「和樹〜! おっはよ〜!」 駅の構内で和樹を見つけた瑞樹は、朝っぱらからハイテンションだ。 「ああ。おはよう」 対する和樹は、迫る締め切りに睡眠時間を削られているため、目の下にクマが出来ている。 「あんた、昨日もまた遅くまで書いてたんでしょう?」 「ああ・・・。昨日と言うか今朝だけどね」 半病人のようにフラフラしながら電車を待つ和樹を、瑞樹は不安そうな目で見つめていた。 「ちょっと待っててね」 「ああ・・・」 ガコンッ。 構内の自販機で冷えたコーヒーを買った。 「和樹の奴、あんなふらふらで・・・思考能力低下しすぎて勧誘とかに合ったら簡単に引っかかりそうね」 そこまでして同人誌にのめり込む和樹を少し寂しく思いながら、瑞樹は和樹の待つ場所に行った。 「和樹は和樹。あいつはやりたい事を見つけて頑張ってるんだから・・・」 そう言い聞かせて瑞樹はシャキッと前に向き直った。 「かっずき〜! お待たせ!」 走り寄った瑞樹が見た先には、スタイル抜群の女性が和樹に何やら書かせている。 ズザサ〜〜〜〜。 瑞樹が和樹の5メートルほど前のとこから衝撃のあまりスライディングをしてしまった。 「ここでいいんですね・・・」 「はい!」 半分寝ている和樹。頭の中では既にスタイル抜群のお姉さんが自分のサインを貰いに来たという設定でパラレルワールドが展開されている。 輝く営業スマイルも今の彼には読者の笑顔だ。 「こうゆう人が読んでくれると、書くほうとしても楽しいんですけどね」 「はい?」 両者の間には疑いようも無く誤解が生じているわけだが、どうやら二人とも気付いてはいない様子だ。 「駄目〜〜〜!!」 和樹が最後の「樹」の文字を書こうとしたところで、瑞樹は和樹から紙を引ったくり、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ投げ込んだ。 「な、何するんですか!?」 後一歩のところで営業成績の駒を一歩進めることが出来たそのOLは、瑞樹にとって突っかかった。 「何するって何よ? あんた今無理やり書かせてたでしょ?」 「そ、そんな人聞きの悪い。わが社の営業方針は『押し売りしない、クリーンな販売!』なんですよ!」 「へ〜、で、朝っぱらからクリーンな販売してるわけ?」 「うぅ・・・」 小競り合いでは勝てないと思ったのか、そのOLは渋々ホームの奥に消えて行った。 「あんたもねぇ・・・ほら!」 ひんやりと冷えたコーヒーを和樹の頬に当てる。 「うわっ!何だよ!」 途端に和樹の意識はパラレルワールドを抜け、現実世界の駅のホームに戻ってきた。 「はぁ〜。よかった。やっと正気に戻った」 「正気って何だよ?」 「もういいわよ。さあ、飲んだ飲んだ!」 そう言って缶の蓋を開け、和樹に差し出した。 「ありがとう」 ゆっくりした口調だが、やさしい。瑞樹は和樹のこの声も好きだった。 やがて、大学への列車が到着し、人の波に押されながら電車の中に入って行った。 「うぅ〜〜。即売会会場と全然変わんない〜」 和樹と一緒に登校する時は、いつもこの愚痴を言っている。 「後3駅の辛抱だ。頑張れ瑞樹!」 「うぅ〜〜」 押して押されて揉んで揉まれて・・・ 「え?」 ふくよかな脂肪のついた手が瑞樹のふくよかな胸をガッシリと掴んでいる。 「す、すいませんなんだな。わ、わざとじゃないんだな。・・・あなたにタッチ! ・・・ちゃんちゃん! なんてな、なんだな・・・」 「ひっ!」 瑞樹は引きつった声を上げ、こう叫んだ。 「ち、痴漢〜〜〜っ!!」 周りにいる者たちが一斉にネコ目の男を睨む。ネコ目の男は周りをきょろきょろ見た後、横にいた眼鏡の男に助けを求めた。 「拙者を巻き込むな。拙者の友なら一人で逝くでござるよ」 中指で眼鏡を押し上げた後、再び同人誌に目を落とす。 「あんたも仲間なのね?」 眼鏡男の頭の上に、「!?」の写植が打たれた。 「すいませ〜ん! そこの方、窓を開けてくれませんか?」 瑞樹が殺気のこもった目で見ると、窓側に座っていたツルツル頭のおじさんは窓を全開にして開けてくれた。 「「お・・・横暴でござるぞ!! 横暴ぉぉぉ!!」」 二人はそう言って必死に抵抗を試みた。 瑞樹が加速中の電車の窓から二人を落とそうとしたが、結局、和樹を始めとする車両にいた者達で何とか食い止めた。 「おい、マジかよ。あの女、走ってる電車から人突き落とそうとしたぞ。」 「えげつねぇ」 後の二駅は瑞樹の周りにぽかりと空間ができ、快適に過ごすことが出来た事は言うまでも無いだろう。 プシュ〜。 大学までの道のりの、最後の扉が開いた。 「はあぁ〜。やっと着いた」 「いつものことだけどな」 和樹の目はまた半分閉じかけている。 「HAHAHA! マイシスターよ!! 先ほどの荒行、しかとこの目に焼き付けたぞ!」 「げっ、この声は・・・」 振り向きもせず、あらかさまに嫌な声を出す瑞樹。 「同志瑞樹よ。この世の汚物を打ち砕く正義の心、深く感動した!」 友の成長ぶりに涙する大志。 「やはり即売会で鍛えたその身のこなしが役に立ったようだな」 「そんなのと結びつけるな〜!」 瑞樹はカバンを振り回したが、大志には一向に当たらない。人間とは思えぬ動きで瑞樹の攻撃をかわしながら、大学へと歩いてゆく。 半ば眠りかけている和樹は、その二人のやり取りをボーっと楽しそうに眺めている。 「HAHAHA!まだまだ甘いな。マイシスターよ!」 「何で当たんないのよ〜!」 「知らんのか、マイシスター? これがかの有名な『ふにふによけ』だ」 「何だかな〜。大志!」 「ん? 何だ、マイブラザー?」 ゴンッ! 「ぐはぁぁぁぁ!」 大志が和樹に気を取られた瞬間、瑞樹のカバンの角がヒットした。 「あ・・・ワリぃ」 「な、何だマイブラザー!戦闘中は私語厳禁だぞ」 「そう言えば大志は1時限目は何とってんの?」 未だに謎なのが大志の時間割。和樹にとっては自分と同じ学校に通っているのも不思議なぐらいだ。 「バカものがぁ! 月曜の1時限目と言ったらあの大野氏(実在)の『哲学』に決まっておるではないかっ! 我輩の日本海の様に深い人生論、宇宙の如く広がった無限の野望を完璧なまでに理解してくれる唯一の教員ではないかっ! 取って当然であろう!」 「は、はぁ。さあいですか。確かにテンションは大志に似た部分はあるけど。・・・俺達も取ってたのに気が付かなかったのは何故だ」 「それはな、マイブラザー。・・・我輩は今期始まってこの授業に出るのはこれが初めてだからだ」 「「さっきの教員に対する敬意は何だーー!」」 キーンコーンカーンコーン! 二人がツッコむのと同時にチャイムが鳴り始めた。 「やべっ! 瑞樹、走るぞ!」 「え? え? ちょっと〜!」 「闇の聖域へレッツラゴー!」 哲学の教室まではもう目の前だ。 こうして、三人の登校はこんな調子で慌ただしく終わるのだった。 END