不幸な事故(「お題:夜の学校+クロスオーバー」 サンプルSS) 投稿者:伊勢 投稿日:8月1日(火)01時12分
日もとっぷりと暮れ、光も点らず暗闇に包まれた校舎。
 
昼間の喧騒も今はひっそりとなりを潜め、校舎も来るべき朝に備え束の間の休息を得
ている。
 
  しかし、

「なんかぞっとしないよねー、夜のガッコって」
 その静寂を打ち破るように無遠慮で、

「なに言ってんのぉ! 元はといえばアンタのせいじゃない!ほら、何もでないうちに
さっさと行くわよ」
 やかましくて、

「もー二人ともうるさい!見つかったらどうするの!」
  わずかな良識を携えているかと思ったがそうでもない

  そんな昼間のような喧騒が近づきつつあった。



  事の起こりは一時間程前、ユカリの家でリカと私の三人で勉強している時
だった。
「あ〜〜〜!しまった〜〜〜!」
「なによ〜、うるさいわね。さっきから何度目よ?その台詞」
  いきなり、リカが大声をあげる。これで3度目だ。
  ちなみに最初は「ドラマ予約してくるの忘れたー!」で、二度目は「ユカリの家に泊ま
るって、お母さんに言っておくの忘れたー!」だ。
  幸いビデオは私も予約していたし、母親への連絡は電話で済んだ。
  私たちは今、来週から始まる定期試験を前にユカリの家で勉強会をしていた。
  普通、泊り掛けで勉強会なんてやったところで能率は上がるどころかお喋りや息抜きに
興じて全く手につかないのが普通だが、今回は違っていた。
  率直に言うとマズイのだ、成績が。
中間考査で三人そろって酷い点数を取ってしまい、ココで挽回しない事には最悪夏休み
補修を受ける羽目になるかもしれない。

  そこでどちらかというと(本当に"どちらかというと"くらいのものだけど)文系科
目が得意な私と、こちらもどちらかというと理系科目が得意なユカリ、互いの苦手
分野をフォローしようということになった。
  えっ?リカ? ・・・あの娘はどっちも駄目だけど放っておいて赤点でも取られたら
(と言うか放っておいたら確実に赤点)寝覚めが悪いので仕方なく教えてやる事にした。
それにこの娘はこの娘で使える所もある。
  しかしこの娘、堪え性が無くって、さっきから一向に進んでない。
  そこに、さっきの台詞である
「で、今度は何よ?」
  ユカリもいい加減疲れてきているようで、だるそうに聞く。
  リカは普段みんなで馬鹿やっているときは天然でボケるし面白い娘なんだけど、こういう
真剣な場だとどうも落ち着きが無くって困る。一度結婚式とか葬式に出ている様子で
も見てみたいわ。
「神岸さんに借りた長文読解のノート、忘れてきちゃった。てへっ」
 ………さっき"この娘も使える所がある"と言ったのは、なんと言うか、この娘の物怖じ
しないところだ。そのおかげであまり親しくない人とかにノートを借りるよう頼んだり
できるのだけど、だけど………それをいけしゃあしゃあと、こいつは!
「なんですってぇ〜〜〜!アレが無いと英語どうしようもないじゃない!どーしてく
れんのよ!」
「だってぇ〜メグミが帰るとき急かすから………」
「知らないわよ、そんなの。ねぇ、どうする? ユカリ」
「やっぱり、取りに行くしかないんじゃ………」



 というわけで私たちは今、夜の学校に来ているわけである。
  昇降口は全て閉まっているが、一階のある教室の一箇所だけ鍵が壊れて、そのまま放置
してある。一年の時偶然見つけたものだ。
「さーて、それじゃあ行こっか♪」
 リカのヤツなんか妙に楽しそうだ。一刻も早く取って帰って勉強しなきゃならない
ってのに………。 
 窓は……やはり今でも壊れたままだった。窓をそっと開き窓枠に手を掛けるとそっと
校舎内に降り立った。
 ちなみに今は制服で来ている。いざ見つかった時に制服だったら何とか言い訳が効く
だろうというユカリのアイディアだ。私としてはこれをネタにゆすられてとても口
には出来ないようなピーでピーピーでピーピーピーな事されるという「脅○」や「警
○員」も真っ青な事されやしないだろうか、という一抹の不安もあったのだが……
「メグミ、ピーピーうるさいよ」
 あら?口に出てた?
 窓枠を登ったときに下着が見えたかもしれないが、この際気にしていられない。どうせ
この暗闇だ。見えやしないだろう……と思ったら。
「ねーねーユカリー、メグミ可愛い下着だったね♪ ひょっとして勝負パンツかなぁ?」
  …もはや怒る気も失せた私は、リカに無言で鉄拳制裁を喰らわすと、ユカリに先を促した。
  ここから私たちのクラスU−Bまではそう遠くない。行って返って十分もあれば、事足りる
だろう。さっさと帰って勉強の続きをしないと、ここで赤点でも取った日には、
あのにっくき保科智子の言われる通りだ。それだけは我慢ならない。
  さすがにここで騒ぐのはマズイと知ってか、リカも今は大人しくしてくれている。
ありがたい、ついでにあと一週間くらいこのままでいてくれると助かるのだが……
  そんなことを思いながら私たちが階段に差しかかった時だ。私は階段の上の方で何か
人影のようなモノが動いた事に気が付いた。ユカリとリカも気付いたようで、お互い顔
を見合わせている。
「ねぇメグモゴッ! んーんー」
 リカが何か言おうとした口をユカリが絶妙なタイミングで塞ぐ。ユカリ、ナイスフォロー!
 私とユカリはリカの口を塞いだまま少し引き返し、手近な教室に入った。
『見た?』
『うん、誰か居た。警備員かなぁ?』
『モゴーッモゴッ、うー、むぅー!』
『ユカリ、手』
『あ、ゴメン』
『あ、案外幽霊だったりして』
 リカ、あんたが息も絶え絶えになってまで伝えたい事はそんな事か・・・まぁ想像に
難くないけど………
『えー!そんなぁどうしよう』
 ユカリ、アンタも信じてんじゃない。いつもはマトモなのにたまに抜けてるんだから・・・
『とにかくウダウダ言っても始まらないんだし、様子を見ながら進むわよ』
 さっきのはどうせ警備員だろう。だったら巡回しているだけだから後でそっと行け
ば気付かれはしないだろう。
  教室を出て一歩踏み出そうとしたその瞬間、

  パァン!!

  小気味のいい音と共に、ユカリが急に膝を折った。

  ドサッ!

  そう思ったのもつかの間、ユカリは廊下に伏した。

「ちょ、ちょっとユカリ! いきなり何よ!? 貧血?」
  いきなりのことに動揺して声をひそめることも忘れてしまった私は、慌ててユカリを
抱き起こそうとした。そして感じたのは・・・違和感。
  
  ヌルッ。
 
  気色の悪い感触が手に伝わる。なんだろう?
 私は手を月の光にかざして見た。
 それは月光で青白く見えてはいたが、間違いなく見覚えのあるものだった。

 血だった。

「ひっ!」
  慌ててユカリの方に目をやって私は息を飲んだ。
 そこにはユカリが、いや、さっきまでユカリだった肉塊が眉間を真っ赤に染め横た
わっていた。
「ユ、ユカ、ユユカ、ユカリ……!?」 
  なんなのよ……一体なんなのよ!何があったのよ!
「あ、あ、ああ、リ、リカ……」
 上手く言葉が紡げない。震える顎を無理やり動かし、リカに呼びかける。
「リカ……リカ?」
 返事が無い、そう言えばいきなりこんなことが起きた割にはリカのヤツ静か過ぎだ。
いつもなら真っ先に騒ぎ出すのに………。
 嫌な予感がしつつも後ろを振り返る。
 リカは立っていた。壁にもたれ掛かるようにして、そのリカの姿を見て心の何処か
が安堵の溜息を洩らした。しかし……、
  
  ドスン!
  
  リカの体が音を立てて崩れ落ちる。
  壁に赤い跡を残して。
  気が付くと、私は走り出していた。

  人影が見える。さっき見た人影と同じ人影だ。
  黒づくめの全身に、右手に黒い塊をもっている。
  人影は私を認識したようで、その黒い塊を私のほうへ突き出した。
  慌てて踵を返す私。急に止まったので滑って転んだが気にしてられない。そう、今
度は本気で気にしていられない。
  私は転んだまま犬のように四つん這いになりながら走り出した。

  パシュッ!パシュッ!

  弾丸が髪を掠める。意外と静かな音だ。これは、あれだろうか?サイレンサーとい
うヤツでも付けているのだろうか?
  私は拳銃の音が意外と小さい事に妙に納得していた。
  私は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらきた道を全力で引き返す。途中、床に
転がったリカとユカリの脇を走り抜けた。

  なんなのよ!?なんなのよ!?一体!なんでこんな所で戦争やっているのよ!?なんでこ
んな目に遭わなきゃなんないのよ!?忘れたノート取りに来ただけで何で殺されなきゃ
なんないのよ!?なんでよ!?なんでよ!?誰か、誰か助けてよ!ねぇお願いだから!
  私は心の中で何度も繰り返した。

 気が付くと私はいつの間にか二階のクラブハウス棟に来ていた。何をやっているの
だ、こんな所に来てしまっては逃げ道がなくなるだけなのに………。
 私を追いかけてきた黒づくめは、いつの間にか追ってこなくなっていた。私はその事
に安堵すると足から急に力が抜けて、その場に崩れ落ちた。足が痙攣して動かない。急に
全力で走ったからだ。
 
  だめだ、立たなきゃ、立って逃げないと……。

  そう思って足に力をこめようとするが、力が入らない。
  仕方なく腰をおろして呼吸を整える。
  なんで、どうしてこんな事に……。
  ごめん、リカ、ユカリ。生きて帰れたら骨は拾ってあげるから……。
  その時の私は完璧に正常な判断力を失っていたのだろう。
 ヤクザの抗争? テロリスト? 
 いずれにしてもどうしてこんな所でドンパチやっているのだ?
  そんな事すら思いつかず私はただ生き延びる事だけを考えていた。

  どれくらいの時間が経ったのだろう?
  呼吸も落ち着きを取り戻し、足の震えも収まっていた。
  私は意を決して立ち上がった。

  とにかく一階に降りれば窓がある。そうなればあとは窓をぶち破ってでも外に出
られる。
  私は僅かな希望にすがってそっと歩き始めた。

「おい」

  歩き出そうとした私にいきなり声が掛けられる。
  ゲームオーバー、死の宣告だ。

  いやだ、死にたくない、死にたくないよぉ

  私は最後の最後まで無様にあがいた
  あとずさろうとして尻餅をつき、そのまま4つんばいになって逃げようとする
  きっと顔は恐怖で引きつり涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた事だろう。

「おい、ちょっと待ってくれ、おい、ねぇキミ、ちょっと!」

  黒づくめが何か言っている。やっぱり自分はもう助からないのかなぁ
  ごめんリカ、あんたがお手洗い行っている隙にアンタの弁当の唐揚げ食べたのじつは私。
  ごめんユカリ、アンタが垣本君のこと好きって情報、長岡さんに売ったの私。
  ごめん神岸さん、ノート返せないかもしれない
  ごめん保科さん、アンタのこと実は少し羨ましかっただけ。
  ごめんお母さん、ごめんお父さん、ごめん先生、ごめん、ごめん
  私が悪かった。ゴメン、謝るから、謝るから、だからお願い、誰でもいいから助けて!

「ねぇキミ! ちょっと! 大丈夫!? しっかりして」

  男が私の肩を揺さぶる
  そして私は気を失った。

「おーい! 大丈夫か!? もしもーし! しっかりしろー……だめか」
「おーい和樹、どないしたんや?」
「あ、由宇、なんかココの生徒らしい娘、巻き込んじゃったみたいで…何にもしてない
のに気絶しちまって……」
「ああ、さっき下の階で大馬鹿詠美のアホが間違って民間人射殺したらしくってなぁ、
一時休戦、というか今日はもう駄目やろな。いま玲子はんと瑞希はんが介抱しとるわ。
大志と彩ちゃんは先に掃除しとる」
「しっかし、なんでこんな事になんだよ。大体誰だよ。学校に忍び込んでサバゲーやろう
なんて言い出したのは……」
「知らん知らん!なんも見えへん、聞こえへん! それよりも和樹、これからうちらも
掃除やで! 詠美のアホが撒き散らしてくれたペイント弾、しっかりふき取らんと」
「あーもー酔った勢いとはいえ、こんな事やらなきゃよかったよ………」
「アホか、酔った勢いでもヤッてしまったら、ちゃんと責任とらなあかんで。漢やったら」
「なんかえっちぃな、その言い方」
「ほっとき」
「でもホントに大丈夫なのかよ、こんな事して。いくら玲子ちゃんがココの卒業生だから
って、いくらなんでもマジーんじゃねーの?」
「ま、イザとなったらトンズラこくまでや。いくらなんでも神戸までは追ってこられ
へんやろ」
・
・
・
  ………ん、うーん
  頬がひんやりする、床が冷たくて気持ちいい。
  窓からはまぶしい朝日が差し込んで………って、あれ?
  私は言い様の無い違和感を感じて、目を覚ました。
  ………なんで私、廊下で寝てるの?
  しかもココ学校だし。
  昨日は確かユカリとリカと一緒に勉強していて、それで、リカがノート忘れたって
言うから学校来て………そうだ!
  慌てて辺りを見回すと、隣で折り重なるようにして倒れているユカリとリカを発見した。

  恐る恐る顔を覗き込む。ついでに声を掛けてみる。
「ユカリ、リカ?」
  へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「う、うーん、なにー?」
 あ、生きてる。
  ユカリが気だるそうに目を覚ます。
  リカの上に乗っかったままだが(こいつはまだ目を覚まさない)。
「あれ、メグミおはよー、どうしたの?」
「わかんない、気が付いたら寝てた。なんかもの凄く恐い夢を見たような気がする……」
「確か私たちノートを取りに来たんだよね?」
「うん、校舎の中入って、それから……それからなんだっけ?」
「私もよく覚えてない。」
 いつのまにか気を失って眠っていた。
「…………」
「…………」
「とりあえず教室行こっか」
「……そだね」
 私たちはまだ目を覚まさないリカを担ぎ上げると、教室に向かって歩き出した。


  教室に入ると、そこには見覚えのある一人の生徒が既に来ていた。
  保科さんだ。
  保科さんはこちらに顔を向けると、少し驚いたような表情をした。
  ふと目が合う。
  気まずい沈黙が流れる。
 何か言おうと思ったがやっぱり無視することにした、いまさらどの面下げて話せる
というのだ。
 そう思っていたら、向こうから声をかけてきた。
「………こないな時間に珍しいやんか」
「………別に好きでこんな時間にいるわけじゃないわよ」
「…鞄はどうしたん?」
「知らないわよ。もうどーでもいいわよ今日は」
 そう言ってリカをイスに座らせると、私も自分の机に突っ伏した。もうなんか疲れた……。

 なんや、へんなの。

 最後に保科さんがそんな事を呟いたような気がしたが、私の耳には届かなかった。
 そして次に私が目を覚ましたのは6限終了のチャイムの後だった。
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「瑞希。そういえば、おまえ。巻き込まれた娘をちゃんと介抱してやったのか?」
「やったわよ! 私と玲子ちゃんで、ちゃんとペイント弾を落として、服についた汚れもとっ
て、大変だったんだから!」
「しっかし、あの娘らも災難だったよなー、詠美が「だって郁美ちゃんに見えたんだも
ん!」って、なんで郁美ちゃんがこんなトコにいるんだよ。大体郁美ちゃんなら撃っ
てもいいのかよ? 体弱いんだぞ! あの娘」
「ふみゅう、だって驚かしてやりたかったんだもん………」
「驚かすな!」
「まぁまぁ、不幸な犠牲が出たとはいえ見つからなかったし、結構楽しかったやんか!
今度は河岸変えて、もっぺんリベンジやで!」
「おい! またやる気かよ! 俺はやんねーぞ!絶対に!」




「ねぇ祐君! さっきあそこで何か動いた!」
「ホント? 沙織ちゃん」
「うん、なんか黒っぽい人影みたいなの」
「よし、行ってみよう」

ちゃんちゃん