森羅万象 後編 投稿者:仮面慎太郎 投稿日:8月30日(水)17時38分
 中空を漂う人の顔。
 開け放たれた窓から差し込む月の光と、俺の後から照る非常灯の赤。ぼんや
りと映し出された青白い顔。
 「!!!!!」
 声が出ない! やばい! 死!?
 「浩之? 浩之か!?」
 この幽霊、俺の名前を知っているのか。
 「やめろ! 俺はまだ死にたくねぇ!」
 俺はダッシュで廊下に出ると、すぐに廊下の奥の方へと走って行った……
いや、行こうとした。しかし、幽霊に体を掴まれて思うように進めない。
 「浩之、僕だよ! 祐介だよ!」
 殺される! 嫌だ! 俺はまだ誰とも…… 祐介?
 「浩之頼む、暴れないでくれ」
 暴れる? え、祐介……
 俺は動きを急に止めた。
 「浩之…… でもどうして浩之」 
 俺は祐介のセリフを無視して、祐介の肩をバシバシ叩いた。
 「くぅー、祐介かよぉ! 脅かしやがって。久しぶりだな、元気だったか」
 「あ、うん。一応…… って、痛いよ浩之。あれ? ちょっと涙目?」
 「んなっ、んなわけねぇだろ」
 祐介は含み笑いをしながら、廊下の壁にもたれ掛かった。
 「浩之、それよりどうしてここに?」
 祐介が神妙な顔をして聞いてくる。
 「あ、そうそう、実はな……」
 俺は要点だけを手短かに話した。双六の話。電波を教えてもらいに来たとい
う事。不自然な教室の明かりの事……
 「んで、引っ返そうと思った矢先、祐介と出会い頭って奴」
 祐介は笑いながら頷いている。
 「あ、ちなみにあかりは<今日一日パシリ係>で、偽パッキーカードを買い
  に行ってるところ…… もう帰ってきてるかな?」
 祐介の笑いが止まる。
 「志保は<来栖川綾香に悪口を言って逃げる>だったな。今頃は…… 海の
  底かな。ハハハ…… まぁ、俺が書いたんだけど」
 祐介が硬直する。
 「雅史はたしか、<好きな人に告白する>だ。ここに止まらなくてラッキー
  だったぜ」
 「す、凄い事やってんだね」
 物凄く疲れた口調で嘆息する。
 「まぁな、暇だったし。それより、祐介はどうしてここに?」
 「……今、この学校ちょっと厄介事に巻き込まれててね」
 視線を下にずらして言う。
 「ここ最近、頻繁に<謎の集団>が目撃されているんだ」
 「謎の集団?」
 俺はもっともな質問を返した。
 「あぁ、うちの生徒らしいんだけど…… いつも二、三人で夜遅くにいるら
  しいんだ」
 「へぇ」
 「沙織ちゃんも見たって言うし、他にも目撃者がいてね。どうでもいい事な
  んだけど、無視もできないからって。叔父さんに」
 「あぁ、先生だっけ?」
 確か、前に祐介が「身内に教師がいると面白くない」とか言ってたっけ。
 「うん、だからバイトがてらにちょっとね。それで、電気のついてた教室っ
  て?」
 「うん、確か3階だったような気がする」
 俺は記憶の中の風景を呼び起こす。確かに三階だった。
 「よし! そうと決れば早速行こうぜ」
 「……あぁ」
 

 薄暗い廊下を二人で歩く。とかく慎重に、音を立てないように。
 「なぁ、祐介」
 「ん? 何」
 俺は重要な事を思い出して、話しを切り出した。
 「電波って、俺にも使えるのか?」 
 その瞬間、祐介は立ち止まってこちらを向いた。
 「……浩之、それはだめだよ。あれは……」
 「やっぱ、駄目か?」
 祐介の顔が暗くなり、少し口ごもる。
 「あれは、使っちゃいけないんだ。あれは…… 絶対に」
 見た事もないくらい真剣な顔で答える。
 「……あぁ、わかった。悪かったな、もう言わねぇよ。さっ、行こうぜ」
 「うん……」
 少し思いつめたような顔で、祐介が頷く。
 階段を登り三階に行く。階を増す事に、二人の顔も徐々に緊張していく。三
階の廊下に出た時だった。
 「!? やっぱ三階だったか。祐介見ろよ、教室から明かりが……」
 「うん、行ってみよう」
 薄暗いはずの廊下が妙に明るく、それが夜の学校には異様な光景だった。
 俺たちは、これまで以上に慎重に足を運び、教室の前まで来た。ドアは閉ま
っている。静寂は壊される事はなく、何も物音は聞こえなかった。
 「行くぞ」
 「……うん」
 そっとドアを開ける。
 整然と並んだ机。閉め切られているカーテン。そして……
 
 そして脱ぎ捨てられたセーラー服。

 「他には何もない?」
 「あぁ、人っ子一人いねぇ」
 机の上に、無造作にぽつんと置いてあるセーラー服。一着だけで、下着類は
無かった。
 「名前とか、手帳なんかあるか? 祐介」
 「あ、えーと月……」
 沈黙。
 「瑠璃子さんだ」
 「え? 瑠璃子って月島さんか? あの」
 「ごめん、ちょっと待ってて」
 「あっ、おい」
 

 瑠璃子さんがいるとすれば、あそこしかない。屋上だ。
 僕は急いで階段を駆け上り、屋上への扉を開いた。
 「瑠璃子さん」
 静寂…… しかし。
 「長瀬ちゃん?」
 闇の中から純白の下着姿の瑠璃子さんが出てきた。
 「どうしたの? 長瀬ちゃん」
 「どうしたのって…… 瑠璃子さんこそ、こんな所で何してるの?」
 「電波……」
 瑠璃子さんは不意に上を向く。
 「今日はすごく届くから」
 「……うん、そうだね。こんな夜は特に」
 「……」
 「でも、その格好じゃ風邪ひいちゃうよ」
 そう言って、僕は瑠璃子さんの肩に手を置いた。予想以上に冷たい。
 「こっちの方がよく届くと思って……」
 「だからって……」
 「でも、長瀬ちゃん…… あったかい」
 瑠璃子さんは僕の胸にほお擦りをした。体をギュっと押し付けてくる。
 「長瀬ちゃん……」
 「る、瑠璃子さん……」
 間が持たない。このままだと、僕は……
 「そ、それで瑠璃子さんは、窓を開けて入ってきたの?」
 「ううん。窓、開いてたよ」
 「え!?」
 その時。
 「おい、祐介…… って、あぁ悪ぃ」
 「な、浩之。これは、ちが、その……」
 後を向いてる浩之の手から、セーラー服とスカートを取ると、僕はそれを瑠
璃子さんに渡した。瑠璃子さんはいそいそと着替え始める。
 「それより浩之。何かあったの?」
 「そうそう祐介、男子が三人、階段降りて下の階へ行ったぜ」
 「浩之、行ってみよう。瑠璃子さんも」
 と言って瑠璃子さんの手を握る。
 「浩之さん、こんにちは」
 「よぅ、ルリルリ」
 「挨拶は後だよ」
 

 森羅万象、物事と言うものには終わりがあれば始まりがある。
 またそれは、始まりがあれば終わりがあると言う事でもある。
 そう、終わり。例えばこんな……


 「もひもひ、藤田です」
 「志保か。俺だよ。明日昼頃帰っから留守番よろしく」
 「ふん」
 「……大丈夫か?」
 「ひぇんひぇん」
 「…… …… ……あかりは?」
 「……あ、浩之ちゃん。もしもし、どうそっちは」
 「あぁ、まぁ色々あって失敗だよ。そっちは」
 「大成功。後ね、雅史ちゃんも明日になるって」
 「なんか、一番楽しみだぜ」

 
 森羅万象、物事と言うものには終わりがあれば始まりがある。
 またそれは、始まりがあれば終わりがあると言う事でもある。
 そう、終わり。例えばこんな……


 「ったく、タバコぐらい家で吸えってんだ」
 結局、学校で酒盛りしていた連中を見つけ、祐介のおじさんに連絡。この事
件の幕は降りた。
 「今日は泊まってってよ」という祐介の言葉に甘える事にして、学校の公衆
電話で家に連絡を入れ、「瑠璃子さん。送って行くよ」と言う訳で、三人は一
緒に学校を後にした。
 「それより祐介」
 「ん? 何?」
 俺はにやけ顔でこう言った。
 「シャツの口紅、いつ取るんだ?」
 

 








 森羅万象、物事と言うものには終わりがあれば始まりがある。
 またそれは、始まりがあれば終わりがあると言う事でもある。
 そう、終わり。例えばこんな……

   
 「はい、長瀬です。あっ、雅史? 久しぶり。浩之? いるよ」

 「あの、浩之…… 僕、前から言おうと思ってたんだけど…… いい機会だ
  から今日言うね。僕、浩之の事……」


 森羅万象、物事の終わりと言うものは新たな始まりの事を指す。
 しかし、それは物事の始まりは終わりを指すと言うものではない。
 なぜなら、彼らの友情が終わる事がないからである。


                    完

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イベントSS<夜の学校+クロスオーバー>