ナイト雫 投稿者:アホリアSS 投稿日:8月26日(土)00時08分

 街燈が薄暗く辺りを照らす。夜空には月もなく星も見えない。曇っているようだ。

 そこは学校の中庭である。木の影に若い女性が身を隠している。息をひそめて辺りの気
配をうかがう。どうやら誰もいないようだ。女性が場所を移動しようとしたとき、その首
筋に冷たく硬いものが押し当てられた。

「!! ・・・」

 一瞬、悲鳴をあげそうになってこらえた。女性の後ろから怒りを抑えているような低い
声が聞こえた。

「ここで何をしている、ルミラ。邪魔するなといったはずだ」
「や、やあねえ。邪魔なんかしてないわ。ちょっと道にまよっただけよ」
「嘘つけ… まったく…」

 ルミラの背後にいた男が拳銃をしまった。彼の名は伯斗龍二。私立探偵である。伯斗は
この高校の教諭・長瀬源一郎から調査の依頼を受けた。この高校で夜間に生徒達による密
会が行われているようだ。それが犯罪に関わるものか確認するのが今回の仕事だ。
 奇妙なことがあった。長瀬源一郎は数日前に同じことを生徒である甥に頼んだそうだ。
その生徒…長瀬祐介は調査を引き受けた日の翌朝、校舎の前で倒れているのが発見された。
彼には外傷はなかったが意識不明となっていた。
 また、彼の傍で新城沙織という少女も倒れていた。彼女は自らの手でハサミでノドを突
き、重傷を負っていた。長瀬祐介、新城沙織は今も意識が戻らず入院している。

「龍二… この学校、誰かいるわ。それにすごくイヤな感じがする」
「ああ、わかってる」
「で、どうするの? やっぱり気づかれないように忍び込もうか」
「いや、向こうの方からでてきたようだ」

 暗がりの中から裸の少女が2人現れた。靴と靴下以外、何も身につけていない。いや、
2人のうちの片方は顔に包帯を巻いていた。無表情で、うつろな目でこちらを見ている。
 伯斗はその2人の顔は知っていた。依頼主からアルバムをみせてもらっていたのだ。包
帯を巻いているのは太田香奈子。もうひとりは桂木美和子。この2人は生徒会に所属して
いる。

 突然、2人が襲い掛かってきた。無表情で感情がまったく感じられない。まるで何者か
に操られているようだ。

「ルミラ! 殺すなよ!」

 伯斗は香奈子の攻撃をかわしてみぞおちに拳を入れた。続けて延髄に手刀を落とす。香
奈子はくたっとくずれ落ちた。
 ルミラの方を見ると、そちらも勝負がついていた。ルミラは美和子の背後にまわり、そ
の首筋に牙をつきたてていた。美和子は倒れた。

 パチパチパチ…
 前方から軽い拍手が聞こえた。見ると、生徒らしき男がこちらを見て薄く笑っていた。

「短時間で終わらせたのは正解だな。その2人は力のリミッターを外していた。長引かせ
ていたら、君たちもただではすまなかったかもね」

「元生徒会長…月島拓也君か。君がこの子たちを操っていたのか」
「そういうおまえ達は何者だ? さっきから校内をうろついていたな。だが、この学校の
関係者じゃなさそうだ」
「フッ…聞かれたとあらば、答えねばならないわね。……え?」
 ルミラが名乗りをあげようとしたが、伯斗はそれを手で制した。

「月島君、君達がどこで異性交友をしようと俺の知ったことではない。だけど、学校内で
はよせ。それを約束してくれるなら、俺も君達のことは黙っていよう」
「龍二?」
 
 ルミラは唖然として伯斗を見た。月島はフフンと鼻で笑った。

「そんな約束は必要ない。おまえ達はここで僕の奴隷になるんだから。僕の毒電波でね」

 ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり…
 頭の中に電気の粒が駆け回るような衝撃を感じた。

「なに…? 身体が…身体が動かない!」
 ルミラが驚いたような声をあげた。

「ハハハハハ… 動けないだろう。これが僕の力、毒電波だ」

 伯斗は頭を駆け回る感覚に不快感を覚えていたが、それを表には出さずポーカーフェイ
スを崩さなかった。

「毒電波っていうのか…不思議な力だな。先日、この学校でノドを突いた女の子がいた。
あれも君のしわざか?」
「ははは……そのとおりさ。あれは見ていておもしろかったよ。僕は人間を操り人形にで
きる。意識があろうとなかろうとだ。僕はあの子にハサミでノドを突かせてやった。あの
子は泣いて嫌がってたね。ははははは……わははははは…」
「ずいぶん…ひどいことするわね」
 ルミラが月島をにらんだ。月島はルミラの方を見てニヤリと笑う。
「安心していいよ、お姉さん。あなたはすぐには殺さない。僕と楽しいことをしようよ。
そこに倒れている女の子達はもう飽きちゃったんだ」
「おあいにくね。あんたルックスは悪くないけど性格が最悪ね。遠慮させて貰うわ」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだよ。僕に逆らえる者はいない。僕はこの力
で町中…いや、日本中、世界中の人間を支配して見せる」

 伯斗は月島をじっと見据え、静かな口調で言った。
「人を支配する、か… 君はそんなことを望んでいるのか? とてもそうは見えないがな」
「なんだと?」
「君は何かを恐れている。その恐怖から逃げるため、現実逃避のために馬鹿なことをやっ
ているんだろ。いったい何がそんなに怖いんだ?」
「な…なにを…」
「君の問題は君自身で解決しろ。周りに八つ辺りするのは迷惑だ」

 伯斗はコートから拳銃を抜き、ゆっくりと月島に狙いを定めた。月島は目を見開いた。
「ばっ…ばかなっ… お前は指一本うごかせないはずだ!」

 バン! バン!

 銃声が響きわたる。月島はよろめいて膝をついた。その肩から血が流れていた。

「龍二?」
 身体の自由を取り戻したルミラが伯斗の隣に立った。伯斗はじっと月島の方を見ている。

 月島は歯を食いしばり、必死の形相で伯斗をにらみつけた。
「おのれ…こ・ろ・し・て・やるっ!」
 月島は顔を醜く歪めていた。その顔が真っ赤に染まる。が、さきほどのような電気の流
れるような感覚はなかった。
 伯斗は銃口を向けたまま、ゆっくりと月島に歩み寄る。

「く…くるなっ…… くるなぁぁぁ…」

 月島はよろよろと立ち上がった。出血のせいか、その顔は青白くなっている。月島は振
り返り、いつの間にか背後に立っていた少女の存在に気づいた。
「る…瑠璃子……」
 瑠璃子と呼ばれた少女は無表情で、ボウっと月島を見つめている。伯斗は月島の頭に銃
口を押しあてた。
「寝てろ」
 拳銃のグリップでこめかみを強打した。月島は意識を失って倒れた。
「ルミラ…手を貸してくれ」
「え? なに? その子もやっつけるのね」
 やけにうれしそうな声でルミラが答えた。
「違う」
 伯斗は倒れている月島、そして香奈子と美和子に視線を移した。
「この子たちを運ぶ」
「え〜〜〜〜…」
 ルミラはいやそうな顔をした。


 ・・・・・・・・・・・・・


 翌日、ルミラは伯斗の探偵事務所に来ていた。
「結局、あの事件はどうなったの」
 身を乗りだすようにしてルミラがきいた。伯斗は何か銀色の粒のようなものを手の上で
ころころ転がしていた。
「なにも… 初めから全部なかったことになったよ」
「え? どういうこと?」

 月島拓也は毒電波という力で他の女生徒を操り、校内で不埒を行為をしていたようだ。
が、今はそれらの記憶をすべて失っており、毒電波という力の存在も忘れていた。桂木美
和子も同様で事件に関することは覚えていない。今朝方、病院で意識を回復した長瀬祐介
と新城沙織も同様であった。
 ただ、包帯をしていた少女、太田香奈子だけは例外であった。毒電波の影響を強く受け
すぎていたのか、心を閉ざしたようになっていた。回復には時間がかかるかもしれない。

「ふうん… じゃあ、あの瑠璃子ちゃんって子は? 月島拓也の妹なんだよね」
「あの子は例外。彼女だけは事件の事を覚えているよ」
「そう…あと2つほどききたいんだけどいい? 龍二が撃ったら、あの力…毒電波だっけ、
あれがなくなったよね。あれってよっぽど意識を集中してないと使えないの?」
「いや、たぶん違うと思う。彼が力を失ったのはこいつのせいさ」
 伯斗は銀色の粒を指でかるくはじいて、ルミラの方に飛ばした。
 そのとたん、ルミラはバッと身を翻して部屋のすみまで逃げた。
「ななななな… そ…それは銀の弾丸じゃないの…」
「そうだ。こいつには相手の能力を封印する力が施されているみたいだな」
 伯斗は床に落ちた弾丸を拾う。
「はぁ… じゃあ、もう1つ質問。あんたなんであの時に動けたの?」
「動けなかったよ。首から下はそれこそ指一本動かせなかった」
「でも動いたじゃない。あんたが撃ったんでしょ」
「自己暗示をかけて…意識とは別に身体を動かして敵を撃つ。こういうことをずっと以前
から訓練してたんだ。魔法やアイテムの助けも借りてね」
「ずっと前からって… 今回の事件とは別にそんなことやってたの? なぜ?」
「ルミラ…俺達が初めて会った時を思い出せ。身体を操られて、意志と反する行動をとら
される。覚えてないか?」
「あ…」
 ルミラは頬を染めて俯いた。
「これで今回の事件は終わり。事件簿も作らないでおくよ。依頼主も事件に関する記憶は
なくなっているからね」
「あの子…月島瑠璃子ちゃんがやったのね。みんなの記憶をいじくって…」
 伯斗はそれには答えず、ただこう呟いた。
「すべてがタダ働きになる…か」

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