かつて、伝説の舞台があったという。
観客を総立ちにし、感動の涙を流させたという。
高校の文化祭の、クラスの出し物でそれがあった奇跡。数年経った今も語り継がれ、目標にされてきた、そんな伝説──。
黒板に、配役が書かれている。
「議長」
手をあげて発言の許可を求める楓。
「柏木さん、どうぞ」
「いきなりクラスの出し物が劇に決まっているのはどうしてですか?」
「だって伝説の舞台の主役、柏木千鶴様の妹がこのクラスにいるから」
「いきなり演目が『雨月山の鬼』に決まっているのはどうしてですか?」
「伝説の舞台が『雨月山の鬼』だったから。ご当地物だし。セットも残ってるし。著作権フリーだし」
「いきなり役が全部決まっているのはどうしてですか?」
「わたしが演出だから」
「……いつ決まったのですか?」
「むしろわたし以外の誰が仕切れるのかをお訊きしたい」
「…………」
多分、何の根拠もないであろう議長ことクラス委員の言葉を聞いて、楓はいろんなことを諦めた。
始業のホームルームと一時間目の担任の授業を借りた、文化祭のクラスの出し物を決める会議──っぽいもの。
「えー、柏木さん以外に質問あるひとー」
クラスの半数くらいが挙手。
「安藤さん、どうぞ」
「あの、次郎衛門役が演出の人と同じなのはどうしてですか?」
「ヒロインが楓だから」
「…………」
発言者以外が考え込んだ為に生まれた空白。
「ヒロインが楓だから」
自信満々に繰り返す。
「……えーと、意味きいていい?」
「わたしが一番楓を愛してるから」
先と違う理由で生まれた空白。
「ちょっとまったーっ! あんたなに私を差し置いて一番とか言ってるのよ!」
「そーよ! ──てあんたもどさくさにまぎれてなに言ってんのっ!」
「わたしの楓にへんな色目つかわないでーっ!」
にわかに騒然とする教室の中、楓は一人静かに窓の外へ視線を向けた。
──このクラス、変。
心の中でつぶやく。
「──という訳で次郎衛門は実はいなかったということに決定しましたー……」
おざなりな拍手が起こる放課後の教室。会議は通常授業を潰して七時間続いていた。
「で、大幅に話が変わる点を、鬼は実は宇宙人だったという柏木さんのアイデアを取り入れて乗り切ることにします」
事実だし。楓は思う。
「脚本の手直しはわたしがやります。その際、取り入れるアイデアはみなさんの意見を鑑みた結果、以下の通りになりました。
かぐや姫は実は宇宙人。
キャトルミューティレーションで酪農家の人達が、ミステリーサークルで農家の人達が困って鬼退治することになった。
隆山三部作。
おれがあいつで、あいつがおれで。
土曜日の実験室。
さびしんぼう。
尾美としのり。
スターボーのデビューシングルは『ハートブレイク太陽族』。
清志郎意外と売れてる。
ケネス・アーノルド。
トーマス・F・マンテル大尉。
鬼で宇宙人だっちゃ。
カッパーフィールドは双子(一卵性)。
ピリ・レイスの地図。
死海文書。
竹内文書。
火星の人面岩。
鼻行類。
あばよ涙。
よろしく勇気。
雨月山はエリア51。
ロズウェル事件。
コティングレー妖精事件。
生麦事件。
マジェスティック12。
アブダクションされている。
インプラントされている。
宇宙人のペットはチュパカブラ。
チャンピオンの店。
スポーツチャンバラ。
鉄拳。
なかやまきんに君。
織田無道被告。
バカヤロー解散。
最後月に帰る。
でも月面着陸は嘘だった。
以上です──」
なんでこんなことになってしまったのか、楓には判らなかった。ていうかクラス全員、微妙な表情をしているし。
宇宙人と言い出した自分がいけないのだろうかと後悔もしたが、ミステリーサークルは決してスキーを履いて人間が作ったのではないと主張するクラスメイト、頑なにチュパカブラは背鰭で飛ぶと言い張るクラスメイト、カッパーフィールドは本当に瞬間移動しているんだと訴えるクラスメイト達を見ていて、自分は悪くないと思えるようになった。
ってゆーかビリ・レイスの地図の南極大陸は決して南米ではないと二十分に渡り演説する女子高生はどうだろう?
そういう意味も含めて、もう後戻りは出来ないところまできていた。
でもアレまとめて脚本にできる筈がないのだが。
そんな訳で後日クラスの出し物は適当な展示かなんかに変更されるだろうとみんなが思っていた。
意外とまとまるものだった。
文化祭当日。
あの柏木千鶴様も妹達を伴って観劇にいらした。
ご覧になった。
内容は、とても書けるものではなかった。
始末書は書かされた。
とりあえず、伝説にはなった。
楓は、しばらく家で孤立した。