バレンタインの惨劇 投稿者:七草武光 投稿日:2月18日(日)00時25分
二月も半ば。
今日もおおむね五月雨堂は暇であった。

「ねえけんたろ」
「ん?」
「バレンタリンデーって」
「バレンタインデー」
「そうそれ」
「で?」
「なに?」

何と言われてもな。
えーと。

「ぶっちゃけた話、女性が好きな男性にチョコレートを送る日」
「ほー」

わかったのか?

「あたしもバリンタランデーしよ」
「だからバレンタイン」
「どうでもいーでしょ」
「かなり重要」
「……うー」
「……ふー」

いや、二人してうなっていてもどうなるものでもないのだが。
まあそれよりも。

「渡す相手はいるのか?」
「好きな男性でいいんならとりあえずけんたろに……」
「まて」
「なに?」
「一応言っておくが、好きな、と言うのは誰でも良いから、と言う意味ではなく、異性と
して好意を持っている、と言う意味だからな」
「……わ、わかってるわよっ。一応けんたろに好意らしきものをおぼろげながら持ってい
る今日このごろだから、暫定政権としてちょこれーとを進呈しようってんじゃない!」
「……よくわかってらっしゃるようで何よりです」
「なんかひっかかるわね……まあいいわよ、それよりちょっといい?」
「質問は手をあげて」
「ハイ先生」
「ハイスフィーさん」
「こういう時ってやっぱ手作りの方がいいんだよね? プレゼントだし」
「まあその方が貰う方はうれしいよな」
「……ちょこれーとってどうやって作るの?」
「……結花に聞け」

 これからプレゼントする相手に作り方教わってどうするか。

 ……そんなこんなで数日が過ぎた。
 バレンタインデー前日。スフィーの奴は朝から何やらごそごそやっている。明日に向け
ての準備だろうか。もうすぐ店を開けるんだが……

「けんたろ〜、あたしちょっと出かけてくるね」
「え!? っておい、店はどうするんだ!」
「けんたろまかせた」
「簡単にいうな、大体どこへ行くんだ?」
「ちょこれーとの材料を採りに」

 ……材料といったか?
 チョコレートの? それを「採る」?
 そしてスフィーの左手には、バケツ。
 右手には注射器。しかもでかい。

 ……。

 やな予感だ。非常にやな予感だ。
 俺は、準備中の札をひっくり返さないまま、こっそりとスフィーの後を追って店を出て
いった……

 スフィーは進む。いつもの街を。
 見覚えのある道。見覚えのある風景。
 そして見覚えのある店にたどり着く。

「長瀬さんの店?」

 長瀬さんの店にチョコレートの材料が売ってるなど初耳だ。
 それにスフィーは確かに言ったのだ。「買いに」ではなく「採りに」と。
 しかしそれでもスフィーは店に入っていき、

「長瀬さ〜ん」
「おや、スフィーちゃんじゃありませんか、今日は健太郎さぶぅ」

 みるみる赤くなるスフィーの注射器。
 大献血。
 カ○リーメイト一年分は固いな。

「ふう、大漁大漁」

 バケツになみなみのそれを見て、スフィーさん御満悦。

「何をしとるか、おまえはっ!」
「うわっ、けんたろっ! ……おどかさ」
「な に を し と る か」
「だからちょこれーとの材料を」
「はぁ!?」
「けんたろ知らないの?」

 ふふん。
 スフィーさん得意げに。

「ちょこれーとは馬の血を固めて……」

 とりあえず、スフィーは一発殴っておいた。

「そ、そりゃあちょっと採りすぎちゃったかなぁ、とは思ったけど……」

 とりあえず、スフィーは二、三発殴っておいた。

「……し、仕方ないじゃないっ、この辺には馬なんていないんだから……」

 とりあえず、スフィーはしこたま殴っておいた。



「うりゅ〜・・・・・・」
「まだだ」

そう、まだだ。
諸悪の根元を断ち切るまでは、まだだ。

「スフィー」
「……なによぉ」
「柄杓を持てい!!」

 ぱっぱらっぱぱっぱら、ぱっぱらっぱぱっぱら〜

   ・
   ・
   ・

 そして、戦場はHONEY BEEへと移る。

 からんからん

「いらしゃ……な〜んだ健太郎か、ずいぶん早いのね」

「……」

「ははあ。いくらもてない君だからって、男の方からチョコの催促するようになっちゃあ
救いよ」

 ばっしゃ

「うぷっ!」

 振り回した俺の柄杓から放たれたそれは、見事に結花をペインティング。

「な、なにすんのよいきな……ひぃっ!?」

「結花ぁ……」

「な、な、な、な」
「バレンタインにはチョコレート、チョコレートには馬の血、だよなあ」
「え、え、え、え」
「スフィーがたあっぷり採ってきたんだ、これでチョコレート作ってくれないかあ」
「あ、あ、あ、あ」
「てゆうか喰らえ」

 ばっしゃ

「ひいっ!?」

 逃げる結花。追う俺。
 狩りだ。狩りの時間だ。

 ばっしゃばっしゃばっしゃ

「いやいやいやいやいやいやいやぁっ!」

 儀式だー
 まだ足りんーもっと浴びろー

 ばっしゃばっしゃばっしゃ

「ひいいいいいいいいいいいいいいぃ!」

 逃げる奴はヴェドゴニアだー
 逃げねぇ奴は訓練されたヴェドゴニアだー

 ばっしゃばっしゃばっしゃ



 その阿鼻叫喚はモーニングを食べていたお客を巻き込み、通報で駆けつけたおまわりさ
んを真っ赤に染め上げ、機動隊が突入するまで続き……



 HONEY BEE当然営業停止。

 かくしてバレンタイン当日の俺は、結花の復讐戦に備え、五月雨堂の防衛設備増強のた
め地雷原とバリケードの設置作業にいそしむのであった。

〜完〜

「ねえけんたろ」
「なんだ?」
「バケツ一杯の血って、何リットルくらい?」

 その時、俺の脳裏には、バケツをつかんでHONEY BEEに向かう時の長瀬さんの
何か言いたげな切ない表情が浮かんでいたわけで。

 ……まあいいか。
 あいつは長瀬。不気味で不死身なケダモノだ。

 けせらせらでびびでぼん。

〜本当に完〜


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