可愛く、嘘を付いて。 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:4月22日(月)22時33分
 ある日の夕食後。
 オレはいつものように居間のソファーでくつろいでいた。
 台所からは、洗い物の水音が聞こえてくる。
「♪〜」
 マルチの機嫌の良さそうな鼻歌といっしょに。

  …キュッ
  ………
  パタパタ……

 蛇口を捻る音がして…
 いつもならコーヒーを持ってきてくれるんだが。
「ひろゆきさん〜」
 今日のマルチはエプロンで手を拭きながら、居間に現れた。
 にこにこしながら、でもそわそわしながら。

「え〜とですね…」
 ふと居住まいを正すと、エプロンを脱いで手近のハンガーにかける。
 そしてオレの目の前まで歩いてくると、そう切り出した。
「じつは、だいじなお話があるんです」
 マルチの顔は真面目な顔をしようとして、でも微妙に口元が笑み崩れている。
 薄手のセーター…意外と体の線が出るもんだな…
「ん、なんだ?」
 オレはソファーから身を乗り出して、ひょい、と両手でマルチを抱え上げる。
 そのまま、くりっとマルチを反対向けて。
 マルチを抱え込むようにして、ソファーにもたれる。
 ちょうど、オレの鼻先にマルチの頭がある。
「実はわたし、ひろゆきさんのことが…」
 何となく、くりくりとその頭をなで回す。
 マルチは、オレにもたれ掛かってきている。
 ほわっとした温もりと重みが、心地いい。

「じつはわたし、浩之さんのことが嫌いなんですぅ」
「ほほぅ?」
 マルチを抱き寄せて、首筋にほおずりする。
 ほわっと、シャンプーのいい匂いが鼻をくすぐる。
「うにゃ、おひげがチクチクするんですぅ」
 オレの膝の上に座ったままで、マルチが足をぷらぷらと揺する。
「ん、なんだ? マルチは、オレのことが嫌いなのかぁ?」
 そのままマルチの頭を抱え込んで、耳元に唇をつける。
 マルチの耳に息を吹きかけるように、低い声で。
 軽く、その耳を唇で軽く噛みながら。
「マルチは。オレが。嫌いなのかぁ?」
 マルチはぎゅっと目を瞑って。
 ぎゅっとオレの腕を抱え込んで。
 でも、ふにゃっと溶けそうな顔で。
「はい。わたしは、浩之さんが、とっても嫌いなんですぅ」
「ほぅ…」
 オレは、マルチの耳を甘噛みし続ける。
 マルチは、オレの膝の上で足をパタパタし続けていた。


「……ウソです。
 ほんとは、わたしは浩之さんのことが、大好きです」
 自分の横にあるオレの首に手を回して。
 口元にオレの耳を引き寄せるようにして、マルチは。
「とってもとっても、大好きなんですぅ」
 恥ずかしそうに、そうささやいた。


 今日は、四月一日。
 ちょっとだけ、嘘を付いてもいい日。
 優しい、ウソを。