Christmas -Case of KASHIWAGI family- a "hatune" scene. 投稿者:☆ーず 投稿日:12月24日(日)23時35分

 12月の頭の方。
 詳しく言うと12月4日。その日のこと、

 プルルルルル、プルルルルル…

 柏木家に一本の電話がかかってた。
「ねえ、電話ァ。誰かでて〜」
 台所から声。
 梓の声。夕御飯の用意でもしているのだろうか? 毎日部活も大変だろうに、
家事までこなして感心な娘さんである。
「は〜い」
 そして今度は居間から声。
 初音だ。
 小走りに駆けてくる初音のスリッパの音と電話の鳴る音が一緒に歌う。

 プルルル、パタパタ、プルルル、パタパタ。

「はい、柏木です」
 カチャッと音を鳴らし初音が電話をとる。
『あ、初音ちゃん? 俺だけど』
「…あの、耕一お兄ちゃん?」
『そう、俺』
 電話の向こうから聞こえてくるのは耕一の声。
 愛しい愛しい耕一お兄ちゃんの声。初音の小さなその胸はそれだけでドキド
キしてきて、その顔も少し緩んでくる。
「なあに? 用事?」
 声の調子も意識せずわずかに変る。
 少し弾んだ、甘い調子。
『ああ。もうすぐ大学も冬休みだし、その間、そっちにいこうかと思って』
「え、ホント?」
『ホントだよ』
 お兄ちゃんに会えるんだ。
 そう思うだけで初音はワクワクとしてきて、なんだか、体全体がキュウッと
してしまうような感じがした。
「いつから? いつ頃からこっちに来られるの?」
『そうだな…。23日かな? 遅くても24日にはそっちに行くよ』
「じゃあ…」
 初音の頭にパッと言葉が浮かんでくる。
「クリスマス、一緒だね…」
『…プレゼント、買って行くから。まあ、楽しみに待っててくれよ』
「え? あっ…、いいよ、プレゼントなんて…」
『いいや。そう言うわけにはいかないだろ』
 耕一はクリスマスという言葉から、すぐにプレゼントという言葉を連想した
らしい。しかし、初音にとってはそんなことはどうでも良かった。いや、どう
でもいいわけではないが、クリスマスというイベント自体が大事だったのだ。
 その日に一緒にいられることが大事なのだ。
 初音、伝わらなかった思いに少しガッカリ。
「…じゃあ、私もプレゼント、用意しておくね」
『ああ、いや。いいよ。別に』
「そう言うわけにはいかないよ」
『…じゃあ、楽しみにしておこうかな? 無理しなくていいからね』
「うん」
『それじゃあ、いける日が決まったらまたちゃんと電話するから。みんなによ
ろしく』
「わかった。ちゃんと伝えておくね」
『じゃあね』
「うん、バイバイ」
 向こうから電話の切れる音。それを確認してから初音は受話器を置いた。
 …もう。わかってくれないんだもんな。
 ちょっとのガッカリ。しかし、それも「もぅ、仕方ないんだから」程度の話。
久しぶりに聞いた耕一の声に、初音の足下はふわふわとする。しかも、その耕
一が来てくれると言うのだ。踊りだしたくなるような気持ちというのはこうい
う気持ちのことを言うのだろう。初音は軽やかな気持ちでくるっとターンした。
「初音」
「あっ…」
 するとそこには楓。
「かっ、楓お姉ちゃん…」
 初音の頬がかあっと熱くなった。
「電話、誰から?」
「あの…」
「耕一さん?」
「…うん」
「そう」
 それだけ言うと楓はくるりときびすを返し、今来たであろう方へと戻っていっ
た。
 初音の胸はさっきと違った意味でドキドキとしていた。


 冬の隆山は寒く、それなりに雪も降る。今年は雪はまだだったが冷え込みは
比較的強く、柏木家の食卓はテーブルからコタツに変わっていた。
 そのコタツを梓、楓、初音が囲む。
 長女の千鶴が帰ってきていないと言うのに三人はすでに夕食を食べ始めてい
た。別に仲間外れにしているとかそう言うことではなく、仕事の関係で千鶴は
このところ帰りが遅いので、そう言うことにしている。
「へえ、それじゃあ、耕一、クリスマスには来るんだ」
「うん」
 食卓の上を先ほどの電話の話題が行き来する。
「来る日とかはっきりしてくれないと、食事の準備とか困るんだよねぇ。まっ
たく耕一のヤツは」
 梓があきれたようにそう言うと、
「うん。でもちゃんと決まったら、電話で教えてくれるって」
 初音がそうフォローをする。
 その間、楓はただ黙々と食事を口へと運ぶ。
「でもまあ、それならクリスマスは腕によりをかけないとね」
 梓が言う。
 さっきのあきれはどこへ行ったのか、今度は少し嬉しそうな口振り。
 言うまでもないことだが、梓の料理の腕は天下一品である。その梓が腕によ
りをかけるというのだから並ぶメニューにはかなりの期待をかけることが出来
るだろう。
「私も手伝うね」
「そう? なら頼むよ」
 ニコニコとして言う初音に、ニコッと微笑み返す梓。
「私にも、手伝わせて」
 そして、楓が言った。
 箸をおく彼女の茶碗とお椀はいつの間にかカラになっている。
「そう? 手が多いと助かるわ。こればっかりは千鶴姉には頼めないからねぇ。
…おかわりは?」
 梓の差し出した手に、楓は「いらない」と首を横に振る。
「ただいま〜」
 その時、玄関から声。
「あら、噂をすれば影だ」
 梓の言うとおり、その声の主は千鶴。
「私、お迎えしてくるね」
 そう言った初音はコタツから足を抜き、小走りに玄関に向かう。
 …千鶴お姉ちゃんにも耕一お兄ちゃんのこと言わなきゃ。
「おかえりなさい、千鶴お姉ちゃん」

:
:

 クリスマスカラー一色 ―と、言っても赤と緑。それに少しの金色と白の四
色― に彩られた店内に初音はいた。
 昨日の今日の12月5日。
 初音はさっそく耕一に贈るためのプレゼントを見にやってきていた。
 が、初音は迷ってしまっていた。
 耕一に何を贈っていいのかわからなかったのだ。
 男性に贈り物をするのは初めてではない。相手は彼女ら姉妹と同居していた
耕一の父、初音にとっての叔父である柏木賢治氏である。初音はその叔父が好
きで誕生日にプレゼントを贈ったりもした。
 が、叔父と耕一では年齢が違う。
 叔父にはネクタイを送ったりしていたが、来年も大学生である耕一にはネク
タイはまだいらないような気がした。
 …どうしようかな。
 それでも初音はネクタイを眺めながら思案していた。
 すると、
「お嬢ちゃん? お父さんにプレゼント?」
「え?」
 女性の店員が初音に話しかけてきた。
 15歳の初音に「お嬢ちゃん」も失礼な話ではあるが、初音の容姿を考えれ
ば一概にこの店員を責めることは出来ない。
「クリスマスだからこっちの色もいいとは思うけど、やっぱりいつも使って貰
う事を考えるとこういうスタンダードな色の方が…」
 手で指し示しながら店員は勝手に話を進める。
 それにしてもやけになれなれしい口調である。
「あっ、あの…」
「ん? なあに?」
 初音が店員を止める。
「お父さんじゃなくて、あの、お兄ちゃんに、なんですけど…」
「ああ、お兄さんに」
「えっと、その、お兄ちゃんだけど、お兄ちゃんじゃなくて…」
 初音がいいあぐねる。その様子を見て店員は事情を察した。
「それじゃあ、そのお兄ちゃんは何歳くらいなのかな?」
「20歳です」
「20歳…ね」
 店員が考える。
 20歳ならこの売場よりも他の所に適したものがあるけれど、どうにかして
この売場でお買いあげ願いたい。ここで20歳に適したものというと…。
「じゃあ、ハンカチとか…マフラーなんてどうかしら?」
「マフラー…」
 …マフラーなら、耕一お兄ちゃんも喜んでくれるかな。
「ちょっと見てみる?」
 初音の表情の変化を見逃さない店員がそう聞いた。


 初音の腕の中には綺麗なラッピングの施された包み。その中身はマフラーで
ある。
 下見だけで買うつもりのなかった初音だったが店員の少々強引な薦めもあっ
て買ってしまった。まあ腐るものでもないし、早めに買ったところで何ら困る
ようなものではないが。
 帰ってきた初音が玄関の戸を開ける。
「ただいま〜」
「おかえり、初音」
 すぐに返事が来る。
 楓が廊下に出ていた。
「…それ、プレゼント?」
 初音の抱いている包みを見て楓が聞く。
「うん。耕一お兄ちゃんの」
「そう。…何買ってきたの?」
「マフラーだよ」
 楓の聞くままに初音が答える。わざわざ秘密にする必要もないし、姉妹で内
容がかぶっては非効率的だ。
「いま、耕一さんから電話があったんだけど…」
「え?そうなの?」
 楓が廊下に出ていた理由はそれだ。
「こっちに来るの、24日になりそうだって」
「あ、そうなんだ。…じゃあ、梓お姉ちゃんにも言わないとね」
「うん」
 靴を脱ぎ玄関にあがると、初音は楓と廊下を並んで歩いた。

:
:

 日にちは過ぎて12月20日である。
 今日は梓を手伝い初音も夕食の準備をしている。

 コトコト、トントン、コトコト、トントン。

 鍋やまな板が小気味いい音を鳴らす。

 コトコト、トントン、プルルル…。コトコト、トントン、プルルル…。

 そこの中に廊下の向こうから音が混じる。
「あ、電話…」
 初音が行こうとすると、
「初音はそれやっといて、私がでてくるから」
 一足先に梓が行く。
「それ終わったら、鍋に入れておいて」
「うん、わかった」


「やれやれ」
 そんな言葉とともに梓が台所に戻ってきた。
「電話、耕一からだったよ」
「え? 耕一お兄ちゃんから?」
 鍋の番をしていた初音の隣に梓が並ぶ。
「24日、どうしても外せない補講が入ったんだって」
「え?」
 初音が梓を見上げる。
 その顔にはあきれたような、苦い表情が浮かんでいる。
「まったく…、クリスマスイブだよ? なに補講なんて受けているんだか」
「でも、ほら、24日は私達だってまだ学校あるし…」
 初音の言ったとおり24日は終業式でまだ学校はある。
「確かにそうだけどさぁ」
「仕方ないよ」
 ふてくされたように言う梓にフォローを入れる初音。
 けれど、内心初音もガッカリしていた。
 …クリスマス、会えないのかな? せっかくプレゼントも買ったのに…。で
も、少しくらい遅れたっていいよね。贈り物は気持ちが大事なんだから。…で
も、でも…会いたかったな。
 シュンとなった初音。
 初音の頭のてっぺんの”はね”もしおしおと元気をなくす。
「まあ、夜には間に合うように来るって言ってたしね。許してやるか」
「えっ、そうなの!?」
 梓の言葉を聞いて初音がバッと顔を上げる。
 同時に頭の”はね”もピンと芯が通ったように立った。
「大急ぎで来るってさ」
「そうなんだ」
 にこーっと嬉しそうに顔を緩ませる初音。
「初音、良かったね」
「うんっ」

:
:

 やがて12月24日。
 待ちに待った終業式であり、待ちに待ったクリスマス・イブであり、待ちに
待った耕一のやってくる日である。
 学校から帰ってくると初音達はさっそく今晩の準備を始めた。
 買い物を済ませ、料理をし、ツリーをだした。
 梓の指示の元、初音も楓もテキパキ働く。


 で、時間は過ぎて午後7時である。
「遅いっ!! 耕一も千鶴姉もなにやってるんだ!」
 時計を見て梓が怒鳴った。
 梓の怒鳴った通り、耕一どころか千鶴までもがまだ帰ってきていなかった。
「耕一はまだしも千鶴姉からなんの連絡もないってどう言うことだよ。今日の
ことはちゃんと知ってるはずなのにさあ」
「きっと、お仕事で忙しいんだよ」
 そう言って、梓をたしなめる初音ではあったが彼女自身も少しおかしいなと
思っていた。
「料理、冷めるね…」
「そうだよ、まったく」
 ポツリという楓に相変わらずプリプリと怒る梓。

 プルルルル…、プルルルル…。

 その時、電話。
「あっ…」
 と、初音が立ち上がろうとするが、
「私がでてくるよ」
 それを止める梓。
「どうせ耕一か千鶴姉さ。どっちにしろ怒鳴ってやる」
 そう言った梓はコタツから足を抜き、ドカドカと廊下へとでていった。障子
戸が強い調子でピシャリと閉められる。
「…大丈夫よ」
「えっ?」
 突然、楓に声をかけられ初音はほんの少し驚いた。
 が、楓にしてみれば突然に声をかけたつもりはない。
「梓姉さんも、二人のこと心配しているんだから」
 初音があまりに不安そうな顔をしていたから声をかけたのである。
「そうだよね。梓お姉ちゃんも本気で怒ってるわけじゃないよね」
「それに…」
「…それに?」
「初音ぇ」
 楓が何かいいかけたとき、廊下の向こうから梓の声。
 楓に「行っていい」と示された初音は急いで廊下に出る。
「なあに?」
「千鶴姉から、初音に用事だって」
「私に?」
「そう」
 …なんだろう?
 疑問に思いながら初音は梓から渡された受話器を素直に受け取る。
「千鶴お姉ちゃん? 初音、変わったよ」
『ああ、初音』
 電話の声は間違いなく千鶴のものだ。
『実は今、困ったことになっていてね…』
「困ったこと?」
『そうなの。実は家に大切な書類を忘れちゃって、それがないと今日の仕事ど
うしても終わらないの』
「えっ! そうなの!?」
 大変だ、と素直に思う初音。
『その書類、私の机の上にあると思うんだけど…初音、届けてくれないかしら?』
「うん、わかった」
 そしてそう素直に頷く初音。


 千鶴の指示されたとおりの茶封筒を入れた鞄を下げ、初音が門の先に待たせ
てあるハイヤーに向かう。
「気を付けて」
「転ぶんじゃないよ!」
「うん!」
 二人の姉の声には常は振り返らずにそう答えハイヤーに乗り込む。そしてま
もなく、そのハイヤーは鶴来屋に向かって走り出した。
 それを見送る梓と楓。
「しかし、初音は素直だねぇ。…いつか悪いヤツに騙されるんじゃないかって、
少し心配だよ」
「でも、それが初音のいいところだから」
「まあ、ね。…ところで、楓は知ってたの?」
「うん。耕一さんに、電話で聞いた」
「かー。じゃあ、私も騙されてたっての?」
「そうなるね」
「楓っ! シャンパン飲むよ! つきあえ!」
「うん。わかった」

:
:

 初音がハイヤーに揺られ30分ほど。
 信号に何回か捕まったがそれ以外はなにもなく、順調に鶴来屋についた。
 「ありがとうございました」と丁寧にハイヤーの運転手に礼を言うと、初音
は小走りに急ぐ。自動ドアの開閉ももどかしく、フロントへと急ぐ。千鶴お姉
ちゃんが困っている。初音の頭の中はそれだけである。
「あのっ、すいません」
「はい」
 息を弾ませ訊ねる初音に、にこやかに答えるフロント係。
「柏木千鶴の妹ですけど、お姉ちゃんに頼まれて…」
「うかがっております」
 なおもにこやかなフロント係が目くばせをすると、どこからかベルボーイが
やってきた。
「お荷物を」
 ベルボーイが言う。
 しかし、初音が持っている荷物らしい荷物と言えば方から下げている鞄のみ。
しかも中身は薄い茶封筒だけである。
「あの、大丈夫です」
「…それではこちらへどうぞ」
 ベルボーイに案内されるままに、初音はついて行く。


 チーンとエレベーターがついたのは宿泊部洋館の最上階。最上級の部屋のあ
る階である。
 ここへ来て、いよいよ初音もおかしいと思い始めた。
 …千鶴お姉ちゃんに書類を届けに来ただけのはずなのに…。
 頭の中では何で何でと何での応酬が続いているが、それでもやはり素直な性
分。何も言わずにベルボーイについて行く。
「こちらです。」
 そう言うとベルボーイは丁寧に頭を下げた。その手は豪華なドアを指してい
る。
「あ、あの…」
 そこへ来て初めて初音が訊ねた。
「私、千鶴お姉ちゃんに、書類を持ってくるように、頼まれただけなんですけ
ど…」
「うかがっております」
「じゃあ…」
「こちらです」
 ベルボーイはやはりその豪華なドアを指し示す。
「あの…、ここに千鶴お姉ちゃんが?」
 まさか、と思い初音が訊ねると、ベルボーイは何も言わずににこりと微笑ん
だ。そしてその手はドアノブをつかみ、捻り、ドアを開く。
「わぁ…」
 初音は思わず息をのんだ。
 そこに広がるのは廊下だろうか薄暗い空間。そしてそこを照らすのはロウソ
クのオレンジ色の光。洋館を思わせる幻想的な空間。
「どうぞ」
 ベルボーイに勧められ、初音はそのままドアの中へと一歩踏み出した。
「それでは…」
 そう言い残し、ベルボーイがそのドアを閉めた。すると、廊下から入って来
る照明の光がなくなり、完全にロウソクの光だけの空間となった。
 短く続く廊下の両端にはロウソクが何本も並んでいる。
 キョロキョロとそのロウソクを見回しながら初音が廊下を進む。突き当たり、
薄明かりに照らされているのはもう一枚のドア。
 少しの躊躇のあと、初音はそのドアを開いた。
 その隙間からわずかに頭を出し、向こうを覗き込むと、そこは広い部屋であっ
た。テーブルがあり、その上に数本ロウソクが並んでいた。
「あっ…」
 そしてその奥に人影。
 ロウソクが照らすその人影は、
「メリークリスマス、初音ちゃん」


 雪の降りそうのない空に浮かぶ月。
 その月明かりは部屋に差し込み、机の上にある包みを照らしだす。
 初音の部屋で眠るその贈り物。
 きっと明日には贈られるはずである。


http://members.jcom.home.ne.jp/kukuno/index/gift/HonyaChr_top.html