結花の休日 投稿者:雅 ノボル 投稿日:12月1日(金)08時46分
 久々にお店を休んで、あたしは近所のスイミングクラブに行くことにした。
 高校時代の時ほど頻繁に行くわけじゃないけど、今も昔も泳ぐこと自体好きなの
は変わらない。
 リアンがウチに住むようになって、少しは時間にゆとりが出来たおかげで、夏から、
時々は泳ぎに行くようになっていた。
 ただ、高校の時のように記録だとか、部活とか少しは気にしながら泳いでいた時
よりも、気ままに自由に泳ぐ今の方が、何倍も自分らしいんじゃないかって思う。

                Leaf presents "MAGICAL☆ANTIQUE" Side Story
                                結花の休日
                              Yuka's holiday

                          Wrote By Noboru MIYABI

 平日のスイミングクラブのプールには、トレーニングの一環でスイミングをする
人は少なからずいるとしても、全力で泳ぐような人はいない。
 けれど、あたしは人の少ないレーンを、自分の思うがままに泳ぐのが好き。
 競泳用水着に着替えて、体を温める為に柔軟体操をする。
 高校の時ほど体を動かしているわけじゃないから、柔軟体操はとくに全身に重点
的にやっておいて、体を伸ばしながら温めていく。
 柔軟体操を終えてから、プールサイドに行って、静かにプールの中に入る。
 まずは体を水に馴らす為に、プールサイドのウォールに止まったまま、足でバタ
足の練習。
 水を蹴るスピードを少しゆっくり目にして、水の重さに慣れ親しむ。
 久しぶりに感じる水の重さ、抵抗感、そして冷たさ。しばらく泳ぎにこなかった
せいか、久々の水の抵抗感が懐かしいとさえ思えてしまう。
 といっても、数ヶ月前に海に行ったはずなのに。
 きっと、懐かしいと感じるのは、高校の頃のせいなんだろう。
 ほんの1年ほど前だけど、進学する意思のなかったあたしは、最後まで部活で練
習をしていた。実業団からもそれなりに誘いはあったけど、あたしは全てその申し
出を退けていた。
 なんか、泳ぐ事が仕事なんてしたくなかったし、あたしはただ単に泳ぐのが好き
なだけだったから、どうでも良かった。
 泳ぎに行くだけなら、いまだってこう出来るし、こうしてる。

 たしかに県大会で一番になった事だってあるから、周囲からはずいぶんと説得さ
れたけど、結果なんて興味無かったし、なにより幼馴染みや大切な人達のいるこの
街を離れてまで、一つの事に打ちこむ気なんて、さらさらなかった。
 ウォール際で体を馴らし終わってから、真ん中の人のいないラインに移動する。
 そして、そのまま壁を軽く蹴って、コースの真ん中へ泳ぎ出す。
 壁を蹴った勢いが死なないうちに、腕と足を動かし始める。
 腕を大きく動かしてストローク。そして前に効率良く進む為に水の中を蹴る。
 たったそれだけなのに、少し違うだけでタイムは大きく変わってくる。
 でも、今のあたしはタイムやら記録やら関係ない。
 あたしの中で、あたし自身が納得出来るだけ泳ぐ。
 疲れてへとへとになってでもいい、頭が真っ白になるまででもいい。
 たとえ順位や成績が無くっても、あたしが満足できれば、それでいいから………

 最近思う。
 健太郎って、結局誰が好きなのかな?
 幼馴染のあたし、スフィーちゃん、リアン。あいつが誰を選ぶかわかんない。
 でも最近思う。あいつがあたし以外の誰かを好きになっているかも知れないって、
そう思う時がある。そして、そう思うたびに、あたしの心にちくちくと痛みが走る。
 普段には感じない、小さな心の痛み。
 本当なら、そんなの感じたくない。
 健太郎が誰を選ぶかわかんないけど、そんな痛みは感じていたくない。
 だから、今日こうやって泳ぎに来てるんだ。
 泳いでいれば、その間だけそんなことを忘れる事が出きると思っていた。
 心に打つ、小さな痛みが消えると思っていた。
 けど消えない。
 どうやったって消えない。
 泳いでいれば消えると思ってた。
 でも頭が真っ白になるまで泳いでいたって。
 健太郎への思いと、心の痛みは少しづつ大きくなる。
 ほんの、すこしづつ……… 痛みは大きくなっていく。
 だめだ、気持ちが溢れちゃう。泳いでいて涙が出てきちゃう。
 このもやもやを少しでも良いから解消したいから泳ぎに来たのに。
 もう昔みたいに、悩んでいる時に泳いでも気分全然晴れないよ、晴れないよ………

 プールサイドの監視員が、ホイッスルを鳴らす。
 休憩の時間だった。こういう所では1時間おきに必ずある。
 プールの四隅に設けられたガイドパイプに手をかけて、疲れきった体でのろのろ
とプールサイドに上がって、壁際にもたれるように座る。
 疲れただけで、気分が晴れたって気がしない。
 なんか泳ぎに来たんじゃなくって、疲れに来たみたい。
 いまのあたしって、全然あたしらしくない。
 あたしって、こんなにやきもちだったっけ?
 健太郎が誰を選ぶかは、健太郎の自由なのに。
 健太郎のそばにだれがいる事になるかは、まだわからないけど。
 でも、あたしがいていい場所を無くして欲しくない。
 決して好きだとか嫌いだとかじゃなく、幼馴染としての願い。

 10分たって休憩が終わった。
 そこそこ体は温まってきたけれど、疲れはまだ取れない。このまましばらくふにゃ
っとしてみる。
 一般用のプールの隣には、子供用の底の浅いプールがあって、いまも小さな子供
達が水を掛け合ったりして遊んでいる。
 そういえば、健太郎とあんな事をして遊んでたのは、いつくらいまでだったっけ?
 もうあまり覚えていない昔の想い出。
 小さな頃に健太郎とプールに行った時。健太郎はあたしに水を掛けられては、逃げ
回ってたっけ。
 夏には、スフィーちゃんとりアンの3人で、健太郎と水の掛け合いして勝った。
 けれど、純粋にあの頃と変わってない事って、そんなに無いんじゃないかと思う。
 たしかに身体も大きくなったし、立場もいろいろと変わった。
 けれど、あたしとアイツは小さいときからの幼馴染。
 それだけはいつになったって変わらないと思う。
 でも、大抵幼馴染はそれ以上の関係にならない事が多いって、聞いた事がある。
 あまりにも近くにいすぎたせいで、好きとか嫌いとかを通り越してしまっている
からだという事らしい。いっしょにいるのが、お互いに当たり前なんだそうだ。
 そうなると、お互いに恋愛の対象として見なせなくなる。
 いつもいっしょなのが当たり前だから。
 だからなのかもしれない。
 その当たり前が崩され始めてるのだから。
 だから、心がちくちく痛むのかもしれない。
 スフィーちゃんもリアンも、かけがえのないたいせつな友達。
 でも、その二人のどちらかが健太郎と結ばれる事になったとしたら………
 ………やめやめ。何でこんな事考えてるだろう。
 ほんと、あたしらしくなんかない。
 せっかくプールに来たんだから、もう少し泳いでいこう。

 プールの中央のコースを、スタイルを変えて何往復かする。
 クロールにバタフライ、あんまり得意じゃないけれど平泳ぎや、背泳ぎも。
 水の中を泳ぐことを楽しむようにしてたくさん泳ぐ。
 何度かスタイルを変えているうちに、そろそろ泳ぐ事そのものに飽きてきた。
 まだコースの途中くらい。背泳ぎで泳いでいたので、そのまま手足の動きを止め
て、勢いだけで前へ進む。
 水の上に浮いていると、疲れた重い身体がほんの少しだけ軽く感じてくる。
 そして水の温かさが、ちょうど気持ち良い眠りへと誘ってくる。まるで、赤ん坊
がお母さんのおなかの中にいる頃のよう。
 このまましばらく手足を動かさずに浮かんでいたいけれど、さすがにそういうわ
けにはいかない。
 足だけでゆっくりと水を掻いて、ゆっくりとしたスピードで反対側へと進む。
 反対側の壁にタッチしたところで、ちょうど2度目の休憩のホイッスルが鳴った。
 あたしは、そのままプールを上がって、家に帰ることにした。

「お、結花? 何ヘロヘロになってるんだ?」
 自分の家への帰り道、商店街でばったりと健太郎に出会った。
「ちょっと泳ぎに行っただけ、久しぶりに全力で泳いで来ちゃった」
 泳ぎまくって、頭も身体もポーっとなるまで泳いでた。
 もうしばらくは泳ぎたくないくらい。
「高校卒業以来、久々に思いっきり泳いだわ〜」
 くたくたになるくらいに泳いだおかげで、少しは心のもやもやも晴れたような気
がする。
「あんたも今度いっしょにいかない? 最近運動不足だとか何だとか言ってたじゃ
ない?」
 幼馴染なんだし、たまには付き合ってもいいじゃない
「あ? オレ? いや……… 遠慮しておくよ。結花と付き合わされると、時間い
っぱいまで泳がされそうだ……… それに………」
「………それに?」
 健太郎に続きを促す。
「………それにおまえのその貧乳を見に行くのもなぁ………」
 ぶち!
「貧乳いうかあああああ!!!」
 気がついた時には、衆人監視のど真ん中で、健太郎にハイキックを一発ぶちかま
していた後だった。
 あー、何やら別の意味ですっきりした。

http://www2.csc.ne.jp/~miyabin/