雨というものは、大地の水分や海水が蒸発し、上空で雲となった水蒸気が上空の気温で 結露、凝集した後に、雨粒自身の重さに耐えられなくなって落ちてきたものです。 その際に雨は、上空の粉塵や窒素酸化物、硫黄酸化物などを含み、人体にとって有害な ものとなります。 また雨に濡れることで体温が低下し、風邪や肺炎などの症状を誘発する恐れもあります。 以上のことから、健康を保つためにはなるべく雨に濡れないようにすることが必要です。 一方、私がマスターに情操教育という名目で見るよう勧められた複数の映画の中には、 登場人物が自発的意志で傘も差さず雨に濡れるというシーンを含むものがありました。 中には、雨を喜び踊っていると解釈できるものもあります。 また、歌の中にも「雨は冷たいけど濡れていたい」と言う歌詞のものがあり、これも 自発的意志で雨に濡れていることになります。 人体にとって有害な物質を含む、雨。 身体を冷やし、適切な処置をしないと肺炎等で命を落とす可能性もある、雨。 このように人間の方々にとって有害な雨を、人間の方々はなぜ好んでその身に浴びよ うとするのでしょうか? 私には理解できないことです。 しかし、好んで雨に濡れるという行動は現実に存在します。 先日もお嬢様が、傘も差さずにお庭にたたずんでいらしたので、傘をお持ちし部屋の中 に入るようお勧めしました。 お嬢様は、”濡れていたいからしばらく1人にして”とおっしゃり、私の勧めを拒絶さ れました。 しばらくして、部屋の中に戻っていらしたお嬢様はすぐにシャワーを浴びられ、幸いに して病気等になることはありませんでした。 また短時間ですので、有害な物質もシャワーで洗い流されたものと考えられます。 なぜお嬢様は雨に濡れていたかったのでしょうか? なぜ私の申し出を拒絶されたのでしょうか? お嬢様は雨がどれほど有害か存じていらっしゃるはずです。 授業で学習されたと、おっしゃっていました。 ではなぜお嬢様は雨に濡れていたかったのでしょう? 私の問いかけに、お嬢様は”そう言う気分の時もある”とおっしゃいました。 ”そう言う気分” この言葉は、雨に限らずお嬢様が理解不能の行動を起こされたときに使われる説明です。 私にはどのような状態なのか理解できません。 理解できないので、お嬢様の機嫌を損ねることが希にあります。 大抵すぐ後にお嬢様は謝罪の言葉を述べられるのですが、私にはなぜお嬢様の機嫌を 損ねたのか理解できません。 人間の方が、なぜ明らかにご自身に害である行動をとるのか、理解できません。 人間の方が、なぜ私にとって理解不能な行動をとるのか、私には理解できません。 その理解不能なことを理解できたなら、今まで以上にお嬢様のお役に立てる。 お嬢様の機嫌を損ねることなく、適切な行動がとれる。 そう判断しました。 ですが、私にはまだ理解できません。 いまだ理解できません。 そこで、雨に濡れてみることにしました。 着替えをあらかじめ用意した上で、傘を差さずに庭に出て、雨に濡れてみます。 強くもなく弱くもない勢いの雨。 しばらく立っていたら、髪も服も全て雨に濡れてしまいました。 でも、なんでこの様なことを進んでしたくなるのか、まだ理解できません。 理解できないので、そのまま立ち続けました。 数時間後、まだ理解できない私を、学校から帰っていらしたお嬢様が部屋の中に入れて 下さいました。 ”ちょっとセリオ、あんたなにやってんの”とお嬢様が叱責の言葉を連ねます。 私はなぜ傘を差さずにお庭に立っていたのか説明しました。 お嬢様は溜息をつきながら、”あんたって人は…… だからって外に立つことないじゃ ない? 身体に悪いわよ”、そうおっしゃいました。 そして、続けてこの様に申されました。 ”あのね、雨に濡れたい気分って言うのは理屈じゃないのよ。落ち込んだりしたときに ふと思ったりするの。それは雨に濡れてみたからってわかることじゃないわ”と。 どうやら、”雨に濡れてみればどうして濡れたくなるのかわかる”と言う私の想定は、 間違いだったようです。 やはり私には、有害な雨に自発的に濡れると言う行為が理解できません。 残念ながら、今の私には理解できません。 だから。 ”理解できないこと” 理解できるその時までは、そうしておくことにします。 私に理解できる日がくるのでしょうか?