月の光の元で 投稿者:柄打 投稿日:8月26日(土)07時17分
  ポン
  乾いた音を立てて、小瓶の口から色の付いた煙が立ち上りました。
  後は、このまま2時間月光に晒せば出来上がりです。

 ・・・・・・・・・・出来上がり・・・・・・・・・

『じゃあ先輩、ほれ薬作ってくれよ』

 	トクン
		カチャン

「!!」
  いけない。せっかくここまで出来た薬を零してしまうところでした。
今は薬を作ることに集中しなければ。
  私は、高鳴る胸の鼓動を沈めようと懸命になりながら、部室を後にしました。

  けれど、それは無理でした。

  むしろ、屋上に近づけば近づくほど、胸の高鳴りは強くなっていきます。

『えっ。それを誰に飲ませるのかって?』

	トクン、トクン

『先輩』
		『よ、先輩』
					『先輩、今暇か?』

  浩之さんの顔が、声が、仕草が、頭の中に次々と浮かんでは消えていきます。

	トクン、トクン、トクン

  私は、手にした小瓶を握りしめ、胸に強く押し当てます。
  この高鳴りも、薬に溶けてしまえとばかりに・・・・


  	ギィ・・・・・・・・・

  僅かに軋んだ音を立てて開いた屋上への扉から飛び込んできたのは、
夜露に湿った心地よい空気と

「・・・・・・・」

 音がしそうな月空でした。


「にゃあ」
 あら、クロネコさん。姿が見えないと思ったら、こんな所にいたのですね。
 クロネコさんを抱き上げようと屈み込んだ私を、フッと影が覆いました。
 誰か、居るのでしょうか?
 
 そして、視線を上げたその先に

「こんばんわ、お嬢ちゃん」

 その人は、

「まさか、この時代に御同業に会えるとはね」

真円を描く月を背負い、スラリと立っていました。

 一瞬、月の妖精が現れたのかと思いました。

  しなやかで、長い手足。
  結い上げられた髪は、月の光を束ねたかのよう。
 透き通るように白い肌は、そのまま月の光を照り返しそうなな程です。

  でも・・・
「ん?ああ、これね。ごめんごめん。えっと灰皿灰皿・・・・」
  私が顔をしかめたのに気づいたのでしょう。
  彼女は、くわえていた煙草を放すと、視線を辺りに彷徨わせました。
「って、有るわけないか。学校だもんね。それじゃ・・・・」

	!!

 彼女が右手を軽く一振りすると、手の中の煙草は小さな炎となり燃え尽きました。
「これで良し。っと、何驚いた顔してるの?言ったでしょ、御同業だって」

 魔女、メイフィア

 月の妖精は、悪戯を成功させた子供のように微笑みながら、そう名乗りました。


「ねえ、その手に持ってるの、ラブポーションでしょ」
 メイフィアさんは、手の中の小瓶を目敏く見付けるとそう聞いてきました。
 私は、いつものように黙って頷きました。
「やっぱり。でもその年で、そこまでのものが作れるなんて、大したモノね」
 まじまじと見つめられて、頬が上気してくるのが自分でも解りました。
「それに、かなり『色々』と溶け込んでいるわね、ソレ。
飲ませる相手に、よっぽど強い思い入れが有るのかな?」

	!!

 一瞬、体中の体温が、全て顔に集まってしまったのかと思いました。
 胸の高鳴りは今まで感じたことがないくらい強く、まるで
喉のすぐ後ろに心臓があるかのようです。

「あらま、可愛い反応」
 メイフィアさんの少し驚いた声が聞こえてきました。
「じゃあね、先輩から一言忠告」
 私の頭に乗せられた手が、少し乱暴気味に髪をかき混ぜました。
「いい、お嬢ちゃん」
 顔を上げた私の目の前に、満月を従えたメイフィアさんが居ます。
 気のせいか、月がさっきよりも大きく感じられます。
「魔法だけじゃ、本当にほしいモノは決して手に入らないわよ」
 まるで、幼子に言い聞かせるかのように、ゆっくりと、優しく言葉が紡ぎ出されます。

 ・・・魔法だけ、では?・・・・・

「そ。もし、貴女が本当に手に入れたいと思うなら」
 
 ・・・なら?

 私の問いに、メイフィアさんは悪戯っぽく笑い、

「傾向と対策を練りつつ準備を整えて、じっくり、焦らず時の運を見定めること」

人差し指を、ピンと伸ばし

「そうすれば」

 	 フニ

私の鼻を軽く押すと、

「後は貴女の度胸と愛嬌次第」

月光のような、とても優しい微笑みを浮かべ、

「頑張れ、芹香ちゃん」

そう、こたえてくれたのでした。