【葉鍵SS】『100万回殺すネコ』(「Kanon」keySS作品) 投稿者:初心者A 投稿日:7月10日(火)00時33分
「祐一〜聞いて聞いて〜」
「やだ」
「わっ、いきなり無気力だよ。引き籠もりだよ〜」
 日曜だというのに朝から騒がしいヤツだ。健全な男子なら昼まで寝ているのが当然だろうに(不健全な男性は8時半に起きてテレビを見ています)。
 ……待て。朝?
「祐一、起きてよ祐一〜」
「もう昼飯か?」
「え、違うよ」
「何? 夕方まで寝ちまったのか」
「どうしてそうなるの〜?」
 そうでなければこの女が活動しているわけがない。当然の帰納的結論だ。
「まだ朝だよ〜」
「さーて遅い昼飯食ってゲーセンにでも行ってくるかな」
「うー全然わたしの話聞いてないよ〜」
 拗ねているそいつの横に視線を通らせ後ろの壁掛け時計を見ると、確かにまだ短針は左側にある。というか左下。
「うおっ、名雪がこんな時間に起きてやがる。すげぇ! 奇跡だ! でも寝直す。じゃあな」
「わっ、酷いのと無関心なのと両方?」
 再び布団にくるまり直す俺を、名雪はしつこく揺さぶり続ける。いつもなら少しすげなくしてやれば諦めて出ていくのだが、今日に限っては翻意の兆しが見られない。秋子さんの匂いが感じられてちょっと蠱惑な布団の感触が徐々に薄らぎ、不愉快な振動のみが現実的に体を刺激し続ける。
「だぁー! もーうるせーっ!」
「起きてよ〜」
「わーった。起きてやるよ。で、何だ? 存命したくば手短に言え。制限時間3秒」
「え、早く言わないとわたし、どうなるの?」
「3・2・1、ぶー。それが末期の台詞か。冴えない人生だったな」
 きょとんとしている親戚の少女にデコピンを一発入れて、俺はベッドから立ち上がった。そして勢いよくカーテンを開ける。普通ならこういう場合晴れ渡った蒼天が広がり燕が飛び交い雀が鳴いて白鳥なんかが羽ばたいているものだが、窓枠の縁隅々まで広がっているのはどんよりとした暗雲だけだった。
「おいコラ。こんな早朝に起こしてコレは何だ?」
 俺は未だに額を押さえて蹲っている名雪に軽くチョップを入れた。
「うー、うー、酷いよ。祐一酷すぎるよ〜」
「じゃあお前、部活のない日曜の朝に無理矢理起こす奴がいたらどうする? しかも気が滅入るような曇天のつとめてに、だぞ」
「うー」
「殺すだろ? 睡眠依存症のお前なんか、特に、念入りに、血も凍るような方法で、確実に、じわじわと、苦しめながら」
「違うよー。わたし、そんなことしないもん」
「じゃあ来週からずっと朝6時にたたき起こして試してやろう。お前にとって早起きが三文の得か3000文の損か、身をもって思い知るが良い」
「……うー……」
 名雪は不本意ながら納得したようで、非難めいた視線をこっちに向けるのを止めた。……本当に扱いやすい奴。
「で、用があるんだろ」
 俺は自分から話を戻してやった。それほど興味があるわけではないしどうせつまらないのだろうが、他でもないこの常時爆睡女を早起きさせるほどの事だ。昼までの多少の時間つぶしにはなるだろう。
 こちらが受け入れ態勢を整えてやったことを知らせると、名雪は滅多に見られない全開の眼を向けてVサインを出す。
「ぱんぱかぱーん。ネコだよ〜」
「は?」
「だからぁ、わたし、ネコを飼うんだよ〜」
 数秒、お互いに動きを止めた。そして俺は、Vサイン笑顔のままで居る名雪の頭に再びチョップを叩き込んだ。
「わっ、何するの〜」
「アホかお前は!」
 言わずもがなアレルギーの事は本人が一番よく解っているはずだ。俺でさえ帰宅すると猫の毛が服に付いていないか気を付けてから家に入るほどで、最も酷い時期の花粉症に匹敵する。
「それなのにお前は懲りもせず……」
「ふふーん。大丈夫だよっ」
「何がだ」
「アレルギーの起こらないネコなんだよっ」
「そんな都合のいい猫がいるかっ!」
 俺に叱咤に怯みもせず、名雪は勝ち誇ったようにチッチッチッと指を振る。
「それがいたんだよ〜」
「とにかく止めろ。お前のためだぞ」
「もう遅いよ〜」
「まさか……」
「そうだよ。もうもらってきちゃったんだよ〜。ついさっき」
 それでコイツ、朝早くから……。猫への執着心が睡眠障害を克服しやがったってのか。
「だけどアレルギーは」
「気付いてないの祐一?」
 言われてみれば名雪はくしゃみ一つしていない。無理矢理我慢している気配はないし、目や鼻も健常だ。家の中に普通の猫が居るのならば、喩え気付かれず姿を隠していてもセンサーのごとく名雪が発症しているはずである。とすると、本当にアレルギーの起こらない猫がいたのか。
「むぅ……しかし動物を飼うとなると家主の……」
 俺はそこまで言って、後は考えるまでもないことを悟った。見も知らずの食い逃げ少女を同居させるような人が、猫の子一匹で苦い顔をするはずがない。おそらく結論まで一秒だ。
「お母さん?」
「あ、もういい。秋子さんならどうせ一発で“了承”だろ?」
「うーん、それがね、ちょっと激しい交渉があったんだよ」
「交渉って、そんなたいしたことでもあるまいに」
「わたしにとっては重大だよ〜。世界の半分を条件に魔王の手下になるかそれとも戦うか、ってくらい」
 お前なら、イチゴサンデーか昼寝か選べ、と言われても同じくらい悩むだろうが。それにしても珍しいこともあるものだ。あの秋子さんが了承を渋るなんて。
「でねでね、お母さんったら『あなたにはまだ早い』なんて言うんだよ。わたし、そりゃあもう必至になって説得したんだよ」
 なるほど。秋子さんも名雪のアレルギーを心配して飼うのを考え直させようとしたのか。確かに治っていないのだから、飼うのはまだ時期尚早だろう。
「でもわたし、頑張ったんだよ。どんどんどんぱふぱふ〜ぶいっ」
 なんかキャラクターが違ってるぞ、お前。まぁこいつの言ったとおりアレルギーの起きない猫ならば飼うに人的被害は皆無だ。後は柱とかで爪を研ぐなどの問題だが……。
「あ、それは大丈夫だよ。お母さんからマタタビ貰ってきてあるから。あとカツオブシも」
 マタタビは爪研ぎ用の板に塗りつけるんだな。そして教え込めば猫は家財には手を出さなくなる。カツオブシも同じくタンスを囓られないようにするためだ。さすがは秋子さん、用意周到だ。前世は、翼のある我が儘な貴人に仕えた女官辺りに違いない。とにかくこれで名雪が猫を飼える環境は全て整ったわけだ。夏に雪が降っているわけでもないのにこいつが早起きしていたのは、浮かれてじっとしていられなかったからであろう。
「でねでね、祐一にもネコをみせてあげる〜」
 というか見せたくて仕方がないようだ。ここはひとつわざと無関心を装ってやるのが俺のキャラクターであるが、これから先、顔を合わせるたびに同じ台詞を聞かされるのも鬱陶しい。
「じゃあ見せて貰おうか」
「うんっ」
 名雪はこのまま昇天しても一片の悔い無しって感じの笑顔で答えた。実際朝に猫とイチゴと睡眠を知ったのだから夕方には死んでも可なはずだ。名雪物語・完。
「まだ終わってないよ。早くわたしの部屋に行くよ〜」
「へえへえ」
 俺は渋々気味に体を引きずって自分の部屋を出た。前には、狭く短い廊下でスキップまでしている脳天気がいる。そこまでうれしいのかねぇ。
「んでその猫ってどんなだ? アレルギーにならないっていうと、毛の生えてないヤツか?」
「違うよ〜。そういう猫(スフィンクス種)もいるけど、貰ってきたのは結構長いよ」
「ほぉ。色は?」
「うーん、紫っぽいかな」
「コレットとかロシアンブルーか?」
「ううん、今まで聞いたこともない種でとっても珍しいんだよ。きっと祐一も初めて見るはずだよ〜」
 そんな貴重な猫をよく貰えたものだ。まぁ無料でくれる程度なのだから実際はどこにでもいるのだろう。里親にかわいがってもらうため、譲り主がする一種のリップサービスだ。これを本気にしてうれしがっているのだから、安上がりなヤツだ。
 さて目的の部屋の前に着いた。名雪はノブに手を掛けて一度こちらを向く。
「じゃあ開けるよ〜」
「ああ」
「あ、先に言っておくけど、祐一の部屋に持って行っちゃダメだよっ!」
「しねぇよ」
 コイツ、目が本気だ。イチゴサンデー食べているときに邪魔されるのと同じくらい。
「約束だよ」
「ああ」
「本当に本当だよ?」
「しつこいぞ」
「それではっ、お待たせしました〜っ」
 いや、そこまで期待はしていないが。とにかく開け広げられたドアをくぐって名雪の部屋に入った。
 ビクッ
 と、何か隅で震えている。背中を向けてはいるがちらちらとこちらを覗いては様子をうかがう。ははぁ、これが所謂『借りてきた猫』状態なのだな。聞いていたとおり、毛も長いし紫だ。
 そこへ名雪がすかさずすり寄る。
「良い子にしてましたか〜。怖くないですよ〜」
 そうか。宥めているんだな。
「あれはね〜祐一って言って、この家の同居人だよ〜」
 それにしてもでかいよなぁ。貰ってきたって言うから仔猫だと思っていたけど、もうかなり育っている。
「顔は怖いけど、ちょっとは優しいんだよ〜」
 余計なお世話だコラ。いやそんなことより、その……。
「じゃあ、あの人に挨拶しましょうね〜」
 名雪がその猫とやらを抱き起こしてこちらに連れてきた。挨拶ってそりゃ大事だが、何か根本的に……。
「はい。お名前言うんだよ〜」
「……こ、こんにちは。……ねこっちゃ……です……」
 ねこっちゃ……って……。
「……」
「……」
「祐一〜、相手が名前言ったら自分も言わないと礼儀知らずだと思われるよ」
「そういう問題じゃないだろうがぁっ!!」
 どこをどう見ても猫じゃない、っていうか人間そのものじゃねぇかっ!? しかも俺たちと同じか少し下くらいのセーラー服女子学生だ。
「おい名雪、この子のどこが猫だ!?」
「世界にはいろんなネコがいるよね〜」
「違うだろ!」
「何言ってるの祐一〜、狐が記憶喪失の女の子に化けて襲ってくるご時世だよ。人間に似たネコがいても全然不思議じゃないよ」
「それはそうだが」
 猫が人間に化けてくる話は結末がろくでもないのばかりだぞ。いや、そんな問題でもないんだってば。
「この子、念力少女ネコ(さいこきにゃんにゃん)って種類なんだって。めずらしいよね〜」
「そんなのいるかっ!」
「いるもん。ここに」
「じゃあ直接この子に聞いてやる」
 俺は“ねこっちゃ”と名乗る女の子に顔を向けた。その子は俺の視線から目を反らし、さらに警戒を強め震えている。あまり良好なインテークではないが、こういう娘は何か家庭の事情とかがあって家出しているに違いない。カウンセラーのように話を聞いてやれば何とかなるだろう。
「なあ君、名前はなんて言うんだ?」
「……ねこっちゃ……」
「いや、そうじゃなくて。大体、君は人間だろ」
「……違います。私は予知能力が使えるだけのどこにでもいるネコなんです……」
 いないだろ! 人間型した猫も予知能力使える猫も!! とツッコミ入れてやろうと思ったが止めた。それはあまりにもお約束過ぎる。
「だけどさぁ」
「……もういいです。私のことなんか放っておいてください……」
 うむー、手強い。かなり重度な現実逃避のようだ。ここまで自分の存在を否定するとはよほど酷い目に遭ってきたのだろうか。だがしかし、ここで退くわけにはいかない。
「祐一、目の前の事実を自分の狭い観念で否定するのは愚か者のすることだよ〜」
 くくっ、名雪の奴っ、似つかわしくない威圧なまでに知的な台詞をはきやがって! どこでそんな言い回し覚えやがった? とにかくこいつを頭に乗らせないためにもだっ。
「っていうか名雪っ、お前、何か間違っているとか思わないのか!?」
「え、何で? この子だって自分でネコだって言ってるよ〜」
「それ自体変だろが!」
 舞い上がっている名雪には、猫はしゃべれないとの常識すら認識できていないらしい。第一、姿形だって猫ではない。それなのに、この睡眠過多女は未だ夢と現実との区別が付いていないように、自分の願望と常識とを都合のいい方向で同一視していた。
「ほら、一緒に飼育道具も貰ってきたんだよ〜」
 どうせ砂トイレとか猫じゃらしだろう。まったく何考えてんだ、その譲り主って。
「違うよ〜。天狗さんのお面を二つも」
「は? 何で猫を飼うのにマスクなんて……?」
 確かに天狗の面だな。ん? でもどことなくおかしいぞ。面の両端に黒い皮ベルトが付いていて顎の下にもガーダーがあって……いや待て、これってもしかして……でもね……多分……きっと……ちょっと反り返っている角度がすっげー嫌ぁっ!
「これってどうやって使うのかな〜? こっちの鼻が大きくて太い方がお仕置き用で、小さい方がご褒美用なんだって。難しいよね〜」
 それでも俺のよりアレなんですけどっ!?
「ああ、きっと悪戯したらこれを顔に被って『こらっ』って怒るんだよね」
 あの……それって付ける場所は顔じゃなくて……。
「でも〜内側にも突起があって付けられないよ。どうすればいいのかな〜。こう?」
「こらぁッ名雪、そんなモン、頭に被るんじゃねぇっ!」
「え〜それじゃあ祐一知ってるの?」
 知ってます。知ってますよ……多分。
「どうやって付けるの?」
「言えるかーーっ!!」
「祐一、ケチだよ〜。いいもん、お母さんに聞いてくるから」
「聞くんじゃねぇっ!」
 俺は名雪の手から危険物をもぎ取って窓を開けた。そこから力一杯この不燃ゴミを……ダメだ。こんなものが水瀬家の周辺で見つかったらご近所ママさんのいいワイドショーネタにされちまう。
「祐一〜返してよ〜」
「却下だっ! 没収!」
「何でよ〜? わたしとネコの間を邪魔するなんて、シナリオライターにだって許される事じゃないんだよ?」
「お前のためだっつーの! 詳しくはよい子の教育のため言えんがっ!」
「酷いよ〜。横暴だよ〜。定価505円の単行本にストラップ付けただけの初回限定版を1200円で売るくらい外道だよ〜」
 なんだとコラ。そこまで言うかっ。いいだろう、こうなったら貴様のその妄想を破壊し、絶望に滅入る今日一日をプレゼントしてやるぜ。白日夢に生きている時が幸せだったと後日談で語らせてな!
「じゃあ聞くがな、この子が人間じゃなく猫だって言う人が他にいるか?」
「いるもん」
「ほら居ないだろ? つまりお前一人が勝手に……って、え?」
「いるよ〜」
 は? 居る? 居やがりますのですか?
「香里だよ〜」
 ……あのアマ。そーゆー……
「おい、まさかその子を貰ったのって……」
「うん、香里からだよ」
 やっぱりそうかよ。まったく冗談にしては度が……いや待て、いくら名雪がイチゴと猫とほんのちょっとのけろぴーで生きているボケちんだからって、ここまでだとはあいつも思ってはいなかったのだろう。おそらくは「何よ〜わたしだって猫と人間の区別くらいつくもん」「あら、あんたのことだから“ねこ”って文字が入れば姉小路さんでも船漕ぎいいかと思ったわ」「酷いよ〜。そんなこと言う香里、絶交だよ〜」「いいわよ。授業中の居眠りを起こしてくれる人が他にいればね」「うー……」「冗談よ」とかなんとかたわいもない会話がたゆたって、えいえんの世界とは無縁な現実的日常が続く、世の中全て事もない放課後の時間つぶしをしていただけなのだろう。
「香里も実はネコを飼っているんだって。わたし知らなかったよ〜。美坂ネコ狩り隊ってのを組織していて、この前は山奥の温泉地に遠征にも出かけたらしいよ。温泉ネコいいなー。いいなー。いいなー。でも香里も冷たいよね。そんなイベントをするならわたしも連れて行って欲しかったのに」
「いやあのな、多分の香里の奴もギャグのつもりで言ったのが、お前があまりにノリが良すぎたんで悪ふざけしただけだと思うぞ」
 温泉だなんて美坂家の家族旅行か何かに決まっているだろうが。まったくそんな冗談を真に受けるなっつーの。
「まーなんだ、お前もそろそろ香里の冗談に気付いた頃だろう。いいかげんその子を帰してやれ。多分あいつの親戚かなんかで、美坂ん家に遊びに来ているだけだろうから」
「ねこっちゃちゃーん、それでは一緒に遊びましょうね〜」
 聞いてねぇし。名雪の奴、俺のことさっさと無視してその女の子の相手をすることに決めたらしい。それとも、香里にからかわれていることにやっと気付いたが体裁が悪くて意固地になっているのか?
「じゃあこれ〜。お母さんに貰ったマタタビだよ〜」
 枕の下に隠してあった何かを取り出そうとしてやがる。全然懲りてねぇ。
「そんなモンをマジにやるなよ」
「え、何で? ネコっていえばマタタビかカツオブシだよ? 小判じゃないよ」
「じゃなくて、人間にやっても仕方ねぇだろが」
 小判っつーかお小遣いなら喜ぶかも知れないが……前2品じゃあいくらその自称ねこっちゃでも気を悪くするぞ。
「そんなことないもん。ほら、この子だって見せただけで喜んでるよ〜」
「アホかお前、単に目を潤ませてモジモジしているだけ……って……」
 さらに頬が桜色に染まって、息を荒くして、小刻みに震えてる。その視線の先には名雪の手があって、名雪の手のひらには……。
 ぶぃぃぃーーん
 ウズラ卵大のピンク色の小物体がモーター音を発していますですよ、名雪のお姉さん!?
「さすがはお母さんの用意した電動マタタビだよね〜。効果覿面だよ」
「そんなものあるかーっ!」
「わ、祐一まだ現実を認めてないの? じゃあ次はこっちの電動カツオブシを見せてみるよ〜」
 うぃーんうぃーん
「もういい! 音を聞いただけで何となく分かる!」
「祐一もよく知ってるんだ。じゃあマタタビをどこにすりつけたらいいのか教えてよ。それからカツオブシの食べさせかたもだよ〜」
 が、がお……マジで聞いてんのか貴様ーっ! っていうか真面目に本気だぞコイツ。ねこっちゃは身悶えして呼吸を乱し物欲しそうな視線をぐいぐい送ってきているしー! 祐一ちんぴーんち!
「ちょっと待て! これ本当に秋子さんから貰ったのかよ!?」
「うん」
「本当に本当か?」
「しつこいよ祐一〜」
「だってお前、これは……」
「お母さん、昔、ネコを飼っていたことがあるんだって。だから飼育の仕方もよく知ってるし、これもそのときに使っていた道具」
 は? 昔?
「わたしが生まれたときに止めたんだって。やっぱりアレルギーを気にしてくれたんだよね」
 ……ちょっと違うと思うぞ。
「でね、今でもそのネコ達が小判を持ってきてくれるんだって。ネコの恩返しだよ〜」
 そうやって生計を立ててられたんですか秋子さん?
「わたしもそんなふうになりたいよ〜」
「なるなぁっ!」
 やばい。本格的にやばいぞこれはっ。それは元来男が目指す夢……って違っ。人として進んじゃいけない道なんだってば。
「何よ祐一〜、ネコに囲まれて暮らすわたしの人生設計を邪魔するつもり? いくら祐一でも止める権利はないよ〜」
「あるだろ! 人として! 義務的にっ!」
「変だよ祐一」
 そんなふくれっ面しても駄目なもんはダメなんだよ! もっともお前は自分がどんな危険思想を語っているのか気付いてないようだけどな。
「もういいよ、祐一なんて無視してわたしはやりたいようにやるもん」
「だから、するなというに!」
「もう遅いよ〜。だってわたし、香里と約束しちゃったもん」
「何を?」
「今度飼い猫を見せ合うパーティーに行って、飼い主デビューするんだよ〜。あの子を連れて」
「アホかお前ーっ」
「わ、またアホって言った。アホって言う方がアホなんだよっ」
 根本的に間違ってるだろ、お前はっ。猫の品評会に人間を出してどうする……いや待て。
「誰と行くって?」
「香里。実はお母さんもそこのOGなんだよ」
 そのテの集会かよ!?
「お母さんってすごいんだよ。ずっとグランドチャンピオンだった比良坂なんとかって人を初めて下したんだって。」
 あの鬼畜外道で音に聞こえた怪奇蜘蛛女を? それで無事?
「無事、って何のことかよく分かんないけど。でも何百年も前からチャンピオンだった人なんて、嘘っぽいよね。冗談だよねきっと」
 そうであってほしいぞオイ。
「兎に角、香里もお母さんを目標にしてるんだって。さすがだよね〜。他にも倉田さんも常連で、美汐ちゃんもわたしと一緒に初参加するんだよ。どんなネコを連れてくるのか楽しみだよ〜」
 ……想像つくぞ、だいたい。
「なぁ名雪、まさかと思うが……」
「何?」
「秋子さんも……その……」
「わ、祐一鋭い。よく分かったね。わたし一人で行かせるのは心配だからって、付いてきてくれるんだよ。しかも新しいネコ持参で」
 新しいって……まさか……。
「うぐぅネコって名前で、鯛焼きを食べさせると“うぐぅ、うぐぅ”って鳴くんだって。かわいいよね〜」
 はぅっ、やっぱり!? 口って……上の方ですよねっ、秋子さんっ! 信じてますよっ!?
「お母さんったら、わたしに内緒でネコを飼っていたんだって。知らなかったよ。家には新しく来たのってあゆちゃんだけなのにね。どこに隠れていたのかな〜」
 察しろよ! いや、気付かない方がいいのか!? それにしてもそのメンバーだと……。
「うん。北川君以外知り合いは全員参加なんだよ。世間って狭いよね〜」
 そういう世界かよっ、この雪の降り続く街は!?
「世界に広げよう、ネコ友の輪〜」
「広げるなっ!」
「うー、もういいよ祐一。そんなに反対するならわたし一人でやるもん」
「やるって何を?」
「躾だよ」
 ぶぃぃーん
 うぃんうぃん
「するんじゃねぇっ!」
 俺は三度目のチョップで名雪の頭を小突き、手に持っていた二つの核弾頭を取り上げた。いや、こいつが自分で何を言っているのか分かっていないのは百も承知だ。家族の一員として、百合の花咲く人外の道へ踏み入らせる訳にはいかない。
「それと自称ねこっちゃの君」
「……は、はい……」
 未だ息を荒げている……っていうかさらに頬を紅潮させ全身を撫子色に染めているその子に俺は言った。
「悪いが帰ってくれ」
「……そ、そんな……」
「済まないけどさ」
「ここまでしておいて……途中で止めるなんて……酷い……」
 まだナニもしてないでしょうがー!
「あの雨の日……前のご主人様に拾われて……こんな体にさせられて……」
 だーっ! 今のは聞かなかったことにする! 俺的に決定!
「……それでまた捨てられたんです。もうこんな私の行く所なんて……」
「そうだよ祐一、可哀想だよ〜」
「お前ば黙ってろ! とにかく君、自分の家に帰りなよ」
「でも……いまさらどんな顔して家に帰ればいいのですか……?」
 はぅぅ〜狂気の扉が音を立てて開いていきそうだぁ。だがノーマルな世界に戻るため、俺はあえて鬼になる。
「ほら名雪、お前からも帰るように言え」
「えー」
 俺がギロリと睨んで手刀を構えてやると、ぐずっていた名雪も観念して嫌々ながら帰宅を勧める。
「ごめんね〜。祐一がどうしてもダメっていうから」
 俺が悪者かよオイ。
「でも、行くところがないならもう一度戻ってきても……」
 ビシッ!
「うー、痛いー」
 まだ諦め切れてないのかコイツは。猫より往生際が悪いぞ。
 説得は暫く平行線のままだったが、ついには折れてくれた。もちろん名雪にも(無理矢理)協力させてだ。
「……くすん……分かりました」
「ほっ、よかった。やっと俺の言うことが分かってくれたようだね」
「新しいご主人様を捜します。名雪姉様のご命令ですから……」
 そっちの承諾かよ。ちゃんと調教されていて悪かったのか良かったのか……。
 彼女は火照りが収まらない体でふらふらと立ち上がり、壁に手を付き自分を支えながら部屋の出口に向かっていった。ちらりとこちらに恨めしい視線を向けて。
「(だからそんな目で見ないでくれ〜)」
「……では、さような……はっ!」
 彼女は短く瞼を震わせカッと目を見開いた。僅かな雷が頭上に落ちたかのように。
「どうした? 大丈夫か?」
「……見えました。あなたの未来が……」
 へ? なんだそりゃ。そういえばこの子、自分に予知能力があるとか何とか言ってたな。
「未来ってどんな?」
「言ってもいいのですか……?」
「な、何だよ。気になるだろ。具体的にどんなだよ」
「大したことありませんが……ちょっとした怪我をします」
 なんだ。そのくらいなら気を付けて避ければいいじゃないか。仮に予知通りになったとしても、転んで擦り剥く程度だろう。まぁ一応覚悟しておくため詳細を聞いておくか。
「ちょっとってどのくらいの?」
「そう、精神的外傷で喩えれば……」
「喩えれば?」
「“幼なじみの女の子との初体験で、役に立たなくて失敗した”ってくらい……」
「一生残る大怪我じゃねぇか、それーっ! しかも再起不能なほど!!」
「すみません……私にはもう何も出来ません。さようなら……いつかはあなたの住む町へ行くかもしれません……」
 さっきまであれほど怨念籠もっていた眼に妖光は消えて、鼻歌まで歌い始めている。“るるるんるんるん♪”って。
「ちょっと待っ……」
 パリン!
「キャッ」
「うわっ!」
 何だ!? あの子が部屋を出ていった途端に部屋の蛍光灯が割れたぞ。いや“割れた”と表現するより“弾けた”とするほうが……。
 ガタン
「ぐわっ! 何でタンスが突然倒れてくるんだ!?」
 しかも俺の所にだけ! 床もぐらぐら揺れだした。地震にしては奇妙な具合だ。
「祐一、何か変だよ〜! 部屋から逃げようよ〜っ」
「そうだな。よし、ここから出るぞ!」
 俺は名雪の手を掴み、立ち上がって……
 スッテンコロリン
「痛てっ!」
 そう擬音で表現するのに適したほど見事に転んだ。ちくしょう、目覚まし時計が、踏み出そうとした足の下に転がってやがった。
「祐一、何してるの。早く〜」
 俺につられて転倒した名雪が泣き出しそうな目で訴えかける。仕方ねぇだろ。第一お前の目覚ましのせいだぞ!?
「とにかく出口へ……うわっ」
 這い出そうと伸ばした手の下にまたもや目覚ましが。今度は床に顎をぶつけてしまった。マジ痛てぇ。
「オ、オイ……こりゃあ一体……?」
 さらに動こうとしても、手足を進めようとしたポイントに先回りして時計が転がり込む。床の揺れが故意にそうしているかのように。
 バキャーン
「がはぁっ!」
「ひぃっ!」
 一歩も動けなくなった俺の上に天井の一部が剥がれて落ちてきた。さらに……
「ゲフッ……揺れで飛び上がった時計が頭に……」
「いやぁっ! 枕がわたしにぶつかってきたよ〜」
「ぐぶっ! 落ちてきたシャーペンが手に刺さった……」
「はうぅ〜ぬいぐるみに頭突き入れられた〜」
 なんだか俺にだけ被害が集中ねぇかこの地震!? それに異様に長いぞ。いつまで続くんだよ!? げえっ! 今度は壁がぁっ! ……















 夜になって、朝になって、また夜になって、朝になっても怪奇現象は続きました。
 朝になって、夜になって、ある日の昼に、俺はやっと悲鳴を上げなくなりました。そして俺は、疲れて眠っているだけの名雪のそばに横たわり、静かに動かなくなりました。
 俺は、もうけっして、生き返りませんでした。


 その頃、美坂邸。
「私の前世はえぢへる……私はえるきゅーの皇女……」
「ふっ、壊れたか。捨ててきなさい! あたしの求める妹はまだ遠い……」
 とりあえず12人集める予定らしい。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 終わり


 こんにちは

 鍵系SS書いたの初めてなのでなんか調子出ませんでした(話し方の特徴とかキャラクターとか全然自信なし)。
 それと、他の鍵系SSは全くと言ってよいほど読んでいないので、もし重複があった場合はご容赦ください。

                              初心者A

(「Kanon」keySS作品)