ナツノヨニサクハナ 投稿者:第3接触 投稿日:7月15日(土)02時51分
 みーん みんみん みーーん みーん みんみーーーん みーんみーーん
 みーん みんみん みーーん みーん みんみーーーん みーんみーーん
 みーん みんみん みーーん みーん みんみーーーん みーんみーーん……

 身も心もうだるような夏の盛り、一夏の生を全うせんと自己を主張する蝉たち。
 日中町を炙っていた陽が西の山の稜線に触れ山を紅く焼き、空がだんだんと黒く焦げていっても
この命のライブは終わらなかった。
 昨日までは。

 どーーん!
 和太鼓の音が辺りを包み、蝉たちの絶叫は止む。
 ──祭が始まった。


 雑踏、喧騒、太鼓と笛─祭囃子。
 普段は閑静な住宅街も今日はその顔を変える。
 色とりどりの浴衣に身を包み、下駄を鳴らし、祭の庭に集まる人、人、人。
 屋台の前では子供が手にした食べ物にかぶりつき、
 水を張ったたらいの前では連れの女のために男は浴衣の袖を捲り上げ金魚に挑みかかる。
 アセチレン灯の下どこに付けていくのでもないアクセサリーを女はねだり、
 慣れぬ下駄の緒が指のまたを擦る痛みを気にしながら男は財布を取り出す。
 人込みを避けた場所では男は眠る子を背に負い傍らの女と初めてここに来た時のことを語り合う。
 手と手をつなぎ、肩車をし、また両手いっぱいに食べ物を持って踊りの場へ向かう。
 そこでは太鼓櫓を囲んで頭の上からの囃子に合わせるように子供も大人も、男も女も手足を振り回し、
一連の動きを繰り返し、周りを見て真似するように─踊っている。
 そこそこに笑顔があった。
 
 もちろん笑顔だけがあったわけではない。
 手にしていた食べ物を体ごと地面にぶちまけて子供が泣いた。
 あと少しのところで金魚が濡れた紙を破って逃げて男は怒った。
 何度も腕時計を見つめ待ち人の名をつぶやき女は顔を曇らす。
 肩が触れ合ったというだけのことで男たちは睨みあう。
 だがそれも…。

 ヒュ〜〜〜〜…、ドーーン!!

 轟音が地を震わせ、空に大輪の華が咲く。
 いつしか黒天に小さくも燦然と輝いていた星々もその姿を隠さざるをえない。
 祭の華、花火だ。
 様々な色と形の華が空に咲き乱れ、地の人々の身に着けた華を圧倒する。
 みな動きを止め夜空に吸い込まれるように空を見上げる。
 子供はポーと口を開けたままで、男は玉屋鍵屋と合の手を入れ、女はただじっと見上げている。
 その顔はもう泣いても怒ってもいなかった。





 ──オマツリ……ハジマッタンダ
 太鼓の音が祭りの始まりの合図なら、花火は祭の終りを意味する。
 少女は灯りの点いていない部屋で壁を背にし座っていた。
 窓の外から届いていた祭囃子はすでに止み、窓を震わす轟音と部屋を一瞬一瞬照らす光があった。

 ドーーン!!
 赤、青、緑─三原色が部屋の中を錯綜する。
 闇の中部屋中に散乱した下着の中に佇む少女の姿が浮かび上がる。
 スーっと少女は立ち上がり窓に近づき錠を外し開ける。
 陽は落ちたといえ未だ熱気をはらんだ風が入り込む。
 冷房もいれず閉めきっていた部屋ではそれも心地よい。
 引き千切られた制服の胸元が風に靡く。

 ドーーン!!
 開けた空の向こうから楕円に歪む大輪の華が目に飛び込む。
 しかし少女のどこか定まらぬ瞳はそれを映していなかった。
 そしてその顔は泣いても怒っても──笑ってもいなかった。
 
 ドーーン!!
 顔を赤に青に染めながら顔色は変わらない。
 目の下に雫の乾いた跡を残し、瞳はただ虚空を見つめる。

 ドーーン!!
 ──クスクスクス
 やがてゆっくりと口元をわずかに歪め、目をうっすらと細め、あどけない童女のように──微笑む。
 瞳は虚空の闇と同じ色のままに。
 そして花火に背を向けるように扉の─部屋の入り口の方を向き、足元の影をたどるように歩き出す。 

 ドーーン!!
「瑠璃子…瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃
子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子瑠璃子」
 突然堰を切ったように少女の名前を何度も何度もつぶやく声が起こる。
 部屋の入り口近くで、窓に向かい両手で頭を抱えるようにして突っ伏している男から。
 あたかも花火のステンドグラスの前に立つ聖母像に許しを乞う罪人のようだ。
 聖母─少女は歩みを緩めず扉に向かう。
 床に伏す男には一瞥もくれない。
 いやその瞳は何も映していない。
 その耳には何の音も届いていない。

 ──オマツリダ
 ──ハナビガキレイデ
 ──マイトシタノシミニシテイルノ
 ──オニイチャントフタリデ
 ──コトシモイコウ
 ──…オニイチャン…

 ドーーン!!
 少女は男の横を素通りし扉を開け部屋の外に出る。
 肌にねっとりとまとわりつく熱気を引き連れるながら。
 半ば無意識に階段の灯りを点け階段をゆっくりと下りていく。
 遠ざかる跫を聞きながら男は全く動かない、呪詛のようなつぶやきは止まらない。

 ぶーーん… こん…
 階段の灯りに誘われたのか、少女と入れ替わるように一匹の蝉が窓から入って壁にぶつかる。
 そのまま逆さまに落ち脚を蠢かし起き上がろうとする。
 やがてそれを諦め鳴きだし始める。

 みーんみーんみーーーん みんみーーん みーんみんみーーーん みんみーーん
 みーんみーんみーーーん みんみーーん みーんみんみーーーん みんみーーん
 みーんみーんみーーーん みんみーーん みーんみんみーーーん みんみーーん

「…ルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコア
イシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイル
ルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイルルリコアイシテイル……」
 すでに絶叫に変わった男と蝉の二重奏。

 ドーーン!!
 ドーーン!!
 ドーーン!!
 いや外の花火との三重奏。
 百花咲き乱れる夏の夜に刹那のセイを謳い奏でる。

 ドーンドンドンドンドン…… ドォ〜〜〜ン!!
 ひとしきり連続して花火が上がり、一瞬の間の後ひときわ大きな華が空を埋め尽くす。
 トリの花火だ。
 熔ける直前の夕陽のように真っ赤な華は轟音の余韻とともに虚空に消えた。
 ──祭が終わった。


 みーん みーーん みっ じっ……
 そして何の前触れも無く急に、本当に急に蝉が鳴くことをやめた。
 脚も翅も動かすのをやめた。
 蝉の──夏が終わった。


「ル…リ…コ……アイシ…テ…イ…ル……」
 色も音も失った後、『扉』は開かれたままに、魂から搾り出されるような声だけが部屋に残った。

 
 


 ──…オニイチャン………ド…コ…?
 
 ──オマツリガ…ハジマッタヨ……

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 どうも第3接触です。
 七月イベントSS第二弾、『お題:夏祭り』のSSです。
 いや私、今までちょこちょこ書いてきたんですが全てToHeartだったことに気付き、今度は雫でやってみよ
うと思い書いてみたのですが…なんかこんなのになりました(笑)。
 確か夏の暑い日のことだったはずです、この事件は。だからOKだと思って書きました。
 これは『夏祭り』SSか、ということは皆さんにお任せします。
 まだ締め切りまで時間もありますし今度は痕で書いてみようと思います。
 間に合えば、ですが。