雪の日の花 冬の空は、曇天の灰色から、日没後の漆黒に。 降り注ぐものは、鈍い陽光から、想い想いに舞い落ちる白い結晶の綿くずに。 いつのまにか、変わっていた。 隆山の冬は、雪にすべてが覆い尽くされる冬だ。 この公園でも、すべての遊具を白い幕が覆い、地べたの土色も、敷き詰めら れた白雪に隠され姿を消している。 そんなまっさらな雪の上に、点々と、たった一本の足跡がブランコへと続い ていた。 ブランコに腰掛ける少女の足元に。 柏木楓。 黒いハーフコート。赤いマフラー。 赤い毛糸の手袋で、ブランコの二本のロープを握り締めている。 雪に似合いの白い肌。 ただそこにあるだけで一幅の写真のような、整った面差し。 白で満ちた風景の中に、ひっそりと小さく咲いたような、可憐な姿だった。 髪の毛には、少し雪が積もりはじめている。 頬は寒さで赤く染まり、吐く息も白く煙って消える。 そんな冬の夜なのに。 柏木楓は、うつむいたまま、ブランコの上で、じっと動かなかった。 今日はまだ、家に帰れない気分だった。 理由? 理由はそう、楓の恋が、成就してしまったから、だった。 (…耕一さん) もう結ばれて半年近く経つのに、名前を呼ぶだけでまだ胸がぎゅっとうずく。 あの笑顔を思い浮かべるだけで、こころも身体も一瞬で支配されてしまう。 そんな恋。 しかも、尋常ではない因縁に縛られ、ふたりの生命さえも賭けざるを得なか った恋。 ──五百年の、恋。 それが成就した楓の心中は、言葉に表すまでもない。 震えるほど、恐いほどいま、楓は幸せだった。 そして、そう…… その幸せが少し……恐かった。 (ほんとうにこれでいいの?私は。幸せになっていいの?) なんとなく帰り辛い。家に、帰り辛い。 家には、楓の姉妹たちが優しく楓を待っている。 そう、みんなが、優しく待っているから……。 八年前、両親が死んだ時は、姉妹四人全員で泣いた。 半年前、それ以来両親代わりになっていっしょに暮らしてくれていた叔父が 死んだ時も、四人全員で、泣いた。 そして、柏木家のその喪失を、従兄弟の耕一がやって来て、また埋めてくれ て…… 今度は、自分だけが幸せになった。 そう考えて、また、楓の胸に鈍い痛みが走った。 夏休み、隆山に耕一が訪れてくれて復活した、柏木家の団欒。 事情から当初親しく接触できなかった自分はともかく、姉ふたりと妹は、本 当に甦ったように雰囲気の明るさを取り戻した。 両親でもないのに。叔父でもないのに。 耕一は、ただ自分たちの作ったご飯を食べてくれたり、居間でごろごろして いるだけで、冷え切った柏木家を自然に暖めてくれるほのぼのした空気を持っ た、そんな新たな存在だった。 やって来て三日と経たぬうちに、もう、耕一は自分たち柏木家にとってもな くてはならぬ存在、新しい家族だと、おそらく、姉妹の誰もがそう感じていた。 (でも私は、そんな人を……自分のものにしてしまった) きぃ… と、ブランコがきしんだ音をたてる。 結ばれた当初は幸せと感動で夢中になっていた楓も、いまは少しずつ胸をふ さぐようになっていた。 (耕一さんは、私たち全員にとって大切な存在なのに) (私だけじゃない。姉さんたちや初音だって、これまであんなに傷ついて、あ んなに懸命に生きてきたのに) 耕一の優先順位は、自分が一番だ。 電話も。デートで実際に会うのも。たぶん、こころも。 しかも姉妹たちは、それに対して嫉妬を見せるでもなく、不快感を示すでも なく、あくまで楓と耕一に優しかった。 せいぜい、仲がいいのをたまに冗談っぽくやっかまれるぐらいのことだ。 その優しさが、辛かった。 自分が幸せを味わうごとに、みんなにきっと我慢と負担を強いている。 みんなだって、耕一と時を過ごしたいはずなのに。 ……みんなだって、耕一が欲しいはずなのに。 いつのまにか、さくさくと雪面を渡る足音がしていた。 誰か見知らぬ人が公園を横切っているだけのことだ。楓は、顔を上げなかっ た。 日の落ちた公園の気温は、少しずつ下がってゆく。 吐く息は、くりかえし、くりかえし、目の前で白く咲いては消えてゆく。 でも、まだ楓は帰れない。 帰れない。 雪のように降り積もった、こころのわだかまりに足を掴まれて。 しかし。 足音が、急にぎゅっぎゅっぎゅっと走り出したかと思うと、ブランコに接近 をはじめた。 楓は、でも今度も、顔を上げなかった。 今度はその走り方で、誰だか楓にはすぐにわかったからだ。 「お姉ちゃん」 楓は、きゅっとロープを握り締めた。 「どうしたのお姉ちゃん。塾からの帰りがもう一時間近く遅れてるから、バス 停まで様子見に行こうと思ってたんだよ?」 足音の主──初音は、可愛らしいベージュのダッフルコートに、ぽわぽわの ファーが縁に付いた北方ヨーロッパっぽい最近お気に入りの茶色い帽子を被っ ていた。雪国の子だから防寒はしっかりしているものの、通り道、家から一番 近い公園で姉を発見したのは幸いだったろう。 「初音……」 楓が、初めて顔を上げて、優しく自分をみつめる初音を見返した。 初音はポケットから両手を出すと、暖かい厚手の手袋で楓の顔を触った。 「お姉ちゃん、ほっぺが真っ赤。こんなに寒いのに、こんなとこ居ちゃ駄目だ よう」 頬をこする初音の手の感触が、ぬくくて、心地よくて、楓は、ちょっと目を 閉じた。 「……ごめんなさい」 「ほんとに、どうしたの」 楓は答えない。また、うつむいてしまった。 「……。何か、……悩みごとでもあるの?」 「ううん」 「もしかして……耕一お兄ちゃんのこと?」 楓の目が、開いた。 「耕一お兄ちゃんのことでしょ」 違う、と否定しようと顔を上げたけれど、初音の表情を見て、楓はそれをや めた。 嘘をついても無駄だ、と、その表情を見て思ったからだ。 「……なんでそう思うの」 「最近、お姉ちゃん変だったもの。お兄ちゃんの話を、あんまりしなくなって。 私たちがお兄ちゃんの話を聞いても、あまり嬉しそうじゃなくなって」 (……そうか) 「耕一お兄ちゃんは相変わらず家に電話かけてくるし、その時は楓お姉ちゃん も楽しそうに話してる声が聞こえるし……お兄ちゃんとのケンカ、とかじゃな いよね」 「うん」 「もしかして、私たちに遠慮してるのかなって」 (……なんだか) なんだか、そこまで観察されて、見抜かれていた自分が、間抜けっぽかった。 初音は、ほんわかした優しい子だけど、鈍い子じゃないのだ。 「ごめんなさい」 楓は、妹の目をまっすぐみつめて言った。 もう、言ってしまうより、仕方がない。 「耕一さんは、私たちみんなの新しい家族なのに。いまは私だけ、みんなから 耕一さんを取っちゃった感じで。……ほんとうはそんなの嫌なの。すごく」 「お姉ちゃん……」 「でも、だからって言っても、いまみたいなお付き合いをやめて、前みたいに もなれないの。一度こうして付き合ってしまったら、幸せで、幸せで、何を引 き換えにしても耕一さんを手放したくない……。そんな風にも感じるの。そん な自分嫌だけど、自分でもどうしようもなくて。みんなも好きなのに。耕一さ んも好きだから。だから。だから。……」 初めてこころの中を吐き出し、鼻がツンと痛くなってきて、視界が滲んだ。 やっぱり、こういうことを初めて打ち明けてしまった相手は、初音だった。 初音はいつも優しい子だから、つい人をこうして無防備にしてしまうのだ。 「……」 「苦しいの……」 ぐすっ、と鼻が鳴った。 「お姉ちゃん」 目の前で泣き出した姉を見て、初音も少し辛そうだったけど、でも、ふっ… とその顔が和(やわ)らいだ。 すべてを承知しつつ、相手を暖かく包み込もうとするような笑顔。 初音は時々そういう顔をする。 こういう時、耕一が初音ちゃんの微笑みは天使の微笑みだ、なんて言うのが わかる気がする。 少なくともいまこの瞬間は、まるで自分の方が年下みたいだった。 「そんなの気にしなくていいのに。お兄ちゃんを取られたなんて、わたし、全 然思ってないよう」 「ありがとう、初音」 初音は優しいね、なんてふたりの関係でいまさら言葉に出すまでもない。 「でも、私、わかってるから。初音が、初めて自分にお兄ちゃんができた、っ て小学校の時どれだけ喜んでたか。耕一さんが来る度に、どんなに甘えたがっ てたか」 「……うん」 初音は素直にうなずいた。 「わたしね、ずっと耕一お兄ちゃんの妹になりたかったの。それは、いまもそ う。だから、わたしの夢は叶ったの。…かな?」 「?」 ちょっとわからない、という顔の楓。 「耕一お兄ちゃんと楓お姉ちゃんがこれからもずっといっしょなら、耕一お兄 ちゃんは、私たちとずっといっしょにいるってことだもの。“私たち”っての は、楓お姉ちゃんも入れて四人のことだよ?」 楓の頭の雪を払い落としながら、初音は言う。 「それは、わたしともいっしょに居てくれたら嬉しいけど、でも、“他の誰か と”じゃなくて家の楓お姉ちゃんと付き合ってるなら、耕一お兄ちゃんはわた しとも、ほんとの家族になってくれた、そんな気がするんだ。いつでも私たち 姉妹四人みんなといっしょなんだって」 「…初音はそう思うの」 「うん!」 ニコっと笑う。 「だから楓お姉ちゃんには、もっと耕一お兄ちゃんとお話して、会って欲しい な。それで、耕一お兄ちゃんのお話聞かせて欲しいの。叔父ちゃんが、そうし てたみたいに」 「…叔父さんがそうしてたみたいに」 彼女ら姉妹にとって、それは軽い言葉ではなかった。 「……うん。約束する」 「すっごく楽しかったよね、叔父ちゃんのする耕一お兄ちゃんの話! 小学校 の運動会で、汚して足りなくなったのに、障害物で最後の一枚のパンツも破っ ちゃって、そのまま一日じゅう走り回った“ノーパン運動会”の話とか! あ と、“ノーパン入学式”の話! このふたつが、さいこうに面白かったな〜」 楓もついクスッと笑いが込み上げる。 爆笑を呼びかつ息子への愛情もこもった叔父さんの座談は、名人芸だった。 「…初音は、耕一さんのノーパンの話が好きなのね」 「ち、違うよう。だって、お兄ちゃんの話、ノーパンの話多かったもの」 「うん。耕一さん、ノーパンの話、多かったね」 耕一本人もおぼえていないだろうから、これは耕一本人には言えない話。 さく、さく、さく…… 公園にもうひとつ、足音がし始めた。 今度は、初音といっしょに楓もそちらを見た。 短髪、黒いダウンジャケットにジーンズ姿。 柏木梓。 柏木家の次女、ふたりの姉だった。 「やっぱりね。バス停の様子を見に行ったにしては初音の帰りが遅いから、ふ たりでどっかで話し込んだりでもしてるんだろと思って、見に来たんだ」 ブランコまでたどりつくと、ダウンのポケットから取り出した暖かい手で、 梓は楓の頬をさすった。 「あ〜あ、ほっぺた真っ赤じゃないか。冷え切っちゃって、まあ」 「あ、お姉ちゃん、さっきのわたしと、同じことしてる」 「そっか、あはは……姉妹だからなのかねぇ」 梓はダウンの前を開くと、そのまま楓に頭からダウンを覆い被せてしまった。 「!」 「ほ〜ら、ぬくめ、ぬくめ」 「ね、姉さん……」 梓のダウンの下で、くぐもった声が聞こえる。 体温で暖まった梓のセーターの純毛の感触が、心地よかった。でも、 「ね、姉さん、苦しい……」 大きな柔らかい塊がふたつ、ぐにゅぐにゅと楓の頭の上で遊んでいる。 「苦しいか? こんなとこで阿呆なことしてたおしおきだよっ」 梓も、初音も、くすくす笑っていた。 ようやく解放されてぷはっ、と息を吐いた楓の頬は、もう、寒さからではな い健康的な紅色に染まっていた。 「自分が、耕一をあたしたちから取っちゃったんじゃないかとか、そんなこと 思ってひとりで悩んでるんだろ?」 「…………」 梓姉さんにも、筒抜けだった。 「気にすんなよ。そんなことで思い悩むなって。だ〜れもそんなこと思ってな いから! 楓が明るくなって、毎日楽しそうにしてればあたしたちだって嬉し いの! 特に、あたしたち年長組はさ」 「姉さん」 そんなに優しく言われるから、かえって胸が苦しくなった。 「でも、姉さんだって、耕一さんのことは……?」 言った瞬間、馬鹿なことを言った、と思っておもいきり後悔する。 付き合っている自分が言ったのでは、すごく失礼な言葉だ。 しかも、梓は乱暴に見えてとても優しい姉だ。本心なんか言わないに決まっ てる。 「うん。こうなったら、いっぺんだけはっきり言っちゃうか……」 だが、返ってきたのは予想しない言葉。 「あたしも、耕一のこと、けっこう好きだったよ。そう、異性としてさ。けど いいんだよ、もう」 胸が、どきどきし出した。姉さんが、これまで姉妹ではしなかったような話 をしているのだから。 「確かに初恋ぽかったかもしれないね。でも、耕一とは、男の兄弟みたいに気 兼ねしないで好きに言い合ったり馬鹿できる、ふだんの感じも、あたしは同じ ぐらい好きだったんだ。それに、あたしがあいつと付き合ってラブラブになっ てる状態なんて、イマイチ想像できないしさあ、あはは」 「あと、お姉ちゃんにはかおりさんもいるもんね」 「いない」 それには即答が、冷たい視線と共に初音に返ってきた。 「はうっ」 初音が脅える。 「……あとねえ、いつか耕一が楓をすっごく大事にしてくれてるのを見た時、 なんだとっても嬉しくて……、すごい幸せな気分になったんだ。だから、いい んだ。そりゃ最初は微妙〜に胸がむにゃっとしたこともあったけどさあ。いま はもう、そんなの全然ないよ」 片手にブランコのロープを掴みながらそう言う姉を、楓は一心にみつめた。 ここまで胸のうちをあけすけに語ってくれた人に、変な遠慮から来る言葉を 返すのは、かえってもう失礼だと思った。 「ありがとう、姉さん」 「遠慮しないで幸せになっちゃえよ。楓」 年に一回ぐらいなら、こんなスカしたこと言ったっていいだろ。 梓の顔は、そんな感じだった。 ざくっ。ざくっ。ざくっ。 三人目の、足音がした。 「………………誰?」 思わず梓がそう言ったのは、その格好を見てだ。 防寒着の上に防寒着を着重ね、ダルマのように着膨れた、その格好。 「千鶴お姉ちゃん!」 初音の声に応えて手を(注:毛糸の手袋二枚重ね)ぱたぱたと振ってみせた ので、ようやくみんなにもそれが千鶴だとわかった。 「みんな〜」 鼻近くまで被った毛糸の帽子をあげると、ようやく千鶴の顔が出て来た。 登山靴と、帽子の上のスキーゴーグルは、姉妹たちにも完全になぞだ。 「どこの南極に行くつもりなんだよ、千鶴姉……」 「だぁって、ちょっと風邪気味なのよ」 千鶴は、ちょっと恥ずかしそうに拗ねてみせた。 「あらあら、寒いのに、やっぱりこんなとこに居たのね……」 千鶴がポケットから両手を出して楓の頬を挟み込むと、三人は“やっぱり、 やった……”という顔をしてくすくす笑った。 「やっぱ、姉妹の血だね、こりゃ」 千鶴ひとりが“?”という顔をする。 「熱い。千鶴姉さんの手」 「そうそう。みんな凍えてると思って、買ってきたのよ」 千鶴は嬉しそうに、ポケットから熱いジュース缶を次々と取り出した。 おしるこドリンク。おしるこドリンク。おしるこドリンク。 「全っ部おしるこドリンクかよ……。さすが、千鶴姉センス……」 「あら、梓には別のを買って来たわよ」 そういって、はい、と笑顔で手渡したのは、おでんドリンクである。 「だあぁぁぁ〜〜っっ!! どっから見つけて来るんだよ、こんなモンッ!」 「ええっ? 家から普通にここまで来て、ただ途中みつけた自販機から買った だけよ?」 「変な新能力を発揮するんじゃないっ!」 くすくすくす、と楓が笑った。初音も。 「はぁ…。どう、お話は終わったの?」 何もかもを承知したような千鶴のその言葉に、楓ははっとなった。そして、 こくっとうなずいた。 「実は、家出る前に千鶴姉からああいう話になったんだよ。楓、耕一のことで 遠慮してるんじゃないかってさ。だから、楓と会ったらどんなこと話そうって、 あたしも最初から考えてたんだ」 梓がちょっと照れくさそうに言った、 「ね。楓。私たちに変な気がねなんてする必要ないの。むしろ、耕一さんが私 たちの知らない他の誰かとお付き合いするより、耕一さんがずっと身近になっ たんだもの」 「はい」 「自分ひとりのためにみんなを犠牲にしようなんてのも、駄目だけれども……。 みんなのために自分ひとりが犠牲になろうなんてのも、駄目よ……」 だが、楓は知っている。 そういう千鶴は、母親役としていつもみんなの犠牲になってきたのだ。 「千鶴姉さん。余計な心配かけてごめんなさい」 うなずく千鶴。 「ね。忘れないでいて。私たちは、いつでも楓の味方なんだから。楓が喜んで いる時が嬉しくて、楓が幸せになるのが願いなのよ。それは、楓の方でもそう なんだものね。私たちへ。今回みたいに」 今度は楓がうなずく。握ったおしるこドリンクに、両手を暖めてもらいなが ら。 「私たちは、血の繋がった家族。それは、生まれた時から死ぬまで変わらない わ。嬉しい時も、とても辛い時も、家族はいっしょ。これまでもそうだったで しょ? これからも、そう。だから心配しないで。私たちは、楓が耕一さんと 付き合おうが、何をしようが、」 千鶴は、優しく楓の手を取っていた。 「…決して、楓を嫌いになんかならない。他の人たちとは違うの。私たちが楓 を好きなのには、最初から理由なんかないの。あなたがあなただから、好きな のよ。楓が生まれた時からいつまでも、ずっと」 「そうだな」 「そうだよう」 梓が頭を撫でた。初音も手を引っぱった。 「……ありがとう、千鶴姉さん。ありがとう、梓姉さん。ありがとう、初音。 私も、みんなが、好き。……ありがとう」 自分の体温でぬくもるほど居続けた木の板の上から、ようやく、楓は立ち上 がっていた。 四人で公園を歩き出した。 無限の数の冬の生き物たちは、いまだ静かに降り積もり、大地を白く覆い尽 くし続けている。 けれど、そんな一面の雪景色の中で。 少女の胸の中にぬくもりが一輪、咲いた。