Merry Christmas For My Girls 投稿者:刃霧星椰 投稿日:12月25日(月)02時33分
「お料理、まだかなぁ?」
「ん、そうだな……」
藤田家のリビング。
浩之と、小学生くらいの少女が二人でぼーっとテレビを見ていた。
そして今、昼食ができるのを二人で待っているのである。
「――お待たせしました、昼食の用意ができました」
キッチンからセリオが顔を出した。
「待ってましたぁ!」
ぱちぱちと少女が手をたたく。
「んじゃ、まぁ、買い物の前に腹ごしらえといきますか」
浩之も立ち上がった。
少女が浩之にぶら下がる形で、二人でキッチンへと入っていく。
「飯食ったら3人で出かけるぞ!」
「おー!」
「――かしこまりました」





街には色とりどりのイルミネーションが煌めき、行き交う人々もどこか浮き足立っている。


そんな風に感じられる、この時期。


そう、今日はクリスマスイブ――



Merry Christmas For My Girls




「寒い〜」
「冬だからな、寒いのは当たり前だ」
「浩之お兄ちゃん、冷たい〜」
「――では(ごそごそ)……これをどうぞ」
セリオが手袋を少女に差し出した。
「セリオお姉ちゃん、ありがと!」
少女はうれしそうに、手袋をうけとり、手にはめた。
「ぴったり!」
両手を開いて、見て見て、とセリオと浩之に見せる。
よかったな、と浩之は少女の頭をなでてやる。
よろしゅうございました、とセリオ。
3人は、夜のクリスマスパーティーの買い出しにやってきたのである。
「用意がいいな、セリオ?」
「――晶香様のお母様から預かっておりましたので」
「なるほどね」
自分たちの少し前をうれしそうに歩く少女を見て、浩之は少しほほえんだ。

この少女、名前を来栖川晶香といい、芹香や綾香の従妹である。
以前に会ったときに浩之になついてしまい、時々遊びに来るようになった。
傍系とはいえ来栖川のお嬢様なので、友達ができにくかったらしいが、綾香や浩之の影響か肩肘をはら
なくなり、それなりに楽しんで生活しているようではある。
今日は、浩之の家で芹香、綾香、セリオ、晶香に浩之を加えて、クリスマスパーティーをやる予定なの
だが……
「ホントに綾香も先輩も来れるのか?」
「――綾香お嬢様は『なにがなんでも来る』とおっしゃっていましたが?」
なにがなんでも来る、の部分だけを綾香の声に変え、セリオが言った。
「いちいち声色使わないでくれ……」
周囲の視線が一瞬集まったのを感じ、浩之は頭を抱えた。
「――……わかりました」
一瞬、間をおいて返答した。
どうやらわざとやったらしい。
「しかし、抜けられるのか? 来栖川財閥主催のパーティーなんだろ?」
晶香はまだ幼いということで出席を免除され、セリオ付きでこうして遊びに来ているが、一応跡継ぎで
ある二人が抜け出せるかどうかは微妙なところだ。
そのとき、晶香がくるりと振り返った。
「だいじょうぶ!お姉ちゃんたちが来るって言ったら、ちゃんと来るんだもん!」
「…………そうだな」
「――信じましょう。お嬢様たちなら、きっと約束を守ります」
浩之が頷き、セリオが言った。
「それじゃ、料理の材料とプレゼント買いに行こ〜!!」
「おっし、行くか!」
「――はい!」


「やっぱ、最初からエスケープしとけばよかったわね……」
はぁ、と一人の少女――いや、もう女性か――がテラスでため息をついた。
時計を見ると、午後7時すぎ。
「浩之たち、待ってるだろうなぁ……」
自分たちを待っているであろう、大切な人と親友と従妹の顔を思い浮かべて、またため息をつく。
薄手のドレスで暖房の効いていないテラスにいるのは少し寒いが、愛想笑いをしていなければならない
パーティー会場にいるよりはましだ。
と、気配を感じて振り返る。
「姉さん……」
そこにいたのは、姉の芹香。
「…………」
「退屈ですって? そうね、さっさと終わらないかしらねぇ、ホントに」
残念そうな、寂しそうな顔の芹香に同調する。
「……………………」
「そりゃ、早く行きたいけどね。お爺さまもお父様も抜け出すとうるさいし」
困ったものだわ、と綾香。
そんな綾香に芹香がつい、と近づき、なにごとか耳打ちした。
内容を聞くうちに、綾香の表情が驚きに変わっていく。
「魔法の薬をお爺さまとお父様の飲み物に混ぜた? ……姉さん、マジ?」
「……マジです」
芹香がこくりと頷く。
心配しなくても、すごく眠くなるだけのお薬です、と芹香は言った。
原料が何かは、怖いので聞かないことにする。
「んじゃ、もう少し待てばいいの?」
再びこくり、と頷く芹香。
「そう……姉さんを信じるわ」
綾香が大きく頷いた。
「あら、二人ともどうしたの?」
そこへ、一人の女性がやってきた。
「あ、おばさま……」
晶香の母親であった。
「退屈なんでしょう?」
「え、いや、そんな……」
「いいのよ、私もあんまり楽しくないし」
そう言ってくすり、と笑う。
「晶香、つれてこなくて正解ね……こんなところにいたら、息が詰まっちゃうわ」
「ええ、そうですね……」
「……(こくこく)」
女性の視線の先には、彼女の夫と綾香たちの父親、そして祖父がいる。
「あなた達にはホントに悪いわね。晶香は藤田さんのところなんでしょう? あなたたちだって一緒に
 行きたかったでしょうに」
「いいえ……そんな、おばさまが気にすることはないですよ」
「…………(ふるふる)」
「そう……?」
「それに…………」
綾香はくすり、と悪戯っぽく笑った。
「このままおとなしくしてるような、私たちじゃないですから」
「…………(くすり)」
姉妹そろって何かをたくらんでいる様子に、女性は目を丸くし、それからおかしくなってほほえんだ。
「うふふ、そうなの? それじゃ、おばさんも応援しちゃうわ。がんばってね?」
「はい!」
「(こくり)」
来栖川の総裁とその息子が「急用で退席」したのはそれから五分後で、芹香と綾香が会場から消えたの
はさらに五分後だった。


「……晶香、少し寝るか?」
「いい、お姉ちゃんたちが来るの、待ってる」
リビングでテレビを見ていた晶香だったが、8時を回ると、昼間の疲れが出たのかさすがに目をこすっ
て眠そうにしている。
「――綾香様たちがおいでになったら、起こして差し上げます」
「うう、でもぉ……」
上目遣いに浩之とセリオを見上げる。
「わかったよ……一緒に待とうな?」
「うん……」
再びごしごしと目をこする。
そのとき、ぐ〜、と浩之の腹の虫がなった。
「――浩之さんも晶香様も、すこしお食べになりますか?」
「「いい」」
ぴったりと同時に答えた晶香と浩之。
料理は、ほとんどできている。
出来立てでなければおいしくない料理――トリの丸焼きなど――は、オーブンの中で保温してある。
あとで暖めるのだ。
シチューは鍋の中で湯気を上げているし、サラダなどはもうテーブルに並べてある。
それでも、浩之も晶香も綾香たちを待っている。
綾香たちを信じているから。
しかし、少しすると晶香がことり、と浩之にもたれかかった。
「晶香?」
「す〜……す〜……」
「さすがに待ちくたびれたか……疲れたのもあるんだろうけど」
浩之が苦笑する。
昼間の買い物ではしゃいだし、簡単なところだけだが料理も手伝った。
そのままではキッチンに背が届かないから、いすに上ってサラダを作ったり、卵をかき混ぜたり。
「――毛布を持ってきましょうか?」
「頼む……俺の部屋にあるから」
かしこまりました、と言ってセリオがリビングを出ていった。
「やっぱ、抜けられなかったかな……」
晶香の頭をなでながらつぶやいたそのときである。
『コンコン』
「ん?」
ノックの音が聞こえて、あたりを見渡す。
「気のせいか?」
『コンコンコン』
また、聞こえた。
『コンコンコンコンコンコン』
リビングと庭を隔てるカーテン。
その向こうからのようだ。
晶香を起こさないようにそっと立ち上がり、カーテンを開ける。
「やほ」
「……」
ガラスの向こうに、サンタルックの綾香と芹香。
ちゃんと、プレゼント袋らしきものも持っている。
急いで窓を開ける。
あがってくる二人。
「ゴメ〜ン、遅くなっちゃった」
「……(すみません)」
「いや、いいけどさ……寒かっただろ?」
謝る二人を室内に招き入れる。
「あらら……晶香、寝ちゃったの?」
ソファーで寝息を立てている晶香を見て、綾香がすまなさそうな顔をする。
「ま、昼間からはしゃいでたしな……料理の手伝いとかして、がんばってたぞ」
「そう……」
綾香は愛おしげに晶香の頭をなでる。
芹香も、申し訳なさそうに晶香を見ている。
「ううん……」
頭をなでられて気づいたのか、少し身じろぎして晶香が目を開けた。
「あ……綾香おねーちゃん……芹香おねーちゃん?」
「メリークリスマス、晶香?」
「…………(メリークリスマス、晶香ちゃん)」
「ゴメンね、遅くなっちゃった」
くしゃり、と晶香の髪をなでる。
「えへへ、いいよ〜。来てくれたもん」
ぽふ、とそのまま綾香に抱きつく。
そこへ、毛布を抱えたセリオが入ってきた。
「――綾香お嬢様、芹香お嬢様……すぐ、料理の準備をします」
「ご苦労様、セリオ……ありがと」
「――いいえ」
毛布をソファのはじっこに置き、セリオはキッチンへと向かう。
すぐに、シチューの香りが漂い始めた。
「そうだ、晶香、料理手伝ってくれたんだって?」
「そうだよ、がんばったよ〜」
「……(なでなで)」
芹香になでられ、晶香はくすぐったそうに目を細めた。
やがて、芹香と綾香はプレゼント袋からプレゼントを取り出した。
「はい、浩之……あたしからはセーター」
「……(マフラーです)」
浩之は二人からそれぞれつつみを受け取った。
「両方とも私たちの手編みなんだから、感謝しなさいよ?」
「そりゃすげーな……大切にするよ」
「それと……晶香にはポシェットと……」
「……(ぬいぐるみです)」
晶香と同じくらいはありそうな大きなぬいぐるみと、おしゃれなポシェット。
「ありがとう!えへへ……どっちもかわいいな〜」
晶香はにこにこしてぬいぐるみを抱きしめる。
「――お待たせしました」
そこへ、セリオがシチューの鍋を持ってやってきた。
テーブルの鍋敷きの上に鍋をおく。
「あ、セリオ……これ、プレゼント」
「……(洋服と、それに会わせたバッグです)」
「――ありがとうございます、芹香お嬢様、綾香お嬢様」
「いいのよ、友達でしょ?」
「……(こくり)」
「――……はい。あ、鶏の丸焼き、持ってきます」
そういって、キッチンに引っ込んでしまった。
「照れてるわね」
「(こくこく)」
「そうなのか?」
「セリオおねーちゃん、結構照れ屋さんだよ」
そんなこんなでパーティーが始まり。
浩之は四人の女の子にそれぞれ施したレリーフの違うブローチを贈り。
晶香は動物のマスコット人形を大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんにプレゼントし。
セリオは「このようなものしか用意できませんでしたが」といいながら、いつの間に焼いたのか、クッ
キーと特大のチョコレートケーキをリビングに運びこんだ。
セリオと晶香の作った料理を食べて、シャンパンで乾杯して。
「にゅ〜、目が回る〜」
本物のシャンパンを飲んだ晶香がふらふらしたり。
「……(ひっく)」
酔った芹香が手当たり次第になでなでを敢行したり。
「んふふ、ひろゆきぃ〜」
綾香が浩之に絡んだり抱きついたり。
楽しい時間が過ぎていった。

「――お疲れさまでした」
「セリオもお疲れさん」
「――はい」
疲れてふらふら綾香たちをベッドに運び(芹香と綾香を両親の部屋に、晶香を浩之の部屋に)、食器だ
けをキッチンに運んだ浩之とセリオは、リビングで一息ついていた。
浩之の前には、甘みを抑えたココアがある。
「ホントありがとな、セリオ。助かったよ」
「――人間のお手伝いをするのが、私たちの仕事ですから」
「そっか……」
す、と手を伸ばして、浩之はセリオの頭をなでた。
優しい目をしている。
「――……」
セリオも黙ってなでられている。
心なしかうれしそうなのは、気のせいだろうか?
「よし、寝るか!セリオは俺の部屋で、晶香と寝てくれるか?俺、ここで寝るから」
「――いえ、わたしがこちらで……」
言いかけたセリオの唇を、浩之が人差し指で押さえた。
「こういうときは、素直に友達の言うこときくもんだぞ、セリオ?」
「――はい、では、寝室をお借りします」
命令されたからではなく、セリオはそう答えた。
「よし!んじゃ、おやすみ、セリオ?」
「――おやすみなさい、浩之さん」
セリオはリビングを出て、階段を上っていった。
「ふぅ……寝る前にシャワーでも浴びるかな?」
浩之はまだ残っているココアをすする。
「…………」
「おいしいですかって? うん、おいしいよ……」
「…………(そうですか)」
「ああ……って、先輩!?」
いつの間にか、芹香が横に座っていた。
全く気配を感じなかった。
ちょっと怖い。
「…………」
「忘れ物をしました? 何を?」
「…………(ちゅ)」
いきなり浩之の頬にキスをした。
「せ、せんぱい?(赤)」
「………………(ぽ)」
二人で顔を赤くする。
「……(用事は終わったので、お休みなさい)」
「あ、ああ、おやすみ…………」
ぺこり、とお辞儀をして、芹香が出ていった。
「……忘れ物って、これだったのか」
頬を押さえながら、浩之は呆然としていた。


先ほど決めたとおり、シャワーを浴びてリビングに戻る。
開けっぱなしになっていたカーテンを閉めようと近づくと、なにかが見えた。
「雪、か……」
うっすらと雪が積もっている。
「綺麗ね……やっぱり、クリスマスには雪よね」
「ん、そうだな」
綾香は浩之の並んだ。
「さっき、姉さんが来たでしょ」
「ああ」
「何したの?」
「別に」
ふーん、と綾香は疑わしげに浩之を見る。
「ま、いいか。クリスマスだし、許したげる」
「そりゃどーも」
全部見透かされているのは浩之にもわかっている。
それでも、とぼけてみせるのは、そういう風につきあってきたから。
「ねぇ、浩之?」
呼ばれて、綾香の方に向き直る。
「なんだ?」
「好きよ……」
言うが早いか、綾香は素早く浩之と自分の唇を重ねた。
3秒ほどで、離れる。
「……さて、姉さんにもセリオにも負けないようにしなくちゃね!」
「お手柔らかにたのむよ……って、セリオ? なんで?」
綾香ははぁ、とため息をついた。
「あんたねぇ……ま、いいわ。絶対あんたを私のものにしてみせるからね」
「へいへい……がんばってください」
ぽんぽん、と浩之は綾香の頭をたたいた。
「もう、なんかムカツクわね、その言い方」
ちょっと眉をひそめる。
そんなところも、かわいいと思う。
「ふわぁ……そろそろ寝るわ……おやすみ」
「ああ、おやすみ……」
去り際に、綾香はもう一度、今度は頬にキスをして出ていった。


「……負けないように、ね」
ぼふ、とソファーに寝転がって、頬をなでながら綾香の言葉を反芻する。
「俺も、それに応えないといけないよな」
今ではない、いつか、少し先の未来に。
きっと答えを出すときが来るのだろう。
だが、それまでは……この楽しい時間が、続くように。
そして、天井の向こうにいる、大切な女の子たちに。
「メリークリスマス……おやすみ。いい夢を……」


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