この蒼い空のどこかで(七月のお題「青」) 投稿者:雅 ノボル 投稿日:7月2日(月)03時20分
 拝啓 坂神 蝉丸殿
    三井寺 月代殿

 俺は今、この高く広がる蒼い空の下のどこかにいる。
 遠く先まで広がる蒼い空の先には、島神のあの町に続いている事だろう。
 俺はこの空の下で、生きている。


                    Leaf presents "Tasogare" Side Story
                           この蒼い空のどこかで
                       In something of this blue sky

                          Wrote By Noboru MIYABI

「高子さぁん! 蝉丸から、手紙来たんだって!?」
 今年の夏も坂上邸に来た月代が、最初に高子から聞き出したのは、今日届いたと
言う蝉丸からの手紙の事だった。
「えぇ、月代ちゃん」
 いつもの笑顔で、高子が玄関先で月代を出迎えながら言った。
「いま、蝉丸さんって何処にいるんですか?」
 月代を迎えに行っていた夕霧も聞いてくる。
「それは………」
 言い淀む高子。
「恐らく書いていないじゃろうな」
「旦那さま?」
 高子の後ろから、ゆっくりとした足取りで、老蝉丸が月代を迎えに玄関まで来た。
「おじいちゃん、なんで?」
 尋ねてくる月代に、喉の奥で笑うようにしながら、老蝉丸が答える。
「あいつはそんな事を書くような輩じゃない。それはわしが一番よくわかる」
 自身が蝉丸のクローン体である「複製身」なればこそ、蝉丸の行動もおぼろげで
はあるが、察する事が出来た。
「そっか……… そうだよね」
 老蝉丸の言葉に少し気を落とす月代。
「蝉丸さん、元気でいるんでしょうか………」
 あの夏の出来事を思い出して、高子が心配そうな声で言う。
「なぁに、高子さん。あいつはあいつなりに元気でやっているはずだ」
 高子の心配を和らげる為に、老蝉丸は優しく高子に言う。
「蝉丸さん、また神楽に来るんでしょうか?」
「………それはわからん」
 夕霧の質問に首を振りながら、老蝉丸は答える。
「おじいちゃん………」
 月代が何か言うのを手で制しながら、老蝉丸が再び口を開く。
「だが、あいつは生き続けるだろうよ。いつも明日がある限り。ずっとな」
「そうですよ、月代ちゃん。蝉丸さんは、きっと何処かで元気で生きているから」
 高子は、あの時の蝉丸の言葉を信じていた。今でも。


 俺は自分の足で旅をし続けている、その足取りは車よりも、そしてあの事件が忘
れ去られるよりも遅い。
 今年はそちらに戻れそうになさそうだ。だがいつかきっと、あの夏の日のように
蒼い空を見上げる日が来るだろう。


「そう、蝉丸君がね」
 診療所にいた石原麗子女医が、月代から蝉丸の手紙の内容を聞くと、目を瞑って
一言そう言った。
「麗子せんせーも、蝉丸のこと心配してないんだ」
 月代の言葉に頷く麗子。
「元から心配するような人じゃなかったし。まぁ蝉丸君の事なら、きっとこの蒼い
空の下の何処かで、旅をし続けていると思うわ」
 再び目を開き、ペンを逆さにして机の上を軽くノックしつつ、麗子が言った。
「先生も、そう思うんですか?」
「まぁね……… 相変わらず、無茶をしてるかどうかまではわからないけれど」
 高子の疑問に、麗子はあの夏の事を思い出しながら、苦笑しつつそう答えてから、
手近な窓から、蒼く広がる朝の夏空を見上げる。


 時々、あの夏の日の事を思い出す。
 神楽の青い空と、皆で海に行った事は忘れない。
 月代、高子、夕霧、息災はないか?
 御老を労わってやって欲しい。
 そして、もう一人の俺よ。
 あまり女どもに無理を言わないでいるだろうか?


「おじーちゃん、蝉丸に言われてるねぇ」
「余計なお世話じゃ」
 月代にからかわれて、憮然とした表情の老蝉丸。
「うふふ、旦那さまったら」
 その様子をみて小さく笑う高子。
 真昼の坂神邸のリビングで、月代と老蝉丸と高子が眼下に広がる蒼い海と蒼い空
を見ながら、夏の日と共に去ってしまった人の事を思い出す。
 また、この町に帰って来てくれる事を願いながら。

 皆もどうか、息災なく達者であるように。
 この蒼い空のどこかから。

 敬具

                               坂神 蝉丸