光と影 投稿者:仮面慎太郎 投稿日:7月31日(月)20時01分
 「祐くーん」
 昼休みが始まるとすぐに、元気のいい声が僕の机に駆け寄ってきた。
 新城沙織ちゃん、バレー部所属の活発な同級生だ。
 「何、沙織ちゃん」
 「はいっ、おべんと」
 見ると沙織ちゃんは両手に一つずつ、お弁当袋を持っていた。ピンク色
と青色のおそろいの奴だ。僕がキョトンとしていると・・・
 「昨日『僕、君の作ったお弁当が食べたいんだ!』って言ったじゃない」
 「言ったっけ・・・」
 いや、確かそんな事は言ってない。
 「そんなっ! 『デザートは、もちろん君さ』って言ってくれたから、
  張り切って作ってきたのに!」 
 「沙織ちゃん・・・ あんまり似てないかも」
 「うっ!」
 「それに、多分そんな事言ってないと思うよ」
 「ううっ!!」
 いつものオーバーアクションで、沙織ちゃんはやたらたじろいでいる。
 「ふふっ・・・ それじゃ、屋上行こっか」
 「え?」
 「おべんと、食べないの? 僕もうおなかペコペコだよ」
 沙織ちゃんは急に笑顔になって、「うんっ!」と元気よく頷いた。


 空は夏らしく真っ青で、ポツポツと雲が気持ちよさそうに泳いでいた。
風は強すぎず、だからだろうか、少しだけ暑かった。
 「やったぁ、いい天気だよ」
 「うん・・・ そうだね」
 僕達はフェンスに寄りかかって、お弁当を食べ始めた。
 「ねぇ・・・ おいしい?」
 「うん」
 「・・・(じーっ)」
 「・・・」
 「・・・(じーーーっ!)」
 「な、何?」
 「んーん、何でもないっ」
 沙織ちゃんは元気に言って、また自分の弁当を食べ始めた。
 一瞬、目の前のアスファルトが陰る。反射的に上を向くと鳥が一羽、綺
麗に弧を描いて飛んでいた。
 「気持ち・・・ いいね」
 「うん」
 「ずっと、このままでいたいね」
 「うん、そうだね」
 心の底からそう思えた。眩しい日差しと、澄んだ空。ときおり吹く、さ
わやかな風と、お弁当。
 「ねぇ祐くん。今日どうする?」
 「えっ、何が」
 「お祭り」
 ああそうだ。今日は学校近くの神社で夏祭りがあるんだった。興味がな
いからすっかり忘れてたけど、どうしよう・・・
 「うーん、どうしようかな」
 「あのさ、予定がないんだったら一緒に行かない?」
 「・・・ うん、いいよ」
 「やったー! じゃあさ・・・」
 結局、祭りが始まるまで買い物に付き合い、それから祭りに行くという
事になった。
 ・・・親から資金を調達しなくちゃ・・・

 「あー、楽しみ」
 サッと一陣の風が舞った。沙織ちゃんの髪をさらって行く。キラキラと
陽の光を浴びてかがやく髪を、沙織ちゃんは困ったようにまとめている。
 急に、何か不思議な感覚につつまれた。それはとても幸せな感覚だった。
暖かで、やさしくて、沙織ちゃんはまだ、髪の毛を整えていて・・・ 
 「何? 祐くん」
 僕の視線に気付いたのか、沙織ちゃんがこちらを向く。
 「・・・デザート」
 「え?」
 「いや、食べたいなって思って」
 沙織ちゃんは、困った顔をして言った。
 「あっ、もしかして足りなかった。ごめんね。やっぱり男の子・・・」
 「違うよ」
 キス・・・ したいんだ。
 「デザート・・・ 沙織ちゃんじゃなかったの?」
 「えっ」
 見る間に沙織ちゃんの顔が紅くなる。
 「えっ? 今、ここ・・・ で?」
 昼休みも終わりが近いというのに、人影はまだたくさんあった。
 「うん、あの・・・ だめ?」
 「・・・ エッチ」
 そう言いながら、両手を僕の胸に添えて・・・
 「・・・」
 僕の顔を照れたように見つめ、そっと、瞳を閉じた。

 
 神社の本堂から石段を抜けて数十メートル、そこは出店が立ち並ぶ夏祭
会場となっていた。普段の閑散とした情景からはまさに「予想できない」
と言ったところだろうか。
 「金魚すくい・・・」
 ふと目に付いた出店の看板を読む。
 「あー、祐くん金魚すくいがしたいの?」
 「いや、別にそういう・・・」
 「よしっ。じゃあ、あたしがお手本見せたげる」
 「あの、だから・・・」
 ・・・結局自分がやりたかったんじゃないか・・・
 「ああっ、もう・・・ だめー。祐君、助けて」
 「しょうがないなぁ。見ててよ沙織ちゃん。おじさん一本もらうよ」
 僕は準備していた小銭を払って、沙織ちゃんの敵討ちに挑戦する。
 「・・・ ・・・ ・・・」
 「・・・ ・・・ ・・・」
 『あっ!!』
 いや、正直惜しかったと思う。もう少しだったのに・・・ しかし、こ
こでのめり込んだらいけない。止めどきはわきまえなければ。
 「うーん、おじちゃん、もう一本!」
 「へいっ」
 「・・・」
 こうして彼女は五百円も使った後、「サービスだよ」ともらった三匹の
金魚に満足しながら、その店を後にした・・・
 
 途中、沙織ちゃんが腕を絡ませてきた。
 「あたし、飲みすぎちゃったみたいーー」
 飲みすぎもなにも、ただ歩いてただけじゃないか。
 「えーと、そう・・・ なんだ」
 「むっ」
 「えっ、何」
 どうしよう、沙織ちゃん何か怒ってるよ。
 「祐くん、あたしの事嫌いなの?」
 組んでいた両腕を腰にあて、前かがみに聞いてくる。ちゃぷん、と金魚
の入った袋が揺れる。
 「嫌いなわけないじゃない」
 「・・・じゃあ、好き?」
 「・・・うん」
 「うん、じゃわからないわよ。あたしの事、好き?」
 「好き・・・ だよ」
 「あたしもー」
 といって、また腕を絡ませてくる。
 なんだ、からかってただけか。でも・・・ 
 「あの、沙織ちゃん」
 「何、祐くん」
 「なんか、人手が少なくなってきたんだけど」
 「そお?」
 「・・・」
 ぐいぐいと沙織ちゃんに引っ張られる形になっている僕は、いつの間に
か神社の裏まできていた。
 「結構・・・ 先客いるね」
 見ると、辺りはカップルだらけだった。
 「これもお祭りの醍醐味よね。光と影っていうか」
 つっこみたいけど、当たらずとも遠からずだ・・・
 「ねぇっ、混ざっちゃおうよ」
 「・・・ うん」
 そして僕達は人がいなくなるまで二人っきりの時間を過ごした。


 丁度その頃、祐介達の死角では・・・
 (お兄ちゃん、草がはえてる)
 「瑠璃子・・・ そろそろお兄ちゃんと口きいてくれないか」
 (蟻がいるよ)
 「うん、そうだねっ、て瑠璃子食べちゃダメ」
 (あっ・・・)
 「瑠璃子、何?」
 (ぐーーー)
 「寝るなぁ!」
 (お腹すいたね)
 「お兄ちゃん、なにか買ってこようか?」
 (ナンベイサン・ベニツノガエル・・・)
 「よしっ、任せとけ!」
 (・・・ ・・・ ・・・行っちゃった)
 「あ、長瀬ちゃんだ・・・ 知らない人といちゃついてる」
 ・・・
 「お兄ちゃん」
 「なんだい瑠璃子!! ハァッ、ハァッ、ハァッ」
 (どうしたのお兄ちゃん)
 「ち、ちょっと走って帰ってきたから。ハァッ、ハァッ」
 (もう、かえる)
 「うん、そうだね。そうしよう」
 (バイバイ・・・ 長瀬ちゃん)
 「長瀬?」
 (ううん、なんでもない)
 「そうか・・・ 明日こそは、お兄ちゃんと口きいてくれよ、瑠璃子」
 (もぅ、電波届かないね)
 「どうした瑠璃子。ちゃんと届いてるよ、瑠璃子の電波」
 (・・・)
 

             光と影 完


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イベントSS 「夏祭」