鍋仮面(2月のお題「鍋」サンプルSS) 投稿者:助造 投稿日:2月1日(木)00時13分
ピンポーン ピンポーン…

 チャイムが鳴らされる。
雨の中、走って学校から帰ってきたばかりの俺は、誰だろうな、と思いつつも
そのまま学生服姿のままで玄関に出る。

「…………あんた、誰?」

 玄関に出てみると、そこには見知らぬ人が立っていた。
ウチの学校の制服で、しかも女子生徒ということがかろうじてわかる。
 …問題はそいつが頭に鍋をかぶっているということだ。
結構でかい鍋なんで顔の表情が窺えず、ちょうど編み笠か何かをかぶったような感じに
正体がわからない。
……もっとわからないのは何でそんな奴が俺の家に来ているかなのだが…

「……………………」

 そいつは無言のまま、ただそこに立っていた。
開けっ放しの玄関から冬の寒風が吹き込んでいるのでメチャクチャ寒い。
かといって、さあ、上がってくれ、と言うわけにもいかない。

「……もう一度聞くからな?」
「……………………」
「あんた、誰?」
「……………………」
 
 俺が訊くと、そいつはとても聞きとりにくい声でぼそぼそと
 庶民の味方、謎の美少女戦士鍋仮面です……
と、呟いた。

「……………………」
「…………………?」

 そいつが僅かに顔にハテナマークを浮かべる。
俺が絶句しているからだろう。だが、この人の正体を知っている人がこれを見たら
誰もが絶句するしかないと思う。

 来栖川芹香。
こいつの正体はこの人しか考えられない。喋り方なんかでわかる。
制服もうちの学校のものだしな…
 だが、わからないのはそこからだ。
キチンと整理してみると…天下の来栖川グループの御令嬢が鍋かぶって家に来た、
…謎の美少女戦士、鍋仮面として……

……常軌を逸している。一体何があったんだ先輩!!?


「……………………」
 お邪魔してよろしいでしょうか?

「…え? あ、ハイ…」

 俺がそう言うと、そろそろと玄関から家に上がる先輩。
鍋は笠代わりか何かか? と思っていた俺の予想は、先輩がその格好のまま
家に上がったことで否定された。一体あの鍋は何のつもりなのだろうか?

……鍋仮面、ということは仮面のつもりなのか…!?(滝汗)



 お茶を出し、テーブルに向かい合う二人。
 これが普通の先輩ならどんな場面かわからないが、鍋をかぶっている奴と
茶を飲んでいる姿ははっきり言って滑稽に見える。
先輩と二人っきりにも関わらず、別にドキドキしないのもこの鍋のせいだろう。

 先輩はお茶を飲もうとしたが、顔を隠している鍋が邪魔で飲めず、必死で頑張っている。
あ〜ぁ…あんなにお茶こぼして…掃除が大変じゃねーか…

「…で、今日は何しに来たの? 先輩。」
「……………………」
 先輩? 私はあなたの先輩などではありませんよ?

 お茶をゆっくり飲み干した(半分はこぼれたが)あと、真面目にそう答える先輩。
 俺は眉間を押さえて考えた。頭が痛くなってきたからだ……
今日の先輩はかなり電波入っている。だいたい人の家に鍋かぶってやって来て
美少女戦士です、なんて言う人じゃないぞ、先輩は…。
それに、家までずっとこの格好で来たのだろうか?

 ……そうだったら変人と思われても仕方がないぞ。(汗)


「そ、そうだよな…人違いだったよ、鍋仮面さん。」
「……………………」

 俺が鍋仮面と呼ぶと、先輩は嬉しそうに顔を染めて俯いた…
普段なら可愛いと思える仕種だが、鍋なんてかぶってる姿じゃ不気味に見える。
それに何故そこで喜ぶんだ、先輩…

「で、鍋仮面さんがどうして俺の家に?」
「……………………」
 貧しくて苦しい方々に、私は特製の鍋をご馳走しているのです。

「…貧しい?」
「……………………」
 あなたの今月の生活費は、後一週間も来月まであるのに残金190円の状況…
 十分貧しいと言えるのではないでしょうか?

「うぐぅ…何でその事を……」

 実は世界に誇る来栖川グループの諜報部隊が自分の生活を
毎日監視していることを、浩之は知るはずもなかった。

「……………………」
 さて、それでは任務を再開することにします。

 そう言って冷蔵庫を開ける先輩。
ご馳走します、とか言っておきながら、材料は持ち合わせていないらしい。
金がねーんなら冷蔵庫に食い物が入ってるわけも無かろうに…

「……………………」

 先輩は相変わらず無言だが、内心かなり焦っているのだろう。
動きがいつもよりスピーディーになっているからだ。(それでも常人より遅いが…)
野菜室を漁り、チルド室を開けっ放しにしたかと思ったら今度は台所のロッカーを探る。
なんかヘンテコな家宅捜索に見えないことも無い…

「……………………」
 まさかこれほどまで浩之さんが貧乏だったとは…

「ほっとけ。」


「……………………」
 仕方ありませんね……これを使うときが来たようです。

 そう言ってポケットから携帯を取り出す先輩。
先輩がダイヤルをし終わると同時に、どこからともなくヘリのプロペラ音が……

「……………………」
 仕方がないので材料を空輸することにしました。

「空輸、ってあんた…」
 一体どこからヘリを持ってきたんだよ。

 大体、うちの近所にはヘリが降りれるほどのスペースはないはずだ。
だが、先輩は大丈夫です、としか言わない。
家の真上に来たのか、プロペラ音がものすごくうるさい。既に騒音の域を越している…。

 が、そのプロペラ音の中でも聞こえるほどの衝撃音が、二階から聞こえた。


「な、なんだ、なんだ!?」
「……………………」
 先輩は俺をおいてそのまま二階へと上がっていく。

 二階にあった俺の部屋は、見るも無残な状況となっていた。
 きっと上空から落とされたであろう鍋の材料たち。御丁寧にコンテナに入れてある。
その量が半端ではなかった。
まるで米軍がベルリン封鎖時に西ベルリンに空輸で生活用品などを届けていた時の
それに匹敵するのではなかろうか? と思えるほどの量だった。
どう見てもちゃんこ鍋が50人前は作れそうな材料である。
そんな物が降ってきたおかげで俺の部屋の天井は見事に大穴があいていた。

「……………………」
 では、今からおいしいお鍋をご馳走したいと思います。

「………………」

 俺は絶句するしかなかった。



 先輩は台所から土鍋とガスコンロを取り出すと、テーブルの上に置く。
土鍋にどぼどぼとお湯を入れると、そのまま火にかけ始めた。

「……先輩、ダシはどうすんの?」
「…………………」

 先輩が取り出したものは、液体スープと書かれた小さな袋。
それをいくつも取り出し、テーブルの上に並べていく。

「……………………」
 とんこつ醤油味です。

 先輩が取り出したスープはインスタントラーメンのスープだった…


 部屋の二階にあるコンテナから鍋の材料と思われるものを抱えて来る。
フォアグラ、キャビア、ズワイガニ、ズッキーニ、ペキンダッグ、白菜、椎茸や豚の丸焼きなど……
白菜と椎茸くらいはわかるのだが、他は鍋に入ることは決してないであろう食材ばかりだ。
つーか、ラーメンのスープでキャビアやフォアグラを煮る辺りの味覚が理解できない。
 そしてをそれを下ごしらえをすることなくそのまま鍋の中へ……
包丁で切ってすらいないために、白菜は鍋のスープから半分ほどはみ出している。
カニの足やら豚の頭やらがあちこちから出ていて、ぐつぐつと音を立てている光景は圧巻である。

「……………………」
 今まで味わったことのない最高のお味をお約束しましょう…

「そりゃー味わったことねーだろーな…」

 最高かどうかはわからないが…



 鍋は結構美味かった。それもそのはず、アレだけの材料を使っているのだ、
まずい方がおかしいのだろう。ただ、スープを吸うときのキャビアのざらざらとした
食感が悪夢にでてきそうなほど不快だったが…

 俺が鍋に箸をつけたのを確認すると、先輩は、私の任務は終わりました…
とか言って帰っていった。つーか、壊された俺の部屋どうしてくれるんだコンチクショウ。


「………先輩は何で鍋をかぶってたんだ?」

 その謎は最後まで解けることはなかった……



 翌日、来栖川グループのお嬢様が鍋かぶって学校にやってきた、という事が
志保ちゃん情報で報道されたという。