雨と傘と紫陽花と……… 投稿者:雅 ノボル 投稿日:6月13日(火)15時35分
「はぁ……… まだ降っとる………」
 5時限目の終わりから降り出した雨は、一向に止もうとせぇへんかった。
 それは、放課後になっても降り止まず、傘のない私は、いまもって窓の外から雨
を降らせ続けるお天道さんにむかって、睨み続けるしかなかった。

            Leaf Visual Novel Series Vol.3 To Heart Side Story
                                                    雨と傘と紫陽花と………
                                                    
                                                    Wrote By Noboru MIYABI

「………にしても、参ったわ………」
 授業の後で、担任の先生から所用で呼ばれたんは仕方ないけど、自分の鞄を取り
に教室へ戻ると、すでに教室には誰もいない。
 今日はこれから塾で講義があるんやけど、雨具の用意なんてこれっぽっちもして
へんかった。このまま雨の中を駆け出そうもんなら、塾どころか、学校の下に行く
までにずぶ濡れになって、翌日は風邪ひく事間違いなしやろな。
「ま、置き傘を当てにする訳ないんやけど………」
 荷物を持って、玄関に降りてみると、やっぱり下駄箱の傘立てには置き傘なんて
ある訳ない。正直濡れて帰るしかないかと思うと、溜め息つきつつ、途方に暮れる
他なかった。
「どないしよか………」
 空模様を見てみても、雨の勢いは変わらない。それどころか、呪ったように雨の
勢いは強くなってきてる。
 玄関の壁時計を見ると、4時近い。雨の中を駆けて塾へ行ったとしても、最初の
講義にはぎりぎり間に合うかあやしいとこ。
 そんなとき。

 ぽんぽん。

 わたしの肩を叩く人がいた。
「だれや?」
 振りかえると、見なれた人やった。
「来栖川先輩?」
 こくこく。小さく2回頷く。
 いつものように夢うつつっぽいよな表情をしてる先輩。でも、まなざしはきちん
とわたしのほうに向けてた。
「なん……… なんか用ですか?」
 こくん。もう一度、小さく頷く。
「………」
 どうしたんですか? と小さな声で、わたしに聞いてた。
「………どうもこうもあらへんです。雨降ってて、学校から出れへんだけやし」
 そっけなくわたしが言うと、そうですか。と小さな声で告げる。
「先輩こそ、なんでこんな時間まで校内にいるんです?」
 確か藤田君から、先輩も部活をしてるとか聞いた覚えがある。そう、オカルト研
究会とか言ってたわ。
 けど、今は中間考査前と言う事もあって、部活動は軒並み活動中止のはずやった。
「………」
 先輩がまたしゃべる。なんでも、お迎えの車を待ってるのだとか。
 そういえば先輩って、お母んの働いてる会社の、そのまた上のグループの一族や
ったっけか。
 どこの学校にも、こんな感じの、ポーっとした人は一人くらいは居そうやけど、
この人の場合、やっぱり本当の「お嬢様」なんやろね。物腰がぜんぜん違う。
 あたしなんかは、藤田君達からよく「関西人」しとるとか言われる(もちろんあ
たしは神戸の出身やって、関西人でカテゴライズされるのはイヤな)んやけどな、
この人は別の意味でこれが「この人」なんやろね。
「………」
 雨、やみませんね。
 外の様子を意味ながら、先輩はそう言った。
「………そうですね」
 玄関の窓から、降り続ける外の雨を見てみる。雨脚は一段と強くなる一方で、雨
が地を打つ音が大きく聞こえてくる。またお天道さんの機嫌が悪ぅなった。
「………」
 雨は嫌いですか?
 ふっと先輩は囁いた。
「………んなの、嫌いに決まってるやないですか」
 雨はいやな事ばかりやった。思えばお父んとお母んが別離(わかれ)たあの日も、
雨やった。いやな事の殆どは、雨の日ばっかりやった。
 だから、わたしは、雨なんか大っ嫌いや。
 気持ちが憂鬱になってくばかりで。
 思い出したくない事ばかりで。
 嫌や、嫌や。大っ嫌いや!
「………」
 わたしも、あんまり好きじゃないです。けれど全然、という訳でもありません。
 先輩は、小さくそう言った。
「?」
「………」
 むかしは、嫌いでした。だって、雨が降ると寂しいから。お屋敷の中に響く雨の
音が、私を憂鬱にするから。
 ちょっと顔をうつむかせて先輩は言う。
「………」
 けれど、大きくなって、学校へ行くようになって、この時期になると、楽しみに
していることがあるんです。
 そして今度は、ちょっとだけ慈しむような目をして、先輩が言うた。
「………」
 よかったら。
「え?」
「………」
 よかったら、今日は私と一緒に帰りませんか?
 そう先輩は言った。
「え? いいんですか、わたしなんかと一緒で?」
 思わず、あたしは問い返したけど。先輩はにっこりと微笑んで言った。
「………」
 だいじょうぶです。前にも浩之さんをお乗せした事だって、ありますから。
 先輩はさらりと言ってのけた。
「………」
 あなたは、私の大事なお友達の、お友達ですから………
 ………大切なお友達の、お友達………
 ちょっとだけ、自分が恥ずかしくて、ちょっとだけ藤田君にムカついて、そして
先輩の優しさに感謝した。
 やっぱり、こんな所がこの先輩の凄い所なんやろなと、素直に思う。
 そして、この先輩と知り合うきっかけにもなった藤田君を、ホンのちょっとだけ、
見なおそと思った。
 藤田君も、神岸さんも、先輩も、みんな自分を飾ってない。それが凄く羨ましい。
 それは本当に、羨ましい事だと思えた。

「お嬢様、遅れてしまい、誠に申しわけありませんでした」
 それからしばらくして、降りしきる雨の中を、傘を持って先輩を迎えに来た人が
いた。片手にはもう一本傘を携えていた。
 先輩は、そこでちょっと待っていてくださいと私に言うと、お迎えの人の近くに
近寄り、さっきのやり取りと同じように小さな声で話し始めた。
「………そうですか、お嬢様。わかりました。あぁ、それとそこのお嬢さん」
 しばらくのやり取りの後、お迎えの人はそう言うと、わたしの事を呼び寄せる。
「なんです?」
 呼ばれて近づくと、お迎えの人は、それまで自分が使っていた傘を差し出した。
「お嬢様からのお言い付けでな、車まではこの傘をお使いなさい。男物の傘なのは
ご勘弁を。では、私めは先に車まで戻ってお待ちしております故、お早くお越し下
さい、芹香お嬢様」
 お迎えの人は、一礼すると雨の中を車まで走っていった。
「………」
 浩之さんのお友達だと話したら、あっさりと赦してくれました。
 先輩はそう言って、ちょっと微笑んだ。
 でも、それって。あのお迎えの人は、わたしと藤田君とを同系列で見てるんじゃ
ないかと思うんやけどなぁ、先輩。
 まぁ、ええか。先輩の好意にあまえて、コンビニまで送ってもらお。コンビニで
傘を買って、そこから先は濡れて帰ろ。
「じゃぁ、急ぎましょ、先輩」
 わたしの言葉に先輩もこくんと頷いて、雨降りしきる校門までの道を、傘の花を
開かせて、車まで急ぐことにした。
 お迎えの人は降り続く雨の中、車の脇でただじっとわたし達が来るのを待ってた。

 駅まで歩けば20分はかかる道も、車ならすぐに着く距離やった。私達を乗せた車
は、雨音の中を静かに走り行く。
 腕時計を見てみると、塾の講義には全然間に合う時間やった。ついでにヤクドあ
たりで食事をしても全然余裕やろな。
 そんな風に考えていると、先輩からちょんちょんと指をさされた。
「………」
 少しお時間はありますか? 先輩は私にそう言った。
「あ、えぇ。まだ、塾の講義が始まるには早いし、どっかでご飯でも食べよかなっ
て思てましたから」
 私の言葉にこくんと頷くと、運転席の執事さん(セバスチャンさんと言うらしい)
に何やら耳打ちする。
「あ、あの……… 先輩? え? ちょっとだけ、寄り道しませんか? って?」
 こくこく。
 先輩が頷く。
「ん……… 時間はあります。せやけど、遅くなるようなら……… え、ほんのち
ょっとだけだから?」
 こくこく。
 どうやら、先輩はわたしに何かを見せたいらしかった。
「………」
 わたしの……… この時期だけの楽しみを、あなたにもお見せしたいから。
 先輩はそう言った。藤田君の友達であるわたしに、藤田君の代わりに見てもらい
たかったのやろか。本当にそうなのかは、判らなかったんやけど、先輩は私に見て
もらいたかった事は確かやと思う。
「………ええですよ、先輩」
 わたしはそう応えた。すると、先輩はまたセバスチャンさんに何やら耳打ちする
と、セバスチャンさんは、先輩の指示通りに車を走らせて、ほどなくして、道端に
リムジンを止めた。
「………」
 これを見てもらいたかったんです。
 先輩がリムジンの窓を自動で下ろして、外のほうを指差す。
「わぁ………」
 先輩の指差した先には、紫陽花の花がきれいに咲いてた。雨に打たれながらも、
淡い紫色の小さい花をいっぱい咲かせていた。
「………」
 きれいでしょう? と先輩はささやく。
「そう……… そうやね。きれいやわ」
 まだつぼみのままのも残ってたから、薄紫に黄色に葉の緑色と、嫌みじゃない彩
(いろどり)が、雨の中でじっと咲いていた。
「………」
 ほんとうは………
「え?」
「………」
 ほんとうは、浩之さんと一緒に見たいんです。けれど………
 先輩は、悲しそうに呟いた。
 そうか、そうやった………
 今ごろ気がつくなんて。わたし、なんで気が付かなかったんや?
 大企業のお嬢様。本当ならわたしらとは違う生き方をしてる人。
 本当なら、わたしらとは一緒に生活することが出来ない人やったんや。
 この瞬間が、あんまりにも身近すぎて、今の今までわからへんかった。
 本当なら、雨の中をみんなと一緒になんか帰れない人なんや、この人は。
 唯一、藤田君が、分け隔てなく先輩と接してくれてる。
 でも、それは凄く特別なことやったんや。

 スゴク「自然」デ、「ブッキラボウ」ダケド「飾ラナイ」ヒト。

 なのに、そんな素敵な人と、一緒になって帰る事も出来ない人なんや。
「そん……… そんなん、藤田君に言えばええやないです。一緒に見よって言うた
らええやないですか?」
 そう、言わずにいられんやった。私の剣幕に、先輩は目をぱちくりしてる。
「なんで、そう諦めてしまうんや? まだなんもしてへんのに、なんでやる前から
諦めてしまうんや!? そんなん、自分から諦めてたら、何にも始まらん。先輩は
それでもええのん? ええわけない! 絶対に!」
 思えば口からすらすらと紡いでいた。
 自分の生まれや立場の違いが何や? そんなん全然関係ない。そんなの藤田君は
ぜんぜん気にせぇへん。逆に「気にすんな」なんて突っ込まれるだけや。
 大事なのは「自分の気持ちを相手に伝える」事こそ大切な事なんや………
 それを教えてくれたんは………
「うぉっほん!」
 突然、セバスチャンさんが、運転席からわざと大きな咳をした。にしても、この
人の声、ほんま響きよるわ………
「むぅ……… いけませんな、やはり少々雨の中を待ちすぎましたか」
 こちらを降り返ったセバスチャンさんが、そう言うた。けど、とてもそんな風に
は微塵にも見えんかったけど。
「お嬢様、どうやらこのセバスチャン、風邪を引いてしまったようです。つきまし
ては、明日はお休みをいただきたいのですが………」
 鼻を鳴ら(すフリを)しながら、セバスチャンさんが言う。
「………」
 だいじょうぶなんですか? と先輩はセバスチャンさんに聞くと。
「い、いえ。大丈夫です。こんな風邪など、1日寝ていれば治ります、えぇ。まだ
まだ若い者に負けるような私ではございません! ぐえっほん! ぐぉっほん!!」
 と元気たっぷりに断言していた。おっちゃん、ウソがベタベタにバレバレやん。
 まぁ、これで最大の障害は無いも同然やね。あとは………
「先輩、明日藤田君を誘ったらどないですか? 一緒に帰りませんかって?」
 努めてわたしは優しく言った。
「ほら、セバスチャンさんもああ言うてるし。せやから、明日は……… 藤田君だ
けやなく、神岸さんや佐藤君、長岡のアホゥでもええ、一緒に帰りましょ。雨の中
を、みんなでこの紫陽花眺めて、帰ろやないですか」
 「来栖川」のお嬢様としてやのうて、一人の高校生として、みんなと一緒に帰ろ
やないですか。
 雨に打たれる紫陽花を、みんなで眺めて、みんなで騒いで。傘の花を咲かせて、
ちょっとは濡れながら学校の下まで降りて、駅前のアーケードのヤクドでしょーも
ない話でもして。
「みんなで、一緒に帰ろやないですか」
 もう一度言うてみた。
「………」
 いいんですか?
 戸惑う先輩に、私は心から言った。
「もちろんや! これで藤田君がダメ言うたら、首に縄つけて引っ張って来てでも
帰らせます。まぁもっとも、先輩に直接誘われたら、だれだって一緒に帰ると思う
んやけどな」
 そればっかりは、わたしも認めよと思うてる。
 先輩と話してて判った事ばっかなんやけどな。
 来栖川先輩は、同性のわたしから見ても、あこがれる所がある。
 それは、外見とかの問題やない。「来栖川」のお嬢様だからでもない。
 友達を本当に大切にしてくれる人やから。
 こっちに来てから、そんな人おらんやったから。
 藤田君に会えるまでは。
 藤田君が羨ましいと思えるのと同じ様に、先輩の事も羨ましいと思える。
 だからわたしは、今わたしの出来る事で返したいと思った。
「わたし、先輩の事、応援しよって決めたから」
「………はい」
 先輩は、本当に小さい声で、わたしに応えてくれた。
「………あ、アカン。もうこんな時間やん」
 腕時計を見てみると、もう時間は5時少し過ぎた所やった。
「………」
 ごめんなさい、少し時間がすぎてしまいましたか?
 先輩が申し訳なさそうに言うのを、首を振って制す。
「ええですよ、そんな。まだ塾にも間に合う時間やし」
 そのかわり、ヤクドで何か食べて行けるほどの時間はなさそうやけど………
 まぁ、コンビニでおにぎり買って食べよ。
「………」
 本当にごめんなさい。
 先輩はそう言うと、セバスチャンさんに車を走らせるように言った。
 滑らかに走り始めたリムジンは、周りの景色が水煙で煙る中を悠然と走らせて、
ものの10分もしない内に、駅前のロータリーにつかせてた。
「先輩……… ありがとぉな」
 セバスチャンさんにドアを開けてもらいながら、先輩に言う。
 ふるふる。
「………」
 いいえ、こちらこそ時間をとらせてもらってごめんなさい。
 そう先輩は言うけど、車で送ってもらったのはこっちなんやから、謝らんでもえ
えのに。
 でも、先輩の気持ち、受け取ったで。
「駅が目の前やから、そこで傘買っていきますから。それじゃ、明日学校で」
 ちょっと手を振って、先輩の乗るリムジンを見送る。水滴のついた窓ガラスの向
こうに、手を振る先輩の姿が見えた。
「ひゃぁ! はよ傘買わんとぉ」
 あとは、駅前のコンビにめがけて、走り出すだけやった。


 そして、次の日も雨やった。今日は一日中降るらしいんやけど、昨日に比べたら、
雨の勢いも弱かった。
「あれ、先輩じゃん。どうしたの?」
 6時限目のチャイムが終わってすぐ、来栖川先輩がやって来た。藤田君は先輩の
姿を見止めると、教室の入り口に居る先輩のそばまで近づいた。
「………」
「え? 今日は一緒に帰りませんか? って? セバスはどうしたんだ?」
 お、ちゃんと誘ってるんやね、先輩。
「………」
「今日は風邪で寝こんでいるだって? へぇあのじいさんが? 珍しいねぇ」
 ホントに風邪で寝こんでるのかどうかは、わたしと先輩だけが知る秘密や。
 藤田君が知る由も無いけどな。
「………」
「ん、わかった先輩。じゃぁちょっと待ってくれ」
 どうやら話は終わったみたいやね……… 帰ろかな。
「あかりぃ、雅史、それからいいんちょー!」
 え!? 心臓が跳ね上がる。何でわたしまで呼ばれるんや!?
「何? 浩之ちゃん?」
「なんだい、浩之?」
「ど……… どないしたん、藤田君!?」
 あ、ちょっと声が裏返ったかもしれへん。
「あぁ。先輩がな、一緒に帰ろうって誘ってんだけど、どうだ?」
 ………声が裏返っとるのはバレなかったみたいや。
 先輩のほうをチラッと見ると……… 先輩はちょっとだけ微笑んでみせた。
 ………先輩、人が悪すぎや!
「うん、いいよ浩之ちゃん」
「僕もかまわないよ、浩之」
 二人とも、ほぼ即答やし……… 神岸さんと佐藤君は、荷物を持って教室から出
ようとしていた。
「………いいんちょはどーするんだ?」
 藤田君が聞いてくる。
「………しゃあないな。わたしも付き合うとくわ。ちょい待ちぃ、いま荷物まとめ
るから」
 わたしは手早く荷物をまとめると、みんなの輪に入った。

「結局、志保も来やがったか………」
「だぁって、アンタ達でおもしろそーにやってる所に、アタシだけ除け者扱いしよ
うなんて、じゅーねん早いのよじゅーねん!」
 気がつくと、呼んでもない長岡んアホぉも合流して(本当にゴキブリのような奴や)
あれよあれよと言う間に、6人の大所帯で下校する羽目になっての下校となってた。
「あぁ! もぉやかまし! ホンマやかましいわ!」
 なんや騒々しい一団が、雨の中の丘を下りていく。いつもと違うのは、その輪の
中に白い傘を持った来栖川先輩がいた事。その先輩が、心の底から嬉しそうだった
事やった。
「あれ? 先輩、なんかすっげー嬉しそうだけど、なんかあったの?」
 藤田君が、目ざとく先輩の様子に気付いて、先輩に話し掛けるけど。
「………」
「え? ひみつです? 俺にも教えてくれないの? ………秘密だから? ちぇ」
 ホンマ、ニブチンや、藤田君。まぁ、いまはそれでもええかな?
 にしても………
「なぁ、先輩。何で私まで誘ったんです?」
 小声で先輩に聞いてみた。というより「誘われるだけの仲」ではないと思うてた
からなんやけど。
「………」
 私のお友達だからですよ。だから、誘いました。
 先輩は、ちょっと驚いた表情をした後に、そう言った。
「………」
 あなたも、私の大切なお友達の一人なんですよ?。
 そして、もう一度。今度は確信を持って私に言った。
 ………もう、まいったわぁ、先輩。やっぱり先輩は凄い人や。
「そう、そうやったん。そうやったんかぁ。あは、あはははは」
 急におかしくなって、笑いがこみ上げてきた。人を好きになる理由なんて、友達
の定義なんてそんなに狭いもんやない。
 久しく忘れてた、心からの笑い。そうやね、そうやった。わたしが回り道してた
だけなんや!
「あん? どうしたんだいいんちょ?」
 藤田君が突然笑い出したわたしを見て、何かあったのかとばかりに聞いてきた。
「べ、べつに、何でもあれへん、あはははは」
「!? 変ないいんちょ」
 藤田君が煙に巻かれたような顔をするけど、理由知ったらなんて顔するかな?
「さ、はよ行こ!」
 紫陽花の花を、みんなで見に行こ!
 あの紫陽花を見た後はどうしよか? ヤクドも良いし、ゲーセンで遊ぼか?
 まぁ、そん時の気分次第やね。
 今は雨なんか嫌いやない。みんなに囲まれてる間は、雨は……… 好きといえる。
 大好きなこのときを、今は楽しむ事にしよ。
 いつの日か、それが思い出になって。
 わたしの中で一篇となるまで。
 あの頃と言える日まで。
 今は好きでいよう。
 この雨の風景を………

                                  Fin

PS.
「なぁ、先輩。センバスチャンさん、どうなったん?」
「………」
「え? 本当に風邪を引いたって?」
 こくこく。