ゴーン――
ゴーン――
除夜の鐘が響く。
もうすぐ新年だね――そんなことを初音が言った。
わたしは、そうね、と頷いてから止まっていた手を再び動かし始めた。
何をしているのかというと、晴れ着を着ているのである。
わたしと、梓姉さんと、初音の三人は、初詣に出かける準備にいそしんでいる。
本当は、明日のお昼くらいに行くつもりだったのだけど、耕一さんが、
「せっかくだし、新年になったらすぐに行こう」
と言い出したのだ。だから、今から着物を引っぱり出してきた。
千鶴姉さんは鶴来屋の新年のイベントとかで忙しいらしく、今夜は帰ってこられないらしい。
残念ですぅ、と本人はとても名残惜しそうにしていた。
「んじゃ、あたしは年越し蕎麦を作ってるから」
着替えたら居間においでと言い残し、一足先に着替え終わった梓姉さんは出ていった。
わたしも着替えは終わっているのだが、初音の着付けに手間取っている。
ほんの少しだけど背が伸びた初音の着物の裾を、一度ほどいて丈を合わせなおしたのだ。
それで、時間がかかってしまっている。幸い、それほど難しい作業ではなかったのでわたしと梓姉さんでなんとか終わらせることができた。
それで、やっと初音に着物を着せているところだ。
「初音、そっちおさえて……うん、そのくらい」
「うぅ、結構めんどくさいよね、着物って」
わたしの指示に従って前を合わせたり裾を持ち上げたりしている初音がつぶやいた。
わたしは、帯を初音の腰に巻き付けながら答える。
「一人で着られるようになっておくと、後々役に立つわよ?」
「それはそうなんだけど……」
「着付けが自分でできるようになれば、たぶん面倒だとは思わなくなるよ。わたしもそうだったから」
それに、着付けができないと色々困ったことになる――晴れ着姿で彼氏と初詣に出かけ、そのままホテルで……なんてことになったときに、脱いだのはいいけど着られなくなって困ったと言う話をクラスメイトから聞いたことがある――こともあるようだし。
「それに、せっかく耕一さんも居るんだから、ね?」
「うん、そうだね!」
元気に頷く初音につられて、わたしも頬をゆるめた。
着付けが終わって年越し蕎麦を食べに居間に戻ったとき、耕一さんは頭を押さえてうずくまっていた。
そして涙目で、二人とも綺麗だよ、なんて言ってくれる。
どうしたのかと訊いてみたところ、梓姉さんの晴れ着姿を見て、馬子にも衣装、などと言ってしまったらしい。
「それは……怒るよ」
苦笑する初音。わたしもその横で頷いて見せた。
そういうもんかな、と首を捻る耕一さんに、そういうものです、と答えておく。
「後で、謝っておくか」
「そうしてください」
そんなやりとりをしていると、梓姉さんが盆にのせた器を持って台所からやってきた。
「はいお待たせ、年越し蕎麦。除夜の鐘が鳴り終わらないうちに食べちゃおう」
「お、待ってました。さてさて、具はなにかなぁ〜?」
目の前に置かれた器をのぞき込む耕一さん。初音もちょっと目を輝かせている。
蕎麦の上に乗っている具は――エビ天、蒲鉾、ネギ、かき揚げ。
麺は手打ちのもの、スープは梓姉さんお得意の鰹出汁、天ぷらも梓姉さんが厳選した材料を自分で揚げたもの。これは、梓姉さんが台所を預かるようになってから変わらない内容。
「それじゃ、いただきます」
耕一さんが真っ先に食べ始める。続いて、初音、梓姉さん、わたし。
耕一さんは、うまい、うまい、といいながら一心に蕎麦を啜っている。これまで、年越し蕎麦はカップ麺とか、よくても出前、あとは既製品のスープの素と袋麺とかで食べていたそうだ。
こんなうまい年越し蕎麦はお袋が死んでから食ってない、なんて言うものだから、梓姉さんが照れて顔を赤くした。
除夜の鐘も聞こえなくなり、年が明けた。
「そろそろ行こうか」
耕一さんに促されてわたしたちも腰を上げる。
初詣。
去年は初詣に行かなかった。というのは、叔父さん――耕一さんのお父さんがその前の夏に亡くなったばかりだったからだ。
梓姉さんは大学生になり、わたしももうすぐ大学受験だ。耕一さんと同じ大学を受けるつもりなのだけど、それはまだ耕一さんには内緒。
知っているのは、今のところ梓姉さんだけだ。そろそろ、千鶴姉さんにも言っておいた方がいいかもしれないけれど。
「うわぁ、思ったより人が多いな」
境内に溢れかえる、人、人、人。耕一さんは目を丸くしている。
「一応観光地だからね。ここの温泉で年越しする人もいるし、それなりに大きな街だから」
大きな神社はここくらいしかないしね、と梓姉さんは説明した。
この神社は雨月山の鬼を祀っているのだと思っている人が多いが、実は違う。この神社が建立されたのは江戸中期で、雨月山の鬼とは何の関係もない。ただ、鬼の伝説が残る土地にある大きな神社、ということで勘違いされてしまっているのだそうだ。
冷静に考えれば、あれほど冷酷な鬼たち――わたし自身、その一人だったのだけれど――を祀っている神社で神頼みをするというのもおかしな話だ。実際にここに祀られているのは海の神だ。かつては漁港もあったのだから海の神を祀るのは当然のこと。
「ほら、行くよ」
「あ、梓お姉ちゃん待ってよぉ」
どうでもいいことを考えている間に、梓姉さんと初音が人波の中に挑んでいった。
あっという間に二人の姿は見えなくなる。
「ったく、梓のやつ……ほら、俺達も行こう、楓ちゃん」
どうしようかと迷っていると、わたしの目の前に耕一さんの手が差し出された。
その手を取るかどうするかを迷っていると、耕一さんの方からわたしの手を取った。
「あ……」
「はぐれちゃったら大変だから、ね?」
「……はい」
わたしは、繋いだ手をそっと握りしめた。
あれから三十分、わたしたちはやっと本殿の前にたどり着いていた。
人波に飲まれていたのと、順番待ちとで時間がかかってしまった。
人の流れに揉まれている間、耕一さんはずっとわたしの手を離さずにいてくれた。押しつぶされそうなときはかばってくれた。倒れそうなときは支えてくれた。
あの夏の終わりの日から一年以上が過ぎたけれど、やっと思えるようになった。わたしは、一人じゃないんだ、って。耕一さんと、姉さん達と暮らしている今が、わたしにとっての現実。あの、セピア色の遠い記憶は、わたしのものじゃない。
今は、そう思える。そして、わたしはわたしとして、耕一さんと一緒にいたい、と。
「ほら、楓ちゃん、お参りしなきゃ」
耕一さんの声に、はっと我に返った。そうだった、お参りしないと。
手に提げた巾着の財布の中から100円玉をとりだしてお賽銭箱に投げ入れる。柏手を二回、それから目を閉じて祈る。
願わくば、この幸せな時間がいつまでも続きますように――
エディフェルと次郎右衛門の悲恋。お父さんとお母さんのこと。叔父様のこと。どれも本当に悲しいことばかりだったけど、それでもわたしは今、こうして耕一さんと一緒にいられる。姉さん達も、初音も一緒にいる。それはとても幸せなことだから――だから、それがいつまでも続くように祈った。
ついでに、わたしが耕一さんと同じ大学に受かって、一緒に暮らせますように――なんてお祈りしたのは秘密だけど。
目を開けて顔を横に向けると、同じようにこちらを見ている耕一さんと目があった。
「楓ちゃん、何をお願いしたの?」
「それは――」
「それは?」
「秘密です」
人差し指を口に当てて、ないしょ、のポーズ。耕一さんは、じゃあ、俺も秘密、と言って笑った。
わたしもつられて少しだけほほえむ。
「梓と初音ちゃん、見あたらないなぁ」
「ここで探してもじゃまになるだけですし、とりあえず鳥居のところに行きませんか?」
そうだね、と耕一さんが頷いて、二人で歩き出した。
もちろん、また手を繋いで。
歩きながら周囲を伺ってみたけれど、人が多すぎて初音も梓姉さんも見つけられない――もっとも、背の低いわたしでは見つかるはずもないけど。
それなりに背の高い耕一さんも、二人を見つけることはできなかったみたい。
来たときと同じように人に揉まれながら鳥居のところにたどり着くと、初音が一人でぽつんと立っていた。
「あ、楓お姉ちゃん、耕一お兄ちゃん」
うつむけていた顔をぱっと輝かせて、初音は小走りに寄ってくる。
「あれ、梓は一緒じゃないの?」
「うん、それなんだけど……」
初音は苦笑い。もしかして――
「さっき、かおりさんに会っちゃって……今はたぶん、追いかけっこしてると思うよ」
「――やっぱり」
それでは、当分帰ってこないだろう、と見当が付いた。梓姉さんは、先に帰ってろと言っていたとのこと。ならば、そうしようということになり、三人で帰ることにした。
「あ、お兄ちゃんと手、繋いでる。いいなぁ」
……手を繋いだままだったのをすっかり忘れていた。初音はうらやましそうだ。
「あー……初音ちゃんも繋ぐ?」
「いいの?」
耕一さんと、何故かわたしを見比べる初音。なにを遠慮してるのかしら?<BR>
わたしは、初音に頷いて見せた。
「……えへへ」
耕一さんの空いている手を取る初音。
本当に嬉しそうににこにこしている。よっぽど、甘えられるのが嬉しいのだろう。耕一さんも、何故か初音には甘いのだ。
「耕一お兄ちゃんの手、あったかい……」
「初音ちゃんもね」
そういえば、父さんと母さんが亡くなったとき、初音はまだ甘えたい年頃だった。わたしは初音と一つ違いだったけど、『記憶』が目覚めていたからどこか冷静に受け止めていたように思う。その後に叔父さんが来てくれて、初音はずいぶんと叔父さんに懐いていたけれど、忙しい人だったから年末年始には家にいたことはほとんどなかった気がする。
「俺も、初詣なんて久しぶりだったからなぁ」
「そうなんですか?」
耕一さんを見上げると、苦笑して目を細めていた。
「年末年始ってバイトのかきいれどきだったからなぁ」
「どんなことやってたの?」
「んー……一番よくやったのは郵便局のバイトかな。年賀状の仕分けとか配達とか」
あれは寒かった、と笑う耕一さん。
「仕送りもあったし、生活はできてたんだけどね。友達と旅行に行ったりする資金まで捻出できるほどでもなかったから」
まぁ、遊ぶための金ほしさだからあんまりほめられた事じゃないかもしれないけど。
そう言って鼻の頭を掻いた。
「アルバイトかぁ……私も大学入ったらやってみようかなぁ? まだ先のことだし、大学に受かるかどうかわからないけど」
「初音は……そういうの、向いてないと思う」
「そうかな?」
首を傾げる初音。耕一さんは、うーん、と首を捻っている。
「初音ちゃんなら……ウェイトレスとかファーストフードのバイトとかいいかもね」
夜遅くなるようなシフトはダメかもしれないけど、と耕一さん。
「どうして?」
「夜遅いと、可愛い初音ちゃんは悪い人にさらわれちゃうからかな」
「もう……お兄ちゃんたら……」
照れてうつむく初音。耕一さんも笑ってる。
でも、アルバイト……わたしなら、どんなアルバイトが合うだろうか。
耕一さんと同じアルバイト、っていうのもいいかもしれない。
「まぁ、楓ちゃんも初音ちゃんも、居酒屋のアルバイトは無理だろうから……そういうのはやめといたほうがいいよ?」
「どうしてですか……?」「なんで?」
尋ねるわたしたちに、耕一さんは答えた。
「だって、二人とも酔っぱらいの相手できる? 下手すると変なオヤジにお尻とかさわられちゃうかもしれないよ?」
「う……それはイヤかも……」
それにはわたしも頷いて同意する。知らない人にさわられるのは、イヤだ。耕一さんなら、ちょっとくらいは……って、何を考えているの、わたしは。
うちに帰り着くと、やっぱり梓姉さんは居なかった。
「うーん、梓のことだから、心配はいらんだろ」
「それはちょっと酷いんじゃないかな……?」
耕一さんの言葉に、初音は困ったような顔で笑う。
「電話、してみる」
「あ、そうか。梓お姉ちゃん、携帯電話持ってるんだったね」
滅多にかけないから忘れてた、と初音は言った。
梓姉さんは大学に入ってから携帯電話を使っている。今夜も手提げの中に入れていたから、連絡は付くと思う。
受話器を取って、電話番号を入力。数回のコールの後――
『もしもし!?』
せっぱ詰まったような声。
「あ、梓姉さん、今どこに……」
『タイミング悪いときにかけてこないでよ、もう……うわ、ヤバイ、見つかった!』
なにやら電話の向こうから、梓センパーイ、という声が聞こえる。かおりさんだろう。
『とにかく、かおりを引き離したらすぐ帰るから、初音と耕一には心配するなって言っておいて。それじゃ!』
プツッ、と切れてしまう。
「……大変そうだけど、心配はいらないみたい」
受話器を戻して言うと、梓も大変だなぁ、と耕一さんが苦笑した。
梓姉さんはうちから通える大学に通ってるのだけど、かおりさんも同じ大学に入ろうと目論んでいるらしい――というのは梓姉さんから聞いたこと。
もし、実現したら梓姉さんの苦労が増えそうで、ちょっぴりかわいそうだ。残りの部分は、面白そうだからいいや、という気分もある。人の不幸は密の味、って言うし。
「さて、二人ともこれからどうする?」
「うーん、私はもう寝ようかな……」
目をこする初音。たしかに、もう二時を過ぎている。いつもなら眠っている時間だ。
「楓ちゃんは?」
「わたしは……梓姉さんが帰ってくるまでは起きてます」
「んじゃ、俺もそうしようっと」
そう言って、炬燵に潜り込む耕一さん。
「それじゃ、着物脱ぐの、手伝ってくれるかな、楓お姉ちゃん?」
「ええ……わたしも、今夜はもう着替えるから」
明日――というか、今日、また後で着ることにはなるけれど。
「それじゃあ、ちょっと着替えてきます」
「ほい、行ってらっしゃい」
耕一さんは、炬燵の中で手を振る。
ぺこり、とお辞儀をして、わたしと初音は居間を出ていく。
「ふわぁ〜……明日は、鶴来屋の方に行かないとね」
「そうね……足立さんたちにも、ちゃんとご挨拶しないと」
「耕一お兄ちゃんも行くのかな?」
「たぶん、一緒に行くと思う……」
耕一さんは、鶴来屋に関わるのはあまり好きではないようだ。
足立さん達が一時期、耕一さんに鶴来屋を継がせようとしていたことも原因だろう。
一番の原因は、やっぱり叔父様のことなんだろうけど……
『親父の息子だからって、変な期待をされるのは困るんだよなぁ』
そう言って苦笑していたのは、この前の夏のことだった。
『千鶴さんが、どうしても俺の助けが必要だって言うのなら、力になりたいとは思ってる。だけど、俺自身が鶴来屋のトップに立つつもりはないよ』
経営のことなんか全然わからないからな、と言っていた耕一さん。
耕一さんは文学部なんだっけ……。わたしは、経済学部志望だけど。
「あ、お姉ちゃん、部屋、行き過ぎてる行き過ぎてる」
「ごめんなさい、初音」
考え事してる間に通り過ぎてしまったようだ。
わたしの部屋に二人で入り、着物を脱ぎ始める。
脱いだ着物は……明日も着るのだから衣紋かけにかけてクローゼットに下げておく。
「それじゃ、おやすみなさい、楓お姉ちゃん」
「おやすみ、初音」
着替えを終えた初音が出ていく。
私も、スカートとブラウス、セーターに着替えた。
「……もう二時半、か」
梓姉さんはまだ帰ってきていない。千鶴姉さんは今夜は泊まりだし。
とりあえず、居間に行こう。耕一さんが待ってる。
「や、楓ちゃん」
居間では、耕一さんが炬燵の中で蜜柑を剥いていた。
テレビでは、各地の神社やお寺からの中継が映っている。
もうお正月なんだな、と思う。
――お正月で思い出した。
「耕一さん、お屠蘇、飲みますか?」
「え? あるの?」
「はい、お客さんもいらっしゃるから、用意はしてます」
「へぇ、それじゃせっかくだし、いただこうかな?」
耕一さんに頷いてみせ、台所に行く。
おせち料理のお重が並んでる横に、お屠蘇セットがあった。朱塗りの三段重ねの杯とその台、そして、同じ朱塗りの急須みたいなの。
お酒は台所の勝手口の近くに2〜3本まとめておいてあった。お屠蘇の素パックは、戸棚の中。
パックを急須みたいなものの中に入れ、お酒を注ぐ。
すぐにはできないから、その間におせち料理をすこしみつくろうことにした。
黒豆、田作り、きんとん、かまぼこ、かずのこ――これくらいあればいいだろう。
それらをお盆にのせて、運ぶ。
「お、結構すごいな。これ、梓が作ったの?」
「はい……初音とわたしも、手伝いましたけど……」
耕一さんに杯を手渡し、お屠蘇を注ぐ。
「っとと……」
杯に口を付けると、耕一さんは一気に飲み干した。
「ふぅー、なんか、正月ー、って感じだな。おせち料理もあるし、酒もうまいし、それに――」
「……?」
わたしの顔を見つめる耕一さん。
「楓ちゃんがお酌してくれるし」
どうせなら晴れ着のままだったらよかったな、なんて冗談を言いながら、おせち料理を口に運ぶ耕一さん。
わたしは、少し恥ずかしくて、どうぞ、と耕一さんにお屠蘇を勧めたり。
「ん……そうだ、楓ちゃんも一杯どう?」
「え? あ……わたし、まだ未成年ですよ?」
「まぁまぁ、堅いこと言わないの」
いつのまにか小さな杯を持たされて、お酒をつがれていた。
「ささ、きゅーっといこう、きゅーっと」
「…………」
しばらくためらった後、意を決して口を付け、一気に流し込んでみた。
口の中が熱い……でも、意外と……
「おいしい……?」
「あはは、意外といけるクチなんじゃないの、楓ちゃん?」
どうなんだろう。千鶴姉さんはあんまりお酒を飲まない。母さんも、飲まなかったと思う。父さんと叔父さまは飲んでいたけど、酒豪、ってわけではなかったんじゃないかな。お爺さんは――かなり飲んでいたような――
「ほら、もう一杯いこう!」
「あ…………はい……」
勧められるがままに何杯か飲み干す。なんだか、体が熱くなってきた。ぼーっとする。
でも、気持ちいいかも……
「ほら、楓ちゃん」
「あ……しゅみません、耕一ひゃん」
もう一杯。
あれ、盃に映ってるわたし、少し顔が赤いかも。
まぁ、いいや……。
耕一さんに飲ませたり、飲まされたり。二人でおせちを食べたり。
そんなことをしていると、だんだんと意識が……いけない、いけない。
「おーい、楓ちゃん、大丈夫?」
「はひ、らいじょうぶれすよ」
そう、大丈夫。全然平気。
耕一さんも、もう一杯どうぞ。
「……はれ?」
いつのまにか、お酒は空っぽ。持ってこなきゃ。
立ち上がって、お酒を取りに行く。
……ちょっとふらふらする。家が傾いてるのかしら?
「あ、楓ちゃん?」
後ろで耕一さんが呼ぶ声がするけど、大丈夫。
すぐにお酒を持って戻りますからね。
お酒、お酒……あった……
あれ、入れ物、もってくるの忘れた。
いいや、このまま持っていっちゃえ。
よいしょ、と一升瓶を抱えるわたし。
ふらふらするけど、家が揺れてるせいだからしかたない。
「ひゃい、こういちひゃん、もってきまひたー」
「か、楓ちゃん、酔ってない?」
心配そうに耕一さんが言う。
「らいじょーぶれすよ、ぜんぜん酔ってないれふー」
そう、私は酔ってません。揺れてるのは家なのです。わたしじゃありません。
「あー、でも舌がまわってないし、顔赤いし……本当に大丈夫?」
「うー……わらしが信用れきないんれふか?」
「いや、でも……」
わたしの顔を心配そうにのぞき込む耕一さん……よし、わたしを信じてくれない罰です。
むちゅ〜
「!!!!???」
あ、耕一さん、驚いてる。成功成功。
「か、か、楓ちゃん!?」
「なにおろろいてるんれふか、きすくらいで」
今更です。わたしたちは何もかも見せ合った仲です。しかも前世からです。
「しょれとも、わらしときしゅするのがいやなんれふかー?」
「そうじゃくて……あー、もう、楓ちゃん、とにかくもうお酒はやめた方がいいって!」
あ、耕一さん、なにするんですか、せっかくのお酒を。
「ほら、楓ちゃん、部屋まで送って行くから、もう寝た方がいいよ」
「いやれふ! もっとこういちさんといっしょにいるのれふ!」
せっかく二人きりなんだから、もうちょっと一緒にいたい。
そう思って、耕一さんに抱きつく。
「うわっ、楓ちゃん、ちょっと……!?」
視界が急にひっくり返って、背中に軽い衝撃。
「ふぇ……?」
「いてて……楓ちゃん、大丈夫? どこか打ったりしなかった?」
「あ……はい、らいじょーぶれす……」
「そう、よかった……」
なぜだか、しっかりと耕一さんに抱きしめられていた。
……あ、耕一さん、わたしが首に抱きついたせいで転んだのかな?
耕一さんのからだ、あったかい……
「あったかいれす……こーいちさん……」
なんだか、眠くなってきた――あったかいから、このまま寝てしまおう。
耕一さんが、きっとそばにいてくれるから――おやすみなさい。
「あ、ちょっと、楓ちゃん、ここで寝たら風引くよ? 楓ちゃん?」
「ただいまー……って、耕一!?」
「あ゛……梓……」
「ひ、人の妹になにやってんだ、このスケベー!」
「うわ、梓、ゴカイだゴカイ!」
「五回も六回もないわ、この変態!」
「楓ちゃん、ちょっと、説明してよ楓ちゃん!」
「くぅ〜……すやりすやり……」