「行くよ、沙織ちゃん」
 僕はそう言って、沙織ちゃんの手を取った。
「え?……あ、うん!」
 彼女も僕の手を柔らかく握りしめる。
 僕たちは小走りに、元来た道を戻った。
「『何を探せばいいかわかった』って?」
「状況を整理しよう」
 ちょっと立ち止まって、沙織さんのほうを見る。幸い、屋内へと続く通路に人影は
見えない。
「まず、謎解きの暗号は?」
「えっと……」
 歩みをとめた沙織さんは、右手に持っていた紙を僕に差し出した。

           宝のありかをここにしめす
          そこには3本の木が並んでいる
        1本目の木のそばには白色のものがある
       2本目の木は他の2本にくらべてずっと太い
      3本目の木のそばにくると涼やかな風が吹いている
        みつけるべきものはそこにかくされている

「この文章が、コインのありかを示してるのよね」
「そう。そして隠してある場所は……」
「さっき探した屋外か、屋内。どっちにしてもこの一階で、それ以外の場所じゃないって、
千鶴さんが言ってたなぁ」
 後ろに人影が見えた。
 長身でがっしりとした男の人……耕一さんだ。こっちを見ている。
 右手に持った紙をちらちらと見ている。耕一さんも参加しているのか。
「……そう、それで僕たちは木を探していた」
 先を越されてはたまらない。
 僕は沙織さんの手を再び取ると、ゆっくりと一階のロビーへと向かった。
「でも、見た限りじゃ三本並んでいる木で、条件に合うものは……」
「探したけど無かった……祐くん、それでわかったの?」
 沙織さんが僕の眼を覗き込んだ。きらきらと輝く大きな瞳の中に、少しだけ自身を持って
微笑む僕の姿がある。
 ちょっとは、いいところ見せなきゃ。
「場所はまだわからないけどね」
 大きな四枚開きの自動ドアをくぐると、より大きなざわめきが僕たちの耳を打つ。
 この「鶴来屋」は、隆山でも一、二を争う伝統と格式を誇るだけあって、ロビーで待つ
お客さんの数も、ここで働くスタッフの数も、どちらも半端でなく多い。
「……だけど、何を探せばいいのかは、たぶん」
 僕は辺りを見回した。
 ――あぁ、あれかな。
「えっ?三本並んでいる木を探すんじゃないの?」
「それで普通に木を探していたのが、間違いじゃないか、ってね」
 僕はロビーの横を突っ切った。
「だって、それ『宝探しの暗号文』だよね?」
「う、うん……」
 釈然としない沙織さんに、僕は畳み掛けた。
「だから、その『木』っていうのは、そのものズバリ、本物の『樹木』じゃないんだ、って
思ったんだ……本物の『木』を探すのなら、暗号にならないよ」
「木じゃない?……ああ!」
 沙織さんは、ぽん、と拍子を打った。
「そうかあ!何らかの例えだ、って言いたいんだね!」
「そこで、今回の『宝探しイベント』の参加者を考えたんだ」
「参加者?ええっと……下は小学生から上はお爺ちゃんまで、かなぁ」
 頭に指をやって、沙織さんはゲーム開始前の説明風景を思い出してくれた。
「藤田さんの学校の人とか、うちの学園の友達とか、高校生が一番多いな」
「そう、だからあまり難しい例えは使わないと思う」
 沙織さんは僕の眼と手元の紙切れを交互に見ている。
「これはイベントなんだし、参加者がまったく見つけられないようだったら、かえって
だめなんじゃないかな」
 僕の横を、藤田さんと神岸さん、そして二人の友達らしい男女ペアが通りすぎる。
 藤田さんたち、主催者の控える特設ステージのほうに行くみたいだ。
 ――先を、越されたんだろうか?
 そして僕たちはフロントの前にやって来た。
 ちょっと太めの男性の両脇に、眼鏡をかけた女性とかけてない女性がいる。
 特に何も話しかけたわけではないのに、真ん中の男性スタッフをはじめ、係の人は
三人とも軽く会釈を返してくれた。
「むしろ、誰もが見て『ああっ』って驚くようなほうがいいんじゃないかな」
「そりゃ、そうだよぉ」
 僕はそのまま右のほうを向いて、数歩歩いた。
「ねぇ祐くん。じらさないで早く教えてよぉ」
 僕はくすっと笑って、沙織さんのほうを見た。
「真実はすぐそばにあるよ」
「え?」
「……フロントのひと、よく見てごらん」
 沙織さんがくるっと左を向いた。
「特に名札をね」
 僕は、その間に溝の辺りを探る。
 ――手応え、あった。
「『木島』さんに『林』さんで……『森岡』さん!」
「そう、『木島』さんの傍には業務用の白いコンピュータがあって……『林』さんは
体格のいい男の人で、『森岡』さんの傍に立つと……」
「あ、涼しい……クーラーの風だ!」
 沙織さんは僕と三歩の距離を開けて立ち止まった。
「そう、そしてコインはここさ」
 僕はそう言って、壁に備えつけられたクーラー……空調設備の溝に張りつけられて
いた、金色に輝くコインを指でつまみあげた。


「宝を見つけました」
 藤田さんたち四人が降りてくるのと入れ違いに、僕と沙織さんは特設会場のステージに
上がった。
 恰幅のいい初老の支配人の左手には主催者である和服姿の千鶴さんが、右手には小柄な
おかっぱ頭の妹――楓さんが座っている卓に近寄り、僕はコインを差し出した。
「お、これは……いかがですかな、会長」
 『柏木』の名札をつけた支配人が、金色のコインを千鶴さんに手渡す。
 表面を二、三度ひっくり返した後で、会長――千鶴さんが高々と掲げる。
「はい、おめでとうございます。……足立さん、ファンファーレを」
「かしこまりました、会長」
 支配人が卓上の赤いボタンを押すと、教会の鐘の大音声とともに、晴れがましい金管の
ファンファーレが鶴来屋のロビーに鳴り響いた。


 ところで僕たちがゲットした「豪華賞品」は、半分づつに分けて写真立てに入れている。「確かに豪華なんだけど、ね」
「まだ、無理かな?」
 この話題になるたびに、二人とも顔を見合わせてくすくす笑う。

「鶴来屋最上階『鬼武の間』豪華山の幸グルメコース・三泊四日招待券」

 いつになったら、二人で使えるんだろう。

【終】

http://www.ky.xaxon.ne.jp/~minakami/index.htm