静寂(お題:雨) 投稿者:日々野 英次 投稿日:5月25日(木)21時53分
 雨。
 完全な無音ではない、優しい静寂。
 灰色のくすんだ静寂の中で、二人の人影が向かい合っている。
 無言。
 ただひたすらに打ち付ける冷たい雨が、二人の身体を冷やしていく。
 一人は驚いた――それも僅かに目を丸くした感じで澄まし顔。
 もう一人は――こちらは女性だが、逆に眉を顰めて咎めるような表情。
 追いかけさせた女に、追いかけてくれた男。
 男が必死になって口を動かしても、もう女性には届かない。
 いや、男の意志は必死でも、彼の奥底ではそれを認めようとしない何かがある。
 僅かに脈打つそれは――本性?

 にっこりわらいかけて
 ニヤリトクチモトヲユガメテ
 やさしいことばをつむいで
 ホンノウトヨクボウニミヲマカセテ

 本当なら追いかけて欲しくなどなかった。
 追いかけてくるなんて、女の子の気を引くようなまねをさせたくなかった。
 男の性格を熟知しているとは言い難かったが、女にはそれが気にかかった。
 優しい人。
 評判通り追いかけてきてくれた。
 冷たい雨の中抱きしめることすら忘れて。
 ただひたすら、
 驚きを隠さない表情を浮かべて。
 その表情が何に対する驚きなのか、女は考えた。
 いや、知っていた。
 何故?
 知り得ることはなかったはずだ。
 それに対する驚き?
 いや。
 女がそれを知っていたのは、学校中の噂だったから――曰く妹に狂っていると――。
 そうではない。
 男が、『何故こんなところでこんな女のために』という自問する時の顔だ。

 冷たい。
 雨が。
 頬を、
 つたって。



http://www.interq.or.jp/mercury/wizard/