来栖川家のバレンタイン前夜 投稿者:刃霧星椰 投稿日:2月14日(水)00時16分
とある高級菓子店の中。
「む〜、どれがいいかな……?」
「………………」
よく似た双子の姉妹――ではなく、一つ違いの姉妹がチョコレートを物色中だ。
言わずとしれた来栖川芹香・綾香である。
「そうねぇ……確かにあんまり高いのを上げるのももったいないわね」
「…………」
「そうじゃない? 高い物だと相手が気にする?」
「(こくこく)」
「っていうか、ちょっと気にさせた方がいいんじゃないかな? お返しのこと忘れられたら悔しいじゃ
 ない?」
「…………」
「まぁね〜、別にお返しがほしいワケじゃないけど、やっぱりあげたことすら忘れられたらちょっとね
 ……。姉さんはどうするの?」
「……………………」
芹香は、す、と懐から小瓶を取り出した。
「……あのね、やっぱり魔法のチョコはやめた方がいいと思うわよ(^^;」
「…………?」
「ほら、きっと普通のチョコでも姉さんの愛情は判ってくれるって」
「…………(ぽ)」
なんとか芹香の本命が妖しい薬の被害に遭うのは防いだようである。
「――お嬢様、お決まりになりましたか?」
「あ、セリオ……もうちょっと待ってくれる?」
「――かしこまりました」
「って、あんた、もう選んだの?」
「――はい」
「晶香(しょうか)も選んだ〜!!」
セリオと、綾香たちの従妹である来栖川晶香はもう会計を済ませたのか、包みを持っている。
「それにしちゃ、普通の包み紙ね……」
とてもバレンタインのプレゼント用とは思えない質素な包装を見て、綾香は不審がった。
「えっとね、セリオお姉ちゃんとわたしはね、自分で作るんだよ」
「へ?」
「――いわゆる手作りチョコです。晶香様がどうしてもご自分で作るとおっしゃるので、どうせなら私
 も、と思いまして。データベースによると、手作りの方が男性が喜ぶとありますし」
「あ、ああ、そうなの……」
やるわね、セリオ……
何故か心の中でライバル心を燃やす綾香。
「そうね……わたしも手作りにしようかな?」
綾香も、手作り用の生チョコとその他材料をかごの中に放り込んだ。
「…………」
「え? 姉さんも?」
「(こくこく)」
芹香も手作りにすることにしたようだ。
「手作りはいいけど……さっきの薬、混ぜちゃダメよ?」
「…………」
綾香に言われて、ちょっと残念そうな顔をする。
「あ、そーだ、お父様たちのぶん、どうしようか?」
財布の中身を見て、適当にチョコを選ぶ綾香。
「――私も長瀬主任たちの、義理チョコを用意しなければなりません」
頭の中で残金を計算するセリオ。
「晶香ね、パパにはチロルチョコあげるんだよ」
そこはかとなく残酷なことを言う晶香。
「…………」
芹香は、またもやすっ、と懐から先ほどとは違う小瓶を取り出した。
「セバスには長寿になるチョコをあげる? やめときなさいって……普通にあげればそれだけで10年
 は寿命が延びるわよ、あの人なら」
またも残念そうな顔をする芹香。
「ま、とにかく家に帰って作らないとね。急がないと明日の朝までに固まらないわよ?」
「う〜、それじゃ、早く帰ろうよ」
はいはい、と綾香は苦笑して、芹香と共に会計を済ませる。
そして、セリオ、晶香と共に表に待たせてあったセバスのリムジンに乗り込んだ。
「姉さん、くれぐれも変な薬を混ぜちゃだめよ。そんなものなくてもちゃんと気持ちは伝わるんだから
 ね」
わかりました、と芹香は素直に頷いた。
リムジンは四人を乗せて来栖川の屋敷へと帰っていく。
四人とも、これから作るチョコを相手が受け取ったときにどんな顔をするか楽しみだった。
バレンタイン前日の夜は、こうして平和に四人仲良くチョコを作ることですぎていく。













ただし、仕上げの段階になって四人のチョコの表面に『浩之へ愛をこめて』だの『愛する浩之さんへ』
だの『大好きな浩之お兄ちゃんへ』だの『親愛なる浩之様へ』などの文字が並び、全員の本命が浩之だ
と判るまでは(笑)
「ちょっと晶香、あんた学校に好きな男の子でもいるんじゃなかったの?」
「綾香お姉ちゃんこそ学校の人じゃなかったの?」
「ウチは女子校よ!!」
「――しかし、綾香様は毎年たくさんのチョコをおもらいになる、と記録にありますが」
「そ、それは……って、セリオ、研究所に誰かあげる人いるんじゃないの?」
「――そのようなことを言った覚えはございません」
「……………………」
「いや、姉さんはわざわざ聞かなくても浩之だって判ってたし」
「…………(ぽ)」
「別に判ったのは愛の力じゃないわよ」
喧々囂々としながらも、バレンタインの夜は更けていく……。


次の日、芹香のチョコを食べた浩之が三日ほど眠り続けたのはまた別の話。
「ね、姉さん……(−−;」
「……………………(ぽ)」

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