五月雨堂に雨が降る 投稿者:柄打 投稿日:5月31日(水)00時11分
 空気の中の水の匂いが僅かに強い。
 店の外が暗くなったのに気が付いて外に出てみれば、案の定だった。
 一雨くるな、これは。
 そう考えると、少し気分が重くなる。
 この空気は好きだし、雨も嫌いじゃない。しかし、厄介であることは事実だ。
 とりあえず溜息を一つ吐くと、店先の品物を店内に入れはじめることにした。

 店先の品を仕舞い終えるのと、空から大粒の雫が落ちてくるのはほとんど同時だった。
 先ほどとは違う安堵の溜息を吐く。
 アスファルトの地面に次々と黒い斑ができていく。
 すると、今度は埃が焦げるような匂いが鼻につく。
 どうも、派手な降りになりそうだ。
 そうなるともう一つの厄介事が出現する。
 もう一度、また違った意味を持つ溜息を吐くと、その厄介事の対処準備をするべく
店の中に戻っていった。

 店内は奇妙な静寂に満ちていた。
 騒音の中の静寂。
 予想通り勢いよく振り出した雨音が、そんな矛盾した静寂を作り出す。
 入口の向こうも雨のカーテンに閉ざされ、道向かいの店でさえぼんやりとしか見えない。
 グレイトーンの、無音映画のような世界。
 唯一訪れる変化といえば、遠くでなる雷の音と光のみ。
 まるで、雨に包まれ、時の流れから切り離されたような気分になる。

 がらにもなく感傷的な気分に陥った自分に苦笑する。
 一人が寂しいという年でもなかろうに。
 大体、店番といえば、かなり幼いころから、一人でやっていたことのほうが多い。
 なぜなら自由奔放な両親が、店番と留守番をほぼ同義として扱っていたため。
 そんな時に、こんな雨の日の一日や二日はあったはず。
 何を今更感傷にふけってるかな、俺。
 と、ここまで考えてから内心で首をひねる。
 どうにも、今日のような雨の日に店番をしていた記憶が出てこないのだ。

 少しマジになって思い出してみる。・・・・やはりダメ。
 しばらく真剣に悩んでいると、ある事実を思い出した。
 ああ、そうだ。そうだった。こんな雨の日は、夜までは帰ってこない両親の性格や、
客足が無くなるのをいいことに、さっさと店を閉めていたんだ。
 こんな風に、店番をしながら誰かを待っているっていうのも、ひょっとすれば初めての
経験かもしれない。
 ふと、悪戯心が沸き起こり、今日も同じように店を閉めてしまいたい衝動に駆られた。
 ・・・しかし、その後の惨状が簡単に想像できてしまい、即座に却下する。
 しかたなく、色々と初めての事が多い店番を、もうしばらく堪能することにした。
 ひょっとしたら、本当に今俺は、時間の流れから外れた別の所にいるのかもしれない。
ふと、そんな考えが頭をよぎった。

 不意に静寂が途切れた。
 ほとんど間を置かず、水たまりを蹴散らす足音や、車のエンジン音が聞こえてくる。
 入口の向こうに、見慣れた店も見える。
 見慣れた日常が、唐突に顔を覗かせる。
 でも、この日常は今までと同じ日常じゃない。
「も〜〜最っっ低!!何で着いたとたん晴れるかなぁ!?」
 その異なる部分が、店の扉を開けると同時に不満の声を上げる。
「こら!スフィー」
 俺は準備しておいたバスタオルを侵入者に向かって放り投げる。
「雨の中で遊ぶなって何度も言ってるだろう!」
「わっ!な、なにこれ!!」
 綺麗に顔に命中したバスタオル相手にジタバタともがくスフィー。
 これで21、いや今年で22か。だと言うのだから、とても信じられない。
「ぷはぁ・・べべ、別に遊んでたわけじゃないもん!けんたろが待ってるだろうなって
思ったから、雨の中わざわざ急いで帰ってきたんじゃない!」
 何とかタオルをはね除けると、手足をジタバタ振りながら抗議する。
「解った。解ったから、暴れるな。雫は飛ぶ!!
・・・取り敢えず体拭いたら風呂は入れ。沸かしてあるから」
「はーーーい」
 元気の良い返事と共に、バスタオルをマントの様にたなびかせながら
俺の脇を駆け抜けていく。
「ちゃんと暖まるんだぞ。お前はただでさえ腹出して寝てるんだから」
「な、ななな何でけんたろが知ってるの!?
ああ!!やっぱりお腹に落書きしたのけんたろーだなー!!」
「さて?俺には何の事やら・・・って痛い!痛いって。こら、ばか、止めろスフィー」
 真っ赤になりながらバスタオルを振り回すスフィー。
 笑いながら逃げ回る俺。

 とりあえず俺は、この日常が大好きだ。