車にひかれて… 投稿者:第3接触 投稿日:9月25日(月)03時37分
 カッカッカッカッカッカッ…
 深夜の病院。薄暗い廊下に硬い靴音が谺する。

 ハッハッハッハッハッハッ…
 息が弾む。
 それでも足は止まらない、止められない。
 早く、早く、もっと早く。

「あかり〜〜、待ってえ〜〜!」
 後ろから私を呼ぶ声がする。段々と遠ざかる。
 足を緩めるわけにはいかない。
 まだ、もうすぐ、浩之ちゃん…。

 ハアハアハアハアハアハア…
 ここか…。
 治療室の札のかかった部屋の前に来てようやく一息つく。
 この中に浩之ちゃんが…でも…。

 ピーポー、ピーポー、ピーポー…
 遠くから救急車の音が聞こえ、段々と大きくなる。
 静かな病棟の一角で慌しく人が立ち回る声がする。
 何かあったのかな、そう何か……。


『あかり〜、大変よお! ヒロが、ヒロがトラックにひかれて…それで事故って病院に……あかり、聞いてるう!?』


 夜もみな寝静まる頃、志保から電話があった。
 浩之ちゃんの事故を告げる一報が。
 たまたま夜遊びの帰りに浩之ちゃんたちを目撃して尾行けていたら事故に遭遇したと言う。
 志保が一方的に喚くのを半ば意識の外で聞き、取る物も取り敢えず駆け出した。
 気が動転していた私がここにたどり着けたのも不思議なくらいだ。
 病院の前で待っていた志保に声もかけず中に入り、追ってくる志保の言うままにここにたどり着いた。
 早く、部屋の中へ……でも…怖い。

「もう、あかり〜、早すぎよお! …大丈夫、顔色悪いよ?」
「う、うん、大丈夫」
「あかり、あんたがそんなんじゃヒロが逆に滅入るよ」
「うん…」
 窓から差し込む回転灯の灯が志保の顔を紅く染めている。
 私はどんな色をしているのだろう。
 寒い。
 噴出した汗が全身を濡らし、髪の毛や服がべったりと絡みつく。
 膝を押さえるように屈んで、寒々とした廊下の床に映る姿を見て、ようやく自分が震えていることに気がつく。
 あんなに熱かった体が今は冷たく重い。
 小刻みに弾んでいた息は今は大きく喘いでいる。
 確かにこれでは誰が病人なんだか…。
 それでもと意を決し扉に手をかける。
 震える手ではうまくノブを握れない。
 そっと志保の手が私の手に重なる。
 冷たい私の手にぬくもりが伝わる。
 張り詰めていた気が少し緩み、震えも収まりノブを握る手に力がこもる。
 もう大丈夫。
「…いい?」
「…うん」
 そして私は扉を押し開け部屋の中に飛び込んだ。
 浩之ちゃん…!



「よお、あかり」
 そこには足首に包帯を巻いただけの浩之ちゃんが椅子に座っていた。


「…なあ、もう泣くなよ、あかり」
「だって、だってえ、私心配で、不安で……怖かったんだからあ!」
「あかり…」
 浩之ちゃんが優しく頭を撫でてくれる。
 浩之ちゃんの鼓動が聞こえる。
 浩之ちゃんのぬくもりが伝わる。
 浩之ちゃん、浩之ちゃん、浩之ちゃん…。

 部屋に入って元気な浩之ちゃんを見て、張り詰めていたものが切れた私はその場にへたり込んでしまった。
 その私に足を引きずりながらも駆け寄る浩之ちゃん。
 その胸に抱かれてあふれ出す涙を止められない私。
 そんな私たちを優しく見つめる志保。
 苦笑ながらも微笑むお医者さん、看護婦さん、レミィ。…レミィ?

「Foo、日本語の乱れはワタシが思っているより深刻でした」
「もう、レミィ、それはもういいジャン」
「No! 『光れて』ではなく『光られて』です。『ら抜き言葉』は日本を滅ぼします!」
「滅ばねえって。いいじゃねえか、車には轢かれなかったけどライトに目が眩んだところを自転車避けられなくて、足を
轢かれたのは事実なんだからよ」
「ウン、そうだったネ。わかったヨ、ヒロユキ」
「ヒロの言うことには素直なんだからあ。あかり、ごめんね紛らわしい言い方して」
「ううん、私は浩之ちゃんが無事ならそれだけで…」
「あかり…」

 浩之ちゃんがぎゅっと強く私を抱きしめる。
 志保の目にきらりと光るものが見える。
 レミィがやれやれとオーバーなアクションを取る。
 治療室の中が温かい空気に包まれる。
 ここには、『光られて』ってなんじゃい、普通は『照らされて』とか言うじゃろうが、と言うような野暮な突込みを吐
く者はいなかった。

「…ところで、浩之ちゃん」
「ん?」
 私は胸から頭を上げ浩之ちゃんの顔を見つめる。
 安堵から歓喜に変わった涙はもう止まっている。
 口元にかすかに笑みを浮かべて…。


「何でこんな時間にレミィと一緒にいたの?」
 空気が凍る。


「え〜、ああ、なんだっけかな、レミィ」
「Oh、ワタ〜シ日本語ワカリマセ〜ン」
「ず、ずりい」
「やった! やっと修羅場ね!」
「お、おい、待て! あか…」

 ピカッ!!

 謎のフラッシュに浩之の顔は光れて、いや光られて…

「て、天…!?」


 救急病院のICUは今夜も大忙しだったそうな。

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 どうも第3接触です。
 今回は九月イベント(お題:〜にひかれて)の投稿です。
 おそらく誰も使わない(気付かない)『光れて』を選んでみました。
 『ひかれて』で変換したら(IME2000)、これだけが浮いてるんですよね。
 で、明らかに『ら抜き言葉』なのでレミィを出して書いたらこうなりました。
 まあ。今回はこんなもので。