すべてがゼロになる(「お題:すべてが○になる」サンプルSS) 投稿者:アホリアSS 投稿日:8月1日(火)01時04分

「伯斗先生って、こんな事件も解決させたんですね」

 藍原瑞穂ちゃんがバインダーに綴じられた事件簿を見てそう言った。僕もその記録を見
た。中年の男がマンションの自分の部屋で死亡した。刃物で胸を刺されたことによる失血
死である。部屋は内側からカギがかかっており、自殺でないとするとこれは…

「これ、もしかして密室殺人事件ですか?」
「君たちはどう思う?」
 僕がきくと、伯斗さんはあいまいに笑った。

 僕は長瀬祐介。大学生だ。伯斗さんは私立探偵で、僕と瑞穂ちゃんは伯斗さんの探偵事
務所にきている。
 僕と瑞穂ちゃん、それに後二人の女の子を入れてアストラルバスターズという探偵団の
ようなことをやっていた。今回、知り合いの人の紹介で本物の私立探偵の仕事場を見せて
もらうことができた。
 伯斗さんは今は仕事の依頼がはいってないそうだ。そこで、これまで伯斗さんが関わっ
てきた事件の記録を見せてもらっていることだ。

 僕はもう一度その記録を読み返した。他の記録もそうだが、事件の概要のみがかかれて
いて、結末がない。僕たちに見せるため…いや、考えさせるために伯斗さんが抜いておい
たのだろう。

 僕はしばらく考えて言った。
「ドアのカギは普通のものと、レバー式の閂があったんですね。普通のカギは合鍵でも作
ったとして… 閂の方はドアを少し空けた状態で針金か何かを使ったのかな」
「いや、その閂はドアが完全に閉まっていないと回らないんだよ」
「じゃあ、犯人はドア以外のところから出たのかな」

「祐介くんならどうする? やろうと思えばこういう密室が作れるんじゃないかな」

 僕はギクリとした。伯斗さんは僕の精神電波のことを知っているようだ。なにしろ、伯
斗さんを紹介してくれたのは魔族のルミラさんだ。あのひとと友達ってことは、この伯斗
という人もただものではない。

「そうですね。催眠術か何かで被害者本人にカギをしめさせて、自分の胸を刺させる、と
いう方法はどうでしょうか」
「なるほど、その手もあるか。ただ、この事件はそうではなかったよ」

 その時、瑞穂ちゃんが事件簿の記述の一箇所を指差した。
「被害者の机の上に紙切れがのってたんですよね。何が書かれてたんですか?」
「ああ、こういう式が書かれてたよ。わかるかな?」
 伯斗さんは紙に数式らしきものを書いた。

 A=A+1

「数学ではありえない式ですね。これはプログラムですか?」
 瑞穂ちゃんが言った。
「いや、この式が成り立つことを証明できるよ。まず、Aと同じ大きさのBを用意する」

 伯斗さんは紙に他の式を書いた。

 式1) A=A+1
 式2) A=B

「式2を少し変形するとこうなる」

 式3) A−B=0

「式1に式3をかけあわせる」

 式4) A×(A−B)=(A+1)×0

「式4を計算するとこうなるね」

 式5 AA−AB =0

「AとBは同じ大きさだから、式5は正しい。これで式1が正しいってことが証明された
よね」

 僕はよくわからなかった。瑞穂ちゃんは、その紙をじっと見ていて言った。
「式4がインチキですよ。イコールの左右の数字に0をかけるのは反則です」
「はは… やっぱり気づいたか。どんな数字でも、ゼロをかければすべてがゼロになる。
数学ではやってはいけない計算だ」
「A=A+1というのは、変数Aに1を加えるというプログラムですよね」
「そうだ。今回の被害者はプログラマーなんだ。この記述は彼が書いていたプログラムの
一部さ。実際のところ、事件とは関係なかった」

 伯斗さんも人が悪いな。関係ない話を手間隙かけて説明するなんて。
 僕は核心の部分を聞いてみることにした。
「犯人が密室を作ったのは、自殺に見せかけるためですよね。どうやって外からカギをか
けたんですか?」
「ああ、死神のエビルを知ってるだろ。彼女が被害者本人にきいて真相が確認できた。あ
れは自殺だったよ」

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