貝獣出現! 投稿者:アホリアSS 投稿日:7月4日(火)22時44分

 さざなみの音が聞こえる。潮風が髪を揺らす。色とりどりの水着をまとった女の子たち
がはしゃいでいる。あたしもその一人。
 あたしは新城沙織。苦しかったガディムとの戦いが終わり、温泉旅行の最終日を海水浴
で楽しんでいるところだ。
 ともに戦った仲間たちのほとんどは女の子だ。みんなけっこう可愛い。でもスタイルで
はあたしにかなう人は少なそうね。祐クンも、あたしの水着姿を見てよろこんで…
 あれ? どこいったのかな。
 あ、いたいた。一人で砂浜にうずくまって何やってんだろ? 行ってみよっと。

 あたしが祐クンに駆け寄ると、瑞穂ちゃんと瑠璃子ちゃんもこっちに来た。チッ…

「祐クン、何してんの?」
「マテガイ」
「間違い?」
「いや。マテガイっていう貝を捕っているんだ」
 ふうん。
 祐クンは左手に何か持ってる。塩…?
「その貝って、マチ貝という呼び方もなかったでしょうか。昔そういう話を小説で読んだ
ような気がするのですが…」
 瑞穂ちゃんが言った。
「さあ? その呼び方は知らないなぁ。カミソリ貝っていう別名は知ってるけど」
「瑞穂ちゃん。その小説って、犬が主人公のやつだよね」
 瑠璃子ちゃんが言った。
「そうです。瑠璃子ちゃんも知ってるんですか?」
「だいぶ前に図書館で読んだことがあるよ。でもあまり覚えてない」
 瑠璃子ちゃんと瑞穂ちゃんは何かを思い出そうと考え込んでいるみたいだ。

「ねえねえ。祐クン、あたしにもやらせて。どうやるの?」
「いいよ。じゃ、最初に僕がやってみるから見ててね」
 砂浜に小さな穴があいている。この下に貝がいるみたいだ。祐クンが塩を少しつまんで、
穴に入れた。すると…穴からイカの足にみたいなものが出てきた。
 祐クンがそれを捕まえて、引っ張りあげた。長さ10センチほどの円筒形の貝だ。これ
がマテガイね。
「おもしろーい。あたしもやる〜」
「長瀬ちゃん…私も…」
「私もやります」
「いいよ。じゃぁ、塩を渡すから手を出して…」
 あたしたちはそこらへんの穴を見つけては、塩を入れていった。いくら待っても出てこ
ない穴もあった。捕まえそこねて逃がしちゃったこともあった。が、だいたい調子よく捕
まえることに成功した。

「よっし、7匹ゲット〜 みんなはどう?」
「私は3個だよ」
「私は2本です」
「僕はいつつだ…」
 よっし。あたしが1番だ。あたし達は戦利品を砂のうえに並べた。
「祐介さん。この貝、どうするんですか?」
 瑞穂ちゃんは貝をつつきながら言う。
「持って帰るのも面倒だし逃がしてやるか」
「え〜〜 せっかく捕まえたのに?」
 あたしが言った。瑞穂ちゃんも残念そうな顔をしている。
 瑠璃子ちゃんが貝を1匹取り、手のうえで転がした。
「長瀬ちゃん、この貝って食べられるんだよね」
「食べれるけど、ホテルじゃ調理してくれないと思うよ」

 そのとき、いきなり背後から声が聞こえた。
「それは大丈夫ですよ」
「うわっ」
 びっくりした。いつのまにか千鶴さんが後ろに立っている。祐クンも瑞穂ちゃんも驚い
ている。瑠璃子ちゃんの表情はほとんど変わらないけど、やはり驚いたみたいだ。
「それでは今夜の祐介さん達のお料理にこの貝も使うことにしましょう。私が責任持って
調理しますから」
 は? いきなりスゴイことを言われた。祐クンがおそるおそるという感じで答える。
「え〜と…千鶴さんがですか? でも、会長さんみずからに料理してもらうなんて…」
「気になさらないでください。私、お料理するのが好きですから」
「わかりました。ではお言葉に甘えて…」
「はい。おまかせください。うふふ…」
 千鶴さんはとってもうれしそうだ。よほど料理が好きなんだね。これは期待できるかな。

−−−−

 まったく千鶴姉も世話を焼かせるぜ。お客様に出す料理を作るだと? 冗談じゃない。
祐介達を殺す気かよ…
 あたしは柏木梓。あの偽善者女の妹だ。千鶴姉の行動に気づいて、あたしは作戦を立て
た。千鶴姉を止めるのは難しいし、祐介達に食べるなともいえない。
 そこで、別のマテガイを買ってきてあたしが同じ料理を作って、千鶴姉が作ったのとす
りかえることにした。

「おーい、梓ぁ。うまくいったぞ」
 耕一が鍋を持って帰ってきた。
「で、こっちの鍋はどうすんだ。残飯といっしょに生ゴミで出すか」
「いや… それだと野良猫やカラスが死ぬおそれがあるよ。焼却しなきゃ」
「そ…そこまで言うか」
「耕一は千鶴姉の本当の恐ろしさをまだ知らないんだよ」
 あたしはハンカチで鼻と口を押さえて、そっと鍋のフタをあけた。
 一見、普通の鍋物に見えるがこれがクセモノで…… あれ?

「どうした? 梓」
「違う、この鍋じゃない。マテガイが入ってない」
「そんな馬鹿な。これはたしかに紫陽花の間…祐介くん達の部屋にいくやつだぞ」
「しまった。千鶴姉のやつ、部屋を間違えやがったな」
「何ぃ! じゃぁ、千鶴さんの鍋はいったいどの部屋に…」
「耕一、急いで警報機を鳴らしてくれ。火事ってことでお客様に避難してもらうんだ。そ
の間にあの鍋を探すしかない」
「そ、そんな大げさな…」
「大げさじゃない! ぐずぐずしてると死人がでるぞ!」

 きゃあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 上のフロアから悲鳴が聞こえた。遅かったか!
「耕一、行くよ!」
「おう!」
 あたし達は廊下を走り抜け、階段を駆け上がる。さらに全力で走って、まだ悲鳴が続く
その部屋に飛び込んだ。
 あたしはそこにいるモノを見て…我が目を疑った。
 
「な…なんだこいつは!」

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