赤い首輪と歯形とハイキック 投稿者:第3接触 投稿日:7月2日(日)16時25分
「葵ちゃん、聞いてる?」
「えっ、うん、ちゃんと聞いてるよ、琴音ちゃん」
 いけないいけない、ボーとしてた。
 琴音ちゃんはちょっと訝しげに私を見ていたけど、納得したのか話を、また同じ話を始め出した。
「それでね、藤田さんたらひどいのよ、私の目の前で神岸先輩と仲良く……」

 ここは琴音ちゃんのおうち。
 私は同じクラブの藤田先輩を通じて仲良くなった琴音ちゃんの話を聞くともなく聞いていた。
 いやちゃんと聞かなければいけないとは思うのだけど、彼女の話はお付き合いしている藤田先輩との近況
やら愚痴やらお惚気やらで、しかもエンドレスかつオートリバースで、正直まじめに聞いていられない。
 あ〜、眠い。
 昨日は宿題がたくさん出てて寝るのが遅くなったんだよね。
 それでもクラブの練習はいつも通りしたし、う〜ん最近疲れが取れないなぁ。
 などと熱弁を振るう琴音ちゃんの横でどうでもいいことを考えていた。
「……藤田さ……一緒に…雨の……」
 琴音ちゃんの声がどこか遠くのほうから聞こえてくる。
 うつらうつらと項垂れ頭を振っても眠気が覚めない。
 ごめんね、琴音ちゃん、私もう…。

「…浩之さん…私の……膝枕が……」
 琴音ちゃんの声ってせせらぎの流れのよう…。

「…私を…舐めまく……びしょ…濡れ……」
 それとも水面を揺らすそよ風…。

「…首輪を…鎖……街中で…引きずり…ペット……」
 春の陽だまり…。

「…みんなの前で…足を……恥ずか…格好を…無理矢……」
 あれ、なんだか…。

「…浩之さん……女の人…誰でも……腰振って……」
 あ、いつの間にか“浩之さん”って呼んで…。

「…それで…頭を押さえ…後ろから……何度も……」 
 って、ちょっと待てい!!

 なんだか夢うつつで聞いていたからよく解らないけど、イ、イ、インビな感じの単語がちらほらと。
 私はがばっと跳ね起き琴音ちゃんの肩をつかんで私の方に振り向かせる。
 私に急に肩をつかまれ驚いた琴音ちゃんがバランスを崩す。
 その時琴音ちゃんの部屋着の襟元から肩がのぞいた。
 そこにはくっきりと…。
「歯、歯形が…!?」
 すると琴音ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「浩之さんが興奮して…咬んじゃうの…」

 ガ〜〜〜ン

 そ、そんな琴音ちゃん、私たちはまだ高校生なのよ。 
 つい最近、キスしたのよって耳まで真っ赤にして言ったばかりじゃない。
 なのにいつの間にそんな…しかもちょっとアブノーマルな感じで…。

 頭をふらふらさせながら考えていると、
「チースッ、お、葵ちゃんも来てたのか」
 と、藤田先輩が部屋に入ってきた。

 先輩…、最近腰が痛いなって言っていたのはそういう事だったのですか。
「それじゃあ、今日は3人ですっか。新しいコレをつけてよ」
 と、藤田先輩は真っ赤な首輪と銀色の鎖を取り出した。

「…先、先輩の……」
「ん、なんだい、葵ちゃん」
「先輩のぉケダモノォ〜〜〜〜〜!!」
「ぐわっ」

 ドンガラガッシャ〜ン

 右ハイキックが藤田先輩のこめかみを打ち抜いた。
 ただ、琴音ちゃんの部屋が2階にあってしかも階段のそばにあるのを忘れていた。
「ふ、藤田さ〜〜ん!」

 突然の惨状に琴音ちゃんは絶叫し、そのままその場に頽折れる。
 階下でキャンキャンとけたたましい鳴き声が響く。
 右足の甲に確かな手ごたえを感じながら私はなんだか夢の中にいるような…そんな気分だった。





「そういやそんなこともあったね」
「そんなことって、葵〜、あの時は救急車も呼んで大変だったじゃない」
「結局藤田さんは打ち身程度で、救急車で運ばれたのは目を回していた琴音だったじゃない」
「う、それはそうだけど。でもあの時は本当にびっくりしたんだから!」
「あは、ごめんごめん。でも琴音も悪いんだよ、[犬]のこと黙ってたんだから」
「え〜、だって恥ずかしかったんだもん。このコに“彼”と同じ名前を付けたなんて」
 ソファの傍らで丸まって寝ている犬の“浩之さん”の頭を撫でながら琴音は言った。
「“彼”を下の名前で呼ぶための練習用にね」
 私は“浩之さん”の背中をさすりながら意地悪げに言った。
「これじゃあ[間違え]ちゃうよ、先輩と犬と、ねえ“浩之さん”」
「もう、意地悪〜。でもあの時始めてそのことを言い出したのに葵がちゃんと聞いていなかったから」
「あれ、薮蛇だったか」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ウフフ」
「アハハ」
 私たちは互いの顔を見つめひとしきり笑いあった。

「…でも今となったら、いい[昔話]のひとつだよね」
「ほんと、このコがいてくれたおかげね」
 さっきよりもいとおしげに“浩之さん”の頭を撫でる。
 十年来の親友は優しい慈母の顔を浮かべている。

「…ねえ琴音」
「うん?」
「今、しあ……」
 私が言いかけたとき、“浩之さん”が急にすくっと立ち上がり、耳をひくひくと動かした。
「あっ、帰ってきた」
 そう言うか早いか琴音は玄関へダッシュする。
「こ、琴音、走っちゃあぶな…」
 私も慌てて立ち上がるが琴音はとっくに部屋を出ていた。
「ふ〜、もう走っちゃ駄目なのに、それにしても綾香さんよりも早いかも」
 私はソファに腰掛け直し、赤い首輪をした“浩之さん”の頭を抱き寄せる。
 かぷっと優しく肩口を噛む“浩之さん”。
「…幸せに決まっているよね、“浩之さん”…。あ〜〜、私もオトコが欲しい〜〜〜〜〜〜!!」





 ガチャ
「お帰りなさい、……パパ」

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 どうも第三接触です。
 前2作は締め切りぎりぎりだったので、今回は早めに仕上げました。
 お題は三題話[犬・間違い・昔話]です。
 AIAUSさん風にお題を[ ]でとじてみました。
 実はたまたまこの話とほぼ同じ物を書こうとしていたのですが、犬と間違いが見事に一致していたので
昔話の要素を入れたらあっという間に出来上がりました。
 次は夏祭り、今月いっぱい使っても完成させなければ。
 ではまた。