東鳩 Crew to clue 『すべてが嘘になる』 投稿者:水方 投稿日:8月31日(木)22時28分
#===== はじめに ===========================================================#
 この物語で出てくる屋号や名称などの固有名詞は全て架空であり、実在の名称その
他、同一のものがあったとしても何ら関係ない事を先にお断りします。
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【1】
 ――まだ震えが止らなかった。
 身体のそこかしこが、ぴくり、ぴくりと引きつる。
 あいつがわき腹を舐めた時のように。
 嫌な奴だ。
 力ずくでなく、もっと汚い手段でわたしの身体の自由を奪った。
『ずっと前から好きだった』
 そのセリフを免罪符に、無理やり自分の思いを遂げるような奴だった。
 何度も、何度も。
 汚された。
 そんな思いは二度目に抱かれた時に消えた。
 もう、決して元には戻れないから。
 一と月が過ぎ、あきらめが顔に出た頃、あいつはこの部屋の鍵を見せた。
 もう使われる事のない、地下のボイラー室。
 私を求める時は、いつもその部屋に呼びつけた。
『静かな場所だよ』
 堅い木の机と、事務椅子と、電球のスタンド。
 おんぼろなソファーさえなければ、警察の取調べ室を連想させる。
 殺風景なところ。
 でも、あいつにはいい場所だったに違いない。
 自分の願いがかなえられる愉悦のしとね。
 この部屋の中でだけ、あいつは魔王になれる。
 うだつの上がらぬ社会科教師の衣を剥ぎとり、自らの意のままに振る舞える魔王。
 それから、また一と月。
 私はあいつのなすがままになっていた。
 今日だってそうだ。
 嫌がる私に、変態じみた行為を迫った。
 仕方なくその通りにすると、興奮したあいつは醜い下半身をあらわに、じりじり
と近づいた。
 その瞬間。

「うぅつ!」

 気がつくと、あいつが倒れていた。
「……有野先生?」
 近づいて首筋を触る。
 指先を伝わる振動は、だんだんか弱くなっていく。

 あっけないもんだ。

 我に返ると、私は急に怖くなった。
 急いで服を着て、この場所から立ち去ろうとした。
 でも、先生を放っておくことはできなかった。

 外は一面の雨。
 なだらかな坂を下り通用門を抜けると、かなり強い降りが私達を濡らした。
 その中を、私は先生といっしょに歩いた。
 あいつも本望だろう。
 お望み通りずぶ濡れで抱き合っているのだから。
 あいつの右腕を私の肩に回し、あたかも肩を抱いているかのように。
 きつく右に曲がる下り坂を、ゆっくり、ゆっくりと踏みしめ、対向車線へと渡る。
 つるっと滑りそうになる両足を、かろうじて脚が踏ん張る。

 雨の中で数分を過ごしていると、不意に右横から光が射した。
「……!」
 軽トラックを運転していた、おじさんの目がかっと見開かれる。
 そして、鈍い金属音。
 荷物を満載していた軽トラックは、ハンドルを切りそこなって対向車線に飛び出
し、そのまま崖にぶつかった。
 焦げつくような嫌な臭いが鼻を差す。
 「中瀬川酒保」と書かれたロゴがねじくれて雨に打たれる。
 私は全速力で坂道を走り下りた。
 あいつを路上に残したまま。

 誰も居ない我が家に駆け込むと、すぐに風呂のスイッチを入れた。
 いつもと同じなのに、火傷するほど熱く感じるシャワーを浴びて、私は身体のそ
こかしこをごしごしと洗った。
 あいつの臭いが残らないように。
 あいつの痕が残らないように。
 この嫌な思い出も、今までの苦痛も、
 すべて消え去ってほしい。
 せめて、すべて。

 すべてが嘘になって。

 風呂から出たときに、服のポケットからはみ出た鍵を見つけた時、私の心臓は止
まりそうになった。
 扉を締めてから、急いでロックした、あのボイラー室の鍵。
 明日一番に登校して、戻しておく事にしよう。
 もちろん、指紋はていねいに拭って。


【2】
 酒屋「中瀬川酒保」の店主である、中瀬川三治。
 西音寺女学院高等部社会科教師、有野修。
 一見関係のないこの二人は、ほぼ同じ時間に、百メートルと離れていないところ
で死んでいた。
 現場は西音寺女学院のふもとをぐるりと取り巻く、通称『お嬢坂』。
 もとから強い勾配と見通しの悪さから、生徒たちには通行禁止が言い渡されてい
たところだが、坂さえ駆けあがれば教室まで5分は稼げるその立地と、近隣の国道
の抜け道というその便利さから、一部の生徒と多くの商業車に絶大な人気を誇る場
所であった。
 一昨日の強い雨の日、その坂で交通事故の通報を受けた。
 警察と救急車が駆けつけた時には既に数十分以上も経過しており、運転者は虫の
息だった。
「人が……男が、ガードレールの……上に……」
 それきり言い残しただけで、運転者――中瀬川三治は息を引き取った。
 現場検証を兼ねて、警察は付近一帯を捜索した。
 そしてガードレールを超えた崖下に倒れている、有野修の死体を見つけたのであ
る。
 行政解剖によると、有野の死因は首の骨の骨折。
 死亡推定時刻も、事故が起きた時とそう離れてはいない。
 そこから警察が導き出したのは――

 雨の中、傘も差さずに歩く有野の姿に驚いた中瀬川が、ハンドルを切りそこねた。
 急カーブに下り坂、しかも路面は雨で濡れている。
 ブレーキも大して効かぬまま、車は崖にぶつかった。
 後ろから突っ込む車に驚いてガードレールを乗り越えたのか、はたまた車を避け
そこなったのか、有野は相前後して崖下に飛び降りた。

 ――偶然による二重事故。

 警察の下したこの仮定を、間違っていると誰がそしれようか。

 それが間違っている事を知っているのは、ただ一人。
 西園寺女学院高等部三年生・六条院麗美。
 有野に弄ばれ続けた彼女ただ一人だけであった。


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 東鳩 Crew to clue『すべてが嘘になる』
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【3】
 休みの日だというのに、雅史も圭子も制服を着ていた。
 雅史は、近所の酒屋の店主である、中瀬川三治の葬式に。
 そして圭子は、寺女で社会科を教える、有野修の葬式に。
 それぞれ参列していたためである。
 その後、二人は公園のベンチに並んで座っていた。
「少年サッカーの団長だったんだ」
 まず雅史が切り出した。
「僕がサッカーをするきっかけになった人さ」
 圭子は何も答えぬまま、じっと雅史の顔を見る。
「……と言っても、その頃の僕はものすごくドジでね。いつも浩之に教えてもらっ
てたけれど」
「藤田……さんに?」
「普段はともかく、浩之はその気になれば何だって出来るヤツなんだ」
 そう言って、雅史は頭を後ろに投げ出す。
 一昨日の雨が嘘みたいに、雲一つない青空が広がっている。
「そっちのほうは?」
「あ……えっと、有野先生のほう?」
 返事が返ってこないので、圭子はそのまま視線を泳がし、頭の中から記憶の断片
を拾い上げた。
「死んじゃった人をあまり悪く言いたくないけど――あまりいい感じの先生って
わけじゃなかったなぁ」
「そうなの?」
「何というか……小柄で、視線が粘っこくて、暗い人」
 首を振って、圭子は話を続けた。
「部活動も持ってなかったし、とかく目立たない先生。……でも、最近はちょっと
明るかったか」
「ひどい雨でも傘をささずに歩く、そんな人だった?」
 そう聞いた雅史の声は、圭子には硬く、そして思いのほか痛く響いた。
「ま……それは解らないなぁ。変といえば変な感じだったし」
「『雨の中、踊る自由を持つ。それが人間というものだ』」
「どこかの偉人の格言?」
「いや、TVアニメの引用――でも」
 そこで雅史は頭を戻し、圭子の目をじっと見すえた。
「僕には信じられないんだ。好んで雨に打たれようとする人間が、好んで危ないほ
うの道を行こうという、その気持ちが」
 そこまで言われて、圭子はようやく気づいた。
「そうか。同じ雨に濡れるにしても、正門から出て階段を降りればすぐにバス停留
所だもんね。あそこなら屋根もあるし……いくら通用門まで屋根があるっていって
も、道路のほうはそうじゃないしなぁ」
「もっと簡単な話、なぜそこいらにある傘を使わなかったんだろう。真夜中で誰も
居ないのに」
 雅史は圭子の手を取った。
「力を……貸してくれないかな?」
 いつもと同じ、どことなく頼りなげで、断られたらあっさり引き下がるような調
子で雅史は尋ねる。
 そんな調子でも、圭子に断る理由は無い。
「うん、わかった」
 だって、雅史本人の頼みなのだから。


【4】
「で、私を呼び出したわけ?」
 寺女の校舎の裏手で、麗美はそう言って目の前の雅史に食ってかかった。
 雅史とほぼ同じ身長の麗美にとって、視線を合わせるのは造作もない。
「有野先生の死に、私が関係している、そんな証拠でもあるの?」
「あなたと有野先生とが話しこんでいたのを、部活動中の一年生が見ています」
 雅史はそこで言葉を切った。
「それだけ?」
「その時に、旧い鍵を手渡したところも、その子は見ていました。いつも有野先生
の事務机にぶら下げてあったのと同じだそうです」
「ばっかばかしい。そんなに言うのなら指紋でもなんでも調べりゃいいじゃない」
「指紋は……ありませんでした」
「それ御覧なさい」
 さも馬鹿にしたように、麗美は両手を広げた。
「――あなたの指紋はおろか、有野先生の指紋も」
 麗美のしぐさが固まった。
「おまけに、使ってない鍵にしては、ほこり一つ付着していませんでした」
「……あなた、警察にお知り合いでも?」
「片栗粉さえあれば、指紋くらい簡単に浮き出せます」
 雅史は屈託なく答えた。
「使われていない部屋の鍵、双方ともに尋常でない様子、そして……二か月前から
のあなたの変容……クラスメイトから聞きました。人が変わったようだ、と」
「特別推薦前じゃない、当たり前よ」
 麗美のセリフをあえて聞き流し、雅史はじっと麗美の顔を射貫いた。
「これらを組み合わせると、一つの仮説が構築できます」
 その視線の背後に控える、冷たい気。
 自らの身体をかたく抱きしめ、不意に麗美はぶるぶると震え出した。
 ――気づいたんだ、この人。
 頭の中が真っ白になる。
 意識が彼方へと解き放たれる感覚。
 その飛翔感から、三和音のR&Bで現実世界に引き戻される。
「もしもし……あ、マユミ?ごめん、今取り込んでるんだ……また、後で」
 ポケットから取り出した携帯相手に十秒ほどまくしたててから、麗美はかちり、
とスイッチを切った。
「……いいわ、ボイラー室に行きましょう……話はそこで」
 それでふっきったのか、麗美は一気に言葉を吐き出した。


【5】
「話してもらえませんか。本当のことを」
 そう促され、麗美は
 ――まだ震えが止らなかった
 と切り出した。
 そして、とつとつと語り出した。
 自分が有野に襲われた事。
 この古びた部屋で、幾度となく弄ばれた事を。
「あの時も、先生は下半身向き出しで、私に迫ってきたの……その姿にびっくりし
て、思わず飲んでいたペットボトルをぶつけた」
「ペットボトル?」
 なるほど、そう言えば大きな空のペットボトルが何個も部屋に転がっている。
「そう、ミネラルウォーターの……その水が先生の身体を濡らして……そしてこの
スタンドにも」
 麗美はそう言って、古い電気スタンドの台座をひっくり返した。
 カバーが壊れており、配線がむき出しになっていた。
「感電……したんですか」
「気がついた時には、先生はそこにうずくまって倒れていたわ」
 麗美は床を指差した。
「それから、先生の肩を取って、扉に鍵をかけてから外に出たの」
「どうして?」
「怖かったのよ!」
 麗美はそう言って顔を覆った。
「暗い部屋の中で、死体となったあいつが、誰に知られることもなく朽ち果ててい
くのが……」
 すすり泣く声がしばしの間、狭い部屋の中を見たした。
「それで、とりあえず早く下に降りようと、『お嬢坂』のほうを降りようとしたそ
の時に……トラックが……」
「突っ込んできたって言うんですか?」
「……気がついた時には……車はもうグシャグシャで……怖くなって、大あわてで
家に帰ったの」
「それで、有野先生は?」
「……その場所に……放って……私、馬鹿よね。有野先生、その時はまだ息があっ
たのよ」
「息が?」
「でなきゃ、あんな場所で死ぬわけないじゃない!」
 雅史を見据える麗美の目は、涙でにじんでいた。
「朦朧とした頭で、ガードレールにもたれて……きっと雨で滑ったに違いないわ。
強い雨だったもの」
「……そうだったんですか」
 雅史は薄暗いボイラー室を一通り見回してから、ごくゆっくりと首を振り麗美と
視線を合わせた。
 悲しい色をしていた。
「これから、どうします?」
「警察へ……全て、話す」
 麗美は神妙な顔で心持ち雅史を見上げた。
 両腕はかたく組み合わされ、自らをぎりぎりと締め上げている。
「――あなたが気づいてしまったから」
「他の人には誰も言ってません」
 雅史の眼はじっと麗美を見ている。
「そう……でも、隠せないな」
 麗美はほっとしたのか、大きく息をついて肩を落とした。
「すべて事故だったんですか」
「そう、すべて事故――すべて」
 麗美は正面を向き、視線を地面へと下げる。
 その時、


「――嘘」
「え?」
 麗美は弾かれたように頭をもたげた。
「すべて嘘。少なくとも事故じゃない……あなたが、あの二人を殺したんだ」
 淡々と語る雅史の声は、ぞっとするほど冷たく、そして
 麗美がびっくりするくらい、痛かった。


 ――嘘。
 ――まさか。


【7】
 『お嬢坂』のある道の両脇に、色鮮やかな花束が何本も置かれている。
 その前で……有野の飛んだ所とおぼしき場所で、雅史と麗美は向かい合った。
「まず、僕が仕入れた情報によると、トラックで事故した中瀬川さんのセリフは
『人が……男が、ガードレールの……上に……』だったそうです……そのセリフが、
あなたの言ではうまく説明できていない」
「だから、それは……私が去った後で、立った……有野先生を見て……」
「事故を起こして意識が朦朧としているさなかにですか?」
 何かを決めた雅史の声が、ちくちくと麗美に突き刺さる。
「――有野先生はかなり小柄だったそうですね。それでも僕より大きかった」
「それが?」
「死体の腕をとって『肩を組んで』歩くのは不可能だって事です……普通」
 そこで雅史は人差し指を立てた。
「背中にかつぎませんか?それと……8リットル」
「8リットル?」
 その意味がわかったのか、麗美の顔から汗がつうとつたった。
「あの部屋にあったミネラルウォーターのペットボトル、2リットル入りが4本…
…どう考えても、飲むには量が多すぎませんか?つまり」
 人差し指を麗美の鼻先につきつける。
「あなたは意図的に有野先生を水びたしにしたんです」
「なっ――!」
 麗美が反論しようにも、言葉が引っかかって出なかった。
 雅史はなお居丈高に、ずいと一歩近寄る。
「ここからは僕の推理になります。気絶した有野先生を背負ったあなたは、この場
所まで有野先生を運んで、そして……」
 雅史は傍らのガードレールの支柱を指差した。
「背中を向けて、有野先生をこの支柱に載せ、そして手を放した」
「……ばっかばかしい。だったら私の髪の毛ぐらいくっついているはずよ!一本で
もあったの?」
「いいえ……一本も」
「デタラメね。そんなたわごと、警察が信じると思っているの?」
「信じなくても、捜査をやり直してはくれます……知り合いがいますから」
 そう言うと、雅史はにぃ、と口の端を歪めた。
「あなたさえ覚悟を決めてくれるのならば、僕は何も言いません」
 雅史はくるり、ときびすを返し、ガードレール越しに夕暮れの町並みを眺めた。

 ――この男も、私を汚すのか。
 麗美の身体がわなわなと震えた。
 ――だったら、いっそ。
 鞄の留め金を外し、ゆっくりと手を入れる。

「だったら……いいわ。私を好きにして」
 セリフで驚いて振り向く雅史の懐に素早く飛び込む。
 そして右腕を伸ばし、素早く突き立てる。
 しかし、それよりも早く、
 石つぶてが麗美の手を撃った。
 からんからんと軽い音をたてて、黒い箱が路上を転がる。
「そこまでだ」
「……!」
 麗美が見上げたその先には、目つきの鋭い男子学生と、かつて見たことのあるメ
イドロボとが立っていた。
「セリオ!!」
「あなたの姿は全て記録されています」
「――罠!?」
 振り向くと、雅史は路上の黒い箱――スタンガンをハンカチでつまみあげていた。
「あのスタンドで感電したのではないとは思ってたんです」
「なんで!」
「埃が焦げてないまま、むき出しの配線にまとわりついていましたから」


【8】
 連行しようと長瀬警部が腕を取った時、麗美は不意に声を張り上げた。
「私がどれだけ苦しんでいたかも知らずに、正義の味方を気どるのはさぞ気持ちが
いい事でしょうね!!」
 声の向こうには雅史と浩之がいる。
「――正義の味方なんて柄じゃない」
 あくまでも淡々と、雅史は言葉を紡いだ。
「正直、有野先生のことは僕には関係がない」
「だったら、何で!」
「――あなたのせいで、中瀬川のおじさんは事故を起こした」
「知るもんか、向こうが避けそこなったんだ」
「それなら答えてくれ!」
 その言葉がいっそう鋭くなった。
「事故現場の、すぐ目の前に居たのに、なぜ救急車を呼ばなかった」
 そして、雅史らしからぬ大声を上げた。
「携帯、持ってたんだろう――なぜ!!」


 ――怖かった。
 私の姿を見られて、それを誰かに言われるのが。
 私が、あいつを突き落とそうとしている姿を見られたかもしれないから。


「だから――あなたは、二人とも殺したんだ」


 ――生まれて初めて、人を憎いと思った。
 その言葉は、パトカーの厚いドアに遮られて、届くことはなかった。


【9】
 その後の取り調べで、雅史の推理は一か所だけ違っていることがわかった。
 麗美は髪の毛や体液の付着を恐れ、肩を貸す事すらしなかったのだ。
 トランクをくくりつけて運ぶキャリーカート。
 それに有野を載せて、通用門の坂を下ったのだと言った。
 そして、ずぶ濡れの有野をガードレールの支柱に載せた時、その姿に驚いた軽ト
ラックがハンドルを誤って激突したのだと。
 またスタンガンについては、元々が有野の持ち物であると判明した。
 有野はそれを使って、麗美を押し倒したとのことだった。
「あいつは嫌な奴だった」
 最後に、ぽつりと麗美は付け足した。


「でも一つだけ……有野が水を掛けられた経緯は、わからなかったな」
「ま、そういう趣味もあるのさ」
 浩之はそう言って、雅史にあいづちを打った。
 WAM――Wet And Messy.
 あの時、麗美は膝を立てて机の上に座り込むや、自らの身体に服の上から水をか
ぶったらしい。
 素肌に張りつく衣服を見て、有野はいつになく興奮し、自分にも水をかけるよう
に命じた。
「そして、水越しにスタンガンを突き立てた。全身を電撃で浴びせられて、しばら
く気絶していたのは間違いないところだろう」
「浩之、よく知っていたね?」
「そういう趣味のPCゲームがあるの」
 そこで浩之は、わざと軽い調子でふっかけた。
「……雅史もやってみるか?」
「遠慮しとくよ」
 雨にわざわざ濡れたがるような、そんな気になど、ついぞなりたくない。

【終】

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