あかりと『お弁当』 投稿者:第3接触 投稿日:10月28日(土)03時00分
 桜の花もとうに散り、葉の緑がしたたる時節、オレとあかりは暖かな陽射しに誘われて屋上に上がった。
 あかりの弁当を食べるためだ。

 がつがつがつ………ごっくん
「ごっそさん!」
「おそまつさま。はい、お茶」
「サンキュ」

 お茶をずずーとひとすすり。
 は〜、食った食った。余は満足じゃ。
 今日も美味かったなあ、あかりの弁当。
 しかもまさにオレのために作られたとしか言えない内容だ。
 注文のつけようがない。
 あかりめ、また腕をあげたな。

 ふぁあぁ〜〜〜。
 美味いメシで腹を満たし、うららかな春の陽射しを浴びて、あくびするオレ。
 あ〜、ねみい。
 伸びをしながら雲がゆっくり流れる春の青空を見上げる。
 今日はいい天気だなあ。
 こんな日は外で弁当に限るな。

 そういや、いつ以来だったかな、あかりの弁当食うの。
 確か一年の終わりごろにもここで食ったっけ。
 あんときはまだあかりは…。

 オレは少しとろんとした目で、まだ弁当を食っているあかりの方を見る。
 春の風にあかりの赤みがかった髪がさらりと流れ、黄色いリボンが揺れている。
 ようやく見慣れてきた光景。
 一月前にここでメシを食ったときはあかりはいつものおさげだった。

 あれは春の椿事だった。
 あの日、あかりが髪型を変えたとき、オレの中の『あかり』も姿を変えた。
 『妹』から意識する『異性』へ。
 確かに変わった…が、それはたなびく春の霞のように朧なものであった。
 まるで別人のようだったあかりが、言葉を交わし、その仕種を見て、ようやくわかった。
 あかりはあかりだ、と。
 そんな当たり前の事に気付くまでかなりどぎまぎしていたっけ。

 その後に弁当を食ったのは、近所の城山公園で二人で花見をしたときか。
 あのときは終始あかりを意識していた。
 やはり髪型の変わったあかりが別人のように感じたからだ。
 だがそれ以上に、ライトの光を浴びた夜桜が、舞い散る花吹雪が、幻想的な空間を作っていたことが大きい。
 …と思う。
 しかし、夜の装いをした桜は本当に息を呑むほど綺麗だった。
 桜は桜、昼見る桜と同じはずなのに…。

 そして今オレの横で弁当を食うあかりは…。
 葵ちゃんや琴音ちゃんに『あかりと付き合っているのか?』と聞かれ、オレはそんなもんだと認めた。
 矢島の告白を止めたとき、あかりは決して譲れないものだとわかった。
 だけど、オレ達は…。
 そんな風にぼーっと考えていると。


「ふふ、浩之ちゃん、『お弁当』ついてるよ」
「はっ?」
 意識の外からあかりの声が聞こえてきて、あかりの手がオレの頬に触れたことに気付く。
 正確には頬についていた飯粒に。
 あかりはそれをつまみ何の気もなしに自分の口に入れる。

「お、おい!」
「えっ、あっ!」
 自分がしたことを理解して、途端に耳まで真っ赤に染まるあかり。
 なんて恥ずかしいヤツなんだ、あかりぃ。
 それに照れんなら最初からすんなよなあ。
 眠気がふっとんだぜ。
 …ん、あっ!

「…あかりは『お弁当』なんだ」
「浩之ちゃん?」
「そうだそうだ、うん」
「?」
 俺は一人で納得する。
 
「浩之ちゃん…、あ、まだついてるよ、ご飯粒」
「ん、………あかり、取ってくれ」
「え、う、うん」
 さっきオレに怒鳴られたから、何で?という顔をしたが、それでもそっと腕を伸ばしてくる。

「手を使うな」
「えっ?」
「手を使わずに取れ」
「えっ!? えっ!?」
「…早くしろ」
「う、うん」

 オレが変なモードに突入したのに気付いたんだろう、あかりはおずおずと…顔を近づける。
 ベンチに置いた手に体重を乗せ、上半身、さらに首だけを伸ばすように顔を寄せる。
 あかりに横面を見せて正面を向くオレにも、あかりが変に緊張しているのが伝わる。
 耳元に少し荒い鼻息がかかる。
 頬のあたりに生温かいものが近づいて来るのがわかる。
 舌を伸ばしてきたのか。
 それがオレの頬に触れる…。

「バ〜カ!」
「あっ!」
 オレがさっと身をかわすと、あかりはがくっと姿勢を崩す。
 舌噛まなかったろうな?
「う〜、ひどいよお、浩之ちゃん」
 よし、大丈夫だな。それにしても…。
「おまえって、本当犬チックだな、あかりぃ」
「うう〜」
 ご主人様の顔を舐めようとする犬そのもののあかり。
 言われたからってするかぁ、普通。…すると思ったけど。
 とにかく恥ずかしいヤツだ。
 そして『味』のあるヤツ。


 あかりは、本当に、
 いつの間にか、すぐ側にくっ付いていて、
 あんまり近すぎて、よく見えてなくて、
 人から言われてようやく気付いて、
 気付いてしまうと妙に気になる、恥ずかしいヤツ、
 そんな『お弁当』だ。

 そしてオレに一番しっくりする『味』の『お弁当』だ。
 今のところはな。

 オレは頬についた『お弁当』に触る。
 この恥ずかしいヤツはどうするか?

 ──やっぱり、取って、食っちまうか──

 オレは少し考えた後、『お弁当』を取らずに手を下ろす。


 キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン…
 予鈴のチャイムが鳴る。

「よし、教室に戻るぞ、あかり」
「あ、ちょっと待って、浩之ちゃん。それに、まだ『お弁当』ついてるよ」
「ああ、いい、いい」
 急いで弁当箱を片付けているあかりに背を向け、オレはゆっくりと出口の方に向かう。


 …『お弁当』はまだ取って食うときじゃない。
 気になるからと、ちょっとつまんで食うにはこの『味』は勿体無い。
 だから、しばらく『お弁当』はキープだ。
 そう言うわけだ、あかり。
 もう少し、この『お弁当』をつけたままの間抜けな顔を見ててくれ。
 大事なモノの見えないオレにふさわしい顔を。


 タッタッタッタッ!
「浩之ちゃ〜ん、待ってえ!」
 だから、大声で『浩之ちゃん』と呼ぶな! 『ちゃん』付けで!
 恥ずかしいヤツめ!
 逃げたりはしねえよ。

「一緒に戻ろう、浩之ちゃん」
「ああ。……あかり」
「ん?」
「…また、弁当作ってくれよな」
 ちゃんとした礼も、美味かったの一言も言えなかったけど…。
「うん!」
 あかりは、春の陽のもと、あの夜の桜よりも映える笑みを咲かせた。


 『お弁当』を食うときは近い。

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 どうも、第3接触です。
 遅ればせながら、競作(お題:弁当)に参加です。
 ほっぺに付いた飯粒などを『お弁当』と言うことから書いてみました。
 最初はいちゃいちゃした話を考えていたんですが、なぜかこうなりました。

「はい、あ〜ん」
「あ〜ん、ぱく。うう〜ん、美味いなあ、琴音ちゃんの作ってくれた弁当は」
「フフ、ありがとうございます。…あっ、ほっぺに『お弁当』がついてます。取ってあげますね」
 チュッ
 ! く、口で直接っスか! 感激っス! 嬉しいっス! オレ、オレ…
「デザートは琴音ちゃんっス〜〜!!」
「ああ、こんな所で、駄目ですぅ、藤田さ〜ん!(ウフ)」

 ↑こんなの。不思議です。 
 次はことわざか、間に合うかな。
 ではこれで。