夜の熱気の中で 投稿者:水方 投稿日:8月31日(木)23時56分
「しかしまぁ、あかりも案外ドジだなぁ」
「だって、放課後になってから志保がテストについて聞いてくるから……」
 オレとあかりはそうやって掛け合いつつ、学校のそばにやってきた。
 夜11時ともなると、守衛の姿もなく電灯すら薄暗くなっている。
 二人揃って夜の校舎にやってきたのに、色っぽい理由はない。
 週明けに控えたテストのために、あかりが教室に忘れたノートを取りに来たのだ。
 もちろん、ついて行く代償として、出題範囲のコピーをもらう事になっているの
はいうまでもない。
「でも、守衛さんに言わないと、鍵開いてないんじゃ?」
「ふふーん、こういう手があるのさ」
 両引き戸になった扉の下を指でこじるや、オレは扉を上に持ちあげた。
 そして、真ん中で鍵のかかっている引き戸を二枚くっついたまま、サッシのよう
に外す。
「……うちの校舎、こういう所はぼろいから」
「浩之ちゃん、すごいっ……むぐ」
「声が大きい」
 あかりの小さな口をあわてて押さえながら、オレ達は校舎へと入った。


 守衛に見つかるまいと、大あわてで階段を駆けあがるあかりを見上げ、オレも上
がろうとしたその時。
 廊下に何か動く影があった。
 ――何だ?
 興味を惹かれ、浩之は廊下のほうへと歩み出した。
 そして、教室一つほど歩くと、その影――少女が実体をなした。

 少女は夜の校舎に立っていた。
 月明かりに照らされた長い黒髪に、時代掛かった西洋の剣が鈍くきらめいた。

 どこからか弦楽四重奏の物悲しい調べが聞こえる――気がするのを押さえ、オレ
は声を発した。
「芹香先輩、こんな所で何してるの?」
「……」
「『邪悪な気を感じます』って、その剣は?」
「……」
「『儀式用』なんだ」
 話を聞いていると、胸騒ぎを覚えた先輩は、ダウジングか何かでこの場所を突き
止め、蔵の奥から剣を持ち出したらしい。
「それにしても危ないんじゃ……え?『大丈夫、バナナだって切れません』て……
はぁ」
 茫洋とした掛け合いは、「きゃぁー!」という金切り声で中断した。
「あかり!」
 芹香共々階段を駆けあがり、教室に飛びこむ。
 同時にあかりがオレの胸元に飛び込んだ。
「浩之ちゃん……う、うぅえ〜ん、怖かった〜」
「おいおい、何も泣かなくても……」
「だって、いきなりひょろ長い影が、黒い棒を突き立てて近づいてくるんだよ!」
「な、何!?」
「『言うことを聞け!』とか何とか、いきなり迫ってくるんだもん!」
 それが、先輩の言う『邪悪な気』なんだろうか。
「凄いね先輩、痴漢がいるのを見破ったんだ」
 誉め言葉にも、芹香はふるふると首を振る。
「……」
「『あかりさんが居るとは知りませんでした』って、そりゃそうだろ、忘れ物に気
づいて取りに来たんだから……ってオイ」
 そこで、オレははたと頭を抱えた。
「なんでそいつはあかりが来る事を知ってたんだ?」
「……」
「『彼女以外を狙っていたのでは』って、さすが先輩、鋭い読みだぜ」
 オレの言に、先輩の頬が紅色に染まった。
「とすると、今の今までこの場所に残っていておかしくないのは……」
「マルチちゃん!」
「そう、あかりの言うようにマルチが……え?」
 つんつんと指で突く芹香の指す先に、よれよれになったマルチが倒れていた。
「ふぅえ〜、大変ですぅ」
「どうした、マルチ!」
「……人のお役に立つのも、疲れますです〜」
「何かあったの?」
 気を取り直したあかりが、マルチの両腕を取って二、三度ゆする。
「あんなに口を使って……もう舌が回らないですぅ」
「ひどい事……されたのか?」
「……何回も何回も、あの人が満足するまでずっと続けてたです……」
「何てうらやま……いや、何とひどいヤツだ」
 つかの間、あかりの眼が赤みを帯びたのは、きっと気のせいに違いない。
「でもロボットの私に、優しくしてくれました……」
 マルチはそこで顔を上げた。
「浩之さんみたいに」
 三秒ほど時間が止まったのも、気のせいに違いない。
 そして、オレのみぞおちが激しく痛むのも、きっと。
「あ、藤田せんぱい!それに、神岸さんに来栖川さんじゃないですか」
 息せき切った葵ちゃんが、オレ達の姿を見かけて教室に入ってきた。
「葵ちゃん、君までなぜ?」
「練習に没頭していたらつい遅くなっちゃって……」
 それにしてもちょっと遅すぎるだろう。
「体操服のまま、お堂の板敷きで寝ちゃったんです」
 てへ、と小首を傾げ、葵ちゃんはぺろりと舌を出す。
 むぅ、可愛い。
「浩之……ちゃん?」
 いかんいかん、今度は黄泉比良坂まで旅立ちかねん。
 それとも、「えいえんのせかい」のほうか?
 ううむ――。
「そうしたら、いきなり太った影がそばにやってきて……」
「何!」
「必死に蹴飛ばしたんですけど、ぶよぶよとした感触でツボはいらなかったんで
す」
 いくらなんでも、ツボはいったら死ぬってば。
「それで、こっちまで追いかけてきたんですけど……月も隠れて、暗い闇の中を進
んでいたら、声がしたんでこっちに……」
 ということは……。

【読者への挑戦状】-------------------------------------------------------
 ここまでで一定の情報は出しています。
 非常に馬鹿ばかしいながらも、この事件の犯人と動機について推測してみてくだ
さい。



 ……わかりました(笑)?
【読者への挑戦状 終】---------------------------------------------------

「三人の共通点……そうか!」
「何か、わかったの?」
 あかりの声にうなずきを返し、オレは先輩のほうを振り向いた。
「今から、オレが奴らをおびき出す」
「奴ら?複数なんですか?」
「さっきあかりも毒牙にかかりそうになったからな」
 葵ちゃんに説明してから、オレは車座にみんなを集め、膝突き合わせてごにょご
にょと作戦を指示した。
 しばらくして、あかりがすっくと立ち上がる。
 そしてすう、と息を呑み、良く通る声で校舎を撃った。

「ほんと、あなたたちにかかると、奇跡も安っぽく思えるわね」

「バ、バッチリなんだな」
「そこかぁ!」
 オレが指を差すと、先輩が短く呪をつぶやき、西洋剣を突き立てる。
 剣の中心から、眩しい光が広がった。


「うぅ、眼が、眼が見えないダスぅ〜」
 数瞬後、ひょろ長いのと太ったの、二体の男が、眼の部分を押さえてのたうち転
がった。
 その手のひらのすき間から、ぷすぷすと白煙が上がっている。
「ノクトビジョン!」
「……」
「『スターライトスコープです』……先輩、意外にマニアなんだ」
 先輩はうるうると目をうるませ、激しく頭を振った。
 やはり、あまり深い知識を持っているとは思われたくないか。
 同類には思われたくないもんな。
 なぁ、オタク縦&横よぉ。


「それにしても、どうして私たちを?」
「葵ちゃんは知らないか。……今度、『聖典』っていう名作ゲームがコンシューマ
むけに出るんだよ。あと二週間後か」
「それが?」
「その中に出てくるキャラクターたちのうち……数人が、みんなの声によく似てる
のさ……あ、先輩とオレは別。この三人だけ」
「……」
「『そうなんですか』って、そうなの……読者投票では先輩も出る可能性高かった
のに」
「?」
「ま、ともかく、それでこの二人は、それより前に声を感じたかったのさ」
 DATにセラミックマイクとは、さすがにかける気合いも金も違う。
「とはいえ、痴漢まがいにあかりたちに迫ったのは勘弁ならない……師匠、お願い
します」
 オレは一歩下がって、うやうやしく葵ちゃんを迎えた。
「……あなただけは許さないから」
 そう言って、葵ちゃんは猛然と殴りかかった。
 オタクたちには、本望だろう。

 そして、オレ達は悠然と夜の教室を後にした。



 ……ところで、その後あの二人がどうなったかというと、
「こ、このマイクに向かって、『バカばっか』と言ってほしいんだな」
「きゃぁ〜、雅史さん助けて〜!」
 ……実はまだ、東鳩世界にいるんです(笑)。

【終】

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