俺がパパになったなら 投稿者:狭間クロウ 投稿日:2月23日(土)18時31分
 朝、目が覚めたら、隣で、見知らぬ女の子が、眠っていた。


  === 俺がパパになったなら ===


 木漏れ日が、雪の残るアスファルトを照らす。電線の二羽の雀は、春の到来を催促するかの
ように鳴き、そして飛びたつ。そんな、冬への別れと春の訪れを待つ穏やかな休日。藤井冬弥
は、夢の世界の住民だった。

 藤井冬弥は、一昨日から大学のレポート作成に追われていた。そして、昨日の夕方には徹夜
の甲斐もあってか、レポートの目処も立ち、また体力も尽きたところで、いつの間にかに現れ
たヒュプノスに夢の世界へと誘われた。安いパイプベットには、久しぶりに冬弥が独占をする
機会が与えられていたが、それを楽しむこともなく、瞬く間に冬弥は夢の世界へ旅立った。こ
の安物のパイプベットでは、普段は彼と彼の恋人が一緒に体を休めている。

 恋人の緒方理奈は、二日ほど前から実家に帰っていた。理奈は冬弥との交際を始めると、そ
れまでの仕事であったアイドルを辞め、冬弥との同棲生活を始めていた。そして、二人の交際
が始まってからちょうど一年を迎えようとしてた頃、理奈の実家から一本の電話があった。曰
く、「手伝って欲しい」と。それから理奈は実家へと出かけて行き、帰ってくるのは、この日
の夕方頃の予定である。


 春を控えた冬の休日の暖かい光が、冬弥と理奈の二人の巣に差し込む。安物のパイプベット
の上で、夢の世界から帰ってきた冬弥は、身を起こしながら夢の世界の名残を惜しんでいた。
と突然、冬弥の左隣で小さな寝息と寝返りを打つ音が、冬弥の意識を瞬間的に覚醒させた。
 目を向けると、そこには毛布が小さな丘を作っており、毛布の隙間から見えるパジャマを纏
う背と寝息とは、明らかに同姓のそれとは異なっていた。
 藤井冬弥は、覚醒した頭の中でゆっくりと昨日の行動を振り返った。そして、五度ほど昨日
の行動をループさせたところで、突然中断させられた。

「………あっ、おはよう。パパ」
 隣で目を覚ました女の子は、身を起こすと寝惚け眼で辺りをキョロキョロとして、自分の後
ろの人物に気付くと一時の考えの後、冬弥に可愛らしい笑顔を向けながら薄く小さな唇でそう
言った。
 俺は、ゆっくりと返した。
「………えっ、あーうん、おはよう………」

 ………………
 …………
 …って、どーゆー事ですか! パパ、パパなのか。俺はパパなのか! 生物学的なパパのこ
と? 身に覚えねー! ………いや、あるけどさーたぶん違う。うん、理奈ちゃんもちゃんと
生理は来てたしな……って、付き合い初めて一年しかたってねーつーの!
 …じゃーあれっすか、通俗的意味すっか? って、そっちこそ尚更覚えがねー。だってさー、
俺って理奈ちゃん一筋じゃん。もーあれっすよ、浮気なんて絶対しないと…結構……多分……
…そこはかとなく…………思う? ………いやいや、絶対浮気はしないっす! ハイッ!
 ……じゃっじゃー、…理奈ちゃんに隠し子発覚? ってショーック! 無茶苦茶ショーック!
 理奈ちゃんは処女じゃなかったのかー、なかったのかー! …いやいや、取り敢えず処女は
重要だけどおいとこう。………やっぱ、ショーック! ウルトラショーック!!

 俺は、苦悩した。

「ねーパパ。どーしたの?」
 彼女はいつの間にかにベットを出て、顔を洗い、背中の中程まである手入れの行き届いた綺
麗な髪をツインテールにしていた。そして、ベットの上で胡座をかいたまま固まっている俺の
表情を窺うように中腰で、そう言った。
「あっ、うん……ちょっと考え事をしてただけだよ」
 俺は、取り敢えずとぼけた。
「クスッ、変なパパ」
 彼女は可愛らしい微笑みを向けてから、小さく「うーん」と言って背伸びをする。
 可愛らしいウサギが無数にプリントされた彼女のパジャマが、主人の動作に呼応する。

 改めてじっくりと彼女を見ると、年の頃は九,十歳といったところか。髪型に由るところも
多分にあるが、その風貌は幼き頃の理奈ちゃんを想像させる可愛らしさだ。

 ………………
 …………
 …って、やっぱり理奈ちゃんの隠し子って事っすか! 
 ……冬弥ショーック! ショーック! デラックスショーック!!
 って、相手は誰やねん! …英二か! 奴か、やっぱり奴なのかー!! 
 俺の、理奈の、処女を、奪ったのは、奴なのかー!! 
 ……クックック、英二さんよー、ブッ殺してやるぜ。小便をすませたか? 神様にお祈りは?
部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?
 ……英二さん、てめーを狩ります! 検死官もちびる、えげつない方法で!

 俺は、心の中で固く誓った。…了承、一秒で。

 取り敢えず今後の方針を決めた俺は、彼女に目を向けた。
 俺の方を向いたまま、胸元の両手に目線を移した彼女は、部屋の中央に位置するテーブルの
側に立っていた。そして、彼女は着ているパジャマのボタンを、ゆっくりと一つずつ外し始め
た。

 ………………
 …………
 …すわ、ストリップですか! パパはそんな子に育てた覚えはないぞー!!

 俺は、固唾を呑んで見守った。

 ゆっくりとした確かな動作でボタンを外し終えた彼女は、パジャマを脱ぐ。そして、一転の
汚れもない白く美しい素肌と、慎ましげな乳房とその頂の旬のサクランボを思わせる乳首とが、
部屋の空気に触れる。白い素肌に二つの小さな桜色の点と慎ましげな膨らみの造る陰のコント
ラストに、俺は見取れた。

 ………………
 …………
 …夢?

 それでも俺は、固唾を呑んで見守った。

 彼女は、足下に畳んで置いた着替えを手に取り、袖を通し始めた。そして、彼女と目が合う。
「きゃーっ、パパのエッチィーッ!」
 彼女はそう叫ぶと、着替えを中断し両の手を胸元で交差させる。………チッ。
「あっ、ゴメン! あーそのー、凄く綺麗だったから思わず見取れちゃったんだ…」
 俺がそう謝ると、彼女は美しい素肌をほんのりとした桜色に染めながらも許してくれた。
 …ええ娘やー。
「うー、パパのエッチィ。取り敢えず外の方を見ててよ。もぅ恥ずかしいから絶対見ないでね」
 何も外の方を見なくても、俺が洗面所なりトイレに移動すればよい訳だが、思わず「うん」
と答えてベランダへ顔を向けた。視界の片隅で、彼女が背を向けたのが確認できた。
 それから、彼女は着替えを再開し始めた。そして暫くすると俺の視界の片隅に、彼女の純白
の下着と何一つ無駄のない美しい脚とが、飛び込んできた。

 ………………
 …………
 …据え膳食わぬは男の恥!
 やれ! ヤレ犯れ! 犯っちまえー! 可愛い幼女を犯してしまえ〜♪

 俺の中で悪魔が囁く。おまけに「死ね死ね団のテーマ」の替え歌まで披露してくれた。それ
に呼応するかのように、息子も臨戦態勢を整えていた。
 …ヤバッ! いろんな意味で。ってゆーかアウトじゃん、人として!
 すでに蹴散らされている俺の中の天使に変わって、理性を送り出したが焼け石に水だった。
と言うよりも、俺の中の悪魔も息子も『背徳』という名の武器を手にして決起盛んだった。
 …俺、敗色濃厚。ごめん、娘。ごめん、理奈ちゃん。ごめん、みんな。
 俺は心の中で詫びた。
 その時、戦局は一転した。深層心理に潜んでいた『理奈ちゃん in my Heart』が光臨したか
らだ。
 戦いは一瞬だった。悪魔は蹴散らされ、息子は萎えた。…ありがとう理奈ちゃん!
「フッ、貴様等もなかなかだったがな、今回ばかりは相手が悪かったな。成仏しな」
「えっ、何パパ?」
 着替えを済ませた彼女が、振り向き尋ねる。
「あー、何でない、何でもない」

 俺は、又とぼけた。ってゆーか、本当の事など言えん!

 で、それから俺も着替えた。朝食には遅く、昼食には早い。そんな中途半端な時間だったが
空腹には勝てず、二人で商店街に出かける事にしたからだ。
 そうそう、彼女の名前は瑠奈。で、「お母さんの名前は?」と尋ねたら……クソッ、英二め!
 奴とのジ・ハードについて脳内会議が紛糾する中、俺は瑠奈の小さな手を取って家を出た。


 それから俺達は、商店街で朝食とも昼食ともとれる食事を取った。んで、食事を取った後は、
二人で商店街を色々と見て回った。
 瑠奈は、可愛らしさについては今更言うまでもないが、素直で本当にいい娘だ。俺を「パパ」
と慕ってもくれる。クルクルと変わる可憐で可愛らしい笑顔は、俺の心を和ませる。瑠奈と二
人で過ごす時は、俺に時間的錯覚を与えた。何時しか空は、暖かな色で包まれていた。俺達は、
暖かな夕日を背に手を繋いで家路につく。

「…悪くはないな」
「ん、どーしたのパパ?」
「いや、何でもないよ」
 俺は、苦笑しながら瑠奈に答える。
 そして、俺と瑠奈と理奈ちゃんとで過ごす生活を改めて想像しながら、俺はもう一度「悪く
はないな」と心の中で呟いた。………最も、奴は消す!


 ドアの前まで来ると、どうやら理奈ちゃんは既に帰ってきているようだ。俺はドアを開く。
「ただいまー」
 玄関側のキッチンで洗い物をしていた理奈ちゃんが、手を止めトタトタと軽快なリズムで、
玄関まで出迎えに来てくれた。
「お帰り。冬弥君、瑠奈」
 理奈ちゃんの久しぶりの笑顔だ。俺は改めて「ただいま。そしてお帰り」と伝えると、瑠奈
が元気に続けた。
「うん。ただいま理奈お姉ちゃん。………アッ!」

 ………………
 …………
 …ん、ただいま理奈お姉ちゃん……お姉ちゃん………オネエチャン…………ハァ?


 俺は、理奈ちゃんが煎れてくれたコーヒーを一口啜った。テーブルを挟んで俺の正面に座る
理奈ちゃんも、自分で煎れたコーヒーを飲んでいる。左側に座っている瑠奈は、ホットミルク
の入っているマグカップを両手で包むように持ちながら、一生懸命に冷ましている。

 …で、ぶっちゃけて言えば、今回の事は理奈ちゃんの悪戯だったとさ。
 事の顛末はこう。
 理奈ちゃんの実家の方で、親類も交えたドタバタがあったそうだ。そして、駆り出された理
奈ちゃんは、従姉妹の瑠奈の面倒を任された。ホンでもって、ドタバタは拡大。さらに忙しく
なった理奈ちゃんは、「明日は休日だから、瑠奈は冬弥君に見てもらおう」と瑠奈を連れてやっ
て来たのが、昨日の夜。で、来てみれば俺は寝てる。瑠奈も眠そう。そこで、瑠奈を寝かしつ
けながら悪戯を思いついた理奈ちゃんは、瑠奈に入れ知恵をした。最後に、朝に目を覚ました
可愛く素直で頭もいい瑠奈は、しっかり実行したと言う訳やね。

 で。

「でも、本当に引っ掛かるなんて冬弥君らしいわね」
 事の顛末を聞いた理奈ちゃんは、そう言って顔を綻ばせる。久しぶりに見る愛しの笑顔だが、
俺は何か面白くない。
「大体瑠奈が生まれた頃って、私が中学に上がるかどうかって頃よ」
 そう言って、理奈ちゃんは更に顔を綻ばせる。…何か憎たらしい。
 で、俺は不意に思いついた事を口にした。
「じゃあ、理奈ちゃんの初潮って中学になって……アッチィーッ!」
 …俺の目の前で、コーヒーカップが、宙を舞った。

 俺達は、飛び散ったコーヒーの片付けをする羽目となった。俺は、コーヒーのかかった服や
ズボンを取り敢えず洗濯機に放り込むと、適当に着替えてリビングに戻った。リビングでは、
理奈ちゃんと瑠奈が絨毯にかかったコーヒーを拭いていた。早速、俺は理奈ちゃんの隣に屈み
込むと、掃除に加勢する。
「あーあっ、これ染みになっちゃうよ」
「自業自得よ!」
 俺のぼやきに、理奈ちゃんはにべも無く答えた。

 後片づけも一段落すると、俺と理奈ちゃんは、並んで床に座ってベットにもたれながら話を
する。瑠奈は、俺達に背を向けてテレビを見ている。瑠奈の背を眺めながら、俺は瑠奈と二人
でいた時に思った事を理奈ちゃんの耳元で、そっと口にした。
「瑠奈に『パパ』って呼ばれるのも悪くはなかったよ。…でも今は、出来れば俺と理奈ちゃん
の子供にそう呼ばれたいかな?」
 俺はそう言って、理奈ちゃんの瞳を見つめる。頬をほんのりと朱で染めた理奈ちゃんは「冬
弥君…」と小さく呟く。互いに見つめ合う俺達の距離はゆっくりと近づき、そして、理奈ちゃ
んはそっと瞳を閉じ………なかった。
 小さな両手で顔を覆いながらも、しっかりと指と指の隙間から俺達二人を、瑠奈が耳の先ま
で真っ赤にしながら見ていたから。
「るッ瑠奈! なっ何見てるのよ!」
 一瞬で顔を真っ赤に染めた理奈ちゃんは、瑠奈の方を振り向きながら言う。俺は視線を天井
に移しながら、取り敢えず鼻の頭を掻いてみた。俺も顔は真っ赤。
「そっそれより…そーそー、瑠奈。冬弥君に変な事はされなかったでしょうねー」
 理奈ちゃんは咄嗟に流れを変えようと、瑠奈に話を降った。咄嗟に話を降られた瑠奈は、さっ
きまで自分の顔を覆っていた両手を胸元に下げると、掌を合わせたまま指だけを付けたり離し
たりしながら、ゆっくりと言う。
「…うっうん。…へっ変な事はされなかったけど、アレは恥ずかしかったかなー」
 そう言って、何かを思いだしたのか瑠奈の顔は更に赤みを増す。

 俺の中で「ヤバッ」と何かが呟いた。

「ヘーアレってどーゆー事かなー?」
 理奈ちゃんは、聖母のような優しい口調で瑠奈に聞く。俺は横目にチラッと理奈ちゃんを窺
うと、その表情は微笑みを浮かべてはいたが、目は笑ってはいなかった。おまけに、その微笑
みにさっきまでとは異なる赤みを差しそうな雰囲気が、漂い始めたような気がする。
「うっうん。着替えの時にね、はっ裸をお兄ちゃんに見られたの。…でっでも、凄く綺麗だよっ
て言ってもらえたの」
 何が『でも』なのかはわからんが、瑠奈に乾杯!
 …ありがとう、瑠奈。これでさようならになるかもしれんが…。
 そして、突然に俺の唇は活動を開始した。
「ちっ違うんだ理奈ちゃん。着替えを見たというか、裸を見たというか、パンツまで見たとい
うか、ほら、その、なんて言うか………何にもしなかったんだよ。いや、本当。もーね、悪魔
が囁くは、息子は元気に暴走しそうになっちゃうはで大変だったんだけど、何にもしなかった
んだよ。いや、本当。って言うか『人間辞めちゃるー』ってぐらいに追い込まれたけど、何に
もしなかったんだよ。そらね、あ〜んな事や、こ〜んな事や、あまつさえアレでコレでそーん
な事もしたかったけど、何にもしなかったんだよ。いや、本当に」
 俺の唇は活動を停止した。辺りに静寂が訪れる。

 ………………
 …………
 …俺、一人自爆テロ?


 春を待つ冬の休日。暖かな夕日はその姿を休め、夜のとばりを街灯と欠けた月と星々とが、
夕日に変わって照らす。周りの家々にも灯りが点り、そして人々は一時の休息を迎える準備を
始める。また明日には、いつもと同じ代わり映えのない日常が待っている。
 そんな、春を待つ冬の休日は終わる。
 …って言うか終わって神様! お願い! マジで!!

「ねぇ、冬弥君? ちょっと、どーゆー事かしら?」

                 − おしまい −                 


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 初めまして、新人の狭間 クロウです。
 二月のお題「子供」に挑戦してみました。
 が、何分にも初めてのSSなので、こんなのになっちゃいました(泣)。
 でも、最後まで読んでいただいた奇特な方がおられましたら、ご指導御鞭撻の程を頂けると
幸いです。