一瞬の悪夢 (痕SSこんぺ委員会 短編部門参加作品) 投稿者:ほしりこ 投稿日:1月17日(金)01時30分

悪夢だった。

全てが悪い偶然と偶然の重なり合い。ただそれだけのことだった。

屍と静寂のみが残された柏木家の廊下で

梓は一人、座り込むしかなかった・・・。



ことの起こりを説明しよう。



梓は怒っていたのだ。

もう、原因はこれに尽きる。

とにかく、梓はこの上なく怒っていたのである。

彼女の怒りゲージはとうに上限を超えており、

床にはいくつも穴が開き、握ったコントローラーはびきびきと悲鳴をあげながらも、かろうじて一命をとりとめいているような状態。


ちょうど24時間前にさかのぼる。

今のように夕日が差し込む梓の部屋で、耕一と梓はファミコン(旧式)に興じていた。

聞こえる笑い声は常に耕一のそれで、梓はと言うともうすでにこの時点で鬼の力を解放していた。

昔から、梓はゲームに関しては世界最弱の名を我が物としていたのだ。

アクションからRPGからパズルゲーから、ゲームと名のつくものは一度としてまともにプレイしたことはなかった。

一度、かおりが遊びに来たときにも、何か言われた記憶がある。


「せんぱ〜い、ゲームあるんでしょ?ゲームしましょ!」

「あぁ、何がいい?つっても、私はあんまり得意じゃないけど・・・」

「プレステは?」

「・・・は?」

「プレステ」

「ぷれすて・・・?」

「プレステ」

「・・・ぷれすてって何だ?」

「・・・」

「ファミコン(旧式)あるぞ。最近のゲームはおもしろいよなぁ・・・」 ←自称”ゲーム苦手”の発言

「・・・」


なぜだか知らんが、かおりはあのあとすぐに無言で帰って行ってしまった。

こんな風に、ゲームに関しては無知に等しい梓だったのだ。


あんまり関係ないが。

とにかく。


屈辱にも連戦連敗をきした梓。

単純な梓は、『打倒耕一』を目標に掲げ、夜も寝ずに特訓に特訓を重ねた。

だが、うまくいかない。

どうしても必殺技が決まらない。

それどころか、コンピューターにも負ける始末。

怒りに耐えかねた梓は、ファミコン(旧式)をケーブルごと引きちぎると・・・


「んんんできるかああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


思いっきりドアに向かって投げつけたのだ。



その頃、昼寝から目覚めた耕一は、ふと自分の顔に違和感を感じた。

洗面所に赴くと、なにか顔に落書きされていた。

それは墨汁のようなもので、でかでかと


どすこい


と書かれていた。


耕一には心当たりがあった。

それはちょうど24時間前のことだ。

今のように夕日が差し込む梓の部屋で、耕一は梓とファミコン(旧式)を興じた。

梓は口ほどにも無いほど弱く、調子に乗った耕一は梓をコテンパンに叩き上げたのだ。

料理こそうまけれ、ゲームとなるととたんに不器用になる梓はハチャメチャにやられてしまった。

よせばいいのに、耕一は


「俺にかなう奴ぁ、いないな」


などと、言ってしまったものだから、負けず嫌いな梓はそれこそ鬼のように特訓を始めたのだ。

夜も寝ずにがんばっていることを知っていた耕一は、梓が腹いせにした落書きだと思った。

とりあえず、汚れを落としたあと、文句を言いに梓の部屋に訪れた。

耕一はカンカンである。

普段はこれしきのことでキレるような耕一ではないのだが、

その怒りの原因は、洗面所に行く途中ですれ違った楓ちゃんに、


「ぷ」


と笑われたからに他ならない。

いつもは静かでおしとやかな楓ちゃんが、


「ぷ」


笑ったのである。

とにかく、耕一もカンカンに怒っていたのだ。



本来、初音はこの事態とは無関係なはずだった。

だがこれも、彼女の無邪気な心による不運な結末だった。


宿題を終えた初音は、トランプでも興じようと耕一の部屋を訪れたのだが、

そこには正座した楓が、声を押し殺して笑っていた。

初音は耕一の居場所を尋ねると、楓は


「梓姉さんの部屋のほぶははははははははっっ!!」


と、狂ったかのように笑った。


とりあえず、そんないつもの楓は放っておいて、梓の部屋に向かう初音。

途中、居間の前を通ると、千鶴も笑っていた。


「5時だわっ!夕食の時間よ!」


心から笑っていた。

いやな予感がした初音はとりあえず見ないふりをして、とにかく梓の部屋だけを目指した。



そして、悲劇は起こった。



千鶴が包丁を握るのと、初音が耕一を見つけて声をかけようとしたのと、耕一が梓の部屋のドアノブをつかむのはほぼ同時だった。


「さぁ、おいしい夕飯を作るわよ!」

「あ、お兄ちゃん!」

「コラァ!!あずっ・・・・・・、初音ちゃん?」


「んんんできるかああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


怒声が柏木邸に響き渡ったその瞬間。



どがあああああんっっ!!!



梓が放ったファミコン(旧式)は、まずドアを突き破った。

廊下の向こうの初音を見ていた耕一は何が起こったのかすら知らずに、それを顔面でしっかりとキャッチ。

あらぬ方向へ首がねじれて吹っ飛んだ。


驚いたのは初音である。

声をかけようとした愛する兄の首がひんまがって血を吐いたのである。

さらに、水平方向に回転するそれは、反射して自分のほうへ向かってくるではないか。

それは、あれよあれよと言う間に初音の顔めがけて・・・、


ごっっっ!!!


「めぺ」


初音は珍奇な声をあげて鮮血を吹き上げた。

手にしたトランプが廊下に舞う。

落ちたトランプの上に血が走る・・・。


それにしても、かわいくない叫び声である。



そのころ千鶴は、煮る前から煮えている鍋を持って、奇妙な鼻歌を歌っていた。


「すーんすーんすーん♪はっ!すーんすーんすーん♪いえぇすんすんすーん♪」


ぶんぶんぶんぶんぶんっ!!


がづっっ!!!


「ぎょほっ」


叫び声の汚い一家である。

長女がこれなら初音だって「めぺ」で然りである。


とにかく。


ファミコン(旧式)が後頭部に激突した千鶴は、そりゃぁもう豪快に倒れふした。

と同時に、鍋の中に入っている食べ物ではない何かが台所に飛び散った。

何ともいえない臭いが居間にまで漏れ出す。

これを嗅いだだけで穴と言う穴から何かが出てきそうである。

もし食べようものなら、毛穴と言う毛穴から何かがはみ出るに違いない。


しかし、梓はもうそれどころではない。

自分のやつ当たり的行動が、一瞬にして柏木家の滅亡まで導いてしまったのである。


体と顔の向きが180度違ったまま壁にもたれかかっている柏木耕一。

車にひき殺されたヒキガエルのような体形でうつぶせになっている柏木初音。

空の鍋を頭からかぶってもう息はないのではないかと思われる柏木千鶴。

と、なぜか無傷のファミコン(旧式)。


梓は泣く寸前である。

泣く寸前の肩に、誰かの手が触れた。

そうだ・・・・・・、楓がいない!


「かえっ・・・・・・」


ぴちゃっ

ぬりぬりぬり


顔に冷たい感触。

梓の愛する妹の一人、楓は確かにそこにいた。

なぜか、手にした筆を梓の顔に押し付けながら。

楓は、梓の顔にこう記した。


どんまい



「梓姉さん・・・『どんまい』は大阪弁じゃなくて Don't mind. の略ぷぷーっ!!」

「楓・・・っ、無事でよかった・・・!!」





ある日の、血なまぐさい夕方の物語。