世界が黄昏に染まる前に。(夜の学校+クロスオーバー) 投稿者:日々野 英次 投稿日:8月26日(土)15時32分
夜の学校。
それは、秘境である。
七不思議、怪談、ちょっと危険な男女関係。
今宵、ここで何が起こってもそれは不思議ではない――

「んと」
 ふと時計を見ると、もう夜中の10時を差していた。
「いけない」
 それまで動いていたペンを休めて彼女は顔を上げた。
 もう教授は間違いなく帰っているだろう。
 ゼミ室といっても鍵をかけていかないといけない。
――あーあぁ、調子に乗って書いてたのになぁ
 由美子は急に我に返ったせいで、やる気がなくなってしまった。
 今週中に提出しなければならない、古典文学に関するレポートである。
 モチベーションが低いと出来上がるものは大したことのない物になってしまう。
「ああ、やめやめ」
 筆記用具を鞄に放り込んで、レポート用紙をとんとんとそろえて机の中に入れる。
 どうせ、もう書く気力なんかなくなったのだ。
――そういえばこの間の子、何か言ってたよね
 芸術っていうのは共通する要素があるんだよ。
 僕は文章を書く時、どこからともなく電波が飛んでくるんだ。
 曲を作ってる友人なんか、いつも『電波待ち』だって言ってるよ。
――…そうかなぁ。もしそうなら電波、こないかなぁ
 コンパで知り合ったその他大学の青年は、あまり笑顔が似合う子じゃない。
 まだ少年のような雰囲気を残していて、どっちかというと好きなタイプではない。
 …はずだ。
 由美子は気がつくと携帯を握っていた。
――まってよ、確か電話番号は聞いてないよ
 ため息をつくと自嘲の笑みを浮かべ、彼女は再びそれをポケットに入れる。
 ふと耕一の顔が頭に浮かんで首を振る。
――何やってんだろう…私
 鍵を閉めてゼミ室をあとにする。
 こつこつと廊下を叩く靴音だけが響く。
 窓の外から、綺麗な満月が見える。
――今日は満月なんだ
 僅かに雲の欠片をまとって鈍色に輝く。
 その雫を全身に受けながら、彼の周囲には力が満ちていく。
「綺麗な月夜だ」
 少年は――いや、青年は呟いてため息を吐くようにして両腕を大きく広げる。
 頭から指先までちりちりと痺れるように電波が駆けめぐる。
 彼が両腕を降ろしてポケットに入れた時には恐ろしい量の電波が彼の周りを渦巻いていた。
――電波は、誰もが受信できるんだよ
 ただそれにはどれだけも才能がいる。
「普通の人間は、こんな世界に目も向けないからね」
 彼が覗き込む淵は闇。
 月の明かりすら届かない闇。
「昔から月には魔力があるとも言われているのよ」
 青年の後ろ側から声をかけたのは、少女の声。
 声に振り向こうとして、彼はため息をついた。
「…獲物が見つかったんだ」
「獲物って言わないの、祐介君。…その口調、あの刑事のでしょう」
 実は声の主が少女ではない事ぐらいは知っている。
 実際の年齢は判らない。
 何故なら、彼女は――吸血鬼だからだ。
「ルミラさん、エリアさんは?」
「んん、先発して敵を押さえてくれてるから。急がないと」
 振り向いて、祐介はにっと笑った。
「ええ、急ぎましょう」

 世界が黄昏に染まる前に。

http://WWW.Interq.Or.jp/mercury/wizard/index.htm