秋のせい(九月のお題「〜の秋」サンプルSS) 投稿者:織原夏樹 投稿日:9月1日(土)00時34分
「なあ、あかり」
「何、浩之ちゃん?」
 そろそろ残暑も終りを向かえそうな秋の日の朝。いつも通り浩之とあかりは一緒に登校
していた。
「このごろだいぶ涼しくなってきたな」
「秋だしね」
 あかりは、当然のようにそう答えた。
「秋と言えば…」
「言えば?」
 浩之は、びしっとあらぬ方向を指差しながら言った。
「サンマがうまい季節だ」
「…今日、夕食作ろうか?」
「恩にきる」
「でも、浩之ちゃんから言い出すなんて、珍しいね」
 浩之の家で夕食を作るのがそんなにうれしいのか、あかりはにこにこと笑っていた。
「それもこれも…この秋のせいだな」
 浩之は、そう自分のわがままのいいわけをした。
 
 
 教室につくと、横の席では保科が小説を読んでいた。その姿をじーと見ていた浩之は、
保科に話しかける。
「委員長、何でずっと本読んでんだ?」
 保科は、浩之にそう聞かれて、小説から目を上げてめんどくさそうに答えた。
「読書の秋って言うやろ。なんや、文句でもあるんか?」
「いや、別に文句があるわけじゃないが…」
「なんや、その奥歯に物がはさまった言い様は」
 保科の言葉は少しケンカごしだが、これはいつものこと。これと言って不機嫌でなくと
も、いつもこういう口調だ。
「いやな…委員長、最近運動してるか?」
「なんや急に。スポーツの秋とは言うけど、私は別に何もしとらんよ」
 浩之が何を言いたいのか分かっていない保科は、うさんくさそうな目で浩之を見た。
「で、何がいいたいんや?」
 浩之は、声をひそめた。
「あのな…委員長、最近少し太らなかったか?」
「…藤田くん、あんた、命が惜しくないようやな…」
 ペキペキと保科は指を鳴らした。
「い、いや、待てよ。読書もいいけど、運動もした方がいいって言いたかっただけで、他
意はないんだ、他意は」
「んなこと言っても…食欲の秋とも言うやん。運動しても余計食欲が増すだけかもしれへ
んし」
「食欲があることはいいことだぜ」
「人事だと思って勝手に言わんといて。乙女としては食欲の秋なんて敵以外の何者でもな
いんやから」
「でも、秋の食べ物、うまいよな」
「…否定はせんわ」
 保科はぶーたれてそう言った。
「でも、まあ委員長はいいよな」
「何でや?」
「太るのもまず胸から…」
「胸見てたんかい」
 浩之は、保科に思いきりどつかれた。
 
 
「浩之〜」
「おう、何か用か、雅史?」
 休憩時間になるなり、雅史が話しかけてきた。
「放課後、サッカー部行くんだけどさ」
「おう」
 別に雅史がサッカー部に行くのは普通だ。これと言って珍しい話ではなさそうな気配を
浩之は感じていた。
「一緒にサッカーしない?」
「…急に何でだ?」
「ほら、スポーツの秋って言うし」
「関係ねえじゃねえか」
「大会も丁度ないから、今入るのがいいと思うんだけどなあ」
「やっぱり部活の勧誘か」
 半眼の浩之に、雅史は同じた風もなく話を続けた。
「ほら、秋だしさ」
「ああ、秋だな。よって俺は秋のせいで部活はしない」
「えー、理由になってないよ」
「お前のもな」
「それにさ、浩之。運動してないと太るよ」
 何故か横の席でガタッと保科が動いたようだが、とりあえず浩之も雅史も気にはしてい
なかった。
「大丈夫だ、俺は太る体質じゃないからな。それに…」
 浩之は、ちらりと横を見て言った。
「太るときは俺も胸からだろう」
 浩之は、本日二度目の、やや手加減なしのどつきを頭に入れられた。
 
 
「あの、藤田さん…」
 珍しく、次の休憩時間には琴音が浩之の教室に来ていた。
「お、琴音ちゃん、教室まで来て、どうしたんだ?」
「えっと、あの…」
 琴音はもじもじとしながら、ピンクの小さな紙包みを浩之に渡した。
「調理実習でクッキー作ったんです。それで、あの…」
「くれるのか?」
「は、はい」
「ありがたくもらうよ。丁度小腹が空いてたところだし、ここで食べてもいいか?」
「はい、感想くださいね」
「OK」
 浩之は、その小さな紙包みを開いて、ハート型のクッキーを口に入れた。
「お、うまいな。よくできてるよ、琴音ちゃん」
「そうですか、よかった」
 琴音は、それなりに自信はあったのだろう、嬉しそうな顔をして浩之がクッキーを平ら
げるまで見ていた。
 
 お昼になり、浩之が素早く購買部にパンを買いに行こうとして教室を出たときだった。
「センパイっ!」
 自分のことをセンパイと呼ぶ者を1人しか知らなかった浩之は、すぐにそれが誰だか分
かった。
「よう、葵ちゃん。どうしたんだ、2年の階まで来て」
「はい、あの、今日のお昼ご飯はどうするんですか?」
「今からパン買いに行くんだけど?」
「ああ、丁度よかったです」
 そう言うと、葵はお弁当箱を取り出した。
「あの、今日もお弁当作ってきたんですけど、食べてもらえますか?」
「葵ちゃんの手作り?」
「は、はい、前よりはだいぶうまくなったつもりなんですけど…」
「よーし、そういうことなら断るわけにはいかんな。今から屋上に行くか」
「はい、センパイっ!」
「いや、そこまで気合い入れなくても…」
 浩之は苦笑しながらも、葵と屋上に向かった。
 
 5時間目も終り、浩之は喉がかわいたので自動販売機にジュースを買いに行った。
「お、先輩、元気か」
 自動販売機の前まで行くと、そこには芹香がいたので、浩之は手をあげて挨拶した。
「…」
「で、先輩もジュース飲みに来たのか?」
「…」
「俺がここに来るのを待ってたって?」
 こくん
「何で俺がここに来ることを…」
「…」
「…便利な占いだな」
 こくん
 芹香は、ついと小さな小瓶を浩之に差し出した。
「これは?」
「…」
「ジュースって…薬にしか見えないんだけど…」
「…」
「いや,もちろん飲まないわけじゃないんだが…まあいいか」
 浩之は、半分悟りの境地で芹香から小瓶を受けとて飲み干した。その後に何が起きても、
まあいつものことと済ませる覚悟までできていた。
「あれ、うまいな、これ」
「…」
「あ、何だ。ほんとにジュース作ってきたんだ。俺はてっきりまた何かの薬か何かと」
「…」
「おう、ありがと、先輩。うまかったよ」
 芹香は、ほんの少しだけてれたようだった。
 
「浩之ちゃん、今日は何かみんなに色々もらうね」
 放課後になって、あかりがいきなりそう言いだした。
「何だ、見張りでもしてたのか?」
「浩之ちゃん、別に隠しもしなかったから」
「まあそりゃそうだが…これも食欲の秋の結果か?」
 
「もしかしたら、恋の秋かもしれないんだよ」
 あかりは、口の中で小さくつぶやいた。
 
 
「うまい!」
 浩之はがつがつとあかりの作った料理をほおばりながら言った。
「うまいなあ、やっぱりサンマには大根おろしと醤油だな」
「すだちって手もあるけど、思ったより高いしね」
「いや、これで十分だ。あかりの料理の腕もいいし、サンマも油がのっててうまいし、言
うことないな」
 そう言いながら、また浩之は食事を再開した。
「…」
 あかりは、自分は料理には手をつけずに、そんな浩之をにこにことしながら見ていた。
おいしそうに食べてもらえるのが、何より嬉しいのだろう。
 もちろん、それは食べてもらえる相手が浩之だからこそだが。
「ここで一句。
秋サンマ
浩之ちゃんも
肥ゆる秋」
「何言ってんだ、あかり。それより、ご飯ついでくれないか?」
「うん、わかった」
 あかりは、浩之から茶碗を受け取ると、少し多めにご飯をよそう。
「にしても、何か知らないけど、米もうまいな」
「そりゃあそうだよ、新潟産の秋田小町だから」
「…は?」
「新潟産の秋田小町」
「…何かそれって変じゃないか?」
「そんなもんじゃないのかな? はい、ご飯」
 浩之は、あかりから新潟産の秋田小町のつがれた茶碗を受け取って、しばし考えていた。
 が、気を取りなおして、ご飯を口にほうばる。
「だけどよ、秋田小町って秋田で作られるから秋田で、新潟で作られるんなら新潟小町…」
「浩之ちゃん、物を口に入れたまましゃべるのは行儀悪いよ」
「…」
 もぐもぐ
「…ま、秋だしな」
「…秋だもんね」
 
 
 そんな秋の1日。



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