グラン、ガラォン… 予想以上に大きいドアベルの音に内心驚きながらもさりげなさを装いつつ、俺は目的 のヒトを目で探す。 「おーい、柏木クンっ!! こっち、こっち!!」 うわっ、でかい声だなぁ、由美子さん。付け加えて、こっちに向かって大きく手を… いや、腕を振っている。 どうも恥ずかしい。 「由美子さん、待った?」 「ええ。30分ほどね。でも、退屈はしなかったから気にしないで」 「あ、ああ…」 恋人のような…とは言わないけれど、もう少し甘い会話を期待していたんだけどな。 「ん? どうかしたの? 柏木クン」 席につく俺に、由美子さんは愛らしい笑みで話しかける。好意…を持ってくれてるっ てことは確かなんだがなあ。ときどき、それが実験動物に対する科学者の愛情のような ものに感じることはあるけれど。 「え? どうもしてないよ。それより由美子さんの方こそどうしたのさ? てっきり大 学に戻ったのかと思ったけど」 「そうそう、それがね、私すごいもの見つけちゃったのよ」 「すごいもの?」 「ウンウン」 そう言って由美子さんが出したのは、古ぼけたヘルメットとゴーグルが一体化したよ うなものだった。 「それが…すごいものなの?」 「そうそう、なんたって雨月山で見つけたんだからっ!!」 <隆山に奇蹟の鐘が鳴る> ゴーグルといっても形が似ているだけで、レンズがはめられているわけでもないし、 ましてや穴が空いているわけでもなかった。 「ねぇねぇ、柏木クン」 「な、なに?」 「ちょっと被ってみてくれない?」 「俺が?」 「うんうん、柏木クンが」 由美子さんはそう…喩えるなら、ストリップショーの開演を待つヲヤジという名の胸 毛深きエテ公のような目で俺を見ていた。そう、たった一枚の布きれがエテ公たちを天 国へ、そして地獄へと誘う…そんな危うい目だ。そう、アレは危険だ。ブラの下から、 我らおっぱい星人の待ち望んだおっぱいが解放されたと思いきや、あな恐ろしや、ニプ レスによって拘束されているとはっ!! 我らが求めしは美乳っ! そう…美乳っ!! 断じてニプレスではないっ!! 『我らに美乳をっ!!』『美乳をっ!!』『美乳っ!』『美乳っ!』『美乳っ!』 ニプレスの恐怖に怯えながらもエテ公たちの興奮が最高潮に高まる!! そう、こんなときに歌うのは定番お猿の『○イ○イ』の唄!! おーぱい(おーぱい)おーぱい(おーぱい)♪ おっぱいさ〜んだよ〜♪ おっぱい?(おっぱい!)おっぱい?(おっぱい!)♪ ちく―― びンた、びンた、びンた、びンた、びンた。 「――ぶはぁっ! ぐはぁっ! ごふぅ! ぐあぁっ! どぐぁっ!」 「…ぎ…ン……しわぎク……柏木クン、柏木クンッ!!」 「……ゆ、由美子さん?」 「気がついたのね? はあ、よかった…」 「お、俺はいったい?」 「ううん、いいの。いいのよ、柏木クンは気にしなくていいの」 「他のお客さんは?」 「居ないわ。そう、最初から居なかったの。わかるでしょ?」 由美子さんはそう言って、だだをこねる子供に言い聞かせるような感じで微笑んだ。 「それよりも、さっきの話なんだけどー」 今度は一転して猫撫で声で目の前にすり寄ってくる。なにかをたくらんでいそうなカ ンジがするものの、それでも許されてしまうようなそんな雰囲気を彼女は持っていた。 …いや、ダメだ俺! 柏木の屋敷でさんざん学んだじゃないかっ。 「ねえ、ちょっとだけでいいの。被ってくれない?」 「ごめん、由美子さん。俺、そういうのはちょっと趣味に合わない…気がする」 「…………そ?」 「うん、悪い」 由美子さんはバッグから携帯電話を取り出すと、どこかにかけた。 「あの…私、小出と言いますけど、会長さんはいらっしゃいますか? ……ええ、それ は存じておりますけど、火急の用件なんです。お宅の耕一くんの話だと言えばわかりま す……ええ、はい、お願いします」 あの? 由美子さんいったいどこへおかけで? 会長? 会長……ねぇ…… ――はっ!? 「ちょ、ちょっと由美子さんドコへかけてるんですか!」 「ん、何処って鶴来屋よ」 しれっと。由美子さんはしれっと、そう言った。脱がない踊り子はクビだとでも言わ んばかりに。 「やっぱり! いったいなにをしようとしてるんですか!?」 「ん、何ってお宅のかわいい従兄弟が喫茶店で猥雑な言葉を大声で叫んでいたことをお 伝えしようかと…」 「……………ホント?」 「うん」 「…………」 「…………」 「いやあ、よく見るとなかなかカッコよく見えなくもないヘルメットだなあ、なんだか 被りたくなってきちゃったなあ、俺」 「そ、そう? やっぱり人間素直が一番だよね」 眼鏡っこは邪悪… 「ん? 何か言った?」 「いや、なにも…」 「じゃあ、ちょっくらいってみよーか?」 ずぼしっ。 由美子さんは笑顔で俺に奇妙なヘルメットを被せた。 何も見えなくなった…由美子さんの声も聞こえなくなった。 どこかへ墜ちていく。 そんな感じがした。 目の前に。 誰かが立っている。 目の前の。 誰かが座りこんで、俺を覗き込む。 身体が動かない。底のない怠惰の感覚に支配されているようだった。 「なんだ、少しも手をつけてないじゃないか? 少しくらい食べないと身体に毒だぞ」 その人はそう言って、コンビニの弁当らしきものを俺の口に押し当てる。 それでも俺の口は開かない。 「そうか、イヤか…」 寂しげな呟き。その人はあきらめたのか、箸でつまんでいた唐揚げのようなものを自 分で食べはじめた。 そして、おもむろに俺の方に向かって口唇を突き出し―― ――って、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぃぃぃぃ!!! い、いやだ〜。それだけはイヤだぁ!! 「ぐおぉぉぉぉ!!」 俺は全力を振り絞って、腕を突きだした。 どん。 それはその人を後ろに勢いよく突き倒す格好になってしまった。 強すぎたか…? 「おまえ……」 その人は涙ぐんでいた。やはり、勢いが強すぎたのだろうか? 「貴之! おまえ、戻ったのか? 戻ったんだな! なんという奇蹟だ。俺は…俺は嬉 しいぞっ! ほんとに嬉しいぞっ!!」 その人は俺を力一杯抱きしめた。く…苦しい……いや、マジで。 ぐぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅ――― 「ぬぬぬぬぬぬ……ぬ?」 「大丈夫? 柏木クン?」 あ、あれ? 由美子さん? そこにはヘルメットを手にした由美子さんが居た。 「俺はいったい?」 「うん、すごいうなされてたから思わず取っちゃったけど……よかった?」 「それがその…」 俺は体験した内容を由美子さんに話してきかせた。彼女は、ケン○ッキーに食べに行 った後のようなギラギラした感じで興味深げに俺の話にうなずいた。 「そう…それはなんだかせつないわね。濃いけど」 「ああ、だから俺、その人に会ってみようと思うんだ。濃そうだけど」 「ふうん、でも柏木クンが見たものが現実のものかはわかんないし、それにそれだけの 手がかりじゃ探すと言っても難しいんじゃない?」 「うん、そのことなんだけど、もう一度ソレを被ってみようかと思うんだ」 由美子さんには言えないけど、俺にはあれが現実であるような確信があった。何故っ て俺はエルクゥだから。あの変なメットがその感応力を高めるとしたら……というのは 俺の想像だけど、同時にそれが正しいとも感じていた。 「じゃあ頑張ってね」 少しも止める気配のない由美子さんに、なんだか複雑なものを感じながらも俺は再び ヘルメットを装着する。 ぐももももももーん。 ブーーーーーーーーン。 俺は震えていた。何故かはわからないが、俺は震えていた。 ここは……見覚えがある。確か台所…というところだ。 ブーーーーーーーーン。 「ふんふん、フフン♪」 髪の長い女が、女がそこで何かをしていた。……ん、女って何だ? ズシャァ!! ズグァンッ!! ズゴンッ!! ソレが刃物を振り回して、何かを斬っていた。 あたりに何かを構成していた物質が、拡散した。 ソレは、やがて飽きたのか、刃物はそのままにこちらへ向かったきた。 そして、俺の取っ手に手をかけて引っ張る。 俺はその力に耐えた。そう、耐えなければならないような気がしたからだ。 「う、う〜ん。な、なんで? なにかくっついてるのかしら」 ソレは執拗に俺を引っ張った後、今度はこともあろうに俺を蹴り始めた。 ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ドゴン、ズガン、バコン!! ブブブブーーーーン、ブン、ブン。 俺のインバーターが悲鳴を上げる。なんてことするんだ!! 「あ、あの、千鶴お姉ちゃん。冷蔵庫さんがかわいそうだよ」 ソレの仲間と思われるモノが現れ、ソレに向かって音声を発した。 「あら、初音、この冷蔵庫壊れちゃったみたいで開かないのよ、ドア」 「あははは……きっと冷蔵庫さんも調子が悪いんだよ。今日は諦めて店屋物でも取ろう よ、梓お姉ちゃんもいないことだし…ね?」 「そうね……しょうがないわねぇ、ほんとにどうして開かないのかしら」 ドゲシッ。 「――ぐはぁ!!」 「だ、大丈夫? 柏木クン?」 「あ、ああ……俺はいったい?」 「うん、ものすごく汗をかいてたから心配だったよ。で、うまく行ったの?」 「ああ、いや。どうもさっきの場所には行けなかったみたいなんだ。よく覚えてはいな いんだけど」 「そうなんだ」 由美子さんは心底残念そうな顔をした。残念がっているのが『よく覚えていないこと』 なのかどうかはあえて訊くのをやめておこう。 「ただ…すごくいいことをしたような気がするんだ」 「ふうん。あ、もうこんな時間、私帰らなくちゃ。じゃあ、また今度ね。こっちに居る 間だったら私も人捜し手伝うわよ」 「ああ、ありがとう。こっちでも探してみるよ」 しかし、探すまでもなく俺たちは出会うことになった。 それも特異なかたちで。 これもまた、一つの奇蹟なのだろうか? ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― お題『落し物』ということで(汗) まあ…えっとその…広い意味で(笑) 『寒いクリスマス』AIAUSさん みんなが横で寝てるときのほうが、なんだか本音が言えてしまえるような雰囲気…そ んなドキドキするような感じがよくでているなあと感じました。もちろん、気になった のは眠ってから朝までに何があったのかですが(笑) 『所持金ゼロ』AIAUSさん 餌付けと言い切ってしまう、あかりんもすごいですが、あまりに無垢すぎるマルチが 可愛かったです。それにしてもいったい電池を何に使っているのでしょう? もしかし ておやつ代わりに食べてるとか!?(はわわ) 『曇り空で、フライングな、クリスマス。 』アルルさん ちょっと強がってみせるさびしん坊…そんな印象を受けました。踊り出すほど楽しく もないけど、落ち込むほど哀しくもない…そんな『いつも』の中で、ちょっとだけ楽し いことを見つけた。そんなそんな小さな幸せのお話だと思いました。 『サンタ』コンソメさん サンタのプレゼントがトレード制というフレーズが、結構ツボでした(笑) 変な行為 に偏りつつも、周りに気を使うところが大志らしくてよかったです。でも、瑞希の独断 のパワーには負けますけど(爆) 『Whose is this?』コンソメさん う〜ん、あの面子だと、あかりは分が悪いですねぇ(笑) スタイルという点で。もし 下きゅ――(ずぎゅん:謎音) いえなんでもないです(汗) 雅史の天然ボケに対して、 それでも浩之を責めるあかりが健気に感じましたです。 『セリオファイル13』ジーク・リーフさん 由宇さん…『萌え』ってあンた(笑) そんなむちゃな言葉を淡々と受け取るセリオが よかったです。もっとも、どこまでわかっているのか不安ですが(笑) いや、でも背景 なのに…『萌え』? いや、なんだか言葉にできない衝撃を受けました、はい。 (私信)>ラヴリー(ナース)エンゼル はじめましてー。紹介ありがとうございましたー。 …………ちっ(爆) 最後、綺麗にまとめていましたね。きっと駄洒落で締めると思っておりましたのに(笑) 理緒ちゃんの『この子には奢ってあげたいなあ』と思わせる雰囲気がよくでていたの がよかったです。どっかの黄色いマルチもどきとは違いますね(謎笑) でも、牛丼屋に行ったら行ったで同じような話を聞かされたりして…(爆)